乙女は巴さんに恋してる
「あのさ、タカヤ。あたし、今気付いたんだけど」
「なんだ?」
「あたし連れてってどうすんの?」
「はて、言われてみれば確かに……」
コイツ連れてっても何の役にも立たん。
ただ、くっついてるとどうにも自分の体の一部のような気がしてきて、離すのがおかしいような気がする。
「でも、なんか離れるのもおかしいような気がする……」
「あたしもそう思う……不思議だ……」
しかし、タカネを抱えてても仕方ないので降ろす。
「さて、シェフ、今日のメニューは?」
「野菜炒めだ」
「そうでした」
というわけで、皿にどっさりと盛られた野菜炒めをリビングに運ぶ。
まぁ、畳十二畳の部屋なんで、リビングって言うより茶の間なんだが。
「そう言えば修也、千里は?」
「最近は忙しくて帰りが遅いよ。レポートがどうのって」
「夏休みまだまだ先なのにか」
でもこの時期だと大学は試験か? どうなんだ?
大学の日程なんて知らんしなぁ。
夏休みが結構遅く始まるのは知ってるんだが……。
「まぁいいや。ところで、この野菜炒めを作ったのはトモエさんですか」
「うん、そうだよ。って言っても、味付けをして炒めただけだけど」
さっきつまみ食いしたので分かったのだが、これはカーチャンの味ではなかったしな。
カーチャンの味は……そう、漢らしい味付けだからな。
調理の仕方が分からなければ、とりあえずカレー粉かけとけって人だし。
「……えーと、孝也。その人もお姉さんとか言い出さないよね?」
「まっさか。トモエさんは違いますよね」
「うん、そうだね」
「だ、だよね」
まったく、何を心配してるんだか、コイツは。
そもそもお姉ちゃんが増えるって言うのはご褒美だろ?
まぁ、実の姉が増えてもなにも嬉しくないけど。
「この人はお前の義兄だ。ちゃんとお兄さんって呼ぶんだぞ」
「よろしくね、安久都巴です。高音ちゃんの旦那様をやってます」
「はぁぁぁあぁっ!?」
「こら、失礼だろ。自己紹介をそんなに驚くんじゃない」
「え、いや、だって、この人、スカート履いて……」
「人の趣味に口出しするもんじゃないぞ、まったく……この人はあれだ、流行りの男の娘って奴だよ」
確かにトモエさんは男なのにスカートを履いている。
下着だって女物を履く拘り具合だ。
でも似合ってるからそれでいいじゃないか。
「い、いや、だって! おかしいでしょ! どう考えても! 女装してるんだよ!?」
「ああもう! うるせぇなぁ! そんなに女装してるのがおかしいのか!?」
「むしろそれが正常だと思うの!?」
確かに、冷静になって考えてみたら、女装してるのは正常ではない。
でもいいじゃん。トモエさんは似合ってるんだから。
「とにかく、人の趣味に口出しをするんじゃありません」
「えええー……」
全く、人の趣味にケチをつけるのはどうかと思うぞ。
そう思いつつ、台所に戻ってあれこれと運ぶ。
人が多いからか、運ぶもんが多いなぁ。
まぁ、人口密度一気に倍以上になったから仕方ないか。
「そう言えばカーチャン、トーチャンは?」
この時間なら帰って来てもおかしくないんだが……残業か?
「単身赴任中だ」
「へえー……どこに?」
オレが異世界に行っちゃったときは東京に単身赴任してたが。
というか、また単身赴任に行ったのか?
「愛媛だ」
愛媛……どこだっけ? まぁどうでもいいや。
「愛媛か……愛媛……岐阜……エヒフ……。カーチャン、若鶏のエヒフ喰いたい」
「なんだそれは」
「さあ……?」
若鶏のエヒフってどんな料理なんだろうな。
オオグンタマとかも気になるぜ……。
「まぁとにかく、メシだメシ。さぁ、ベルトを緩めてみんなでモリモリ食べましょー」
「焼肉じゃねーけどな、これ」
まぁな。
さて、そんなおふざけをしつつも晩ごはん。
「タカネ、お前って小食だなあ」
「体が小さいしね」
オレも小食だが、タカネは更に小食だ。
小さい茶碗一杯で腹一杯になってしまうとは。
かく言うオレも、茶碗一杯と味噌汁で腹一杯になってしまったが。
「でも、こいつらはよく喰うなぁ……」
特に、修也が。めっちゃ大食いになっとるがな、コイツ。
幼稚園児の頃からラーメンを大盛りで平らげる奴だったからなぁ。
他の面々を見渡してみれば、トモエさんは見た目相応の小食さ。
オレと同じくらいしか食べてないようだ。
レンは体動かす方だからそれなりに食っているが、見た目にしては、と言った程度。
魔王は元々食事が要らないので、メシ自体食っていない。
つまり、大盛りの野菜炒めの殆どは修也とカーチャンの二人で消費しているという事になる。
「オレ、どんぶりでメシ食うのはカーチャンだけだと思ってた」
「あたしも。まさか、修也がラーメンどんぶりでメシを喰うようになってるとは……」
驚きだぜ……というか、何処にそんなに大量のメシが入ってるんだ……。
一日に一升の米を消費する我が家は伊達じゃねえな……。
そんな事を考えてると、我が家の玄関が開く音がした。
気配を探ってみれば、入ってきたのは女性。まぁ、千里だろう。
そう思って玄関に繋がる場所に目をやれば、茶の間に入って来たのはやはり千里だった。
「ただいまー。って、ちょっ、えっ!?」
「おかえり、千里。お土産は?」
「おかえりんこ、千里。あたしにもお土産くれ」
なぜかお土産を要求しつつ、千里を出迎える。
そして、驚愕冷めやらぬ千里は何か口をもごもごさせ……そして、ようやく一言。
「……なんで孝也が居るの?」
「小説にするとおよそ十冊。その後の話も含めれば二冊にはなろうって言う程の苦労を経て、オレは帰って来たんだ」
文字数にすると、大体だが27万字にもなるだろう。
それくらいの長い苦労を経て、オレ達はここに帰って来たんだ。
「そうそう。大変だったんだぜ? あたしなんか結婚までしちゃってさー」
「いや、お前誰だよ?」
千里の冷静な突っ込みがタカネに突き刺さる。
「あたしは高音。あたしは孝也に生み出されたんだよ」
「マジで? どんな風に?」
え、そこでオレに振るのかよ。
「こう、気合いを篭めて」
「嘘を吐くな」
「じゃあ、根性」
「根性なら仕方ない」
マジかよ。根性ならいいのか。
「細かい事はさておき、コイツはオレとほぼ同一人物だ。そう言うワケで、コイツはお前の妹だ。分かったな?」
「よし、分かった。私、妹欲しかったんだよねー」
「マジで? 初耳なんですけど」
「だって、言ったらトーチャンが骨になるじゃん」
「なるほど」
カーチャンがハッスルするとトーチャンが痩せるわけだ。
「よしよし、今日は私と一緒に寝ようぜ、高音!」
「え、やだ。あたしはトモエさんと寝るし」
「えー……って、知らない人が他にも何人か……」
「よし、順番に教えてやろう。コイツはレン。お前の妹だ」
「あ、ああ。お初にお目にかかる。蓮という。以降よろしく頼む」
「マジで!? 妹が二人!? じゃあ、もしかしてコッチの人も妹!?」
「いや、それはヴィレッタ・ジャーズと言って妹ではない」
「なーんだ……じゃ、こっちの人は?」
「よかったな。そっちの人はお前の弟だ」
「弟!? あ、流行りの男の娘って奴だね。なるほど……」
さすがはオレの次に非常識な我が姉。納得の速度がハンパじゃねーぜ。
「ねぇねぇ、女子高とか通ってた?」
「ずっと昔に何回か通った事はあるよ」
あるの!?
「じゃあ、お姉さまとか言われてた?」
「うん、何回かね」
「マジかよ! これはまさに、リアルおとボク……!」
これがエロゲ脳って奴か……。
「腐ってやがる、早すぎたんだ……」
「私にそのゲームやらせたのは孝也じゃん?」
「そう言えばそうでした」
まさか、千里を腐らせたのがオレだったとはな……盲点だったぜ……。
「よし、お母さん! 巴ちゃんを女子高に入れよう!」
「この辺りに女子高は無いぞ」
そう言えばそうだな。
前は女子高あったけど、もう共学になっちゃってるし。
「オ・ノーレ! 我が世の冬が来たぁぁぁ!」
「待て千里! 女子高は確かに存在しない……だが、元女子高の男子率は低いはずだ! そこに通わせれば……!」
「くっ、妥協点にはなるか……! 仕方あるまい。巴ちゃん、千桜高校に通いなさい!」
「んー……そうだね、別にいいよ」
え、了承しちゃうの?
「別に僕は困らないしね。高音ちゃんはこの世界の方がいい? それとも、あっちに戻りたい?」
「んー……トモエさんに任せるでござる」
「じゃ、暫くこっちで暮らそっか。戻りたければいつでも戻れるしね」
うわー、てきとー。
「まぁ、オレは暫くしたら向こうに戻るけどさ」
メシ食い終わったらカーチャンに話さないとなぁ。
「待て! 我はこの世界の方がいいぞ!」
「ほう、ヴィレッタよ、その心は?」
「まだ食べてないアイスがあるのだ。我が見たところ、あと二十種類くらいはアイスがあったはずだ!」
ぶっ飛ばしたろかコイツ。
「ったく……レンは向こうの方がいいよな?」
「え、あ……う、うむ、ま、まぁ、な……」
即答しろよ。なんでそんな歯切れ悪いんだよ。
「と、とりあえず、あの特撮とか言う奴を全部見終わってからではダメか?」
「……好きにしなさいな、もう」
そうだね、こっちの世界の方が娯楽面白いもんね。
まぁ、どうせいつでも行き来出来るからいいんだけどさぁ……。