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初恋の彩り  作者: みこえ
~出逢い~
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【貴之から情報は漏れる】

 土曜日、貴之はモデルの仕事もなかったので春里の病院に付き合った。花か何かを持っていこうと思っていたが、春里は頑なにそれを拒否した。


「カーディガンなんていうのもいいと思うんだけどな」

「大丈夫です。そうじゃなくても色々してもらっているんですから。母も恐縮しちゃうんですよ」

 春里のこの言葉に貴之も納得して、御見舞いの品は持って行かないことに決めた。


 病院までの道のりを春里と一緒に歩く。涼しくなってきたせいか、春里はゆっくりとした歩調でこの季節を楽しんでいるようだった。肩にかかるくらいの髪をたらし、紫色のカチューシャをしていた。ブルーのシフォン地のワンピースに黒のカーディガン。スカートの裾がなびくたびに風を感じられた。


 ついでに言うと、貴之はジーパンに半袖のTシャツ、その上に薄手のパーカーを羽織っている。シンプルな着こなしだが、パーカーはチャコールにピンクのラインが入ったチェック地のものだ。


 春里はずっと無言だった。だから、貴之も何も話さなかった。それが苦と言うこともなかったし、春里を眺めているのにはちょうどよかった。春里の大きな眼が瞬きする瞬間やかわいらしい厚みのある唇がくいっと動く瞬間を覗き見ることができた。


「貴之さんはあの病院に入ったことあるんですか?」

「ああ。なんか恥ずかしいんだけれどね。病気や怪我の時はやはりあそこだよ」


 貴之の知っている看護師がうじょうじょいて、居心地が悪い。熱があって病院に行っている時も、話しかけられ、うざったく思った事が何度もある。具合が悪くて来ているのだから放っておいてほしいと何度も思った。


「そういえば、貴之さんはお医者さんにはならないんですね」

「そう。親父がさ、『人の命をあずかる仕事だから、やりたいと思っていない人間には務まらない仕事だ』って言うんだ。そして、最後には、『だからおまえがなりたいと思わないのなら医者の仕事はするべきじゃない』って言うんだよ。それ、俺もよく分かるから、納得した。『おまえじゃ無理だ』じゃなくて『おまえは無理になる必要はない』ってことだと思ったから、俺はその言葉に甘えさせてもらったんだ」


「へえ、お父さんってそういう人なんだ」

 何ともなしに呟いたのだと思う。だが、貴之はなぜか居た堪れなかった。父親を奪ったような気がしてならなかったのだ。今も仕事が忙しい父だから、あまり春里と会話をしていない。

「なんかよかった。お母さんはそういう人を選んだんだって分かって」


 春里の方を見ると、春里は真っ直ぐ前を向いていた。横顔からとても幸せそうな雰囲気があり、別にマイナスの意味で言ったのではないのだと貴之は気づいた。春里はとても真っ直ぐなのだと思う。捻くれた考え方をしない。だから、思わず貴之は春里の頭に手を乗せた。


 春里の頭に手を乗せるのは、なんとなく癖になっている。手を置くのにちょうどよい高さ、と言うのもあるかもしれないけれど、何となくそうしたくなる。奏太の様に『抱きしめたくなる』と言う事がないだけいいと貴之は思う。抱きしめるのはいくら兄でも過剰だと思うから。


「母はずっと父の悪口は言わなかったんです。だから、きっといい人だったんだろうなって思っていました。幼かったわたしには父と一緒に過ごした記憶が曖昧で、あまり覚えていなくて。だから、母に何度も聞きました。今思えば残酷な事をしたと思うんですけれどね」

 春里が貴之を見上げ、眼が合った。春里は儚げに微笑んだ。


「でも、母はいつも幸せそうに語るんですよ。『お父さんは、お医者さんという仕事が大好きなのよ』って。貴之さんの話を聞いていたら、そんな母の言葉と重なりました」


 ――父は本当に仕事人間だ。母もそうだが。

 貴之は苦笑しながらも頷いた。



 その後はまたしばらく無言の時間が流れた。そして、病院に着き、階段を上って病室を目指す。薄暗い階段を当たり前のように歩く春里を貴之は眺めていた。

「いつも階段使うの?」

「ああ、そう。病人ではないわたしがエレベータを使うのは気が引けて」

 そんな事はないだろう、と思いながらも春里らしい考えだ。


 春里の母親が入院している部屋は貴之が思った以上に狭かった。もっと広くてきれいな部屋を想像していたから、思わず入り口で立ち止まった。


「お母さん、調子はどう?」

 部屋の奥に行った春里の声をきっかけに貴之は歩きだした。

 貴之が春里の隣に立つと、不思議そうに春香が貴之を見た。


「竹原貴之さん」

 春里が言うと、春香は納得したようだった。

「はじめまして」

「こんにちは。貴美さんの息子さんね。ずいぶん素敵な男の子なのね」

 春香はそう言って春里に向け儚げに微笑んで見せた。

「学校でも大人気なんだよ」

「へえ、そんな感じする」

 春里は楽しそうに笑っていた。


 二人の雰囲気は似ている。親子なのだから当たり前なのだが。笑った顔はそっくりだ。確かに春香は病気のせいで痩せてしまっているが、元気な時はきっと似たもの親子だったのだろうと想像できた。


「貴之さんにもいっぱいお世話になっているの」

「そう。良かったね」

 春香の視線がゆっくりと春里から貴之に移った。


「貴之さん、春里は迷惑をかけていませんか?」

 ゆっくりと優しい口調で春香は言った。

「僕が迷惑をかけているようなものですよ。あ、でも、朝は苦手のようで、階段を下りる時いつもひやひやさせられます」


 貴之は春里の日常を教えてあげたくて、そう言った。春香は少し驚いたようだったがクスクスと笑ってくれた。問題は春里だ。口を尖らせて、春里は貴之の背中をおもいっきり叩いた。


「そういうことは言わなくていいんですよ」

「いや、朝が弱いことは知っているかもしれないけれど、階段はなかったって言っていたから、こういうネタは知らないのかなって思ってさ」

「言わなくてもいいことです」

「そう?春香さんは歓んでくれているみたいだよ」

「やだ、若い男の子に『春香さん』なんて呼ばれちゃった」


 春香がおどけるように言った。それを言われて始めてすごい事を言ったと思い、貴之は恥ずかしくなった。


「他には?春里は何も話してくれないから」

「あとは――夕飯はいつも作ってくれますよ。昨日は麻婆豆腐でした」

 貴之の言葉、一言一言に春香は微笑みながら頷く。とても嬉しそうで貴之ももっと言ってあげたくなる。


「あとは、アイスティーを淹れるのが上手ですね。あれでアイスティーが好きになりましたから」

 これはお世辞ではなく本当だ。グラスに氷をいっぱい入れて、紅茶を注ぐだけなのだが、とても美味しくできる。


「それは知っているわ。わたしが淹れてもそう美味しくはならないの」

「僕も、ですよ。一度淹れてみましたが、あの味にはなりませんね。不思議です」

「なんか逃げたくなってきた」

 ぽつりと言った春里の言葉に春香は笑った。


「この間なんてね、駅のところに貴之さんを待ち伏せしている女の子がいたんだよ」

 ここぞとばかりに反撃してきた春里を貴之はぎろりと睨んで見せたが、春里はどこ吹く風。貴之に強かに微笑んで見せた。


「それに、学校ではファンクラブができていて、簡単には女の子は近づけないんだよ」

「へえ、それは大変ね」

「お陰でもてるのに彼女がいないの」

「それはお互いさまじゃないの?」

 貴之が言うと、「全然違う」とかぶりを振りながら春里は言った。


「わたしはファンクラブがないからいつでも近づける存在だもん。貴之さんはファンクラブのせいで彼女ができないの」

 ちょっと違うような気もしたが、貴之はそれを否定する気はなかった。なんとなく言いたいことも分かる。


 春香は終始楽しそうに笑っていた。だから、貴之はそれで満足だった。春里の口調も笑顔も自然だったから余計だ。



 一時間程病室にいたが、春香も疲れた様子だったので、お暇した。病室を出て階段を下りるところで貴美に会った。貴美は貴之の姿を見るととても驚いた様子だったが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。


「あなたも来ていたなんて思ってもみなかった」

 そう言って貴美は貴之の手にお金を握らせた。

「せっかく二人できたんだし、これで何か食べていきなさい」


 春里は申し訳なさそうに遠慮していたが、貴之は別に遠慮する必要はない。多分、春里に渡そうとしていたものなのだろう。だが、春里は遠慮するから貴之に手渡した。それが分かったから、貴之はそのままズボンのポケットにしまい込んだ。

 


 二人は駅前に最近できたチェーン店のカフェに入った。この店の系列店は病院の中にも入っている。


 それなりに人は入っていたが、円卓の小さな二人席が空いていたため、そこで一休みをする事にした。夕飯は今日は二人なので、鍋にでもしようと話しており、この中途半端な時間に何かを食べる気にはなれなかった。


 貴之は迷わずコーヒーを頼んだが、春里はずいぶんと迷っていた。こういった店でも一人で入ることができないらしく、初めて入ったのだと恥ずかしそうに言っていた。だから、物珍しかったのだと思う。迷って迷ってやっと選んだのはジンジャーミルクティーだった。


 テーブルが小さいため、二人の距離は近い。そう気づいた途端、貴之はテーブルに肘をつく事さえも躊躇われた。春里は特別気にすることもなく、自然体だ。飲み物をフーフーしながら冷ましている仕草は幼く見えた。


「買い物をして帰るんだろう?」

「うん。そのつもり」

「お袋からもらったお金もあまっているから、ちょっと豪華にしよう」

「え?悪いよ、そんなの」

「悪くない。俺がそうしたいんだから、付き合えよ」

 春里は貴之をじっと見ながら少し悩んでいる風だった。


「そうだね。そうしちゃおうか」

「決まりだな」

 まだ、暖かいが鍋の季節に近づいている。「白菜はまだ高い」なんて春里は言うけれど、そんな事を気にせずに鍋に放り込みたい物を総て放り込みたかった。


 貴之はゆっくりと飲み物を飲む春里をじっと観察した。両手で包み込むように持ったカップ。それをそっと口に当てる。唇が少し開き、そして、ゆっくりとカップは傾いた。そっと眼が閉じられ、カップが口から離れたと同時に眼が開いた。


「どう?おいしい?」

「うーん、ちょっと甘いかな?」

 春里はカップをそっとテーブルに置いた。一連の動作がとても滑らかで女の子らしい。武骨な男たちの動作しか最近は見ていない貴之には新鮮だった。


 ――モデルたちもこんな飲み方してないな。

 雑誌のモデルの時は男ばかりの事が多いが、女性モデルと一緒の事も当然ある。その人たちと休憩中飲み物を飲むが、こんな風に滑らかな動作をしている人を見たことがない。見ているのなら、貴之の視線は釘付けだろう。


 貴之はもっと春里の滑らかな動作を見たくて、春里を真正面から眺めた。


なんとなく貴之の心の中が覗けていたらいいな、と思います。


次回は新しいキャラクターが登場。この子はのちにいい感じに変貌してくれる子です。そして、久しぶりのサル軍団。


次回もお付き合いください。

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