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初恋の彩り  作者: みこえ
~始まり~
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【訪れた甘い時間】

 春里の身体は強張っていた。貴之の温もりが、力が、全身から感じられる。そして、耳元で聞こえる息遣い。今までにない距離に春里はどうしていいのか分からなくなっていた。他の誰かにされたのであれば、冷静に対処できる。だが、相手が貴之ではどうすることが一番いい選択なのかさえ分からない。頭が働かない。総てが真っ白で考える事ができない。


「春里」

 貴之の甘い声が耳に届くと、春里の身体はピクリと反応した。その反応に貴之はクスクスと楽しそうに笑う。


「意地悪です」

「ぎこちないのは仕方ないな。こういう事はお互い慣れていないし、恥ずかしい」

「慣れていないようには――感じません」

「そう?でも、どうしてもこうしたかったんだ。許して欲しい。こうやって春里を感じたい。これが夢でないと言う事を確かめたい。可笑しいか?」

 春里は頭を振る。そんなはずない。こうやって求められることの歓びを今、知る。


「情けない話だけど、ずっとビビっていたんだ。その感情が解放されたんだから、このくらいは許して欲しい」

 いつもの貴之らしくない甘い声が春里の耳を擽る。弱っていたとき、抱きしめられた事は何度もある。でも、こんな甘さはやはり初めてだ。春里の感情に変化があったからなのか、二人の久々の距離のせいなのか。


「泣きそう」

 春里の言葉に貴之は再び笑った。

「俺も、泣きそう」

 髪にキスをされ、春里の身体はまた反応する。


「心配ない。これ以上はしない。きちんと段階を踏むつもりでいるから」

 ――段階って?

 そんな事聞けない。そう思いながら、これから色々と貴之と初めての経験をしていくのだと感じた。そう思うと恥ずかしいやら嬉しいやら。心臓は否応なく早鐘を打つ。


「貴之さん、何だか苦しい」

 その言葉にクスリと貴之は笑い、春里を解放した。

「もう少ししたら手をつないで買い物に行こう」

 貴之らしからぬ言葉に春里は驚き、貴之を見た。とてもきれいな笑みを浮かべてじっと春里を見ていた。その表情に見惚れない女性などいない。そう思える程きれいで、春里もまた見惚れた。


「手を、つないで……」

 今までも手をつないでいた。だけれど、今日からはそれは一層特別のような気がして恥ずかしい。だけれど、それが嬉しくて仕方ない。なぜ、ずっと躊躇っていたのだろう。もっと早く答えを出して、貴之のそばに来ればよかった。そう、春里は後悔した。


「その前に、興奮しすぎて喉が渇いた」

 先程とは違うにこりとしたかわいらしい笑みを貴之は浮かべ、グラスにお茶を注ぎ、それを一気に飲み干した。


「わ、わたしも」

 春里がそう言うと、貴之は春里のグラスになみなみとお茶を注ぐ。

「はいどうぞ。一気にね」

 春里は零れそうな程お茶が入ったグラスを慎重に口まではこび、それを飲んだ。だが、一気に飲み干せる量ではなかった。半分ほど飲むと、それをテーブルに置いた。


「無理」

「まあね。おなかがダボダボになって辛くなるからね」

 そう言って貴之は春里の肩を抱いた。


「ひと時も離れたくないな。どこかに必ず触れていたい。俺がこんな風になるなんて想像もしていなかったよ。この俺がねぇ」

 貴之の口調は楽しげだ。それは春里も同じ気持ちで、抱き寄せられると緊張するが、それ以上に心地良い。そっと貴之に凭れると、貴之の手が頬を撫でた。


「夏休みは実家に帰るよ。春里に会いに。そして、デートをしよう。どこに行く?映画に海に遊園地に」

「海は駄目」

「なんで?」

「スタイルがよくないから」

「そうか?結構いいスタイルしていると思うけど」

 春里はこの言葉に反応し、がばりと起き上がった。その反応に貴之は驚き、眼を丸くして春里を見つめた。


「どこかで覗きましたか?わたしの裸」

 スタイルがいいなんてどうして分かるのか。そんなに身体にフィットする服装をした覚えはない。だからこそ、なぜ貴之がそう言ったのかが不思議だった。


「あのねえ、覗きなんて悪趣味なことするはず無いだろう。まあ、これからはするかもしれないけれど」

「え?」

「恋人同士だし。覗かなくても、ね」

 貴之はいたずらっ子の笑みで春里に言った。春里は呆然として動かない。


「まあ、冗談はさておき」

「冗談……」

「え?もしかして、求めていた?」

 からかうような口調で貴之は言った。春里はおもいっきり頭を振る。


「まあ、いいけどな。で、俺はずっと、朝、春里が階段から落ちないように春里の身体を抱えていたんだよ。忘れていないよな。どんな風に抱えていたか覚えていないとは思うけどさ」

「え」

「え、じゃない。ウエストを抱え込んだり、落ちそうなところを受け止めたりしてきたんだ。大体は分かるもんだろう?」

 春里は急に恥ずかしくなり、テーブルに伏した。


「春里?」

「何たる失態」

「今更?」

 そう、今更だが、仕方ない。急に恥ずかしくなってしまったのだ。関係が変わるとこうも気持ちが変わるものなのだろうか。春里は自分の気持ちの変化に戸惑っていた。


 ふと、伏せている春里の頭に貴之の手が乗り、優しく撫でられた。

「春里にこんな面があるなんて知らなかった。これからはそういう発見がいっぱい出来るんだろうな」

「わたしにも知らないわたしがいる」

「一緒だな。そう言うのも面白い」

「ん」

「春里、恥ずかしがらないで顔を見せなよ。せっかく春里の顔が見られて嬉しかったのにさ」

「そう言う甘っとろい言葉を口にしないでください。わたしの知っている貴之さんじゃないみたいで擽ったいですよ」

「そう言うなよ。冷静になったら俺自身恥ずかしいかもしれないけど、今は気持ちのまま言葉にしたい気分なんだからさ」

 これから先が思いやられる。


 ――心臓が持つかな?

 春里はゆっくりと顔を上げた。多分顔は朱いだろう。


「さて、もうそろそろ買い物にでも行こうか。夕飯は何がいい?」

「何が食べたいですか?」

「うーん、麻婆豆腐なんてどう?」

「いいですよ。なら、麻婆豆腐と棒々鶏とあと何がいいですかね」

「卵スープあたりでいいよ。あまり食材置かれても困るし」

「料理しないんですか?」

 貴之は春里の問いに苦笑した。


「するけどさ、一人暮らしだと残るんだよ」

「まあ、そうですね」

「じゃあ、メニューも決まったし行こう。スーパーはすぐ近くにあるんだ」

「知っていますよ。来る途中にありましたから」

「うん、そうだな」



 最後に手をつないだのは、貴之が引越しをするその日だった。それから数ヶ月。こんなにも恥ずかしい行為だったとは春里も知らなかった。手をつないでいる事は嬉しいのだが、なんとなく見られているような錯覚が起こり、それが恥ずかしくなってくるのだ。こんなどこにでもいる恋人同士など誰も注目しないと言うのに。


 貴之の手は春里の手をしっかりと握っている。放さないと言われているようで擽ったさを覚える。ただ、それが今までになく嬉しい。春里は時折にやつきそうになるのを俯いて誤魔化した。


「やっぱり春里の手って小さいな」

「別に特別小さいわけじゃないですよ」

 俯いたままそう答えると、貴之の笑い声が聞こえた。


「何?照れてんの?」

 からかうような口調に春里は反論したかったが、出来なかった。脳みそが蕩けたように働かない。言葉が見つからないのだ。


 ――重症だな。

 春里は突然笑い出した。いつものペースを掴めない自分がおもしろくて仕方ないのだ。恋をするってすごいことだと感心さえする。自分がこんな風に乙女になるなんて思ってもみなかったのだから。


「まあ、顔が見られないのはがっかりだけど、いつも見られない春里を見られるのは最高に嬉しいよ」

 ――何が最高に、よ。

 いつもなら口に出している言葉さえ今は口にできない。躊躇わずに出ていたものが今は躊躇ってしまうのだ。


「よく貴之さんは平気ですね」

 やっとのことで口にした言葉はこんな事で、貴之と春里の想いの違いなのかと疑ってしまいそうになった。ただ、疑うのは可哀想だ。ずっと引き延ばしていたのにもかかわらず、急かすことなく待ち続けてくれていた人なのだから。


「平気なわけじゃない。何か喋っていないと落ち着かないんだ。そう言うことだってあるだろう?」

 貴之に言われ、自分と同じ心情なのに正反対の行動を起こす事もあるのだと春里は思った。感じている事は一緒だ。多分。ただ、貴之の感情は昂り、それを抑えこむ方法として話すことが選択されただけの事。春里の場合は、この状況を噛みしめたいのだ。おとなしく貴之を感じていたい。


「春里が春里らしくないから余計にどうしていいのか分からなくなるんだよ。いつもと違う反応を示す春里もまたかわいいな、って思いながら照れているのが現状」

 貴之は未だ恥ずかしげなく心の内を明かす。春里には出来ない芸当だ。だが、それではいけないのだろう。貴之が想いを口にするように春里もしなければならないのかもしれない。


「今は久しぶりに会う貴之さんを感じていたくて」

 口にした途端、とんでもない言葉だったと思い、せっかくおさまった火照りが一気に戻ってきた。少しの沈黙が落ちた後、貴之が静かに「ありがとう」と囁いた。それが総てだと春里は感じ、俯いたまま微笑んだ。



 恋人同士の甘い空気を感じられる時間はまだまだ続く。周りが見えなくなって、微笑みあうまでになった二人は買い物中、時折二人だけの世界を創り上げていた。まるで新婚のようだと春里は思い、いつまでもこんな風にしていたいと願った。


 帰宅してすぐに料理に取りかかり、久しぶりに二人並んで料理をする。貴之の部屋のキッチンは一人暮らし用のため小さい。だが、今まで一緒に料理をしてきただけの事はあり、阿吽の呼吸のようにそれは滞りなく進んでいく。春里は以前のように貴之にてきぱきと指示をしていった。貴之はそれを的確にこなしていく。二人の息はピッタリで、何も変わらない事に安心し、春里は嬉しくなって鼻歌を歌った。


甘い時間はまだまだ続く。これって甘いですか??


次回は貴之視点でもっと甘く、いく?

次回は2話同時更新です。


次回もお付き合いください。

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