【チャンスは自ら手にするもの】
女の子とのショッピングは嫌いではない。それが気に入った女の子が相手ならなおさらのこと。こういう時、二人の姉に感謝する。癪に障るけれど。姉の荷物持ちによく買い物に付き合った。有無を言わさない高圧的な態度に恐れての嫌々ながらだったが、認めたくないが、そのお陰でファッションセンスは磨かれた。女性との買い物も苦ではない。あまりにも日常すぎて。
奏太は春に似合いそうな服をチョイスし、それを春の身体に当てる。春は恥ずかしそうに顔を朱くしながらも、鏡を見て悩んでいる。
――幸せだ。
一言に尽きる。無理やりすぎただろうかとやりすぎた自分を少し後悔した奏太だが、今のところ春を見ている限り無理している感じはない。そう思い、奏太は楽しむことだけを考えた。そして、一番は笑ってもらうこと。それに尽きる。
「本当にこういう女の子っぽい服が似合うね。パステルカラーがとても似合っているよ」
「どれが一番いいですかね」
「俺としてはこの二着がいいと思うんだよ。試着してみない?」
どちらもワンピースだ。春はワンピースを一着とカットソーを二着ほど欲しいと言っていた。
「はい。じゃあ、試着してきますね」
最初ぎこちなかった笑みも、今は自然だ。だから奏太は安心した。嫌われてはいない。そう思えたから。
試着室のカーテンが開き、そこからピンク色のワンピースを着た春が恥ずかしそうに出てきた。その姿を見て笑みを作る店員。
「どうですか?」
「いいね。とってもかわいい。想像以上だよ、春ちゃん」
春は俯き、くるりと奏太に背を向けた。そして、試着室内にある鏡を見つめる。
「確かにわたし好みなんですけど、幼く見えませんか?」
「そう?俺はそう思わないよ。確かに春里ちゃんのような落ち着きある感じじゃないけど、春ちゃんらしいし、春ちゃんをよく表現できていると思うな」
「わたしらしい、ですか?」
春は奏太に鏡越しで尋ねた。
「うん。今は遠慮がちだからそうでもないけど、春里ちゃんと一緒の時ははっちゃけた感じでしょう?その無邪気なイメージ」
「わたしはそんなイメージですか?」
「ううん。最初に会った時は大人しくて、冴えない女の子だったよ。だけど次に会った時はとても明るくて、こちらが本当の姿なんだって思ったら、そんな姿をずっと見ていたいなって思った」
「冴えない、ですか……」
春は分かりやすい反応を見せた。急に変化するトーン。
「失礼な事を言ったかもしれないけど、今はそんな印象全く無いから」
「はい」
姫川はそう言って試着室のドアを閉めた。店員は二人のやり取りを聞いて居心地悪そうだ。
「大丈夫ですよ。彼女の服は俺が見立てるので、あなたがここにいなくても」
にこりと微笑んで奏太が言うとバツが悪そうに店員は礼をして去っていった。気を利かせて去るのがマナーと言うものだ。まあ、話に割り込んでこなかっただけでもよしとしなければならないだろう。
再び試着室が開いた。そこから現れたのはきれいなグリーンのワンピースを着た春。若草色と表現したら良いのだろうか。とても淡くて春にぴったりだ。
「こっちの方が俺好みだな」
思わず出た言葉に春は微笑んだ。
「わたしもこちらの方が好きです」
くるりと向きを変え、鏡を眺める春は胸元や裾などを気にしながら見ている。半袖のワンピースなのでこの季節これだけで着て歩けるだろう。胸元が少し開いてはいるが、気にする程ではない。膝上十センチくらいの丈の長さも春くらいの年齢の女の子なら気になるものでもない。
「これにしようかな」
「そうだね。とても似合っているよ。想像以上に」
「なら、これにしますね」
試着室のドアが閉まった。この瞬間はなんだか淋しい。遮断された感じがして。奏太は長く息を吐いた。
再び開くと、満面の笑みを浮かべた春の姿があった。
「もう少しこの店で見る?」
「いえ、充分ここでは見たので。まだ時間がよろしいなら別の店に行ってもいいですか?」
「もちろん。お供させてください」
奏太はわざと恭しく言う。それを春はクスクスと笑った。
「なら、お供よろしくお願いします、奏太さん」
増永先輩と呼ばれるのは嫌なので『奏太』と呼んでほしいと言ったのは奏太だ。ただ、それは抵抗があると春が言うので『奏太さん』で折れた形だ。それでも『増永さん』にならなくて良かったと奏太は思う。奏太は自分の名前の響きが好きだ。好きな女の子からこの名前を呼ばれる事はとても嬉しい。だから、『奏太さん』と照れながら言われると嬉しくて擽ったく思う。
会計を済ませた姫川が店の外で待っている奏太のもとに小走りでやってきた。
「今日はお付き合いありがとうございました。奏太さん、疲れていませんか?よければお茶でもどうですか?」
「お茶?」
「はい。マフィンのおいしいお店を知っているんです。よろしければ一緒に」
「歓んで」
奏太の反応に春はクスクスと笑った。春からの思いがけない誘いに嬉しさが零れ落ちた形だ。それが表情や声や態度に出ていたのだろう。
春に連れられて来た店は若い女の子たちでにぎわっていた。春に誘われるままについて来た奏太だが、実はマフィンがどういうものなのかあまり分からない。だから、メニューを見て驚いた。まるでカップケーキのように色鮮やかだった。もちろん奏太が知っているシンプルなモノもあるが、チョコレートや生クリームでデコレーションされており、そこにフルーツが飾られているものもある。春は眼を輝かせながら迷っていた。
「俺はキャラメルアーモンドにしようかな」
「ああ、それもいいですね。でもやっぱりオレンジかな?おいしそう」
「一つで満足なの?」
「え?」
「二つくらい食べたら?満足できないでしょう?」
「わたしそんなに食いしん坊に見えます?」
身長差から来る上目遣い。春里の時もかわいらしいと思ったが、春はその倍以上かわいい。惚れた欲目と言うものだろう。
「うん。デザートは別腹、と言うのは女の子たちのお約束でしょう?」
「わたしも例に漏れず、と言うことですか?」
「そうじゃないの?」
奏太は身を乗り出しからかうように言った。
「う……その通りです」
口を尖らせて不本意だと言う風に春は言う。その表情がかわいらしくて奏太はクツクツと笑った。
「ならもう一個頼んだら?」
「そうですね、シンプルに抹茶がいいですかね」
「いいね」
店員にマフィンと紅茶の注文をした後、奏太は深呼吸をした。
「春ちゃん、俺ね、春ちゃんのこと気に入ったんだよね。まあ、今日の俺の態度を見ていれば分かったことだろうけどさ。でね、またこうやって会ってもらえないかな?ショッピングや映画なんかを一緒に楽しみたいんだ」
「わたしと……ですか?」
「そう、春ちゃんと楽しい時間を過ごしたい」
春は俯いた。
「俺ね、冗談でも遊びでもなく春ちゃんに興味を持っているんだ。もっと春ちゃんを知りたいと思っているんだけど、春ちゃんも俺をもっと知りたいって思ってくれないかな」
「わたしなんかのどこがいいんですか?」
「明るくてはっちゃけている感じ」
店員が紅茶とマフィンを持ってきた、白いポットと白いカップ、白い皿の上にかわいらしいマフィン。
「おいしそうだね」
白いカップに紅茶を注ぐととてもいい香りが漂った。アップルティーだ。
「甘い香りがしますね」
春はそう言った後、春の分の紅茶を注いだ。こちらはダージリンだ。
「こちらもいい香りです」
にこりと微笑んだ後、ゆっくりと白いカップは春のかわいい唇に近づき、そして触れた。その仕草を奏太は眺める。そっと唇から離れたカップを眼で追った。
「どうしたんですか?」
「いや。やっぱり今日だけで終わりなんて諦めきれないんだよね。それが今はっきりとした。春里ちゃんを通せばつながれる事は分かっているけど、できれば直接つながりたいと思ってね。携帯電話の番号とメールアドレスを交換してほしいんだ」
「――いいですよ。わたしも今日とても楽しかったです。もっと奏太さんの事を知りたいです」
奏太は意外にあっさりと受けてもらって拍子抜けだ。だけれど、今日の成果だと思えば嬉しい限り。
「ありがとう。最高だよ」
奏太はマフィンにかぶりついた。これで一歩進めた。焦らずにゆっくりと近づいて、お互いを知っていきたい。奏太はこれから先の事が楽しみで仕方なかった。
あっさりな展開ですが。
次回は報告と春里と貴之
次回もお付き合いください。




