【貴之の当たり前の日常】
貴之が着替え終え、ダイニングへと向かうと、とてもいい香りが漂っていた。貴之はその香りをおもいっきり吸い込むように息を吸う。
「今日はカレーか」
どんなカレーが出てくるだろうと想像しながら、キッチンへと入る。
「もう少し待っていてくださいね」
春里は鍋の中身をかき混ぜながら言った。貴之は頷いた後、冷蔵庫からアイスティーを取り出した。これは春里が作り置きしているものだ。春里が作ったアイスティーは家族皆が好んでいる。だから、春里がいない時でも飲めるように作り置きをするようになっていた。
「今日は何カレー?」
「シーフードにしてみました」
にこりとする春里に笑みを返した後、貴之は鍋の中を見た。
「おいしそうだね」
「多分、おいしいですよ」
春里は皿にご飯をよそい、そのカレーをかける。それを貴之は受け取って、アイスティーと一緒にダイニングに運んだ。
春里と二人きりの夕飯は慣れた。自分が手伝うべきことも今は分かっている。だから、何も言わなくても大体のことはうまく事が運ぶ。貴之はそれが嬉しくも擽ったくも感じる。まだ、知り合ってから間もないと言うのに、何年も一緒に過ごしているような錯覚に陥ることも多い。春里が作る夕飯が当たり前になり、それが家庭の味になり、その味を食べることが当たり前になりつつある。はっきり言って貴之は、貴美が作る夕飯では物足りなく感じるのだ。おいしくないわけではない。ずっとそれを食べてきたのだから、おいしくないと感じるはずがない。だけれど、なぜだろう。春里の作った食事が食べたいと思うのだ。
――俺が春里を好きだからか。
そんな結論を導いて、貴之は苦笑した。
ダイニングのテーブルに並んだメニューを眺め、二人で「いただきます」をしてから食べた。やはり春里の料理はおいしい。思わず貴之は微笑んだ。
「おいしいな」
呟きに似た言葉だったが、春里は満足げに頷いた。
「ねえ、貴之さんのクラス、学園祭は何をするんですか?」
今まで学園祭の話など一度もなかったのに突然問われて、貴之は呆然と春里を見つめた。春里はじっと貴之の言葉を待つように微笑みながら見つめ返してくる。まるで見つめ合っている恋人のように感じ、貴之は視線を逸らした。
「うちのクラスはコンピュータ室を借りて、ゲームをするんだ。うちのクラスの何人かは自分でパソコンゲームを作成するんだよ。それを遣って商売をする事になったんだ」
「へえ、それってすごいですね」
「俺はどうやって作られるのか知らないけれど、そういう仕事に就きたいと思っている奴も少なくないみたいだね」
貴之も人並みにはパソコンは遣えたが、それはあくまでも人並みだ。
「へえ、ちょっと楽しみですね」
「よければ来ればいいよ。と言ってもきっと俺はそこにいないと思うけどね」
「わたしも多分、出歩けないと思いますよ。ずっと働きづめのはずです」
「へえ、何をするの?」
「喫茶店だそうです」
「だそうです、って」
「気づいたら決まっていて、気づいたらホール係になっていました。まあ、何日も準備で時間に縛られるよりはましですけれど、メイド服を着なければならないみたいで最悪ですよ」
「メイド服……」
どのような形のものか不明だが、貴之の頭の中はかわいらしいメイド服を着た春里の姿が浮かんでいた。
「それでですね、貴之さん、時間があれば遊びに来ませんか?と言う誘いなんですけれど」
「メイド服姿を見てみたいから行くよ」
「本当ですか?それはよかった。でも、無理はしないでくださいね。わたしとしては誘うまでがお仕事なので、それを強要することまではしませんから」
にこりと微笑む春里に、貴之は素直に思った疑問をぶつけた。
「誘うまでが仕事って何?」
「そのままですよ。みんなに頼まれたということです。だから、覚悟して来て下さいね」
溜め息を吐いた貴之を見た春里はクスクスと笑い始めた。
「それがわたしの利用価値ですから、みんなはそれを遺憾なく発揮しているわけですよ。わたしもそれを充分発揮しているわけですが、貴之さんにとっては迷惑な話ですよね。だから、来なくても構いませんよ。誘うと言うのがわたしの使命で、連れてこいとは言われていませんからね」
春里は何でもないように当たり前に言うが、何となく悲しい気持ちに貴之はなった。
――利用価値ってなんだ?
会話を終えた春里は再びカレーを黙々と食べている。その姿をじっと見つめていた貴之だが、それ以上は何も言葉にできず、食事に戻った。
ゲームってどうやって作るのか、とかそういうことは分からないのですが、まあ、この辺はこの辺で。
春里と貴之の二人の間合いがとても好きです。
今回少し短めですが、この一話のみで。
次回は学園祭。一人男の子登場です。だからと言って別に波乱なし。この先彼もあまり出てきません。
次回もお付き合いください。




