ただいま
「ただいまー! 母さん、ビール!」
「お帰り、バカ息子。ビールは冷蔵庫にあるぞ」
「マミー、あなたの愚息は未だ18歳でごぜえますよ?」
「細かいことは気にするな。バレなきゃ犯罪じゃないそうだ」
そんな事を言いつつ、我がママ上がスパーと煙草の煙を吐き出す。
うん、全然変わんねーな、うちのカーチャン。
特に、二十代の娘と、二十代近い息子が居る年齢には見えんあたりとか。
「ところで母さんや」
「なんだ?」
「今は何月何日ですかな?」
「六月七日だ」
「俺が学校に行った日は?」
「去年の五月二十三日だ」
「一年失踪してた息子に言う言葉は?」
「おかえり」
うん、間違ってないんだけど、なんか違うよね。
まぁいいけど。
「……孝也、お前の母上は、なんというか、凄い御仁だな」
「伊達にオレのマミー18年もやってねーよ」
「……なるほどな」
あれ、納得されちゃったぞ?
「で、バカ息子。そっちの子供はなんだ?」
「は、はっ、お初にお目にかかります、御母堂殿!」
「ははぁーっ!」
レンがいきなり正座してマミーに挨拶を始めたので、オレも正座してみる。
「苦しゅうない、表をあげい」
その言葉に従って顔を上げる。
「うむ、よい面構えをしておる。そち、名を何と申す」
「い、卑しくも一文字の名を頂き、一文字蓮と名乗っております」
「ほう。よい、許す。では、そちは我が愚息と婚姻を結んだということでよいのか?」
「はっ、如何にも……!」
うーん、どうしてだろう。
その辺りは説明しないで、とりあえず異世界から連れて来た子、ってことで通そうって相談してたはずなんだけどなぁ。
どうして当然のように事実関係を喋っちゃってるのかな?
「ふむ、孝也」
「はっ、なんでございましょう、母上」
「避妊はちゃんとしろよ」
「言うことはそれだけですか、マミー」
「もう子供が出来てるのか? 仕方ないな、私の養子という事にするからな。見たところ十歳ちょっとって所だろうし」
「アンタは息子がそう言うことをしないと信じられんのか!」
「孝也、お前は私の遺伝子を半分受け継いで生まれて来たんだぞ?」
「ああ、そりゃ信用ならねえな」
このマミー、十三でオレのねーちゃんを産んだ猛者だからな。
そしてオレは十五の時の子だ。
だから、マミーは若く見えるというか、実際に若いから当然だったりする。
ちなみに、トーチャンはマミーの十二歳年上。
マミーがパピーを泥酔させて、ベッドに縛り付けてコトに及んだらしい。
「ところでマミー、マイラブリーエンジェル千里は?」
「お前、千里の事をそんな風に呼んでたのか?」
「いや、呼び捨てしてましたけどね」
「そうか。千里は大学だ」
「あ、大学入れたんだ。どこ?」
「知らん。教育学科らしいぞ」
「へー。アイツショタコンだもんなー」
嘘っぱちの醜聞をばら撒いてみる。
「孝也、千里というのは?」
「……オレの宿敵だ……奴は、この手で必ず始末してやる……!」
「……姉か?」
「よくわかったな」
まぁ、こいつもオレたちとの会話の仕方を心得たと言うことだろう。
「じゃ、修也は?」
「まだ帰って来てないぞ」
「修也というのは弟か?」
「ああ。お前の義弟だな」
「なるほど……」
「まぁ、お前の二つ年上だけど」
「年上の義弟か……」
複雑だろうなー。
オレ的に言うと、年上の義妹が出来るって感じか。
……あれ? なんだろう、このトキメキは……。
年上の義妹……凄く、イイです。
「で、バカ息子。お前どこに行ってたんだ?」
「異世界」
「そうか」
あれ、追求は? 普通は嘘をつくな、とか言うべき場面だよね?
「マミー、納得しちゃっていいの?」
「帰って来たのならそれでいい」
……いや、助かるんだけど。助かるんだけどさぁ。
「私は決死の戦いに赴く者を何度となく見送った。ある者は二度と戻らない。だが、お前は帰って来た。それだけで十分だ」
「え、あ、はい」
え、ちょっと、なんの話? 怖いんですけど。
と、その時、オレとレンの背後で正座していたタカネが立ち上がる。
「分かった! つまりあれだ! 本日をもって貴様らは蛆虫を卒業するって奴だ!」
「それだ! 天才か! つまりオレ達は海兵隊員!」
「兄妹の絆に結ばれるってわけだ! ……ところであたしって妹なの? 姉なの?」
「妹じゃね? 見た目的に」
とすると、トモエさんは義弟か。
「孝也、そっちの子は? お前の愛人か?」
「ノンノン。オレの妹のえーと……苗字ってどうなるんだ、この場合」
「そう言えば、婿養子なのかお嫁さん貰ったのか決めてなかったね」
うわーい、てっきとー。
「まぁ、苗字同じだと面倒だから、ここはタカネちゃんが入籍したってことにしようか。とすると、安久都高音だね」
「え、日本名なんですか?」
「トモエも日本名だよ? 漢字で書くとこうだけど」
そう言ってトモエさんが何処からともなくメモ帳を取り出し、そこに安久都巴と書き綴る。
「へー……」
珍しい苗字だな。まぁ、割とどうでもいいが。
「そう言うわけで、オレの妹の旧姓は一文字高音、現在は安久都高音です」
「そうか。血のつながりは?」
「染色体がXかYのどっちかって程度しか違いねえよ」
「ほう、クローンか」
「いや、分身の類」
「まぁなんでもいい。どうやら私の娘という事は確かなようだからな」
さすがうちのカーチャン。懐の広さがハンパじゃねーぜ。
「で、入籍云々という事はそっちは?」
「始めまして、安久都巴です。この度は娘さんを頂に参りました所存です」
「そうか。構わん、持っていけ」
即決過ぎィ!
「じゃあ、結婚認めてくれるんですか?」
「認めるも何も既に結婚しているんだろう。私の事はお義母さんと呼んで構わん」
「はい、お義母さん」
「貴様にお義母さんと呼ばれる筋合いはない! で、タカネとはどういう経緯で知り合ったのだ?」
今のは言いたかっただけだな。まず間違いなく。
何事も無かったかのように話戻してるし。
「えーとですね、僕の経営してる喫茶店にまずタカヤくんが来て」
「うむ」
「その時タカヤくんは性転換していて、今のタカネちゃんと同じ容姿になっていたんですよ」
「そうか。性別すら変えて来たか、孝也。豪儀な事だな」
それだけで片づけていいものだろうか。
「で、タカヤくんが責任取って結婚してくださいって言ったんですけど、タカヤくんは既にお嫁さんが居たので男に戻りました」
「まぁ、不義はよくないからな」
「それでタカヤくんが分身して、分身を性転換させたのがタカネちゃんです」
「ほう。なるほどな。全く以てわけが分からんが、まぁいい」
それも納得するのか。
「まぁ、詳しい話はぼちぼち聞いていく。とりあえず、夕飯の支度にかかる。孝也、追加で食材を買ってこい」
「へーい、晩飯なに?」
「野菜炒めだ」
「とすると買ってくるのはニンジンとキャベツ?」
「そうだ。それから明日の朝飯に使う紅鮭と油揚げも買って来い」
「了解」
うちの家族、どいつもこいつもよく喰うからなぁ。
驚く事に、うちで一番小食なのはオレだったりするし。
だから、一人や二人ほど人が増えると、食材の買い足しが必須なのだ。
「カーチャン、金」
千円札を手渡され、オレは家の外に出る。
はて、どうして一年振りに帰って来たのに、当然のようにお使いに出されてるんだろう?
「……まぁいいや。レン、お前も来るか?」
「ああ。ついていく」
「待て。レンはここに残れ。聞きたい話が山ほどある」
「は、はい……」
カーチャンにレンが拉致されてしまった。
救出はまず不可能なので、オレは諦めて魔王を連れて家を出るのだった。