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帰ってくるのがはえーよ! だらり現代生活記  作者: 国後要
なんてことのない現代生活という名の異常な現代生活
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下劣な太鼓と、か細く単調なフルートの音色

 小皿に取り分けられたジャーマンポテトを居間に運び、全員が席に着く。

 そして、緊張している様子のアリシアちゃんを交え、さっそく試食会に。


「じゃあ、いただきます。僕の教えたとおりに作ってたし、きっとおいしぐぶぅっ」


 トモエさんが吐血して、その勢いのまま突っ伏してしまった。


「…………」


「…………」


 タカネと顔を見合わせる。

 ……これ食ったら、ヤバいよね?

 などと思っていると、店主さんが全く躊躇わない様子でジャーマンポテトを口に運ぶ。

 大丈夫かこの人は。


「うぐっ」


 店主さんも血を吐いた。

 うあー……このジャーマンポテト絶対やばいって……暗殺兵器になるって……。


「ば……馬鹿な」


 からんっ、と皿の上に箸が落ちる音がした。

 そこには倒れずに呆然とした表情を浮かべた店主さんが居た。

 トモエさんとは違って、何かしらの耐性があったらしい。


「こんな料理があり得てよいのですか? 私にすら作れない料理が、この世に存在するなど……」


「て、店主さん?」


「ありえない。こんな精神攻撃兵器が、台所で生産可能だなんて。これは世界法則を完全に逸脱している。ぜひともこれは蒐集しなくては。まずは食べて材料及び製法をぐふぅっ」


 またジャーマンポテトを食べて店主さんが血を吐いた。


「もしもし?」


「あ、ああ、すみません。少し意識がそれました。とりあえず、食べない方がよいかと思われます。毒物ではありませんが、精神を破壊されます。私は何とか耐えられますが、常人が食べると命の保証はできません」


 えっ、これそんなにヤバイの? 物理的作用じゃなくて、精神的作用なの?


「となると、これは食べずに捨てたほうが――」


「お、おいしく、なかったかな?」


 アリシアちゃんが涙目で不安そうにつぶやいた。


「――いいわけもない。さあて、こんなおいしそうなジャーマンポテト、絶対に食べないとなー」


 震える手で必死に箸を掴み、どうしても動いてくれない腕を念動力の魔法で無理やり動かしてジャーマンポテトを掴む。


「いただきま――」


 そして、全てが滅びを迎えた。

 オレの480層に及ぶ積層構造の精神防壁が一瞬にして全て突破される。

 肉体的な活力を生み出す魂自体が致命的な汚染を受ける。

 自我構造が自壊。エス、イド、超自我。全てが混濁し、胡乱なる海に変貌していく。

 認識の終焉。全てが全てに屈する。

 崩壊する。人を生かす根源的な何かが破断していく。

 オレの命は、終わりを迎えた。






 ――――それは邪悪。

 ――――それは清廉。


 ――――それは憎悪。

 ――――それは祝福。


 ――――それは愚者。

 ――――それは賢者。


 ――――それは究極。

 ――――それは未完。


 ――――それは終局。

 ――――それは始原。


 無限に至る世界の全てを束ねる究極の存在。

 無窮なる時の果てにおいても、永劫なる時の始原においても、常に存在し続けていたであろうもの。

 全知全能にして、無知無能たるもの。


 全にして一。

 一にして全。

 原点にして頂点。

 誰でもない誰か。

 無限の可能性を内包するもの。

 それは何よりも美しく。

 何よりも完璧であり。

 全てを兼ね備え。

 何も持たざるもの。


 邪悪であり清廉。

 憎悪にして祝福。

 愚者であり賢者。

 究極にして未完。

 終局であり始原。


 それはアルパ、それはオメガ。

 最先にして、最後。

 始まりであり、終わり。


 究極である、とただ直観し、理解させられる。

 人間の認識が遥かに及ばない究極の存在。

 ただ視認しただけで、自分という存在が砕けそうになる。


 ――――これはなんなのだ?


 そう思った直後、オレの意識は強制的に現世に引き戻されていた。

 目の前には、いつも通りの平静な表情の店主さん。


「目が覚めましたか?」


「あ、はい……」


 何が起きたんだ?


「危ないところでしたよ。あと少しで、私や巴さんにすら蘇生不能になるところでした」


「ええー……」


 アリシアちゃんの料理どれだけやばいんだよ……。

 トモエさんが監督してたのに、なんでこうなった?


「それで、何を見ましたか?」


「え? ああ、なんか、すごいもん見ました」


「どんな姿をしていましたか?」


「なんか、何も見えないんですけど、そこになんかいるって感じで」


「あなた、神の実在は信じていますが、そこに姿かたちのイメージがありませんね?」


「え? ああ、まぁ、そうですけど」


 確かに神は信じてるが、アリシュテアみたいなそれとはちょっと違う。

 なんというか、神様お願いします、とお祈りするときに頼る、何のイメージもない、ただ漠然とした神という概念。

 それの実在をオレは信じている。だからか、そこに姿かたちのイメージはない。


「あなたの記憶を読ませなさい。拒否は認めません」


「え、ちょっと?」


 こつん、と店主さんの額がオレの額に当たる。

 そして、店主さんが目を閉じると、そのまま微動だにしなくなる。

 うお、この人まつ毛長っ……ってか、唇が近い近い!


「かわいいけど、朝菜くんは男だよ」


「知ってますよんなこたぁ!」


 いつの間にやら復活してたトモエさんの忠告に乱暴に返事を返しつつ必死こいて唇が触れ合わないように顔をそらす。

 さすがにオレに同性愛趣味はない。偏見はないが、オレはノーマルなんだ。


「――――なるほど。ありがとうございます」


 そして、いつの間にか目を開いていた店主さんが礼を言う。


「お礼に何かしましょう。そういえば、前に私に結婚してくださいと言っていましたね。結婚しましょう」


「結構です!」


 それ性別確かめるために言っただけだから!


「いえいえ、遠慮なさらず。今の私は変なテンションなので、同性が相手でも結婚はウェルカムなくらいですよ」


「オレは同性相手の結婚はゲットアウトヒアですから!」


「じゃあ、女の個体を連れてきます。前に言っていたヨルナというのがそれなんですが、まぁ、簡単に言うと私が女だったら? というifの可能性、あるいは私の理想とする女性像の女性なんですが、細かいことはいいでしょう」


「いらん!」


 これ以上増えても困る。

 しかし、店主さんはお礼に結婚してあげるとわけのわからないテンションで迫り続け、オレが必死で断る。

 そんな意味不明な争いを繰り広げていると、汗だくのシエルちゃんを連れてカーチャンが戻ってきてしまった。


 そして、オレの膝の上にいる店主さんを見ると……。


「お前……男か?」


「はい。時雨坂朝菜と言います。一文字孝也さんと結婚させてください」


「タカヤ、私は同性愛を否定するつもりはないが……」


「違う! 違うんだぁ!」


 無駄に理解のある親が恨めしかった。

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