◆第一話:「ボーイ・ミーツ・肉ダルマ」
「今日のおかずは~からあげ~。超美味い~」
自作の歌を他人には聞こえない音量でふんすふんす呟きながら町を歩く。
べつにいいじゃん、からあげが好きだってさ!
誰に言うでもなく俺は呟いた。
無論声には出さない。
心の中での話である。
『でもね、毎日からあげだと飽きるのよね~』
と、ガタガタごねる脳内の住人どもの声を無視しながら角を曲がる。
周囲に車は走っておらず、人もいない。
中途半端に太めの道路をおもむろにショートカットして、信号を渡らず斜めに道路を突っ切る。
その時だった。
建物の影で見えていなかったその場所へ踏み込んだ俺は、目に飛び込んできた光景のあまりの非現実ぶりに凍りついた。
そこにいたのはバケモノと、女の子。である。
……なんだこれは。
道路の真ん中に立ち尽くし、その奇妙な光景を、口をあんぐりと開けて見る。
……いやほんと、なんだこれ。
女の子はいい。
女の子のほうは。
かなりの美少女に見えるが、年頃の女の子なんざどこにだって居るだろう。
だがもう片方はおかしい。
ぜってーおかしい。
こんなトコにいていい存在じゃない。
だってバケモノ。
バケモノだ。
バケモノは、街中にいちゃあいけないだろ。
女の子と共にそこにいたのは、バイオハ○ード15とか人類絶対絶滅都市とか、なんかそんな感じのホラーゲーム作品に出てきそうなヤバい図体の巨大なバケモノで、手にククリ刀のような刃渡り二メートルはあろうかと思われる馬鹿でかいブッシュナイフを携えていた。
その威容に、まず俺は度肝を抜かれる。
デケエ。キモイ。イミワカラン。
いろんな感想が衝撃と共に脳内に浮かぶ。
灰色の――ヒトガタではあるものの、巨大な肉のカタマリである。
酸素ボンベのような、パイプやらなんやら、よくわからん機器が背部や顔らしき部分に埋め込まれていて、フシューフシュー排気音を立てている。
「……」
そのバケモノは装備と相まって、あたり一面半径十メートルくらいをその肉体で占拠している様に見えた。
いや、じっさいはバケモノの全長は縦三メートル、横もコニシキ関かそんぐらいなんだろう。
けれども、そいつの手前にいたの女の子が小柄だったのである。
身長は150くらい?
小さなその子と比較対象的に分析すると、バケモノのでかさがもう、ヤバイ。
圧倒的っていうか、もう、絶望。
ちょっとまて。
落ち着こう俺。
いま俺は角を曲がりながら道路をショートカットしようとしていたわけである。
バケモノ&少女は道のど真ん中にいたわけだけれども、俺は角を曲がってそこに出くわしちゃったわけで、奴らと同じように、道路の中央で立ち往生している状態だ。
大通りから外れているので車も人影も他にはない。
これはアレですか。
ほら、なんだ。
映画のロケとかそういうのか。
カメラ回ってるとこに気付かずに、ずかずかと突っ込んでしまったマヌケなノーギャラエキストラが俺ですか。
すぐさまカットカットとだみ声で連呼する監督なりなんなりが文句を言いにやってきそうなもんだけれど、そんな事はない。
そんな事はないどころか、おもむろにバケモノが動く。
たぶん、凄まじい速さで動いたのだろうけれど、あまりの事態に思考が硬直し、視覚のみに意識が集中していたせいか、俺にはその動きが酷くスローモーなものに見えた。
バケモノが手に持ったククリ刀を振り上げる。
もの凄い勢いで振り下ろす。
女の子に直撃。
「んな!?」
その刃物に分断され、女の子の上半身が俺の足元までドッパーッと血を撒き散らし、臓物振り回しながらぶっ飛んできたのであります。
ハアー!?
勘弁しろ!
「どんなドッキリだー!」
俺は我に返り、指をバケモノに突きつけて叫んだ。
撮影だろうがなんだろうがいきなり目の前でスプラッタとか勘弁してほしい。
前フリすらない。
しかも血糊でからあげの袋がビッシャビシャである。
フザケんなー!
「なんだいこりゃ! そこの巨大な着ぐるみ先生! 袋びしゃびしゃじゃんか! 佳奈ちゃんが揚げてくれた佳奈ちゃんの佳奈ちゃんによる俺様のためからあげがだいなしだッ! ボケえッ!」
怒鳴り散らしつつズンズンと蟹股でバーモノ(バーヤローなバケモノ)まで歩み寄ると下からその夕暮れのタイラントもどき肉だるま風をねめつけつつ、ああん? とか、おお? とかチンピラ気味にメンチを切る。
「何の撮影か知らねーが、悪趣味なんだよ! 俺の前で女の子ぶった切るような真似しやがってコラッ! オレは女の子が暴力振るわれるのがこの世で一番嫌いなんだよッ!」
ムカツキながら化物のすねあたりをガシガシ蹴っていると、またまたバケモノの振り上げ振り下ろしたブッシュナイフが俺のへその上の辺りをズバーッ。
なにい、かすったッ!?
この浮遊感!
とか混乱気味の頭で思いながらも、なぜ浮遊感なのだろうと冷静になって見てみると、べつにかすったわけではなかった。
おもいくそ両断されてた。
あららー。
そりゃ両断されて吹っ飛ばされてたら、浮遊感感じるよね。
足無いもん。
サヨナラー。カハンシン、サヨナラー。
ちょおまて!
身体を両断された直後でも最初に出てくる言葉はちょおまてである。自分で思考の程度の低さに呆れが出るが、呆れる余裕も意識もない。
斬られたナイフの風圧がもう凄まじくて、俺は生まれて初めて身体一つのまま空を飛んだ。
じっさいには身一つではなく身半分なんだろうけれど、その辺の細かいことはどうでも良くて、むしろ失血がヤバイ。
痛みとかは全然アレなんだけれど、意識がもう保てなくてつい、かゆ……うま……とか脳裏をよぎる。
え。なにこれ。ってかんじだ。
殺されちゃったよ俺。
てことはさっきの女の子もマジ殺しされてたってこと?
映画とかドラマの撮影じゃなくて?
この糞バケモノヤロウ、俺自身のこともそうだけど、おなごを殺害するとは許せん……と失血気味の脳で考える。
おい。
と脳内の住人が、その時点になってようやく再び俺に声をかけた。
『お前このままじゃやばいんじゃないの』
じゃないの、じゃねーよ見ればわかんだろう、このばかたれがー! と薄くなる意識の中で叫んでみたもののうまくいかず、脳内の住人は呆れた声を出すだけである。
『ちょっとぉ! いやよあたしこんなとこで転がってるなんて。誰かに見られたらどうすんのよ! けーくん早く起きて!』
起きようと思ってもそのための足がないんですけど笑
どないせーちゅうねんコラ、アンナちゃん、黙るな!
『それどころじゃねえだろ。来てるぜ』
見るとバーモノはズムムと嫌な重量感を響かせ俺の足元までやってきており、止めを刺すのかソウナノカ、といった具合で振りかぶったククリ刀を、あれ……とめた。
そのまま動かない。
や、俺も動けないけど。
「う……」
そんなうめき声を聞いて横をチラ見すると、俺と同じようにブッ飛ばされた女の子Aが下半身なんて飾りですよ! と言わんばかりの状態で路上に転がっている。
あーらら……。
可愛そうに。
まだうら若き乙女だってーのに、こんな夕暮れ時の誰もいない街の片隅でおくたばりになってしまうなんて!
しかもけっこう可愛い。
けれど少女の黒ゴスロリっぽいドレスじみた服も、ぶった斬られて既に無残。
血と臓物で染まってヤバイグロい。
死ぬんならその前に処女くれよー、と思ったけど俺たち下半身ないんだよねそういえば。
処女どころじゃねえっつうのー!
ワーッハッハッハッハ……。
はあ!?
俺が声もあげられずにしかし脳内でおかしなテンションのまま爆笑していると、女の子はそのでけーエクステをつけた瞳をぱっちりと開き、手だけを使って内臓丸出しのまま仰向けの状態から「よいしょっとぉ」と掛け声を上げ起き上がったのである。
ゲエー! なんぞお!?
俺なんかもう眼球しか動かせない状態だってえのに、その女の子は「やってぇ、くれるじゃなぁい?」とか凶悪な目つきでズルリ、と内臓を引きずりつつ上目遣いでバケモノを見上げたのでありました。
ひいー、なにこれ!
やっぱスプラッタ映画の特撮?
え、じゃあ死に掛けてる俺はなんなの!?
「あらぁ、この子だぁれ? あなたがやったのぉ?」
と内臓垂らしたゴスロリは鼻を鳴らしつつ俺のほうを見やると、プっと噴出してくれやがるのです。
ちょっとまて。
うん、まあまて。
おちつこう俺。
この際だからバケモノ出現しても、内臓ブチ撒けつつ起き上がる少女がいてもいいとしようじゃないの。
でもなあ、あからさまにキモww みたいな目で見られる筋合いはねえんだよ、アホ!
大体なんで俺がこんな目に遭わなきゃならないのさ……と思って加害者大爆発なバーモノのほうを見ると、なんかよくわかんないけどその巨大な灰色粘土の塊みたいなぎょろりマナコなバーモノは、なんッつうーか、すげえ意外そうな目で俺のほうを見ているのである。
【こいつは……お前たち『カタログ』ではないのか!?】
とかまあ何とか言っちゃって、つうか喋れんのかよお前さん。
すげえ地響きするような腹の底にずしんと来るような野太い声だったけどさ。
腹もう無いけどな俺。
「あっははぁー? なぁにぃ? こいつぅ、チドリの攻撃で巻き添え食ったのぉ?」
ケタケタと甲高い笑い声で俺(死体になりかけ)を笑うゴス内臓様。
なにを笑うんじゃー!
テメーだって俺と同じ目に遭ってんだろが!
この……内臓!(精一杯の罵り言葉)
お前も早くくたばれとガンを飛ばす力すらもうないので、しかたなく俺は瞼をパチパチして威嚇してみた。
なんか前にギロチンでおっちんだ死刑囚が首だけになっても瞼だけは動かせていたとかいう内容の記述をどこかで読んでいた記憶が唐突によみがえったので、ためしにパチパチと動かしてみたらパチパチと動いたのである。パチパチ。
したらバーモノは【まさか……一般人を巻き込んでしまうとは……! 失態だ……】とか怪物らしからぬ真面目そうな口ぶりで喋っていたのが、俺の瞼パチパチ素敵ウィンクを見て【生きている……!】とかすげえ嬉しそうに叫ぶのでありました。
【桜火、勝負は預けるぞ!】
バーモノ、ゴスロリ内臓様にそう叫ぶや否や、胸襟のあたりぐわばと大きく断ち割れ、まるで胸に馬鹿でかい口をあけたようなかんじで、俺を丸呑み。
食われたー!
消化か。このまま消化されんのか、と思っていると、続けて衝撃とともに下半身も転がり込んでくる。
おお、会いたかったです俺の下半身さん。
って、なんでそんなモン見えんねん、明るいし。
ここはバケモノの体内ちゃうのか。
「すぐに助けてやる」
もう霞がかった目で見やると、そこにはメガネをかけて何かコンソールパネルのようなものを操作するオネーちゃんがいた。
誰。
というか、ここ、どこ。
ぞぶぞぶといやらしい音がする。
な、なくなったはずの我輩の腰から下が……!
なんかようわからんけど、タイラント肉だるまの体内に取り込まれたらしき俺と俺の下半身ダッシュ+は、バケモノの体内の肉壁から伸びるやたらグロイ触手によって見る見る結合されされていく。ぎゃー! やめてー! 犯さないで、こーのーまーまー死ーなーせーてー!」
「騒ぐな喧しい!」
「あれ。もう声出るよ。素敵な回復技術ですねーマドモアゼー。こんなことされちゃってあたしもうお嫁にいけない。責任とってね」
ビキビキと血管の走る音が聞こえる。
「なにが責任だッ! 貴様ァ、何故あんなところをうろついていた!?」
「天下の往来さー! ファッキン! 誰がどううろつこうが勝手でしょうに!」
『そうよ! この眼鏡! 三つ編みお下げキンパツ眼鏡! あたしのけーくんに何を言うのよ! もう、プンプン!』
プンプンて……。いや、脳内で叫んでも聞こえないし。アンナちゃんうるさいからちょっと黙ってて。ていうか、誰がお前のだ!
ずずん、と響き渡る衝撃。バケモノの体内だっていうのに、目の前にはクリアな外部の映像が明るく見える。ジャンプしてビルの上に着地したのか、物凄い速度で景色が流れていく。
「ハイスピードハイスピード、いえー。ゴーゴー、しゅーまっはー!」
クネクネと踊る俺を訝しげな目で見るキンパツおさげの眼鏡ちゃん。そ・ん・な・視・線・に・晒・さ・な・い・で♪ ってなんかの歌詞であったな。ないか。
「……貴様。驚かんのか?」
「なにを?」
いや、驚いてはいるんだけどさ。
脳の認識が追いついてないのか、テンションが上がったまま降りてこないのです。
そんな状況の中で、うさんくさそうにこちらを見やる眼鏡ちゃん。
釣り目気味のドSっぽい疑惑熱視線に晒される。
ええい、めんどくさい。
タカちん、頼む。
「ふん、驚く事などなにもない。俺をあの忌まわしき『カタログ』どもと間違えた事に関しては不問にしてやろう」
「なッ!?」
俺と代わってハッタリをこきはじめるタカちん。
「貴様、あのカタログどもを知っているのか!? おまえ、いったい何者だ!?」
あんな上半身だけで動き回るジオ○グみたいなゴスっ子、うちの知り合いには居ません!
この人自分で『カタログ』とか言ってたし、タカちんもそれ聞いてたから適当こいただけなんだろうけれど。
「そんな事より、ここはまだ安全じゃないんだろう? 急いで移動した方がいいんじゃないのか」
『タカちゃんって、ほんと態度デカいわよねえ~』
それが便利なときもある。
「う、うむ……! 確かにそうだな」
キンパツ眼鏡ちゃんはタカちんの言葉に真剣な顔で頷くと、腕にまとわりついているエグい灰色の触手に心なしか力を込めたように見えた。
肉ダルマの速度が上がったのか、時速300キロぐらい出てるんじゃないかコレ。
知らんけど。
しかしまあ。
すっげえ騙されやすそうこの人。
思い込みとか激しいあまり、いつかパンピーを真っ二つに叩き斬りそうだ。
超うっかり属性の持ち主っぽい。
絶対やるぜ、この人。
「ギャース! うっかりか。うっかりで俺を殺しかけたのかよおまえ!」
ウルティマ推理眼を発動した結果判明した事実を突きつけると、眼鏡ちゃんてば顔を真っ赤にしてうろたえるしまつ。マジかよこの人!
「んなっ!? う、うううっかりなどということはないぞッ? だいたい一般人に我々を発見できるはずがない。だいいちあの一帯は人払いのために結界を張っていたんだぞ! あの路地に進入すらできるはずがないんだ。おまえ、本当にカタログじゃないんだろうな!?」
テンパり気味で助けてたじゃねーかアンタ!
だってのに、いまさら疑ってかかりやがる天然眼鏡ちゃん。
オーライ、君の扱い方は完全に把握した。
タカちん、たのむー!
「タカちんって言うなと何度教えたら……まったく。っともう外か。ごほん。あー、とりあえずアンタ、名前を聞いていいか」
うわー、まだるっこしい。俺にはとても真似できねえよタカちん。タカち○こ! このスケコマシ!
「わ、私の名前か? そうだな。自己紹介がまだだった。私は鳥海千鳥という。この機体『ヴァーチャーズ・シリーズ』の開発者だ」
「機体……やはりこいつはマシンなのか」
タカちんてば物憂げに呟きやがりますと、周囲を覆う肉壁を押す。
ずぶずぶと音を立ててめり込んでいく俺様の右腕。
やめてーな、感触だけは伝わってくるんだからっ!
「こいつの身体は生体ナノマシンの集合体だ。意思伝達によって自分の肉体と同じように駆動可能だ」
「ナノマシン……。ふむ。馬鹿げている、と言いたいが、現実に見せられるとそうもいかんな」
バーカめちゃ馬鹿げてるっつうの。
こんな肉だるまと一体化したら人生終わりでっせ。
眼鏡ちゃんなんか足と腕がどっぷり肉に覆われていてまるでヘドロを体にまとわりつかせているようである。
気持ち悪いったらありゃしねえ。
バッシンバッシンビルの壁面に手を叩き付けて肉を吸盤のように付着させ、ビルからビルへと飛び踊る肉ダルマもといヴァーチャーズ・シリーズとやら。
「うしろから追ってくる気配はないな」
眼鏡ちゃんが言う。
「お前はいったい何者なんだ? なぜカタログのことを知っている?」
「俺か? 俺は景。霞景だ。……ええっと、そうだな」
タカちんは暫し考えると、言った。
「カタログに仇なす者の集団【ケルベロス】の一員だ」
なんだそれ!
「【ケルベロス】……カタログの敵対者だと……?」
驚いたのか眼鏡ちゃん呟きざまグリンとこちらを振り向く。前見て前。
……ていうか俺だって驚いたわ。
タカちんハッタリこきすぎ!
「千鳥ちゃん、キミこそ何者なんだね? 我々以外にもカタログを打倒しようという者がいたなんて、知らなかったよ」
あいもかわらず高速移動を続ける肉ダルマの体内で俺たちは睨み合った。
『すごく真剣そうな対峙に見えるケド、タカちゃん適当に言ってるだけよねえ』
あー、真面目そうに見えてただのホラ吹きだからタカちん……。
「あのカタログどもはこの世界の裏側にひそむ異形の化け物どもだ。闇から現れ、異能を以ってヒトに仇為す。あの害虫どもに対抗できる力を、この【ヴァーチャーズ】以外の力を、お前たち【ケルベロス】とやらも持っているというのか?」
持ってねーよばか。
それ以前に、おいタカちんこ。
【ケルベロス】ってなにさ。
突っ込みどころが多すぎてもはやどの言葉から殴り倒していいのかワカランぞ。
『けーくん!』
なんじゃホイ。
『ケルベロスって三つ首の架空のワンちゃんのことなのー! 地獄の門番を任されている魔犬なの。タカちゃんはさ、私とけーくんとタカちゃんの三人を、それぞれの三つ首になぞらえたんじゃないかしら。うふっ』
あらアンナちゃん、物知りねえ……。
うん、でもいまは死ぬ程どうでもいいからね。その手の雑学。
一際高いビルの10階ぐらいに張り付くと肉ダルマは駆動を止めた。
眼鏡ちゃんの手足も停まってる。
「我々【ケルベルス】の持つ力……か。ふっ。キミは人払いのためにあの路地に結界を張ったと言っていたが、あそこに踏み込めたのが我々の力の証拠だと思ってもらって構わんよ。もっとも、カタログに対峙しようと思っていた俺を迎え撃ったのはキミだったがね」
このハッタリ王子め。
とことん騙す気だなオマエ。
そもそもあの路地に結界を云々と言っているものの、我らは唐揚ひっさげてただ歩いていたにすぎんのだよ。
そこが進入不可能な場所だというのならば、なぜ入れたのかは、俺たち自身にもさっぱりわからん。だというのにこの男はさも当たり前のように続ける。
「そう。この腕に眠るチカラ」
タカちんは意味深に左腕を掲げたが、唐突に反対の手で押さえ込む。
「くっ……また疼きだしやがった……っ。ええい、静まれ!」
「な、なんだ!? 怪我が痛むのか!?」
「いいや……そうじゃない。『チカラ』が……『疼く』のさ。俺が所持する結界破りの能力、吼え猛る邪眼【ハウリング・イビルアイ】がな」
「ハウリング・イビルアイ!?」
……だめだ、この男!
騙される千鳥ちゃんも千鳥ちゃんだが。厨二病患った詐欺師じゃねーんだからさ! というか勝手にわけのわからんオモシロ設定を俺に付与するんじゃないです。宿主ディスってんのかおい。
「如何な場所でも俺の侵入を阻むことは出来ん。物理的だろうと呪術的だろうと異界化されていようと人払いの結界が張られていようと一切関係がない。俺には破ることが可能なのだ」
「ぬうっ。そんな力を所持していたのならば、あそこには入れたのも納得だ。しかし……」
「なんだね?」
「しかし、だ。勘違いで攻撃してしまったとはいえ、私の一刀でキミは死に掛けたんだぞ!? カタログに対抗する手段があるとは思えん。結界破りのみで奴らに挑むのは自殺するようなものだ!」
「ふ。そんなことか」
不敵に笑うタカちん。
全力過ぎだろうおまえ。
正直にただあの場を通りすがっただけのエキストラなんですう死にたくないんで僕ちゃん日常に戻してくださいですうオマエラは勝手に殺し合いでも乳繰り合いでもやってなさいですう、というか死ねですうとでも言えばいいのに、なぜここまで話を壮大にしてしまうのだろうか。
「われらはカタログの力を取り込んだ人間なのだよ。鳥海千鳥君」
「な!?」
な!?
『ウッソー!』
驚愕に目を見開く千鳥ちゃん、と俺、あとアンナちゃん。
タカちん独壇場。
「このヴァーチャーズ・シリーズとやらも、我ら【ケルベルス】と同じくカタログに対抗する手段を備えているのだね?」
「そ、そうだ。カタログたち【天使】固有のエーテル振動【相克天使波動】を、クローニングした人体細胞に埋め込んだ【断章】から擬似的に再現した人造生命体……それが、このヴァーチャーズだ」
「ククッ……やはりな。我々【ケルベルス】はカタログに襲われて死んだ複数の子供の魂をひとつに結合し、その過程でその、なんだ。相克……天使? 『タカちゃん、波動よー!』 ……波動。それを備えさせることに成功したのだ。もちろん擬似再現したものではない。ホンモノのな」
「そんな……ことが。では【カタログ】たちの持つ再生復元能力も?」
「ふはは。もちろんだ。兼ね備えている。君は治療をしてくれたようだがね」
タカちん超ドヤ顔。
いやマジで備えてねーからそんなもん。
ほんと時々死ねばいいと思うコイツ!
俺が寝てる間に、街に繰り出して女騙すし、ろくなことしねえよ。
『タカちゃんそんなことしてるの~?』
見知らぬヤクザや女の子から『タカヒサ、死ねえ!』とか言われつつナイフで襲われるってマジ恐怖よ?
『タカちゃんさいてー』
その後もタカちんてばノリッノリでハッタリこきつつ、千鳥ちゃんに情報ATMのごとく喋らせていく。
俺?
俺は面倒くさくなったので寝た。