結婚は人生の墓場
夜の散歩をしていると、変なものを見かける。
中には普通のものもあるが。
例えば家の庭でパーティーしてる人とか、如何にも怪しい内容を話してる人たちとか、首輪をつけられて散歩してる人とか。
この町には変な人がたくさんいるから仕方ない……。
半ばあきらめ半分で人気のない道を歩いていると、バッタリと知り合いに遭遇する。
「おや、一文字さん。どうしたのですか?」
「夜の散歩ですよ。店主さんは?」
「私も同じく散歩ですよ」
念のために言っておくが、店主さんは決して首輪をつけられているわけではない。
首輪をつけられて散歩していた人は店主さんとは別人だ。
「奇遇ですね」
「そうですね」
うん、本当に奇遇だ。こんなところでバッタリ会うなんて。
そう思いながら、何とはなしに店主さんと同じ方向に歩いていく。
そうして辿り着いたのは、近くの公園。オレがガキの頃にも遊んでいた公園だ。
すぐ隣にあったよく分からない廃屋は取り壊されて、空間的な広がりが出来ていた。
何もかも、こうして変わっていくんだな。
そして、店主さんが突き出した石柱のようなイスに腰掛けて、懐から何かを取り出した。
よく見てみると、緑色の紙パック。金色のコウモリが描かれたパックだった。
「タバコですか」
そのパックから取り出され、店主さんが口にくわえたものは白い棒状のもの。タバコだった。
「時たま、無性に吸いたくなるんです。控えてるんですけどね。吸う為に外に散歩しに来たようなものです」
シュボッ、と音を立てて火の灯るライター。
銀色の、年季が入って曇ったジッポーだった。
それで煙草に点火する姿は何とも堂に入っていた。
「家で吸わないんですか?」
「癖ですね。家の中で吸うなと、散々妻に叱られていましたから」
「へぇ、結婚してたんですか」
「ええ。昔の話ですがね」
ふぅ、と吐息と共に吐き出された紫煙が生温い夜の空気に溶けていく。
「彼女は、ふてぶてしく、傲慢で、そして美しかった。誰よりも確固とした自我を持った人間だった」
昔を懐かしむように、眼を細めながら、店主さんが言う。
「彼女が私を私にしてくれた。彼女こそが、この時雨坂朝菜という人間のターニングポイントだった」
「意味するところは?」
「転機、変わり目、分岐点……色々と意味はありますが、分岐点、が一番ふさわしいのでしょうね。彼女に出会えていなければ、きっと私は実につまらない人間として生涯を終えていたでしょう」
「店主さんを見てると、どこまで信じていいものか分かりませんよ」
「全面的に信じていいと思いますよ。並行世界を観測して導き出した推測ですから」
「それまた信頼性が高い」
並行世界なんて可能性の数だけ存在するが、可能性の多寡から、似た傾向の世界ができやすい傾向はある。
恐らくオレが世界を救った世界と、救わなかった世界では、圧倒的に前者の方が多いだろう。
オレの性格的にその方が妥当な結果だ。
店主さんは、その女性と会わなかった世界を観測して、つまらない人間として生涯を終えていた割合が多かったのだろう。
「それで、どんな人だったんですか?」
前に店主さんの家で色々な話を聞いたが、その時は話を大幅に端折って、どんなことがあったかを聞いただけだ。
その人が、どんな人だったのか、そう言うのは全くと言っていいほど分からない。
「そうですね、まぁ、いわゆるキ印さんでしたね」
「……なんで結婚したんですか?」
そんなのと結婚するなんて正気の沙汰ではない。
「一時間で世界滅ぼせるような人間が、結婚しないと殺すって迫ってきたら結婚せざるを得ないでしょう」
「うわぁ……」
そりゃ人生は変わるわな。変わらざるを得ないわ。
「彼女との結婚生活は波乱と苦難に満ちていましたよ。事ある毎に指をへし折られ、時として拷問をされ、人権を否定され……」
「すいません、人間扱いされてなくありませんかそれ?」
指折られたり拷問されたりって、明らかに普通じゃない。
「彼女に殺されかけた時、彼女は私に「次は大事に遊ぶ。壊したりしない。約束するわ」って言っていましたよ」
人間扱いどころか生物扱いすらされてない。
「ですが、いい人でしたよ。色々と複雑な事情があって、彼女は常軌を逸した自我の持ち主でしたが、決して残酷なだけの人ではありませんでした。優しい人でもありましたし、とても情に厚い人でもありました」
「愛してたんですね」
愛しいものを話すような仕草は、どう考えてもその人を愛していたようにしか見えない。
一体どんな人だったのかは分からない。けれど、店主さんの言う通り、いい人だったのだろう。
「そうですね。私は彼女を愛していました。拉致監禁から始まった恋のヒストリーでもね」
「ファーストキスからじゃないんですか」
「正確に言えばあばらの骨折から始まる恋のヒストリーですね」
ひどい。本当にいい人だったのか分からなくなってきた。
「そもそも、さっき言ってた指を折られたり、拷問されたりって、どう言うことです? 優しい人だったって前に言ってませんでした?」
「今風に言うと、ヤンデレだったんですよ、彼女」
「ああ……」
そう言えば前にもヤンデレって言ってたかな?
でもおかしいな。そのヤンデレの人ってべた甘デレデレのお姉さんなんじゃ……。
「まぁ、私が他の女性と話さない限りは優しい人だったんですけどね」
「話したら?」
「会話の長さに応じた数だけ指が折られます」
怖過ぎる。
「浮気なんかしたらどうなるんですか?」
「浮気した女性の一族郎党皆殺しだそうです」
本人のみならず一族郎党皆殺しかよ。絶対に浮気出来ねぇなそれ。
「まぁ、何人か例外は居たので、それほど寂しくはありませんでしたけどね。あの時は、楽しかった。不安も何もなく、毎日を楽し……」
そこで言葉に詰まり、なぜか震えだす。
「……いことばかりでもなかったというか……ひどい目にばっかり遭ってたような気もしますが……うん……それなりに、楽しかった……はず……です……」
「……無理して自分を納得させなくていいんですよ?」
「……辛い事ばっかりでした。楽しい事もありましたけど……でも、辛い事の方が圧倒的に……」
「苦労してたんですね……」
返事は無かったが、身を震わせる姿から答えは明白だった。
結婚は人生の墓場って言うけど……辛い眼に遭ってきたんだなぁ……。




