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初恋の彩り  作者: みこえ
~出逢い~
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【最大の難は貴之の妹ということ】

 春里に声をかけてきた女の子は数え切れない。多くの女の子の目的は竹原貴之だと分かっていた。どういった情報でどう流れているのかは分からないが、春里は貴之の恋人ではないと言うのだけはきちんと流れているようだ。だが、一番身近な人物として認識されたようで、周りは貴之に近づきたい女の子たちで溢れていた。


 この中から嘘を吐いていない女の子を見つけることは難しい。誰もが嘘を吐いて貴之に近づこうとしているのではないかと疑いたくなってくる。こんなことならば、初日から気をつけるべきだった、と春里は後悔する。だが、無理な話なのだ。こんな事態が起きているなんて春里には想像できなかったのだから。



 春里が通っていた学校は共学の公立高校だ。勉強ができる子が多く、どちらかと言えばおとなしめだったと思う。田舎ということもあったのだろうか。この高校で見るような派手な服装の女の子はいなかった。やはり色恋沙汰は好きで、一番人気のある男の子はいた。もちろん女の子も。本当の恋ではないにしても「格好いい」「かわいい」と騒ぎたてる人たちも少なくはなかった。だが、ファンクラブができるとか、嫉妬で女の子をいじめるといった行為はもちろん無かった。人の付き合いを制限することなど考えもしなかった。だが、ここは違う。嫉妬ばかりが渦巻いている。


 もちろん貴之はそれなりに格好良いだろう。週末だけだが、モデルをやっていると言うだけあってそれなりではある。だからと言ってそこまで騒ぎたてる程だろうか。春里にはそれが不思議で仕方なかった。


 春里を取り囲む人の渦を掻き分け、やっと解放される。そこは奇しくも初日に呼び出された場所。そこで一人きりの時間を味わう。壁に寄りかかり床にお尻をつける。薄暗いその場所は少し涼しくて心地良い。ゆっくりと眼を閉じ、現実から逃げる。せめて休み時間はここにいたいと春里は溜め息を吐いた。



 今日一日も春里は一人で過ごした。下心丸出しの友人はいらない。それを隠して近づいてくる友人はもっといらない。騙されて、陰で嗤われることほど悔しいものはない。だから、貴之を恨みもする。貴之のせいで近づいてくる誰もが下心を持っているのではないかと疑ってしまうのだ。昨日純粋に話をしてくれた女の子さえ今は疑ってしまう。


 一人とぼとぼと歩き、夕飯の買い物をして家に帰ると、そこには貴美がいた。今日は貴美の仕事が休みの事をすっかり忘れてしまったのだ。

「おかえりなさい」

 慈愛に満ちた笑みを見ると看護師が天職なのが分かる。


「ただいま。忘れていて買ってきちゃいました」

 春里は右手に持っていた買い物をしたものを突っ込んだバッグを少し上げた。

「まあ、ならそれは明日使うと言うことで」

 ソファでくつろいでいた貴美は読んでいた雑誌をテーブルに置き、立ち上がった。


「ねえ、お茶に付き合ってくれるでしょう?今日ね、スコーンを買ってきたの」

「はい。着替えてきますね」

 とても嬉しそうに貴美が言うから春里は遠慮はしない。


 会った初日に貴美が「娘ができて嬉しい」と言ってくれて、春里はとても嬉しく思ったから。


 春里は私服に着替え、リビングへ行くと、すでにお茶の用意がされていた。貴美に促されるまま貴美の隣に座る。三人がけのベージュのソファに二人。広いが貴美は春里に触れられるくらいの場所に座り直した。


「これね、甘いスコーンもあるんだけれど、サーモンやトマトと言ったおかずパンみたいなものもあるのよ」

 大きな皿に置かれたスコーンは色とりどりだった。確かに見た眼からして違う。貴美は指を刺しながら春里に味の説明をする。春里は興味を抱いてサーモンを手にした。


「やっぱり一緒。わたしもこれに興味を持ったもの」

 口元で両手を組んで嬉しそうに言う貴美はとても穏やかな雰囲気を持っている。看護師と言う厳しい仕事をしている中、やはり、多くの患者を温かく見守っている優しい感情の持ち主なのだと感じることができる。春里の母とは違う雰囲気を持っているが、父親が貴美と結婚した理由も分かる気がした。


「これ、本当にサーモンが入っているんですね」

 春里は一口含んだスコーンの生地にサーモンの舌触りと味が飛び込んできて驚いた。その反応に満足げに微笑んでいる貴美。


「ねえ、すごいでしょう。こうやって驚いてくれると買ってきた甲斐があったって思うのよ」

 無邪気なその仕草は春里を自然に和ませる。

「貴美さん、ありがとうございます」

 春里の言葉に一瞬きょとんとした貴美だったが、春里の気持ちを理解したのか一度頷いた。


「遠慮はいらないわ。わたしも遠慮をしない。これから家族なんて言ったって無理でしょう?だからね、おこがましいようだけれど、お姉さんみたいな感じで。本当におこがましいけれどね」


 春里は頷いて答えた。年齢的には春里の母親と変わらない。だからと言って母親と思うには抵抗があった。それは貴美も理解してくれていたことで、出逢った時に「あなたのお母さんは一生篠原春香さんよ。だからわたしはお母さんじゃないから、貴美と呼んで」と言われ、春里はその言葉だけで貴美の優しさや温かさを知った。だから、父が一人だけ再婚して幸せになっていた事に少し抵抗心を持っていたが、その瞬間に総ての感情が変化していた。納得したのだ。こんな素敵な女性を見つけて結婚をしないはずはないと思えたから。


春里の学校生活は貴之のせいで孤独に。まあ、春里は一人でも平気な人間なので、悲観的にはなりません。

どこのスコーンだったかすっかり忘れましたが、サーモンの入ったスコーンを食べたことがあります。あれはおいしいですね。


次回は奏太登場。彼はとても明るくて人懐っこい人です。


次回もお付き合いください。

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