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初恋の彩り  作者: みこえ
~出逢い~
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【貴之の妹はかわいい女の子】

 今日は周りが煩かった。竹原貴之は深く溜め息を吐く。学校に行き、教室に入るとすぐ、友人に囲まれた。好奇の眼差しが貴之を煽る。

「おい、一緒にいた美女は誰だよ」

「とうとう、おまえにも彼女ができたか?」

 友人の言っている意味が貴之には分からなかった。それを無視して席に着くと、新たに数人友人が貴之を囲む。周りにいる女子が耳をそばだてている様子だった。


「なんのことだ?」

「惚けるなよ。一緒に登校してきたかわいい女の子のことだよ」

 そこでようやく誰を指しているのか貴之は分かった。一緒に登校してきたつもりはなかったが、言われてみれば一緒に登校している。それは仕方がないことだ。同じスタート地点で目指すゴールも一緒なのだから。これで一緒でない方がおかしい。


「あれは妹だよ」

 この一言で終わるとは思っていない。今まで妹がいると言った事はないし、家に遊びに来た時、妹の存在など全く無かったのだから。しかも、この私立高校に二年生の二学期から転校してきたのだ。誰が妹と言って信じるだろう。だが、事実は事実で、でも、事実ではなくて。だからこそ、これ以上の説明が貴之には面倒くさかった。


 ――まったく勘弁してくれよ。

 貴之は逃げるように教室を出た。


 それからというもの会う人会う人に新しい妹の事を聞かれた。それは男女問わず、だ。女の場合は団体でやってきてヒステリックに一方的に責めてきて話しにならなかった。耳が疲れ、精神的にも疲れた。部活中もそれは続き、やっと解放された時には身体も心も疲れ切っていた。


 ――耐えられない。

 溜め息と共にこれから続くだろう質問攻めの日々を恨んだ。



 妹と会ったのは二週間程前。初めて会った。どのくらい前のことだろう。一ヶ月ほど前だったかもしれない。貴之は両親に呼ばれ、リビングのソファで衝撃的な決定事項を告げられた。二人は再婚同士だから、父親に子供がいてもおかしくはないと思っていた。ただ、貴之はそのことをずっと知らずにいた。父が貴之に遠慮していたこともあるし、一生会うことのない存在だとも思っていたのもあるようだ。だが、状況がそうさせなくなった。


 あの時両親は貴之に向かってこう告げた。

「あなたにはかわいい妹がいるの。二学期からは一緒に暮らして、一緒に学校に通うのよ」

 母は嬉々としてそう告げる。貴之は状況がつかめず呆然としていた。


「貴之の妹だ。仲良くしてやってくれ」

 全く状況がつかめないまま、でも貴之には拒否権はなかった。すでに決定していることだと気づく。


 それにしてもこの大人たちは、と心の中で愚痴る。兄妹と言っても血のつながっていない年頃の男女が一つ屋根の下で一緒に暮らすとはどういう事か分かっているのだろうか。両親は共働きで、忙しい身。夜、二人とも仕事でいない時も多い。その時貴之が妹に襲いかかると言う恐ろしい展開は考えないのだろうか。信頼されていると思っていいのだろうか。


 ――まさか、女っ気がない俺は女に興味がないと思ったのか?

 一つの結論をはじきだした時、唖然とする。別に興味がなかったわけではない。だが、今貴之が追いやられている世界は恐ろしい女ばかりが存在する世界だった。自分の気持ちが蔑ろにされる世界だ。


 キャーキャーと騒ぎ、貴之の気持ちなど考えもせず決まり事を勝手に決め、どの女も寄せ付けない。誰か女が近付くと、その女は目の敵にされ痛い目に遭わされる。その現実を知った時、女の恐ろしさを知った。そんな女に淡い恋心を抱くなどできるはずはない。だから、女に興味がないのは確かだが、それは貴之を取り巻く環境のせいなのだ。中学の時は確かに女の子をかわいいと思っていたのだから。




 玄関の鍵を開けると、いつもは感じられない人の気配を感じる。かわいい名前の妹がすでに家に帰ってきているのだ。篠原春里。初めて会った時、おしとやかなかわいらしい女の子だと思った。遠慮がちな態度や言葉遣いがそう錯覚させたのだ。だが、実は違っていた。それを貴之が知ったのは二人で話をした時だった。両親は仕事に出ていて、二人で一緒に初めて夕飯を食べた。ハンバーグは得意のようで、とてもおいしかった。


「なんて呼べばいいですか?」

 春里は戸惑うように言った。

「お兄ちゃんとは呼ばれたくないでしょう?」

 突然この年齢になってお兄ちゃんと呼ばれるのには確かに抵抗があった。だからと言って名字で呼ばせるわけにもいかない。

「貴之さん、でいいですか?わたしのことは春里やハルくらいで呼んでもらえればいいです」

 貴之が黙っている間にトントンと決まってしまった。貴之は黙って頷いた。


「じゃあ、貴之さん。わたしが真心込めて作った料理なんですよ。何か感想はないんですか?」

 人懐っこい笑みを浮かべ、春里は言った。昨日の態度とは全く違っていた。


「うん、おいしいよ」

「そう。よかった」

 春里はにっこりと笑うと、コンソメスープを飲んだ。しっとりと微笑むおしとやかな女の子なのだと思っていた。だが、春里は無邪気で人懐っこい年頃の女の子なのだとその時初めて知ったのだ。



 帰ってそのままリビングに向かった。キッチンからはにぎやかな音が響いていた。春里が夕飯の支度をしてくれている。その後ろ姿を確認するために貴之はキッチンへ向かった。


 キッチンはダイニングを通り、隔離されている場所にある。扉があるわけではないが、壁で分けられているので、オープンキッチンではない。そっと入り口から覗くと、鼻歌を歌いながら楽しそうに料理をしている春里の姿があった。いい香りが漂っている。春里の後姿を眺めながらかわいいな、と貴之は思う。初めてできた兄妹は元気な女の子だ。


「今日の夕飯は何?」

 貴之が近付きながら聞くと、驚いたのか身体をビクッとさせ、すごい速さで春里は振り返った。その動作が可笑しくて貴之は笑う。


「あ、貴之さん、お帰りなさい。わたし言いたい事、山ほどあるので覚悟していてくださいね」

 春里は笑いながらも口を尖らせて文句を言う。何か悪い事でもしただろうか、と貴之は考えを巡らす。


「もしかして、変なことされた?」

 貴之にとっては冗談に近いセリフだったが、春里ははっきりと頷いた。それに焦ったのは貴之だ。まさか、本当にそうなるとは思ってもみなかった。考えが浅かったのだ。


「殴られた?」

 貴之は春里に駆け寄りながら尋ねた。春里の全身を眺めるが傷らしいものは一つもない。

「この通り、傷、痣一つもないよ」

 にこりと微笑み、料理に戻る春里は無敵のように感じた。


「なら、なに?」

「ちょっと豆腐をとってもらえますか?」

 春里は貴之の質問には答えず、マイペースだ。貴之は戸惑いながらも冷蔵庫から木綿豆腐を取り出した。


「わたし、ファンの女の子に呼び出されましたよ。あんな漫画みたいな展開があるんだって可笑しくなりました。言えば、今日、わたしは転校してきた悲劇の主人公の気分ですね。すぐに眼を付けられて、いじめ抜かれる主人公」

 話している内容と違い、春里の口調は他人事のように楽しげだ。


「まあ、簡単にやられる程馬鹿ではないですけど。それにしても(たち)が悪いと言うか品がないと言うか。貴之さんのファンはみんなあんなサルみたいなのばかりですか?可哀想に」

 内容はやはり相当なものなのに、そう感じさせないのは春里の口調と笑顔だろう。選ぶ言葉はひどいものだし、相手に対する愛情は一欠片も見えない。


「ごめん、失念していた部分が大きい。最近はなかったから余計かもしれない」


 貴之と個人的に話をしただけで呼び出されて怪我をした女の子が何人もいた。女の子と話す自由が俺にはないのかと自棄になる時もあった。だけれど、ある時諦めたのだ。当たり前のことだが、別に異性と楽しく話すだけが青春ではない。そのほかを楽しめばいいという結論は貴之を楽にさせた。だから、話しかけてくる女の子を冷たくあしらった。自分の身も守れない癖に話しかけてくるなんて何を考えているのだろう。そう思いながら、心が痛かったが仕方なかった。


 そんな日々を過ごしていたからすっかり忘れていた。今日、注目を浴びて気づいた。だけれど、一年下の二年生だし問題ないと楽観視していたのも事実だ。


「まあ、わたしはあんな馬鹿ザルに負ける程馬鹿ではありませんから、問題ないですけれど、こんな事があると知っていれば一緒に登校などしませんでした。トラブルは避けたいですからね」


 当然のセリフだ。別に仲良く話しながら登校したわけでもない。ただ、初めての登校で心細いだろうと思ったことは事実だった。貴之は何て謝ればいいのか分からずに黙っていた。その感情が見事に表面に出ていた。困った顔をしていた貴之を馬鹿にしたようにクスリと春里は笑った。

「明日からは一人で行きます。兄妹やらなんやらの説明も面倒ですし、なるべくわたしたちの関係は伏せたいんです」

 貴之にとってもいい提案だった。

「分かった」



 二週間程前を思い出す。少ない荷物が運び込まれ、一五〇センチ程の小さな華奢な身体のかわいらしい女の子が深々と頭を下げた。

「今日からお世話になります篠原春里です。よろしくお願いします」

 おっとりとした口調は育ちの良さを表していた。


「本当に何から何までありがとうございます」

 この言葉を向けられたのは貴之の母、貴美だった。春里と貴美は全くの他人で、前妻の子供と今の妻の関係なので、春里としても気を遣ったのだろう。


「これからよろしくね、春里ちゃん」

 貴美はにこりと微笑んだ。それににこりと微笑み返す春里は一歳しか違わないようには見えず、まるで中学生のような幼さだった。口調や態度は大人なのに、見せる表情は子供で、それがひどく気にかかった。


 今思えば、猫を被っていただけなのだろう。貴之の眼の前でおいしそうにご飯を食べている春里は年相応に見える。


「ねえ、貴美さんはわたしの事を疎ましくは思っていないの?」

 直接的な質問に戸惑ったのは貴之だ。こんな質問をされて「疎ましく思っている」と答える人間がいるだろうか。もし、貴美が疎ましく思っていたとしても、息子である貴之が言えるはずがない。そこまで冷たい男ではないと言いたい。


「いや。おふくろは看護師だからね、モットーは『助けられる命は手を差し伸べる』なんだ。困った人にはできるだけの事をしてあげるのが人間としての役割なんだってずっと言っていた。この場合困っている人は三人」

 貴之は左手で三を表した。


「親父と春里と春里のお母さん」

 興味が失せたのか春里は気のない返事をする。

「立派な人なんだね」

 これも感情が籠っていないような気がした。貴之の言い方が気に食わなかったのか分からないが、貴之はこれ以上言うのを止めた。






 二人の部屋は隣同士に位置する。同じ学校に通っているのだから、同じ時間に家を出るのは理解できるが、男である貴之と同じ時間に起きる女はどうなのかと疑問に思う。


 貴之は重たい身体を無理やり起こし、まだ閉じていたいと反抗する瞼を無理やりこじ開ける。ボサボサの髪をかき混ぜながら部屋のドアを開けると、同時に隣の部屋のドアも開く。ものすごいタイミングのよさだ。貴之が春里を見ると、貴之よりもひどい顔がそこにある。多分貴之よりも朝に弱いのだろう。


「おはよう、春里」

「……おはよう」

 声だけでも半分眠っていることが分かる。壁に身体をぶつけないか心配になりながら、貴之は春里の後姿を見守る。だが、危険はすぐに起こる。危ないと思った時には身体が動いていた。さすがだと貴之は自画自賛する。掴んだ腕のお陰で大惨事は免れた。あと数秒遅ければ春里は階段から転がり落ちていただろう。


「なにやっているんだよ」

 先程のハプニングと苛立つような貴之の声で完全に眼を覚ましたらしい春里は、眼をぱちくりとしていた。


「ありがとう、助かった」

「今までどうしていたんだよ」

「階段なんてなかったもん」

 一言で総ては解決をした。だが、明日の朝からずっとこんなひやひやさせられるのかもしれないと思うと、貴之は気が滅入ってきた。


 これだけ春里が朝が弱いと朝食は期待できない。今朝は貴美が朝いたので、トーストとカップスープとポテトサラダが用意されていた。春里は顔を洗い、さっぱりした様子で、おいしそうに朝食を食べる。食事はしっかりと食べられるタイプのようだ。

 貴之はおいしそうに朝食を食べる春里を眺めながら楽しい朝食の時間を過ごした。


 家を先に出たのは春里だった。だが、五分くらいしか差はない。すぐに追いつくだろうことは貴之には分かっていた。況してや電車で通学するのだ。同じ電車になるだろう。車両を変えれば別々の通学も可能か。そんな考えを巡らせながら、いつもの様に一人早足で歩いた。



 学校に着くと、昨日とは違う反応が返って来る。予想していた通りの反応に苦笑を漏らしながら貴之は席に着く。


「妹はどうしたんだよ」

 大きな声で叫ぶ男を睨む。こういったハエは友人としていらない。現に貴之の親友である増永奏太(ますながかなた)はおもしろそうに囃し立てない。まあ、昨日誰もいないところで事情を聞かれたのだが。


「貴之、ちょっと付き合ってくれ」

 不憫に思ったのか、奏太が貴之を誘った。人の噂も七十五日と言うが、七十五日も我慢できるだろうか、と貴之は苦笑する。とんだ噂のネタを提供してしまった自分と妹。妹は大丈夫だろうかと想いを馳せる。


今回は三人称。私には珍しいのですが、いろいろな人の視点で書こうと思ったのです。ですが、メインはやはり春里と貴之。うまく書けていることを願って。


次回は母、貴美が登場です。別に昼ドラのように意地悪にはなりません。至って爽やか家族です。


これからも二人はゆっくりと距離を縮めていきます。焦れずにお付き合いください。



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