―はじまりの日―
〈1987年 春〉
おなかがすいた。
ハンバーグのいいにおいに、あたしのおなかはさらにうるさくなる。まあちゃんと、おかあさんと、おとうさん。三人はなかよく、たのしそうにお昼ごはんを食べている。
数字の1から100。ひらがなの「あ」から「ん」。カタカナも同じ。
を、それぞれ3回ずつ。
毎日それらを書いてからでないと、あたしはごはんを食べさせてもらえない。
なかなか終わらないと、おこられる。
グズめ。そんなこともできないのか。と。
おかあさんの虫のいどころがわるければ、そのままごはんぬきになることもある。あたしはひっしで、文字たちをひたすら書く。
ようやく書きおわり、どきどきしながらおかあさんにみせた。
ふん、汚い字。
ひくくて、こわい声。
あたしはなかないようにがんばりながら、冷たいハンバーグをひとりでもごもごと食べる。
いつのまにか食べおわった3人は、今度はテレビを見ている。まあちゃんは、おとうさんのおひざにのっている。おかあさんはわらっている。やさしそうに。
まあちゃんは、真ちゃんが死んだいちねんごに、生まれた。かわいいいもうとだ。真ちゃんにそっくり。真ちゃんのうまれかわり。おとうさんもおかあさんも、そういってまあちゃんをかわいがる。
そのかわり、あたしのことはどんどん、きらいになっていくみたいだった。
おとうさんはできるだけあたしを見ないようにしていたし、じっさい、見えていないみたいにあたしにはなしかけない。
おかあさんは、おとうさんがいる時はしないけれど、いない時は、あたしをひどくぶったり、けったりする。
あたしはおかあさんがこわくてしかたない。
だからできるだけ、おかあさんのきげんをそこねないように、いい子にしているつもりだ。
でもおかあさんは、あたしがなにをしてもきにいらないみたいだった。
へんじのしかたがわるい。
うごきがおそい。
こえがちいさい。
なよなよするな。
なくなうっとうしい。
なまいきなたいどをとりやがって。
おかあさんのことばはきたなくて、とがったナイフみたいで、おそろしい。
むねのおくにひんやりとした水がながれるみたいで、なぐられるよりかなしかった。
真ちゃんのおそうしきの日、くろいふくをきたおかあさんが、つかれきったかおで、あたしにいった。
お前が死ねば良かったのに。