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エピローグ~後日談~

 後日談。

 あの後、俺は梓パパ一成さんに梓と過ごしてきたこれまでのことや、シンシアさん騒動での梓と絡んだ一部始終のことを細かく根掘り葉掘り問い質された。もちろん、一成さんの機嫌を大きく損ねてしまうようなことは言っていないのだが、見られていた部分やすでに耳に入っているらしい事柄については、時間、場所、行動、全てを話してしまうことになってしまった。

 理解は得られた。俺が梓を傷つけないように努めていたこと。決して梓の誘惑に負けないように努めていたこと。どうしようもなかったことは、全て梓のせいだということで。

 それで、だ。

 梓から、シンシアさんの件についてお詫びがあると聞いて向かった神宮寺邸。

「うふふふ。やだもう、パパったらぁ」

「ははは、いいじゃないか。ほら、あ~ん」

 お詫びなんてとんでもない。待ち受けていたのはただの拷問だった。

 この日、夕方まで家で待っていると、神宮寺家御用達リムジンが俺を迎えにきた。何も聞かされていなかった俺は、どうせ梓のことだからくだらないことだろうと思い、何の疑問も抱くことなく運ばれて行ったのだが、いざ、かの家に着いてみると俺を出迎えたのは一成さんだった。

 ああ、何という事でしょう。俺は梓によって罠に嵌められたような気がしてならなかった。そんなことは一言も言っていなかったし、わざわざ父親がいる時に俺を招こうとするなんてミジンコも、いや微塵も思わなかったのだ。くだらないダジャレが飛び出してしまうほど当惑していたのだ。

 一成さんの誘いに断る術を持ち合わせていなかった俺はそのまま中に招き入れられ、食卓に案内された。

 そうこれは、詫びという口実によって俺を食事に招き、精神的な苦痛を与えようとしている企てだったのだ。

「どうしましたのマコト。さきほどから箸が進んでいませんわよ?」

 そしてここには何故かシンシアさんもいた。

 一応名目上は詫びの席に、俺と梓を追い込んだ張本人がいたのだ。

 まったく、本当に金持ちは何を考えているのかわからない。

 テーブルの大きさはいたって普通。こたつよりも少し大きい程度を想像していただければ概ねそれで合っている。貴族世界ではよくある、あの長細ーいテーブルならどれだけ救われていたことだろう。

 そのテーブルに俺と向かってラスボス一成さん。左側に殺し屋シンシアさん。右側にストーカー梓がいた。テーブルの中央にはそれはそれは大きな大きな舟盛り。その周りにも説明するのにも面倒な、それはまあ豪華絢爛な和食が所狭しと並べられていた。この人数では絶対に食べきることなんて不可能な量だった。

 料理はお金持ちだから納得できるとして、シンシアさんの言葉を否定に走る。

「そ、そんなことないよ」

 端が進むわけないでしょう。食事の前に、楽しそうに親子団らんする前に、どうしてこういう状況を作り出してしまったのか説明してもらえないと。

「そうだな真くん。ぜひ食事を楽しんでいって欲しい。君のために今日水揚げされた魚を産地直送で全世界から集めたのだ。この夕食だけで相場百万以上の料理なのだよ?」

 うおっほう。金持ちは馬鹿ばっかりだー。それならいっそ百万円の束を欲しかった。いや受け取れませんけどね。

「そうですよ先輩。梓だってこれだけ豪華な料理をお家で食べる事なんてないんですよ? これは全て先輩のためなんですっ」

 ふはははは。梓、お前は散々俺のためだとか言っていたのに俺のためになることがどういうことかまるでわかっていないじゃないか。

「あ、ありがとうな。ちなみに、千佳と倉敷さんには何をしてあげたんだ?」

「千佳先輩とみっちー先輩には、ささやかですけど温泉家族旅行を手配しました。ちなみに変態さんには一万円の商品券を差し上げました」

 なんっっっっって羨ましいんだあいつら! 俺も温泉で疲れを癒したかった! 一万円で可能な限り良い物を買おうと悩みたかった! くそっ! くそっ! くそうっ! 金額では圧倒的に勝っているのに、何だこのすさまじい敗北感は。

「マコト、もしかして待っていますのね? では、わたくしが食べさせて差し上げますわ。あーん、と言うのかしら。ほら、あーんして?」

 シンシアさんが刺身を一切れ箸でつまみ、手を添えて俺の口元に寄せる。

 正直に思う。綺麗だ綺麗だとばかり思っていたシンシアさんが、可愛い。「あーんして?」の最後のトーンの上がり方なんか、男嫌いのシンシアさんが男心を掌握しているものとしか思えなかった。

「そこっ! 先輩を誘惑しない! 先輩に色ボケがうつる! あ、梓としてはそれはそれでいいんだけど、シンシアちゃんはダメッ! 離れてよ!」

 箸で人を指さない。

「あら、わたくしに意見する気ですの? アズサ」

「へっへーんだ。シンシアちゃんなんかもう怖くないですよーだ」

 あっかんべーっと。歳は近いのに、大人と子供の争いだ。まぁ、今の神宮寺財閥とアネソングループの力関係は持ちつ持たれつの間柄みたいだからな。梓も委縮する必要がなくなったわけだ。それはそれで、いいことなんだと思う。いがみ合い、嫌い合っている仲なのかもしれないけれど、傍から見れば、友達と、そう呼べなくもないのだから。

「君が関わってきてからだ」

 一成さんが、自分の箸を置き、俺を見据える。

「君が娘と関わり合いになって、娘はすっかり変わってしまった」

 一成さんにとって、それが気に入らないのだろう。どこか威圧的な気配だった。梓の部屋で、一成さんは言っていた。あまり世俗から影響を受けさせたくないと。一成さんにも立場がある。威厳がある。おそらくは生まれた時から梓の道は決まってしまっているのだ。神宮寺梓として生を受けた日から、神宮寺の名を背負って生きていかなくてはならない。だけど当の本人はこの有様。街中で梓を見かけても、お嬢様だとは思わないだろう。シンシアさんとは対照的な、とても俺たちに近いお嬢様なのだ。

 一成さんの雰囲気に、梓もシンシアさんも押し黙ってしまった。

「だが私は、今はそれでいいと思うのだ」

 一成さんは、ふっ、と肩の力を抜いた。

「少しくだけた話し方をしてもいいかね?」

「えっ、は、はい。どうぞ」

「私は娘を愛している。たった一人の、可愛い娘だ。それゆえに、過保護過ぎる部分があった。もしかしたら君も聞いているかもしれないが。梓が望むことはできるだけしてやりたかった。しかしそれは、梓に自由を与えるということではなかったのだよ。私は自分の手で娘を守りたかった。それは、ただ娘を囲っていただけだったのだ。正直に言おう。私は今、楽しい。君が梓と関わり合いになってから、梓は随分と無茶な頼みを言うようになった。そのことで言い争うこともあったが、それ以前は、言い争うこともなかったのだ。父親として情けないことだが、自分の娘がとんでもなく我が儘だったとはその時期に知ったよ。あまり自分の立場を見失って欲しくはないと思っているのも本心だが、彼女たちのような友人がいることも大切なことだと思う」

 それは、何と言うべきなんだろうか。育ての親とも呼ぶべき斎藤さんだって、梓が我が儘だとは思っていなかった。梓自身が、我慢をして暮らして来たのだ。そう思えなくもない。

「きっかけは君だった。良い意味でも、悪い意味でも。そして先日の件では君の誠意を見せてもらった」

「誠意だなんて、俺……いえ、僕はただ、ああするしかなかったから」

「謙遜する必要はない」

 なんだこれ。あれほど俺嫌いだった一成さんが一体どんな化学変化をしたらこうなってしまうのだ。気持ち悪い。梓が目の前にいることもあって、俺には何か裏があるのだろうと疑ってかかるしかできない。この人らに関わったところでロクな目に遭わないことはわかりきっているのだ。

「ふふふ。マコト、高く評価されたものですわね」

 シンシアさんは、どこか満足気な表情だった。俺の顔にはこの人に殴られた傷はまだ残っている。シンシアさんは件の最中、何を考えていたのだろう。試されていることはわかったけれども、何となく、最終的に丸く収まるような形に誘導されていたような気がしていたのだ。もし仮に、これに近い状況を最初から想定していたのだとしたら、とんでもなく底知れない人だ。あの女王様っぷりだけは、完全に楽しんでいるように見えたけれど。

「あら、わたくしの顔に見惚れていますの?」

 そこは顔に何かついていますの? だろ。本当に底知れない人だ。

 溜息で返事をすると「つれないですわね」と面白そうに笑った。

「梓、どうしてシンシアさんがいるんだ」

「それは梓こそ聞きたいのです。パパ」

 と不満そうな顔を一成さんに向ける梓。

「一年、というのは忘れていないな? 梓」

 梓は、途端に表情を曇らせた。

 僅かな記憶が甦る。梓の部屋で、それらしいことを耳にした。俺が梓の部屋にいたとき、一成さんが外出際に梓に言い聞かせるように言っていた。

「娘とは二つ約束をしていたのだ。真くん」

「ぱ、パパッ……!」

「聞いてもらっても構わんだろう」

 梓は視線を落とす。あまり聞かれたくないことらしい。一年という言葉から連想されるのは、期間、期限。何か、一年後に待っているということなのだろうか。

「一つは、君と同じ高校に行きたいと言ってきた梓に、一年間だけという期限付きで了承したのだ」

 それが、一年間……。梓が俺と一緒に高校生活を送れるのも、来年の春までって、そういうことなのか。

「そ、そう……ですか」

 俺は今、自分がどんな顔をしているのかわからなかった。いや、わからないと思っているだけで、きっと、落胆の表情を見せているのだろう。

 残念だと思った。寂しいと思った。嫌だな、と思った。

 でも、仕方がないことなのだろう。梓は、あくまでも神宮寺梓なのだから。

「そしてもう一つが、一年間の間に君をこちらの世界に置いても通用するような男に成長させられなかった場合、君を忘れること。この二つだ」

 ……なんだ、それ。つまり梓が俺に金持ち世界のノウハウを教え込んで、それを俺が理解できなかった場合、梓と俺の縁は切れる。そういうことか。

 なんで、梓はそういう素振りなんてまるで見せなかった。時間なんてなかったのに。最初っから諦めていたってことなのか?

「どうして黙ってたんだ……」

 梓はゆっくりと顔を上げて、寂しそうな目で俺を見た。

「だって、まずは梓のことを好きになってもらわないと。それからの話しじゃないですか」

「そりゃあ、そうかもしれないけど」

 でも、これは到底無理な条件だ。この条件をクリアする第一条件として、俺が梓のことを好きになること。つまりそれは、一成さんの強烈な脅しに負けてはならないということだ。梓に手を出したら人生強制終了という制約をまず取り除かなくてはならない。

 つまり一成さんは、やはりそれなりに地位と力を持つ相手じゃないと認めない。そう言っているだけなのだ。

「君は、一般的な人間だ」

 そんなことわかりきっている。今日の席は、こういうことを改めて認識させるために用意されたものだったのか。

「君がどれだけ娘のことを愛していようともその事実は変わらない」

 …………うん?

 ちょっと待て。

 何か、一成さんは激しく勘違いをしていらっしゃる。

「あ、あのー、それはちょっと違う気が……」

「しかし、私も思うところはあるのだ。少し長い目で見ていいのかもしれないと、考えを改めた。そこの彼女が、そう言ってきてくれてね。今回の件で、君にも男を見せてもらったことだしな。だが、勘違いしないで欲しい。私は君を認めたわけではないのだから」

 いや、あんたが勘違いしないでくれ! それと金持ちは人の話し聞かねー!

「パパッ! えっと、えっと、それじゃあ……」

「うむ。せめて高校を卒業するくらいまでは、私は何も言わない」

「や、やったぁ! パパ大好きですぅ!」

「うん梓ちゃん。パパも梓ちゃんのこと大好きだよぅ」

 な、何が何だかわけがわからない。親父が娘にデレるのを見せつけられているだけのような気もする。ただ、梓の高校生活が延びたことは、ちょっとだけ、嬉しかった。

「こ、こほん。……真くん」

「は、はい何でしょう」

 そのスイッチの切り替えはすごいと思う。

「以前君に言ったことなんだが……」

「はい?」

「あまり、父親としてこういうことを言いたくはないのだが、君が娘を確実に幸せにできるという自信がついたと言うのならば、そのような時がきたのならば、む、娘に手を出すなと言ったことは、撤回しよう」

「え゛っ?」

 ど、どういうことなのだろう。俺の頭じゃ理解が追いつかない。

「ぱ、パパパパパパパパパパパッ! そ、それは梓の処女を先輩に捧げてもいいということなのですね!」

「えっ゛?」

「そういうことは言っておらん!」

 お、俺を睨まれても困ります。

「やはり、悪影響だったのかもしれんな」

 そういうことに関して俺は一切の影響を与えていない!

「うふふふ、楽しくなってきましたわね」

 シンシアさんが一人ほくそ笑んでいた。シンシアさんの口添えって言っていたけれど、まさか、ここまで想定してた……?

「わたくしの提案ですもの。今日は立会人といったところですわ」

「シンシアちゃん! 梓、シンシアちゃんのこと誤解してた! ありがとう大好きっ!」

 梓の奴め、何て調子がいいんだ。

「わたくしからの、アズサへのお詫びですわ」

 あんたそれ、俺にもものすごく関係してるんですけど? 

「本当に、楽しくなってきそうですわね」

 だけど、この悪戯っぽく笑うシンシアさんのおかげで、俺は一成さんの影に怯えることはなくなるのかもしれない。少なくとも、一成さんを目の前にすることが、以前よりも怖ろしくなくなったと言える。

 つまりこれは、うん、なんだ、梓と、恋人同士になってもいいということなのだろうか。多少なりとも認められたということは、そういうことなのか?

 梓と恋人に……。おいおい、何を喜んでいる来栖真。現実を見てみろ。あいつはお嬢様で俺は至って普通の高校生だ。釣り合うわけがないじゃないか。だからこその条件だったのに。それに、梓のことを好きだなんて思っていないだろ。大切な奴だとは思っているけれど、可愛い奴だとは思っているけれど、この気持ちは好きっていう感情とは違うさ。きっと、違う。違う、のだろうか。プライドが邪魔しているのか。認めたく、ないだけなのだろうか。わからない。自分のことが、一番よくわからない。

「んぎゅっ!?」

 ぼーっとしていた。何かを考え込んでいた。考え込んでいて周りのことが見えていなかった。

 梓がぶっちゅーとキスをしていた。

「な、何しやがる!」

「うへへ、先輩。続き、続きをしましょう。梓のベッドで続きをしましょう」

「はっはっはっ。真くん、ちょっといいかな」

「ま、またこれ!?」

「うふふふ、楽しいですわあ」

 一成さんを梓が必死に止めて、シンシアさんは楽しそうに笑っていた。 

 この日を境に、俺と梓の関係は、少しだけ、ほんの少しだけ変わったのだった。


 しゃーむです。

 最後までこの作品にお付き合いいただきありがとうございました。

 今回は執筆中に私自身いろいろとあり、完結まで時間がかかってしまいました。いくつもの応援の声をいただいて、なんとか完結までこぎつけることができました。支えて下さった方、本当にありがとうございました。

 ここで次回作の予定です。

 次回の『お嬢様のフーガ』は少し違った形でお届けしようと思っております。スピンオフ的な内容になるとは思いますが、一応の続編です。

 前回、前々回と読んでいただいた方々、ぜひ、次回作にもお付き合い下さい。

 

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