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第一話 妖精の集落へようこそ

 ドタンと外から大きな音が聞こえてきた。


「またか…」


 うつらうつらと浅い眠りに落ちていたパレットは、眠い目をこすりながら窓の外を見た。

 満月に届かない程度に膨らんだ黄色い月が、夜露に濡れた大きなフキの葉を照らしている。虫達の合唱が耳に心地良く、もう少し早い時間なら散歩にでも出かけたい位綺麗な空だ。


「おうじさま、おうじさま!」


 小人族ホビットのパレットより幾分小さい、羽の生えた妖精『フェアリー』が窓をコンコンと叩く。

 羽が極彩色に輝き、薄布で拵えた服もまた玉虫色に輝いている。その光景はさながら蝶の鱗粉のようだ。顔の結構な割合を占めるつぶらな瞳は、慌てているのか幾分落ち着かない。


「『ワンダラー』!『ワンダラー』です!」


 縦開けの窓を開いてテーブルにある水差しから一杯水をあげると、そこから入ってきたフェアリーの女の子、レーチェが伝えるべき事を伝えた後それを一気に飲み干した。よほど急いでいたのか苦しそうにむせている。


「はぁ、やっぱりか…」


 パレットはもう少しで気持ち良く眠れたのにと嘆きながら、寝着から簡単な外着に着替えた。羊毛を使ったこの白のモフモフの上着は少し暑苦しいが、外に出ればきっとちょうどいい暖かさだろう。


「ご苦労さま、レーチェ。君も着いて来るかい?」


「というより、案内するです」


「ありがとう」


 案内といっても、ワンダラーを収容する場所は決まっている。

 集落の一番外側に、ドワーフが鉄と材木で建てた丈夫な施設がある。古参のワンダラーのおじさんなんかは牢屋のようだと笑っていたが、それでも大した不満もなく生活している。

 さっき現れたワンダラーも、収容所の管理小屋にいる当番の人が、古参のワンダラー…シゲルを連れて迎えに行っているだろう。運が良ければ、言葉が通じて素直に応じてくれている…かもしれない。

 少し前に少し大きめなワンダラーがパニックを起こし、集落の一部が壊れてしまう事件が起きた。どうやら連れて行った古参ワンダラーと現れたワンダラーが違う言語圏だったらしく、全く話が通じなくて鎮圧するのに苦労したのだ。

 まぁ言葉が通じるようになってからはそのワンダラーは、壊してしまった集落をたった数日で復旧させてしまったのだけれども。趣味がジオラマ作りだったから、その要領で短時間で直せて良かったと謝罪と一緒に話していたが、その『ジオラマ』というのがパレットにはピンと来なかった。


 ワンダラーは未だに謎が多い『種族』だ。


 彼らは現れる時、ほぼ必ず大きな音を伴う。過去の資料によると、ワンダラーは宙に突然空いた黒穴から吐き出されるように現れるという。偶然出現に居合わせた者からの証言とも一致するので、間違いないだろう。

 彼らの存在はこの世界、『サンタフィア』において決して少なくはない。数千年前からこの『ワンダラーの出現』という現象は認められているが、いかんせんこの種族は種族間のまとまりがないのだ。


 彼らについてわかっているいる事…それは、

 黒穴を通じて現れる事(ただし黒穴の出現条件はわかっていない)。

 様々な人種がある事(言語や文化の差異)。

 寿命が短い事(せいぜい数十年しか生きられない。これは『サンタフィア』で産まれたワンダラーも同一)。


 そしてもう一つ…。


「おうじさま、こちらです」


 パレットはレーチェの後を追い、ガヤガヤ騒がしい収容所の前に到着した。黒髪の幾分か若そうなオスと思わしきワンダラーが、簡易牢の中で項垂れている。細い肢体に襟口がざっくり開いた黒いシャツ。白のズボンから出た足首は裸足で、出現位置が離れていたのか、少し土で汚れている。細い手は特に荒れた様子もないので、大した抵抗なくここまで来てくれたようだ。

 そしてそのいでたちで一番異様な存在感を放っているのが…。


「暗くてよくわからんかったが…なんでい兄ちゃん、『首つり』かい。なんでまた粗末にするかいね」


 首に巻かれた少し太めのロープだ。

 このワンダラーと同じ国の出身だというシゲルは、『首つり』の彼の背中を軽く叩いて励ましている。


 ワンダラーについてわかっている最後の要素。それは『そちらの世界で死んだ人間』である事。

 彼らの世界でも様々な『死』が発生しているが、その死者が何かしらの法則に基づいてこちらの世界に送り込まれている…らしい。解明されている事は決して多くないが、意外にもその研究はワンダラー自身が熱心に取り組んでいる為、元々のサンタフィアの住人はあまりそれ自体には干渉していない。


 実際、彼らがどういう存在であれこの集落は、ホビット、フェアリー、ドワーフ…そしてワンダラー。この四つの種族が『共存』して暮らしている。

 それだけは疑いようのない事実だ。


「これ飲みな、兄ちゃん。いいから飲みなって」


 シゲルが連れてこられたワンダラーにコップを差し出す。

 抵抗するワンダラーをなんとか説き伏せ、そのジュースを飲ませることに成功したようだ。


 ジュースの材料は『カタコトの実』。赤いあまり大きくない実だが、振ればカタコトと音がなるのでこの名前がついた。この果汁を飲めば、しばらく異種間での言語が理解出来るようになっている…ようだ。詳しくはわかっていない。

 実はこの実、そこら中で自生している野草で、サンタフィアの住人には日常的に摂取されている物だ。その為成熟する頃には飲まずとも、自然と異種間で会話が成立するようになるのだ。


「…酸っぱい」


 彼は飲み終わると、口をすぼめ目を細めた。どうやら彼らには刺激が強く、慣れるまで時間がかかるようだ。


「おう!それはつまり、『生きてる』ってえ事だ!」


「いや、俺死んだはずなんだけど…」


「細けえ事は気にすんなよ」


 シゲルが豪快に笑い飛ばすと、周りのワンダラー達も釣られて笑っている。彼らの足元に目をやると、酒が入っていた瓶がいくつか転がっている。おそらく酔っているのだろう。


「ええっと、新しいワンダラー。ボクはこの集落のホビット族の王子、パレットだ。君の名前を教えてほしい」


 パレットが自己紹介をすると、彼は目をぱちくりさせて自分よりはるかに小さいソレを凝視した。実際はこの世界に出現した時からホビットと共にいたのだが、思考が落ち着くまで認識していなかったようだ。


「ホ、ホビット…本物?それに…」


 彼の視界には自分の腰より幾分小さそうな、ファンタジー世界の住人『ホビット』と、それの更に半分位の背丈のフェアリーが収まっている。


「さあ、早く教えてくれ」


 パレットが催促すると、彼はこの状況を信じられないのかうわ言のように小さく返した。


「ワタル…瀬川渉」


「そうか、君は『ワタル』か」



 こうしてまた一人、この世界にワンダラーが誕生した。

ほのぼの、やっていけたらなー…。ゆる~い感じで頑張っていきます。

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