インガオホー。ハイクを読め
ぷらぷらと特に急ぐでもなく、ゆっくりと歩く。
当然だが何も起こらず、無事に近所のスーパーに到着。
「魔王、お菓子買ってやるぞ。好きなの一個だけ選べ」
「いいのか? しかし、この世界は珍しいものが……」
「馬鹿っ。目立つ発言はよせ……」
「す、すまぬ。迂闊に口も滑らせられんとは、実に恐ろしいものだな……その、ニンジャは……」
「ああ……出来るだけ普通なフリをするんだぞ……」
そして何事も無く買い物を終え、家に向かう帰り道。
なんと幼馴染とバッタリ遭遇した。
金髪に蒼い瞳と日本では滅多に見る事のないトランジスタグラマーな少女。
なんでもドイツ人らしく、オレが三歳の頃に隣に引っ越してきた。
なんでわざわざ日本なのかは知らんけど。
「お前は俺の家の左隣に住んでる18歳高校生。彼氏いない歴=年齢、尊敬する人はハンス・ウルリッヒ・ルーデル、趣味はフライトシミュレーター系ゲームのロザリンデ・カレンベルクじゃないか」
「そう言うお前は私の家の右隣に住んでいる18歳高校生、彼女いない歴=年齢、尊敬する人は北村克己、趣味はゲーム全般の一文字孝也ではないか」
「貴様ら、なぜ説明口調なのだ?」
うるさいぞ、魔王。細かい事は気にするな。
「して、一文字孝也。一年ほど行方不明だったようだが、何をしていた? 童貞を捨てる旅にでも出ていたのか?」
失礼な奴だな、コイツは。
「くくく……今のオレは一味違うぜ……?」
「ほう。何が違うのだ? どこぞのクリニックで一皮剥いて貰ったか?」
「クックック……聞いて驚け! なんとオレに嫁が出来た!」
どうだ、驚いたか! と言わんばかりに胸を張って言ってやる。
コイツの鉄面皮も少しは崩れて……。
「その嫁は画面から出て来ないぞ」
「そう言う嫁じゃねえ」
全く、こいつはオレをなんだと思っているんだか。
「あとでお前にも会わせてやろう! 夕飯を喰ったらオレの家に来るんだな!」
「お前が来い」
「あ、はい」
コイツには頭が上がらない。だってコイツ怖いんだよ。
幼稚園に入る前から恐怖で上下関係を教え込まれたのだ。
というか、オレの気のせいじゃなけりゃ、コイツは幼稚園の頃の方が怖かった。
「えーと、あと、実の妹と義弟が出来た!」
「ほう。一文字勇美が妊娠したか」
「いや、オレが分身して性転換させたんだ」
「まるで意味がわからんぞ」
確かに意味不明だ。だが事実だ。
「で、義弟というのは妹が結婚したという事か」
「そうだ。美少女夫婦だぞ」
「それを言うなら美男美女の夫婦だろう」
「美少女夫婦であってる」
「よく分からん」
「見れば分かる」
というか、あれは見なきゃ分からんと思う。
だって、トモエさんって見た目だけは美少女なんだぜ?
あんなの詐欺だよ。
「まぁ、事情は大体わかった。そっちは?」
「コイツはヴィレッタ・ジャーズ。オレの召使い」
「ほう。そうか」
それだけで納得しちゃっていいんだろうか。と思ったところで魔王が激怒した。
「誰が貴様の召使いだ! 我は魔王であるぞ!」
いや、あなた余裕でばらしちゃってどうするの、幾ら異世界だからって。
「ほう、魔王か。奇遇だな。私も魔王と呼ばれていた」
そう言えば幼稚園の頃は魔王ってあだ名だったな。
誰が言い出したかは忘れたが、怖い奴=魔王って感じで。
「ほほう。魔王か! よもや異世界に来て魔王に遭うとは……はっ!?」
「魔王のバカ! 聞かれていたらどうするんだ! ニンジャが潜んでいるんだぞ……!」
ローザがどう反応するか分からなかったが、ニヤニヤ笑っているだけで何も言わなかった。
さっすが、自分も外国人なだけはあるぜ。
自分も外人だからってニンジャについてのウソ話を人に教え込むもんな。
「す、すまぬ。……聞かれては、おらぬよな?」
「分からない。奴らは擬態能力にも優れているからな。オレの感知能力じゃ発見は出来ない。来るとすれば、明け方……覚悟しておけ」
「う、ううう……ゆ、勇者、今の我では殺されてしまう……」
「大丈夫だ、安心しろ、魔王」
オレは魔王を安心させるように微笑むと、その肩に手を置いて言った。
「死んだら祈って蘇らせてやるから」
「そう言う方向でなく我を護れ! 見殺しにするな!」
「いいじゃん、別に」
祈れば蘇るんだし。そもそもニンジャ自体嘘っぱちだし。
「ニンジャか……私も苦労したものだ」
おっと、ローザが何かを考え終えたのか口を挟んでくる。
コイツの事だから事態を混乱させるような事を言うんだろう。
「な、なに? 貴様もニンジャに監視されていたのか?」
「ああ。日本に来た外国人は皆ニンジャに監視される。そして迂闊な行動を取れば、インガオホーでハイクを読まされる」
「は、ハイク?」
「ああ。ニンジャは死に際の相手に辞世の句……ハイクを聞いてやる。それがニンジャの流儀だからだ。つまり、ハイクを読めと言われた時、お前は殺される」
「な、なんと……貴重な情報、感謝するぞ」
やばい、面白い。
「しかし、それを知っているという事は、もしやニンジャに襲われた事があるのか?」
「ああ、途方もない死闘だった。私は最新鋭の戦闘機を駆って戦ったのだが、奴らは生身でそれに追随して来た。なんとか一人倒したが、そいつは死ぬ直前に仲間を呼び、仲間が二十人も現れた。私は投降したが、日本に移住する事を条件に命を助けられたのだ」
うわ、コイツすげぇ盛ったな……。
「せんとうき?」
「英語で言えばファイター、ファイターエアークラフトだ。英語圏か?」
「えいごけん?」
「魔王、お前が作らせてたテンプラーフライヤーの五倍以上速く飛べる兵器だ」
「なんとっ! 音よりも早くか……恐ろしい……それほどのものを相手に生身でだと……?」
「奴等は戦車の正面装甲をカラテで切り裂くからな」
「ドラゴンの鱗並みに硬いぞ」
たぶんだけど。
あれ? そうだとすると、オレはハエ叩きで戦車切れるのか?
オレってすげーな。
「ま、まさに人間兵器か……恐ろしい……」
魔王の中のニンジャ像がどんどん人外になっていく。
いいぞ! もっとやれ!
「以後、気を付けるといいぞ、ヴィレッタ・ジャーズ」
「う、うむ……話には聞いていたが、ニッポンとは人外魔境なのだな……まさか、全て勇者の言う通りであったとは……」
順調に騙されてくれたようで結構。次はどんな嘘を教えようかな……。
そうだ。日本の戦闘機は紙と竹で出来てるって教えてやろう。
戦闘機はローザが詳しいから、ローザも交えて嘘っぱちを教え込もう。
「っと、そうだ、魔王。早く帰らないとアイスが溶けるぞ」
魔王がスーパーで選んだ菓子はアイス。ちなみにソフトクリームタイプの奴。
なんでも氷菓子を喰ったことがなかったらしい。
ただ、歩きながら喰うのは行儀が悪いので家に帰ってから、と言う事にしたが。
子供扱い? コイツは子供です。
「なにっ、それはいかん! この氷菓子が溶けるのはもったいない! 今ここで食ってしまおう」
魔王の頭にゲンコツを落とす。
今現在の魔王はオレと同年代くらいの見た目なので、少しゲンコツがやりにくかったが。
「いだいっ! なにをする!」
「アイスを喰うのは家に帰ってからだ」
「し、しかし、これが溶けてしまうのはもったいなかろう!」
「じゃ、走って帰るぞ。ローザ、そう言うわけでオレたちは帰るからな」
「ああ。それと、柴村香苗には帰宅の報告をしておけよ。相当に心配していたからな」
「はいよー」
ローザの言葉を聞きつつ、オレと魔王は家に向かって走り出した。