聖戦
帰って来た我が家。
特筆すべきことは無く、メシ食って寝た。
特になんという事も無い、和やかな一日だったような気がする。たぶん。
さて、そんな梅雨時の夜長。
ひたひたと迫りくる足音。
幾らオレがたるんでいたって、近づいてくる気配くらい察知できる。
言っておくが、たるんでいるというのは精神的な比喩であって腹の事ではない。
オレの腹筋はカチカチだぞ。拳銃だって通さないすごい腹筋なんだぞ。本当だぞ。
……まぁ、それはさておき。
近づいてくる足音がベッドの真横まで来た時、オレはその足音の主に襲い掛かっていた。
「ふぎゃあっ!?」
「ぐわははは! バカめぇ! このオレを闇討ち出来ると思うてか!」
さて、一体誰だ? まぁ、大方魔王だろうけど。
目的が何かは知らんが、オレを闇討ちする奴なんか魔王くらいしか思い至らん。
「ぐはははは……覚悟するがいい、たっぷりと甚振ってくれるわ」
「ひ、ひぃぃっ!」
「クックック、可愛い悲鳴を上げやがって。覚悟しろ! 明日の朝日は拝めんぞ!」
「た、た、助けてぇ! 助けてぇぇぇ!」
「助けが来るわけが無かろうが! ふはははは!」
がっしりとホールドして、そのまま寝る。
明日の朝までホールドされ続ける苦しみを味わうがいい。
この湿気の多い時期に、布団でがっちりと包まれる地獄の暑さをな!
朝。誰かが目覚めた音を聞き、目が覚める。
少し気だるい感触を味わいつつ、ホールドしていた布団を解放してやる。
この地獄の暑さを味わえば、二度と闇討ちをしようなんて思わないだろう。
「さて、反省したか? 魔王? ……って、あれ? 誰こいつ?」
そこに居たのは魔王ではなかった。
魔王の特徴的な灰色の髪ではなく、こげ茶色のショートカット。
ちんちくりんの体に対してやたらとデカくてもわもわの尻尾。
頭にはちっこい獣耳。見た目的に、5歳くらいか?
「なんとぉーっ!?」
なぜ獣耳幼女が!? もしや、オレの一念が天に通じたか!
いやぁ、祈ってみるもんですね。などと思いながら、とりあえず汗だくの幼女を抱っこして立ち上がる。
そして階下まで行き、タカネとトモエさんの部屋に。
何の遠慮も無く扉を開けてみる。そしてすぐに閉めた。
オレはなにも見なかった。
そう、なにも見なかったんだ……。
なにも見えなかったんだ……それでいい……。
「さあて……レンに頼むかな……」
レンが使っている客間。というか、急遽客間にしている空き部屋を開ける。
そこには既に目を覚ましていたレンが正座して、精神統一をしていた。
「おはよーっす」
「タカヤか。どうした?」
「なにはともあれ、ちょっとコイツを連れて行水してきてくれ」
「……き、き、貴様という奴は……私というものがありながらぁ!」
なんか小刀投げつけられた。その小刀を華麗に指先でキャッチしそこね、的確に額で受け止める。
「ちょういてぇ」
「ちょういてぇ、ではない! 貴様という奴は……貴様という奴は……! 貴様という奴はァ!」
なにをキレてるんだ。これがキレる子供って奴か? 最近の子供って怖いわぁ……。
「いいか、レン。お前はきっと何か勘違いをしている」
「ほほー……なにをどう勘違いしているのか、具体的に教えて欲しいものだな!」
「いいか、この幼女はなんか気付いたらベッドに居たんだ。決して疚しい事はしていない」
「同衾した時点で疚しい!」
そこまで言い切るとは……予想もしてなかったぜ。
「分かった分かった。だったら本当に疚しいことをやらかしてきてやる」
「お、おい、何を開き直っている?」
「呪いが解けそうでな。今ならオレ、ゲジゲジにだって欲情出来るぜ?」
「待て! 待て待て待て!」
「行くぜ……ピリオドの向こう側によ……」
もう辛抱たまらんぜ。さっき見てしまった……いや、見てないけど、見てないんだけどね。
まぁ、なんというか偶然察知してしまった光景的な何かから、ムラムラと来てしまってな。
「やめろ! やめんかぁ!」
背後から鞘で思いっ切りぶん殴られた。ちょういてぇ。
ふう……止めてくれてよかったぜ。止めてくれなかったら、性犯罪者の汚名を被る所だったぜ……。
「大丈夫だ……オレは正気に戻った」
「……本当か?」
「うん。でも……堪らねぇぜ! うおおんっ、オレはまるで人間発電所だ!」
「落ち着け! 落ちつけぇ!」
また殴られた。しかも正面から。
「いでぇっ! 小刀を打ち込むな! 死んだらどうする!」
「というかさっさと抜け!」
「よし来た任せろ!」
「なぜズボンを降ろす!?」
「だって、抜けって言うから……」
「どういう意味だそれは!?」
これだからおぼこい嬢ちゃんは……と思ったが、そこらへん熟知されててもなんか嫌だ。
そう思いつつも、自重してズボンは脱がないでおく。
「さておき、この幼女を連れて行水を頼む。なんかめっちゃ汗だくだし」
「また随分と話が戻ったな……で、この幼児はなんなのだ?」
「知らねえ。なんか闇討ちされたから確保した」
「どういうことだそれは……? まぁいい。起きたら事情を聞けばいいのだからな」
レンに幼女を手渡し、レンが風呂場に入って行ったのを見送って、部屋へと戻る。
魔法で鍵を閉め、オレは深呼吸をする。
「……行くぜ、ピリオドの向こう側によ……」
さあ、オープンコンバットだ……!
「あ、おはよう、タカちゃん。なにしてるの?」
背後から声がかかった。
「お、おお、お、おはよう、早苗!」
振り向けばそこには早苗の姿。
ああ、そう言えば、隣の家だったね!
「うん、おはよー、タカちゃん。なにしてたの?」
「に、ニニ、ニンジャの修業を……」
「わっ、そっかー……修業がんばってね!」
結局、オレはピリオドの向こう側に行くことはできなかった。
幼馴染の目の前で、ピリオドの向こう側に行けるほど、オレは勇者じゃないんだ。
ああ、溜まる……溜まるぜ……溜まると堪らねぇぜ……。




