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初恋の彩り  作者: みこえ
~出逢い~
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【週末の逢瀬は母と共に】

 学校が始まって最初の土曜日、春里は母親の入院する病院に足を運んだ。家から徒歩で二十分ちょっとの場所にそれはある。今日は散歩日和だったので、春里はゆっくりと病院までの道のりを歩いた。俊介も貴美も今日は仕事なので、会うかもしれない。貴之はモデルの仕事で出かけていた。


 春里は面会の受付を終えて、母のいる三階の病室まで階段で向かった。エレベータも当然あるが、健康な自分が乗るには気が引けていた。


 母親がいる病室は個室だ。だからと言って特別なものでは決してない。一般の六人部屋を六等分にしてベッドが六つではなく一つにしただけのものだ。つまり遣えるスペースは六人部屋と変わらない。ただ、一人だから落ち着けると言うだけのことだった。


 この部屋は父が母に気を遣って与えたものだ。それに春里は感謝している。そして、毎日母親の着替えなどを世話してくれている貴美にも感謝をしていた。


 春里は部屋の前に立ち、名前を確認した後、そっとドアを開けた。そこは薄暗くて静かな部屋だった。ゆっくりと歩いて行くと、春香と眼があった。

「いらっしゃい、春里」

 儚げな笑みを浮かべる春香は、すでに痩せ細り、健康的だった面影はない。

「調子はどう?」

 ベッドのわきにあった丸椅子に腰かけながら春里は言った。それに笑顔で答える春香。


「うん、春里を見たら元気になった」

「そう、それはよかった」

「ねえ、新しい家族はどう?」

 心配げな春香に春里は微笑み、そっと骨と皮だけになってしまったその指に触れた。手の甲には点滴の針が刺さっており、そのあたりは蒼くなっている。


「とても優しいよ。貴美さんはお母さんも知っているよね。とても優しいし明るくてわたしは好き。貴之さんもとても優しいよ」

「そう、それは良かった。いい人たちで本当に良かった」

「お母さん、あの時勝手に決めたこと怒ったけれど、今は感謝しているよ。だから、ごめんなさい。責めるような事を言って」

「いいのよ。気持ちは充分分かっているから」

 その声はとても温かくて春里は泣きそうになった。



 初めて春香の病気を知った時絶望を感じた。そして、勝手に決められた転院と家族の話。病気で弱っている春香を春里は責めた。感情的に叫び、春香を傷つけるような事を口にしていたかもしれない。それを母である春香は受け止め、そして微笑みながら言った。


「不安はあるかもしれないけれど、お父さんが選んだ人だもの。きっといい人よ」

 母の強さと逞しさを知った。そして、それが母のためになるのであればと春里は承諾した。


 そして、現在。春香の選択は間違っていなかったことを知る。自分たちを捨てた父を支えている家族はこの上なく優しく温かい。そして、拒否することなく迎えてくれた。



 春里はゆっくりと立ち上がり、そっと春香の頬に触れる。寝たままの母の姿は、元気だった時の母親とは重ならないくらい弱り切っている。だが、きちんと世話をしてくれているようで、髪はぼさぼさではなく、きちんと梳かれているし、パジャマもきちんとしていた。そして、何よりも春香の笑みを久しぶりに見たような気がした。


「今度ね、貴美さんと買い物に行く約束をしたよ。お母さんのパジャマを一緒に買おうって」

「お母さんのもの?」

「そう。あと何か欲しいものある?」

「春里が笑ってくれていればそれでいい」

 眼を細めて春里を見つめる春香は自ら手を伸ばして春里に触れることはできなかったが、代わりに春里はゆっくりと春香に触れていく。愛しいものを愛でるようにゆっくりとした優しい手つきで。



 病室を出ると、そこに貴美が立っていた。

「あ、おつかれさまです」

 突然現れた貴美を確認する前に、看護師と判断した春里の言葉に貴美は楽しそうに笑った。


「春里ちゃんが来ていることを確認したのがさっきで、急いで来たんだけれど遅かったね」

「いいえ。気遣ってくれてありがとうございます。母もとても元気そうで安心しました。毎日ありがとうございます。髪もきれいにしてもらって感謝しています」

 春里が深々と頭を下げると、その頭の上に手が乗っかった。


「いいのよ。春里ちゃんの大切な人はわたしの大切な人だから」

 貴美の言葉に驚き、顔を上がると、そこにはとても優しげな笑みがあった。

「だから、遠慮なく頼ってね」

 この人はいくつの顔を持っているのだろう。そう思わせるくらい、貴美は深い人間だった。


春里と春香。時々読み間違える時が……。でも、これだけ近い存在って感じにしたかった。


次回は貴美と俊介の気持ち。


次回もお付き合いください。

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