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山道というものは急な坂を作らないためにうねうねと道を曲げてある。だから必然的に道の距離は長くなる。つまり道に沿わず一直線に山を下れば大分ショートカットできるのだ!というのが赤崎美月の言い分であった。その言葉を信じ早五時間、僕達は未だに山の中を彷徨っていた。下ってはいるはずなのだが山を走る道はおろか、朝見えていたはずの町ももう見えなくなっていた。


「確かに距離は短くなるんだろうけど、普通の道を歩く速さと山の中を歩く速さは圧倒的に違うって知ってましたか?多分普通に道を下っていった方が早く下山できましたよ」


「そう思うなら下る前に言ってよ!なんで精神的にもきつい時にそういうこと言うの!」


「なんでと言われましても『絶対速いから!』って強引に腕を引っ張っていったの赤崎さんじゃないですか」


「いやいや!青柳君だって空中になんか落書きして『確かに速いかもしれない』とかいってノリノリでついてきたじゃないの!」


「そんな某准教授みたいなことしましたっけ…あ、知ってますか?山で遭難した時は適当に下山するより頂上を目指した方がいいんですよ」


なんで道に迷っているときにそういうこというかなあ、と赤崎は頭を抱える。

そんなことを話していると久しぶりに車道に辿り着いた。これで道沿いに帰れるかと考えていると赤崎は急に僕の腕を掴み明る指を指して叫ぶ。


「青柳君!オアシス、オアシスがある!」


指された方を見るとそこには小さい休憩所があった。ただ、五時間山を下り続けた僕らにとってはそれはたしかにオアシスと呼ぶにふさわしい存在であった。

普段こういったところを通る時は誰に需要があるのかと疑問に思っていたが、もしかしてこういう人のためにこれは存在するのだろうか。

僕達は置いてある椅子に座り休憩をとる。


「だあー疲れた。もう一歩も歩けない」


「何言ってるのよ。町まではまだまだじゃないですか」


そう言って彼女は町の方向を指差す。山を下りているだけだからか、結構歩いたのに朝と距離が全く変わっていない気がする。その事実が僕の疲れを倍増させた。

ふと横を見ると自動販売機が設置されていた。赤崎もどうやら同じことを考えているようだ。


「ねえ、喉乾きませんか?」


「そうですねえ、僕も喉乾きました」


だが僕は準備もないまま急襲され、そこから脱走した身なので生憎財布は持ち合わせていない。彼女も僕と同じで財布を持っていなかった。

何かないかと僕らはポケットを漁る。その結果、計二百円が集まった。

僕は指の骨という骨を鳴らし彼女を威嚇する。対する赤崎も手をクロスさせ、その中を覗き込む。どうやら歩み寄るという選択肢はないようだ。


「分かっているわよね、青柳君」


「ええ、負けても文句言わないでくださいよ」


「「最初はグー!!!」」


その掛け声で休憩所という名のオアシスは一瞬で戦場へと変わった。木々に止まる小鳥達が二人の不毛な争いの行方を見守る。




昼下がりのオアシスで、僕はまるで干からびた魚のように机の上に体を投げ出していた。対照的に赤崎はウキウキとしている。その手には某炭酸飲料のペットボトルがあった。


「んふー、やっぱ喉乾いてるときの炭酸は最強だなー身も心も生き返るわー」


「くそぉ…井戸とかいう意味不明な手を出しやがって…」


「ドイツで正式採用されてる手だから意味不明じゃありませんー。それにやり直しして結局負けたじゃないの」


「それはそうだけど…ちょっとだけ、ちょっとだけでいいんで恵んでください…」


「えーどうしよっかなあ?あげちゃおっかなあ?ほれほれ、飲みたいならとってご覧なさい」


「ふざけやがって…全部飲み干して泣かせてやる」


その台詞とともに僕はパンチを繰り出す。しかし赤崎はペットボトルを猫じゃらしのように巧みに操り僕の攻撃をかわしていく。炭酸飲料を奪おうと必死な僕とは対照的に赤崎は極めてサディスティックな笑みを浮かべていた。

そんな痴態はその後10分ぐらい続き、結局奪い取れなかったためお情けで恵んでもらった。

水分を得て元気になった僕を見て彼女は先程とは違う無防備な笑顔を見せる。これが吊り橋効果ってやつなのかなとにわか仕込みの知識が頭にふと浮かぶ。

ぬるくなってたジュースをもらった後、僕は前々から気になっていたことを赤崎に尋ねた。


「それで、あの『N』とかいう奴らは一体何者なんですか?」


「私も『N』については良くわからないかな、逃げたり隠れたりするので精一杯だったし。知っていることといえばあの仮面くらいだね」


「ひょっとして赤崎さんの夢の中にもあの仮面が出てきますか?」


「ええそうだけど…もしかして青柳君の夢の中にも出てくるの?すごい偶然だねー」


偶然じゃないだろ、と心の中だけでツッコミを入れる。やはりこの人は肝心なところが抜けている気がする。


『その事に関しては僕が答えましょうか』


僕と赤崎の二人だけの休憩所に突如として聞き覚えのある軽い感じの声が響く。

辺りを見回すと景色は全てが灰色にくすみ、空に吊るされる雲も、冬という季節を溶かす陽射しも、木々の間をすり抜ける風も、全てが止まっているかのように感じる。そんな中、空中にぽつりと浮かぶ人間がいる。その人間は銀色の仮面を被っているからか、異様な存在感を放っていた。


『どうやら生き残る選択肢を無事に選べたようだね、青柳さん。無事に赤崎さんと合流できたようで何よりだよ』


その人間は仮面を外す。仮面の下からは、あの時電車の中で出会った謎の美少年が出てきた。

灰色の空間の中、その目だけが金色に輝く。そのことがこのくすんだ世界の支配者であることを暗に示していた。

向かいの席にいる赤崎はその支配者に対し身構え、正面から敵意むき出しで睨みつける。その姿を見て彼は苦笑した。


『おっと、あなたに対して何か嫌われることをしたっけかな』


『自覚がないなら教えてあげます。あなたがあんなこと言うから私はこんなことになってるのよ』


『こそあど言葉が多過ぎて意味が分からないが、僕はあなたが行動を起こすための準備期間を与えたはずだよ』


突然話を始めた彼らについていけず僕は置いてけぼりになる。そんな僕に気づいたのか彼は僕に話しかける。


『ああ、紹介が遅れたね。彼女は――』


『いやそっちじゃなくて、できれば君のことを教えてくれないかな』


『青柳さんはあそこの美少女より僕の事が知りたいのかい?あいにく僕にはそっちの気はないけどいいかな』


彼のあまりのマイペースっぷりに思いっきり僕のペースを乱される。


『まあいいか、僕の名前は神庭操。あなた達と同じように僕も能力を持つ者の一人だね。今はある組織に捕まっているけど』


ある組織ってやっぱり「N」なのかなと考えると、神庭はまるで僕の思考を読み取ったかのように、いや、読み取って話を始める。


『「N」は能力研究系機関の集合体の名称、つまりは色々な能力研究施設が集まってできた組織の名前だ。僕はここからは逃げ切ったけど他の組織に捕まっちゃった感じだね』


『捕まったと言う割には随分と余裕を感じますね。それより今回の目的はなんですか?今度はあなたの脱走でも手伝えばいいんですか?』


明るい調子で話す神庭に赤崎は噛み付く。そんな彼女を一瞥しただけで彼は僕に話の続きをする。


『今回の目的はさしずめあなた達の生存確認といったところかな。あなた達は、いや僕達は文字通りの意味で世界を変える力を持っている。あなた達を失うことは世界にとっても重大な損失につながる。それに僕が今現在コンタクトをとっている能力者はあなた達だけなんだよ』


『だったら私達をもっと丁寧に扱ったらどうなんですか?』


『青柳さん、どうして彼女はこうも僕に噛み付いてくるんだい?話がし辛いんだが』


僕に言われましても、と少し首をすくめる。赤崎は彼が現れてからずっと機嫌が悪いのでどう考えても神庭に原因があるとしか考えられない。

それに僕は神庭に聞きたいことが山ほどあるのだ。例えば僕の持つ能力のこととか、そもそもとして今回の騒動の中心である能力とは一体なんなのか。

神庭はまたもやそんな僕の思考を読み、僕の問いに答える。


『赤崎さんもいるしちょうどいい機会なんだが、残念ながら能力については今は教えることができないね』


なんで教えてくれないのよと赤崎はぼそっと呟く。僕に聞こえるか聞こえないかのその声にすら神庭は反応する。


『今能力についての真実を知るとおそらくあなた達は能力を使えなくなる、いやこの場合は使いたくなくなると言った方がいいのかもしれないね。ああ安心してくれ、漫画なんかによくある能力の代償としてあなた達の命が削られる、ということはないよ』


神庭は僕に向かって笑いかける。またしても心の内を読まれていたようだ。


『とにかく真実を知りたければ生き残ることだ。そうすれば多分あなた達を狙う組織の誰かがそれを教えてくれる』


『最後に質問してもいいですかね?』


なんだかシメの雰囲気が漂ってきたのでもう一つ気になっていたことを神庭に聞く。


『なんだい?答えられる範囲で答えてあげよう』


『神庭さんはなんで僕達の前に現れるんですか?神庭さんの話を聞く限りでは僕らの他にも能力をもつ人達が、おそらく世界中にいますよね。それなのになぜ僕たちとだけコンタクトをとるんですか?』


『そうだね、それは僕の目的とも関係するからあまりは話せないけど、世界を救うためと思ってもらえればいいかな』


『世界を救うため、ですか?』


『その通り、あなた達は崩壊した世界の中で戦う夢をみたことがあるよね?今のままでは世界はどう転んでもあのような結末を迎える。そんなつまらない結果を変えるために僕は動いているんだ。そのためにあなた達にはどの組織にも捕まらないようにしてほしいんだ』


あの夢、つまりどんよりした世界でくそったれた戦いを続ける夢、そんな世界にしないために彼は動いているというのだろうか?


『その通り。数ある組織の中には世界の国々が秘密裏に設立したものや能力を平和利用すると謳う奴らもいる。だが実際にはどの組織が能力を手に入れても暴走を始め、世界のバランスが崩れ、滅亡へと向かうんだ。手に入れた新しい玩具ははに見せびらかしたくなるのと同じだね。そういうことだから、例え僕が出てきたとしても勧誘には乗らないでくれよ』


んじゃそういうことでー、そう言い残し彼の姿は一瞬にして虚空へと消えた。

それを合図に周りの風景も鮮やかに色づき、動き始める。

全ての組織から逃げ切るかあ、と僕は意気消沈し、休憩所の机に再び突っ伏せる。

一つの組織から逃げるのにかなり疲れたのに、幾つもある組織から、ましてや国の組織から逃げ切るなんて無茶にもほどがある。

あなた達がよく見ていたあの夢のようにならないように動いている、そんな言葉が僕の頭に何故か残っていた。

そういえばその時あなた達と僕達二人を指していたような気がするが、ということは赤崎も僕と同じようなファンタジー前回の超能力バトルの夢を見ていたということか。


「赤崎さんもあんなファンシーな夢をよく見てたんですね」


「青柳君だってあんな魔法使いになる夢を見るなんて見かけによらずあれなんだね」


「いや、僕の場合は魔法使いじゃないですよ…えっ赤崎さんもしかして魔女とかに憧れてるんですか?」


そそそそ、そそ、そんなことは!と顔を爆発的に紅潮させ明らかに動揺する赤崎。やはりどこか抜けている。


「まあ夢ですしね、考える分にはいいんですよ。それよりこれからどうしますか?というよりどっちから帰ります?」


僕達には道に沿って帰るという選択肢と山の中をショートカットするという選択肢がある。


「そ、そうね、ここまできたし、山下りした方が絶対速いと思う」


多少の落ち着きを取り戻した赤崎は休憩所の椅子から立ち上がり町を見据える。


「絶対速いってそれ朝も言ってたけど結局下るのにめちゃくちゃ時間がかかったじゃないですか」


「今回ばかりは絶対速い!私達が来たところを見てみなさい、五時間かかってこれだけ下りたんだから今回はショートカットした方が速い!」


赤崎はそういい僕の腕を掴む。

山頂の方を見ると僕達が朝いた場所から既に半分以上下りていた。もしかしたらショートカットの方が速いのかもしれない、そう思った僕は空中に謎の方程式を書き始める。そして解を導き出すと僕は手を顔の前に構えて言い放つ。


「確かにショートカットの方が速い」


僕達は意見を合致させ意気揚々と山を下る。

結局街に着いたのは次の日の朝だった。










読んでくれてどうもありがと(・ω<)☆

ちなみに神庭(かんば) (みさお)だよ

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