始動
二月某日、季節外れな強い日差しが春を叩き起こすかのようにジリジリと町を照らしていた。
小春日和、そんな言葉が浮かぶがあれは初冬に使う言葉らしいと無駄な知識が頭をよぎる。
僕と赤崎はそんな中、通りから少し外れた閑静な住宅街である家の見張りをしている。
その家には何かが突進したような穴が中央にぽっかりと空き、その周りが少し焦げていた
。家の周りには刑事ドラマでよく見るKEEP OUTと書かれた黄色いテープが張り巡らされ、警察が三人立っている。
つまるところ、僕の家である。
能力を狙う世界中の全ての組織から逃げ切るという異世界にワープして世界を救うより難しそうな目的を達成するために、まず僕の荷物を家に取りに来たのだが…
「…………なんで自分の家に自由に入れないんだろう」
「仕方がないでしょ。もし警察が対能力班とか作ってたらあそこのガチムチ警官達に捕まってゲームオーバーだよ」
ガチムチというワードが引っかかるがその通りであった。
神庭は国が設立した組織も存在すると言っていた。それを考慮すると警察など公的機関も疑ってかかるしかない。
家の中に「N」みたいなのが潜んでいる可能性もあるが、警察が正面に立っているため中ではなく、外で見張っている可能性が高い。
それにもしあそこにいる警察にバレないように潜入できる技術があるなら僕の家にわざわざ車をぶち込みはせず、何処かから侵入し僕を捕獲したはずだ。
荷物を諦めてさっさと何処かへと思った時、突然誰かが無防備な僕の肩を叩いた。
振り返るとそこにいたのは近所に住んでいる知り合いのおばちゃんであった。
驚く僕にかまわずおばちゃんは口に手をかざし内緒話を始める。
「一昨日は災難だったねぇ、たっくんは小さい頃からよく不幸な目にあってたけど今回のは特にひどい。隣にいるのはもしかして彼女さん?たっくんももうそんな年頃なんだねぇ、おばちゃんも年をとるわけだわぁ」
「い、いや、赤崎さんは彼女というより一緒に逃げてるというか…」
「彼女の名前赤崎さんっていうの?逃げるってことはもしかして駆け落ち?まあ最近の子にしては珍しいわねえ、青春だわぁ。私も昔はそんな恋愛をよくしたもんだわ」
何を言っても一方的に話してくるおばちゃんに僕は圧倒される。
隣にいた赤崎に助けを求めようとするも彼女は何か考え事をしているのか微動だにしなかった。
しばらくおばちゃんの昔話を聞いていると赤崎は顔を上げ、言葉のマシンガンをふるうおばちゃんに立ち向かう。
「すいません、お願いがあるのですが――」
数分後、おばちゃんは僕の家からトランクを転がして一人の警察官と一緒に出てきた。
おばちゃんはそのまま角を曲がる。反対側の角に身を隠していた僕らはそれを合図に向こうに渡り、自然な形でそのトランクを受け取ると何食わぬ顔でその場を去っていく。
「終わってからなんだけど、おばちゃんがまさかあんな簡単に協力してくれるとは」
「私の生まれ持つ品の良さが滲みでてたのかもね」
赤崎は笑う。
赤崎は先ほどおばちゃんに頼んだのだ。
『すいません、お願いがあるのですが、私達の手伝いをしてもらえませんか?』
この言葉をおばちゃんはどうやら明後日の方向に解釈し、家から着替えや大事なものを取ってくることを快諾してくれた。
おばちゃんは両親が仕事で海外へ行く際に、僕の面倒を見てくれと母親に頼まれていたらしく、そのこともあり警察はおばちゃんを疑うこともなく家の中に入れたようだ。
頑張って守りなさいよ、と去り際に諭吉さん何枚か僕の手に握らせてくれる。僕はそれを財布には入れずズボンのポケットにしまう。
「さて、これから何処に行くかなんですが、その前に…」
そう言い彼女は振り返る。そこには僕らに向けて手を振るおばちゃんの姿があった。僕らは手を振り返す。
角を曲がりおばちゃんが見えなくなると僕らは前を向き話を戻す。
「その前に、尾行されていないか確認しないとね」
「尾行?そんなの素人の僕達に簡単に分かるのかな」
「分からなくてもいいの。そういった素振りを見せるだけで相手はこちらに手を出しづらくなる。それに最悪たっくんの能力を使えば簡単に逃げられるでしょ」
「そうはいうけど、僕の能力は目に見える影にしか適用されないからね」
僕の能力は影を操れる、といったものだ。ただし影を三次元において操ることはできず、目に見える範囲で影から影に飛ぶことができたり、影に潜ったりできるという、結構くせの強い能力である。
日常生活では便利なんだけどなあ、と僕はほぼ無意識に自分の影にトランクを収納する。
その光景を見て赤崎は顔をしかめる。
「それ、非常時以外では使わない方がいいわよ。誰に見られてるのか分からないんだから」
「トランクをゴロゴロ引くよりかは目立たないと思ったんだけどダメかな?」
「そういうことじゃなくて、もし『N』の奴らが見てたら大変でしょ」
ああそういうことかと適当に相槌を打ち足を進める。
しばらく歩くと大通りに出た。久しぶりに聞く雑踏が何故だか耳に心地よい。
だが同時にこの中に僕らを狙う人間がいてもおそらく分からないだろう、という考えが浮かぶ。そんなことを意識しだすとそこら辺を歩く人々全員が僕を監視しているかの様に思え、足を鈍らせる。
考えても無駄だと首を振り、頭を切り替えるため赤崎に話しかける。
「それで、何処に行きますかね?」
「そうね…とりあえず私の隠れ家にでも案内しましょうか」
「隠れ家なんてあるの?」
「まあね。あら、ちょっと尊敬しちゃった?」
「ちょっとどころじゃないよ。それで、それは何処に?」
「あそこよ」
「あそこですか…ってヤクザビルじゃないか」
彼女が指差した先は近所でもいつから建っているか分からないと評判の廃ビルであった。
通りに面しているので取り壊して売りに出しも良さそうなものだが地主のヤクザが法外な値段を要求してくるため中々買い手がつかないらしい、という噂からヤクザビルである。
僕らはそのビルの裏手にある非常階段を登り上を目指す。
「よくこんなところに住めるな。地元の人は誰も寄り付かないぞこんなところ」
「まあね。まだここで暮らし始めて四日だけど電気水道が使えないことを除けば結構快適よ」
彼女はそう言い最上階の一個下の階で止まり、ドアノブを回す。
中を覗くと多少の痛みはあるが多少長年放置されていたとは思えないほど綺麗な廊下が続いていた。特に窓や天井がボロボロになっていないところはさすがヤクザビル、荒らされてはいなかった。
赤崎は廊下を進み、その中の一つの扉の前まで行くとその向かいにある窓枠から何か細長い金属の棒を二本取り出した。一方の先端は九十度に曲げられており、もう片方の先端はなんかゴツゴツしている。
赤崎はその棒を鍵穴に差しゴソゴソし始める。
「あの…何やってるんですかね?」
「見れば分かるでしょ、ピッキングよ」
やっぱりかあ、と僕は頭を抱える。
廃ビルなので誰も見ていないだろうがついつい周りの目を気にしてしまう。
赤崎は三十秒とかからずに鍵をこじ開けた。
熟練の人なら十秒とかからずに開けられるらしいよと赤崎は感心している僕に言う。
「ちょっと散らかってるけど上がっていって」
「その言葉は平和な時に聞きたかったなあ…うわあ、これはちょっとどころじゃないよ」
部屋の中は廊下とは違いボロボロになっていた。天井には爆破されたかのような穴が空き、灰色の断熱材がはみ出している。床を見ても用途不明のポールやら木材が転がっている。
この部屋で役に立つものは災害時に用いられるような馬鹿でかいLEDライトと天井の穴の端から端に吊るされるハンモックのみで、ここに人が住んでいるとは思えない。
「廊下とは全然違う…こんな荒れたところでよく生活できるな」
「これで荒れてるって、たっくんは今までどんな裕福な暮らしをしてきたのかしらん?」
窓枠にピッキングツールを隠している赤崎が僕を煽ってくる。
これでも荒れていないと思えるような生活をこれからしなければならないのかと考えると僕の真っ黒な影から出てくるトランクとは対照的に心はズブズブと沈む。
トランクを影から完全に出現させた時、僕はあることに気付く。彼女の着替えなどの荷物が一切置かれていないのだ。
穴から見える木材の断面を見てみると側面との色が違う。穴ばかりに気を取られていたが、転がっている木材の断面の色とその色は一致していた。端にある用途不明のポールはあのハンモックを吊るしていたもののような気がする。
もしかしてハンモックは寝るためではなく、穴の上に上がるために設置されたのではないだろうか?
これらが表すものはつまり――
「スーツケースがない!!」
静寂に包まれた廃ビルに女性の絶叫がこだました。
読んでくれてどうもありがと(・ω<)☆
多分次回あたりから能力バトルが始まるよ