Papier ist geduldig
「ところでさー、ローザ」
ちりんちりーんと、ガードレールの上を爆走しながら尋ねる。
公道走ってると車追い越す時にぶつかりそうで邪魔だし、さりとて歩道走って人轢いたら嫌だし。
そう言う理由でガードレールの上だ。
「なんだ」
「……名古屋ってどこだ?」
「…………」
いや、名古屋とか知らなくね?
考えてみたら、名古屋って県名じゃないよな?
とすると、どっかの県の市町村なんだろうけど、その県がどこか分かんねえって言う……。
「お前、なんの当てもなく走っていたのか?」
「いや、近畿地方辺りなんじゃねえかな、とはアタリをつけてるんだが……」
「はぁ……たしか、名古屋は中部地方だ。愛知の県庁所在地が名古屋だ」
「おお、なるほどな。よし、んじゃ、中部地方目指していくか」
中部地方とやらがよく分からんが、とにかく爆走だ。
その後、各地の道路の自動速度違反取締装置に自転車が撮影されたというニュースが放送されたらしい。
一体誰がそんなバカげた真似を……。
「ここ名古屋か?」
「電柱の表示を見るに、名古屋で間違いないようだ」
「おお、確かに」
ようやくたどり着いた名古屋。近くの適当な駐輪所に自転車を止めて、さっそく店へと向かう。
「しかしお前、音速近く出したのによく平気だったな」
「慣れている。あれほどの速度を体感したのは久しぶりだがな」
「どこで慣れたんだよ」
「戦闘機に乗っていたんだ。浸透対地攻撃が得意でな」
「マジかよ、ハンパねえ。どこぞの閣下よろしく、戦艦も沈めたか?」
「フッ、まぁな。私は五隻は沈めたかな」
「スゲエな。もちろん、爆撃機に乗ってたのに戦闘機も落としてたんだな?」
「無論だ。私はエースだぞ。大佐にまで上り詰めてやったわ」
「現代の女ルーデルとかヤベーわ。サインください」
「そう言うのは私の副官を通して貰おうか」
たわけた会話を交えながら町を歩く。
もちろん、ローザがナンパされたりという事は無い。
現代にそんな人間が居る訳ないだろ、常識的に考えて。
無事に何事も無く目的の店に辿り着き、かつ丼を賞味。
実に美味だった。味噌カツって言うのもいいものだな。
「さて、土産買って帰るか」
「本当にかつ丼を食うためだけに来たのか、お前は」
「それ以外に用事ないだろ? 自転車でほんの1時間程度の距離なんだし、その程度の用事で来ちゃってもいいだろ」
「ここは常人なら新幹線で5時間の距離だがな」
「それはみんながスロウリィなだけです」
「まぁ、確かにそうではあるな。あれがあれば、私だとて10分で来られる距離だ」
「マジかよ、早え。でもオレなんかワープで来れるようになりましたし」
「もはやサイエンスフィクションの領域に足を突っ込んで来たな」
まぁ、オレのワープはサイエンスフィクションではなくて、オカルト的なワープですけどね。
「ところで、10分で来れるってどんな速度さ?」
音速は出してないが、それに近い速度でここまで来たはずなんだが。
それで1時間近くかかったのに、10分ってどんな速度だ?
「まぁ、極超音速だな。第六世代からはハイパークルーズ能力が必須要件となったからな」
「第六世代?」
「戦闘機の世代だ」
ああ、その設定まだ続いてたんだ。
「まぁ、第六世代は即座に廃れたからな。私が乗っていたのは第八世代だ」
「そうですか」
「第六世代の化学反応式ジェットエンジンには限界があったし、パイロットが持たん。すぐに抗重力機関を併用したグラビティファイターが第七世代となり、やがて第八世代は完全に抗重力機関に依存した推進方法を取るようになった」
「はあ」
「第八世代はパイロットへの負担を可能な限り軽減しつつも、今までにない高速度を発揮できた。ソニックブームの問題で、軽々しく極超音速航行は出来なかったがな」
「うん」
語り始めると長いんです、この人。
ローザの話を適当に聞き流しつつ自転車を置いた場所に辿り着く。
そして、ローザを後ろに乗せて家路につく。
「一文字孝也」
「んー?」
「お前はいい男に、そう、強い男になったな」
「惚れんなよ? 凍傷起こすぜ?」
「ほざけ。確かにいい男になったが、やはり、奴には敵わん」
「へぇー……どんくらい強かったん?」
オレより強いって言うのがいまいち想像がつかないのだが。
この世界に魔法ないから、少なくとも魔法使いではないだろうし。
「身体能力や戦闘力が強いわけではなかった。生身で音速を出せたりはしないし、残像も残さん速度でぶっこぬきが出来る身体能力はなかった」
麻雀でイカサマしてたのバレてました。
「じゃあ、心の強さとか?」
「は? 貴様は阿呆か? 心に強いも弱いもあるものか。それはただの在り様でしかない。強いだの弱いだのというのは、優劣をつけたがる阿呆が言うものだ」
「あはい、すみません」
「奴の強さとは、生物としての強さだ」
「よく分かりませんえん」
「生物の成すべき根源とは突き詰めれば、子孫を残すことにこそある」
つまり、精力絶倫だったのか……?
やだ、この子ったらエッチね。
「なにか阿呆な事を考えているだろう」
「いえ、ちっとも」
「まぁいい。子孫を残すには成さねばならぬ要件がある。ひとつ、生殖能力がある事。ふたつ、発情出来ること。みっつ、生き残ること。生き残らねば、子孫を成すことは出来んからな」
「ふむ」
「奴の強さとは、三つめ。即ち、生き残る事にあった。あれは遺伝子の怪物だった。優れた遺伝子を後世に残す為の、遺伝子の箱舟。あらゆる環境に適応し、最も有用な結果を発露させる。常に進化し続け、最良の遺伝子を後世に残せる。そんな生物としての強さを持っていた」
んー……つまり、生き残る為に、環境に適応し続けてきたと。
首の長いキリンが生き残れたのではなく、生き残る為に首の長いキリンになるかのように。
人間で言えば、優れた知能があったから繁栄したのではなく、繁栄する為に優れた知能を発達させたとでもいうか。
過程があって結果が生まれるのではなく、結果から過程を導き出して優れた結果を手にし続ける。
確かに、途轍もない存在かもしれない。
「だからこそ欲しい。その、優れた存在の子孫を残したいと、そう思うのだ。自身の遺伝子を受け継ぐ者を残したいとな」
「動物そのものじゃねーか」
「人間は動物さ。幾ら取り繕おうがな。私は原始の形としてあるがままに生きているだけさ。だからこそ、私は奴の子供が欲しい」
やっぱ、コイツ頭おかしいわ。
でも、まぁ……コイツがそうなってしまった理由は、なんとなく分かる。
そうしておかなければ滅ぶと、本能的に直感しているのだ。だから、そう言う行動に躊躇なく走れる。
「お前ら、って言っても、早川とか早苗は除くけど。カーチャンとか、お前と一緒に走ってる奴とか見てるとさ、普通とは違うって分かる」
「ほう。その程度には目が肥えたか。どんな顔をしている?」
「平坦な顔してるよ、お前ら」
「彫りが浅い云々という意味ではないのだろうな」
「当たり前だ。あとは、眼だな」
「死んだ魚のような目をしている、か?」
「そこまでは言わないけどな。いつも据わった目してる。落ち着いてるように見えて落ち着いてない。ある種の諦めまで懐いてる」
「お前も似たような顔つきをするようになった。苦労しただろう。以前と変わらない態度を取れるようになるには」
「まぁな……」
「そして、あの一文字蓮とやらもだ。惨いものだな。あんな幼子が、あんな目をするとは」
魔王との戦いは人々の心に大きな傷を残した。
シエルちゃんやアリシアちゃんは、昔と変わらない。
けれど、レンや、オレは、大きく変わっただろう。
レンは今でもぞっとするほどに冷たい眼をする。
一人思考に没頭しているときの顔は、恐怖を覚えるほどだ。
そして、本気で戦いに臨む心構えをした時の目は、底冷えする程の冷気を持っている。
それが魔王との戦いで負った心の傷。
命の危険と、心に負担を強いる戦いは、そんな心的外傷を負わせた。
「お前たちの戦いは、私達の戦いに匹敵する程に絶望的だったのか。あるいは、絶望的ではなくとも、心に傷を負うような、そんな過酷な戦いだったのだろう」
「まーな」
「一度負った心の傷は決して治りはしない。だが、それでも、私達はこうして前に進んでいくことが出来る」
「こうして生きている限りは、か?」
「そうだ。図らずも拾った命だ。例え過去の傷は治らなくとも、私達は前に進もうとしている」
「だから、オレ達だって進んでいけるだろう、って?」
「ああ。とは言っても、お前たちはもう、前に進んでいるのだろうな」
「進んでかなくちゃな。そうでなきゃ、苦しかった戦いを終わらせた意味がない」
「それが分かって居れば上出来だ。人は進歩し続けなければならない。それが人という生き物だ。常に最善を求め続ける事こそが、人に課せられた使命なのだから」
「そうだな……」
夕焼けに燃える世界を自転車で走りながら、ぽつぽつと会話を交わし続ける。
核心には迫らなくても、それは分かる。
大きな痛みを伴うそれをわざわざ話す意味は無い。
ただ、あやふやに確認する。それだけで十分だ。
「オレ、お前が度々いう変なことって、ただの妄想だと思ってた」
「そうだろうとは思っていた。それでも口をついて出るのだから仕方あるまい」
「そうだな……お前、嘘なんて殆ど言ってなかったんだな」
「まぁな」
「ってことはお前、自分の実感としては歳いくつなんだ?」
「さて……55くらいになるな」
「そんなにか。ばーさんだな」
「まぁな」
笑いながら、自分たちの町に帰る。
ローザにとっては、唯一過去を分かち合える仲間の居る町へ。
オレにとっては、家族の待つ町へと。
この世界に帰って来て、よかったな。




