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初恋の彩り  作者: みこえ
~始まり~
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【ケイチョウの事を少し知る】

 月曜日の夜、貴之は奏太に電話をかけた。もちろん報告の電話だ。なんとなく、改めて報告するのが恥ずかしくもあり、悔しくもあって、日曜日の夜は電話はできなかった。月曜日も、ずっと携帯電話を手にしたまま、電話をかけるだけの事に時間をとられた。やっと、きりがないと思い切り、通話のボタンを押したところだ。時刻は貴之の部屋の時計で二十三時五十四分。もう少しで火曜日だ。いや、もしかしたら火曜日なのかもしれない。


『はあい』

 電話の向こうから寝惚けた声が聞こえた。奏太にしては珍しく、早く布団に入ったらしい。

「悪い、寝ていたか?」

『うん、まあね。昨日眠っていなかったから、今日が耐えられなくなって……』

 大きな欠伸が聞こえ、それにつられるように貴之も欠伸をした。


『で、なあに?』

 間延びした言い方がなんとなく甘っとろくて、聞いている方が恥ずかしく思う。友人のこんな声を当然のことながら初めて聞いて、貴之自身焦った。なんとなく、隣に女がいそうな気配。


「もしかして、今やばいんじゃ」

『何が?』

「隣に女が寝ているとか」

『おまえなあ、俺を怒らせたいのか?彼女にこっぴどく振られ、しばらくは独り身でと思っている俺の隣になぜ女がいる?ああ、お陰で眼が覚めたよ。まったく、失礼な友人だな。おまえはいいよ。きっと甘い夜を――うわ、春里ちゃんとそんな風になったところを一瞬でも想像した。最悪だよ。その時間を巻き戻せ』


 勝手に想像してなんて言う言い分。横暴としか言いようがない。いや、まてよ、と貴之は思う。そう――

「おい、俺の許可なく勝手に想像するな。いや、想像は許可を得てもするな」

『貴之、おまえが悪い。怒る前に謝れ。俺は女と遊びで付き合わない主義。後で痛い目に遭うのはごめんだ。俺は遊ばれて痛い目に遭ったから余計だ』

 これは貴之が悪い。そう素直に反省した。


「悪かったって。あまりにもけだるそうな甘っとろい声を出すものだから、つい」

『ついって何だ、ついって』

「まあ、許せって」

『あのなあ、今時計見て気づいたけど、夜中じゃないか。こんな時間に電話してくる事自体失礼だ。常識がなっていない。春里ちゃんに言いつける』

「俺、やっと春里の返事をもらえた」

 少し間があった。


『ふん、おめでとうって言ってもらいたいのか?』

「いや、そんな言葉はいらない。ただ、色々してもらったから報告だけ」

『ずるい男だな。俺も春里ちゃんと一緒に過ごしたいよ』

「確かに春里はかわいくて最強だ。だから、奏太が惹かれるのも分かるが、俺のものだ」

『嫌な男だな。傷心気味の俺の全身に塩を塗りつけたな」

 奏太が溜め息を吐いた。


『長かったな。おめでとう。よかったな』

 奏太の声が優しくて思わず貴之は笑った。失礼だったかもしれないが、どうしてもこんな奏太の声を聞けることが稀だから、おもしろくて仕方なかった。


『珍しく二人らしくない展開でおもしろかったな』

「は?何それ」

『だからさ、二人って結構サバサバしているでしょう。だから、『付き合って下さい』『はい歓んで』とサクサクと進むと思っていたのに、どんな恋人同士よりも展開が遅かった』

「ああ、そう言う事か」

『そう。傍から見ているとおもしろいけど、もどかしかったよ。お互い不慣れなのが垣間見えて、なんとも微笑ましかったね』

 奏太にそう言われると貴之は照れてしまう。からかわれていることは分かるが、奏太がずっと見守ってくれていたことが言葉の端々の優しい声から分かってしまうから。


「なんだよ」

『まあ、背中を何度も押してあげた俺に感謝してくださいよ。一度じゃ足りない足の重さってどれだけ、って感じだよね。と言うわけでさ、感謝の証をきちんと形にしてもらいたいな』

「分かったよ。感謝しているからさ、充分。夏休み、実家に帰る予定だからその時会おう。昼飯をご馳走する」

『昼飯だけ?出来れば春里ちゃんの手作りディナーがいいな。彼女だって俺に感謝するべきだし、それを形にしたって罰は当たらないよ』

 貴之は溜め息を零した。それが電話の向こうで聞こえたのか、奏太は楽しそうに盛大に笑う。


『まあ、とりあえずは昼飯で我慢してあげるよ。春里ちゃんの手作りディナーは直接交渉でもいいしね』

「おい」

『だって、高校に行けばいつでも会えるから』

「それ、ずるいぞ」

『遠くに離れたお前が悪いの。まあ、これからべったべたでしょう?いいじゃないの。少しくらい離れてもね』

「なんだよ、それ」

『幸せのお裾分けみたいなものだよ』

 奏太は楽しそうに笑う。そんな奏太に貴之は溜め息を吐いた。


「春里の手料理は俺と俺たちの両親だけのものだ」

 貴之の言葉に奏太は盛大に笑った。本当は俺だけのものだって言いたいけれど言えないことがもどかしい。それが奏太には全部伝わっているのだとその笑い声で分かったから悔しかった。




 火曜日、いつものように大学に行くと、家泉が肩を組んできた。こういう時、家泉はろくな事を口にしない。それは貴之の経験上、よく分かっていることだったので、逃げ出したい思いでいっぱいだった。だが、今、逃げ出してもしつこいくらいに追いかけてくる男だ。貴之がどこにいようと見つけ出してくる。どこにそんな情報網があるのだろうと思うくらいに。


「今度の金曜日、空けとけ」

「いつも思うけど、何で命令口調?」

「断られないように」

「金曜日は無理」

「うわ、断った」

 家泉はわざとらしい仕草で驚いて見せた。


「俺には断る権利があるんだよ。別におまえの子分でも部下でもない」

「まあな。でもさ、俺の顔をたててくれてもいいじゃん」

「そんな義理はない。どうせまたろくでもない事に駆り出すんだろう」

「ろくなじゃない。重要ミッションだよ。竹原君。今回だけでいい。だから」

「また、飲み会か?合コンと言う名の」

「鋭いな。さすがだ。今回は田路椿女史発案」

 ――何が女史だよ。しかも発案って。

 貴之は鼻で笑った。


「俺はパス。彼女が文句を言うからな」

 貴之の言葉に家泉の足が止まった。そのまま無視をして歩けばいいものの、貴之もつられて思わず止まり、振り返ってしまった。


「今、なんて言った?」

「だから、俺はパスだって」

「いや、そこじゃない。彼女がいるのか?できたのか?」

「ああ、そこか。いるよ」

「聞いてない」

「言っていないんだから当たり前だろう?」

「俺とおまえの仲じゃないか」

「どんな仲か分からないけど、別に言う必要もないだろう?」

 ――まあ、正式に彼女になったのは土曜日のわけだし。


「そうか、彼女ができたのか。俺ずっと勘違いしていたな。すでに振られたんだと思っていた。でも、まあ、彼女に黙っていればさ」

「金曜日会いに来るから。いや、会いに行くのか?」

 月曜日の夜、奏太に電話をするずっと前に貴美から貴之に電話があった。なんとなく予感はしていた。そして想像通りの事を言われたのだ。


「春里ちゃんに会いたいのならあなたが来なさい。あとは、外で健全なるデートをしなさい。きちんと春香さんに報告をしに来なさい。それが礼儀でしょう」

 その通りだと貴之は思ったから頷いた。


『未成年のうちは春里に手は出すなよ。出したら貴之でも許さない』

 貴美が突然声色を変えて言ったのだ。それが俊介からの伝言だとすぐに分かった。


「だからね、狭い部屋で二人きりだとあなた耐えられないでしょう?年頃の男の子だし。春里ちゃんはかわいいし」

 と最後には母親らしからぬ言葉を平然と貴美は口にした。


 ――この先が思いやられるよな。

 まあ、貴之だって充分理解している。それだけ大事な女の子なのだ。貴美にとっても。それに貴之だってそうだ。春里を傷つけるような事は絶対にしたくない。だから、従うのが一番だ。そう、だから――


「春里を傷つけたくないんだ。だから、そう言う事はしない」

 貴之は家泉を真っ直ぐ見て言った。

「わ、分かったよ。まあ、あの時の約束を破った俺も悪いわけだし」

 あの時の約束?と貴之は首を傾げたが、聞くのも面倒なので止めた。


「ケイチョウのことは嫌いじゃないから、男同士の食事やらならつきあう」

「それってつまらないじゃん」

 そう言う問題なのか?貴之はそう聞きたかったが、多分価値観が違うのだろう。家泉にはそう言う問題なのだ。女の子と食事をすれば楽しい、女の子と遊んだら盛り上がる。そう言うことなのだろう。


「まあ、俺も控えようかな。彼女に申し訳ないし」

 ――は?

「はあ?彼女って、おまえの方こそ聞いていない」

「聞かれなかったから言わなかった」

 出た、常套文句。

「ケイチョウ、おまえ人の事言えないじゃないか」

 家泉はにこりと微笑んだ。

「うん、そうだね」


 話によると、家泉の実家は新潟らしい。大学に入るまで新潟暮らしだったと言うから驚きだ。何が驚きかって、貴之はそれに気づかなかったのだ。家泉に訛りはなかった。方言も出なかった。だから、関東出身者なのだと思っていた。浅はかな考えだとは思っていても、新潟でずっと過ごしてきたのなら少しくらい訛っていてもいいじゃないか、と言うもの。


 そして、新潟には幼馴染の女の子がいる。高校を卒業して就職をした子だ。その子が家泉の恋人。中学三年生の時、家泉から告白をしたと言う。高校が別になるので、会う事が少なくなる前に、きちんとけじめをつけたかったのだと家泉は照れるように言った。


「まあ、それから付き合って、結婚の約束も実はしている。大学を卒業したら、こっちで同棲でもしようかとも話している。まだまだ先だけどな」

「おまえ、誠実じゃないな」

「馬鹿言うな。身体の関係は彼女としかもっていない。(まい)一筋だ」

「マイって言うんだ」

「そう。中学の時に結ばれて以来、当然だけど、舞としか関係をもっていない。もちろんキスだってそうだ。俺だって舞を泣かせたくはないからな」

 何とも説得力のない言葉だ。だが、しかし、それ以上に貴之には引っかかる言葉があった。


「中学の時に結ばれた?」

 そう。その結ばれたとはどういった意味合いか。

「別々の高校に行くって結構不安要素だったんだ。お互い共学だったし。そんな不安が噴き出した感じだな。俺の親がいないときに俺の部屋で」

 相手の女の子を知らないから変な想像はしないが、これ以上は聞きたくない話だ。


「それからは、会う度に確かめ合うように」

「もうこれ以上はいい」

「そう?まあ、そうだな」


 貴之は用事を済ませて立ち去る家泉の背中を見送った。羨ましい限りだと思う。貴之と春里が結ばれるのは春里が二十歳になってから。それが貴美との約束だ。いや、この場合は俊介になるのか。確かに恋人同士にとってソレだけではない。ソレを目的で付き合いだしたわけではない。恋人同士には違う楽しみも多くある。それは分かっていても、やはり春里に触れたい。そう、直接。思わず、春里の身体を想像してしまい、それを打ち消すように貴之は(あたま)を振った。



 

 貴之は一人、大学のカフェで軽い昼食を食べた。そして、アイスティーをゆったりとした気分で飲んでいると、何も言わずに隣に誰かが座ってきた。


「こんにちは」

 田路だ。

「こんにちは」

 貴之はぶっきらぼうに言う。あいさつを無視するのは人間としてのマナーに反する。だから、せめて気持ちを伝えるために、出来るだけぶっきら棒になるように努めた。だが、相手はそんな事関係ない様子で、にこにこと微笑んでいる。


「金曜日の誘い、断ったんですって?」

「ああ、そのことか」

「いつ、恋人ができたのかしら?それとも断る口実?」

「先日の土曜日に正式に返事をもらった。だから口実ではなく事実」

 ピラフを食べようとしていた田路の手が止まった。


「もしかして、この前言っていた女性の事かしら?あの時は、まだ恋人同士ではなかったということ?」

 あの時の言葉は確かにどちらともとれる発言だった。田路はあの時点で恋人がいると判断したのだろう。だが、今の口調でもしかしたら違っていたのかもしれないと察した。でも、先程は貴之に恋人がいない前提で話しかけてきていた。

 ――頭痛い。

 貴之は深く考える事を放棄した。そのほうが楽だからだ。田路に興味がない以上、考えても意味がない。


「そう言うこと」

 待てよ、とここでまた何かが引っかかる。それが何なのか分からずに、貴之は頭を捻る。無意識にアイスティーを飲む。


 ――ああ、そうか。ケイチョウだ。

 やっと、引っかかっていたものに気づき、貴之は微笑んだ。


「すっきりした」

 ぽつりとつぶやいた貴之に反応したのは隣に座る田路。だが、そんな田路など無視をして貴之はじっと前を見つめていた。


 以前、貴之が田路に向かい「大切な女性がいる」と言った時、家泉はそこにいた。家泉はその大切な女性が恋人だとは思わなかったのだろうか?考えたらだんだんと深みにはまって気持ち悪い。貴之はアイスティーを飲み干し、食器を片づけ、家泉の携帯電話に電話した。どうしても気持ち悪い。きちんと聞かないと気持ち悪い。


『もしもしぃ、竹原?』

 何ともだらしない口調に貴之は呆れた。

「ちょっと聞きたい事がある」

『何?』

「おまえ、田路が俺に話しかけて来たとき、いたよな。その時、俺が『大切な女性がいる』と言った」

『うん、言っていたよ』

「で、田路はその大切な女性とは俺の恋人だと勘違いをした。だが、おまえはそうは思わなかった」

『うん、思わなかったよ』

 そんな事当然と言った風だ。


「なぜだ?」

『なぜって、なにそれ。竹原が言ったじゃん。俺には好きな人がいるって。返事待ちだって言っていた』

「言ったか?」

『忘れちゃったんだ。おじいちゃんだな。いくら勉強ができてもそれじゃあ駄目だよ。おまえは確かに俺に言った。返事待ちだってさ。だから、あの時は恋人じゃないと思っていた。あれ?まさかあの時、すでに恋人だった?』


「いや。田路の方が勘違い」

『そう。で、それが何?』

「いや、それだけだ。引っかかって気持ち悪かったからすっきりしたかっただけ」

 電話の向こうで家泉の笑い声が聞こえた。


『竹原、最高だよ。だから好きだよ』

「気持ち悪い」

『失礼だな。俺に愛されるなんて最高じゃないか』

 これ以上からかわれたくないので貴之は電話を一方的に切った。


「すっきりした」

 聞けば簡単なことだった。単に、貴之は家泉に話していたと言うだけのことだった。




 貴之が帰ろうと立ち上がった時、甘っとろい声で呼びとめられた。次は日村楓だ。全く心が休まらない、と貴之はわざとらしく溜め息を吐いた。


「なによ、そんな態度失礼でしょう?」

 甘っとろい声で甘えるようにやって来る日村を無視して貴之は歩きだした。

「ちょっと」

 日村は貴之の腕をグイッと引っ張った。


「何?」

「ねえ、一緒に遊びに行こうよ。ゲーセンにでも、ね」

「遠慮する」

「なんで?」

「君と一緒の時間を過ごしたいと思わないから」

 貴之の口から出たそれはとても冷ややかだった。日村もそれを感じたのか、ピタリと身体が固まった。


「俺には恋人がいるんだ。その子とならどこで何をしても楽しい。でも、君とじゃ楽しめない。そう言うことだ」

 貴之が再び歩き出したが、日村が声をかけてくることも追って来ることもなかった。


 歩き出してから、少し冷たかったかと反省はしたが、でも、多分そのくらいはっきり言わなければこれからもしつこいのだろうと貴之は思った。だから、きっとこのくらいがちょうどいいのだ。


貴之はここぞとばかりに恋人いるよ宣言。と言うことで、浮かれていますね。


次回はむふふの手前。


次回もお付き合いください。

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