【強さのありどころ】
突然教室にやってきたのは一学年下の男だった。焦った様子で貴之を呼ぶ。
「篠原さんが、あの、篠原さんが」
春里に何かがあったのだとすぐに分かった。何があったかを聞く前に、貴之は教室を飛び出した。階段を上り、春里の教室に向かう。多分春里は一人で苦しんでいる。貴之の気持ちは一掃焦っていた。
そこには廊下で教師に抱えられている春里の姿があった。
「春里!」
春里は貴之の方を見ない。
「先生、何があったんですか?」
教師の腕をつかみ、貴之は叫ぶように尋ねた。
「落ち着け」
「落ち着いていますよ」
貴之は教師から春里を奪い、ぎゅっと抱きしめた。
「篠原のお母さんが危篤だと病院から連絡があった」
「春香さんが?」
呆然とした。先日御見舞いに行った時はまだ元気だった。力は弱かったが、きちんと話をしていたし、笑ってもいた。なのに、突然。でも、それは多分突然ではない。少しずつ、確かに少しずつ近づいていたのだ。その姿を間近で見てきた。でも、逃げていた。それだけだったのだと貴之は気づいた。きっと、春里はしっかりとそれに向かい合っていた。いつそうなるか分からない恐怖と淋しさと悲しさをずっと抱えて押し殺してきたのだ、きっと。
貴之はゆっくりと深呼吸をし、気持ちを落ち着かせた。
――俺がしっかりしないと。
今、春里を支えられるのは貴之しかいない。それははっきりした事実だ。
「春里、大丈夫。だから、しっかりしろ。春里がしっかりしないでどうする?」
貴之は春里の耳元でゆっくりと言い聞かせるように言う。貴之の手は春里の背中を軽く叩いていた。
「俺がついている。一緒に病院に行こう。大丈夫だよ。親父とお袋がきちんと診ているんだから」
ゆっくりと春里の眼が開いた。
「貴之さん?」
まだ弱い声だったが、しっかりしていた。春里を安心させるために貴之は笑みを浮かべた。笑いたくない時に無理やり笑うことができなかった。でも、春里のためならそれもできる。春里を元気づけるためならば今までできなかったいろいろなことができた。
「しっかりしろ。きちんと俺もついて行くから、帰る準備をしてこい。俺も一度教室に戻って帰る準備をしてくるから。きちんとここまで迎えに来る」
「ありがとう」
春里が微笑んでくれたから貴之も微笑み返した。もう一度春里をぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫だよ」
「うん」
あと一話。お付き合いください。




