ハズレスキル《クレーマー》で勇者パーティーを追放された俺、「それおかしくない?」と言ったら世界が不公平を是正し始めた
「マッツン。今日限りで、お前には勇者パーティーを抜けてもらう」
「……は?」
酒場の一角で突然そう告げられ、俺は手にしていたジョッキをテーブルへ置いた。
向かいには勇者アルベルト、その隣には魔法使いのリリアと神官のセシルが座っている。三人とも、どこか見下したような目で俺を見ていた。
どうやら冗談ではないらしい。
「理由を聞いてもいいか?」
「お前、自分のスキルを言ってみろ」
「《クレーマー》」
「そう、それだよ!」
アルベルトがテーブルを叩いた。
「俺は《聖剣》。リリアは《大魔導》。セシルは《聖女》。それでお前は何だ? 《クレーマー》? 文句を言うのが得意ですってか?」
「色々役に立っただろ? お前らが店員に話すのが気まずい時に。この前だって、何目的なのか分からねえ面積の少ない水着を返品してやったろ? めちゃくちゃ恥ずかしかったんだぞ? 『お客さん、一度使われたものは――』とか言われてよー」
あるさとセシルがニ人揃って微妙に目を逸らした。
(なっ……お前らそういう仲……?)
「とにかく! 俺だって好きでこんなスキルを授かったわけじゃない」
この世界では十五歳になると、誰もが神から一つだけ固有スキルを授かる。
俺が授かったのが《クレーマー》だった。
効果は分からない。何度試しても発動しなかったからだ。
しかし《クレーマー》という名前のせいで、パーティーの連中が『な〜んかね……言うほどでもないんだけど――』とか言い出して、最後のほうはいいように俺を使っていた。
それでも剣くらいは使えるし、冒険者として十年以上やってきた。アルベルトたちと組んでからだって三年になる。
「マッツン。お前が弱いと言っているわけじゃない」
「じゃあ何だよ」
「俺たちは魔王を倒すんだ。これから先、お前程度の剣士じゃついてこられない」
言いたいことは分かった。
俺は少し考えたあと、椅子から立ち上がった。
「……分かったよ。世話になったな」
「ああ」
アルベルトも立ち上がり、右手を差し出してきたので、少し迷いながらも握り返した。三年間一緒に戦った仲間だ。最後くらい、気持ちよく別れてもいい。
「それと、今月分の報酬なんだが」
「ああ」
「お前の取り分はない」
「…………は?」
握っていた手を離した。
「ちょっと待て。今月は二十一件の依頼をこなしただろ」
「だから?」
「だからって……俺も全部参加してる」
「だが、お前を追放する以上、これから装備を整える必要がある。新しい仲間を雇う金も必要だ」
俺はしばらくアルベルトの顔を見つめた。
「それと俺の報酬に何の関係がある?」
「パーティーのためだ。理解してくれ」
「いやいやいや、おかしいだろ。百歩譲って今日から報酬がないなら分かる。でも今月働いた分まで没収って何だよ」
「マッツン。騒ぐな」
「騒ぐわ! 働いたんだから本来の賃金と退職金を払えよ!」
その瞬間、頭の中に聞いたことのない声が響いた。
《クレームを確認》
「……ん?」
《申立内容――労働に対する報酬の未払いと退職金の是非》
《審査を開始します》
「マッツン?」
アルベルトが怪訝そうに俺を見るが、俺にも何が起きているのか分からない。
《固有スキル《クレーマー》を発動します》
《労働報酬の未払い――正当なクレームと認定》
《退職金の請求――契約に存在しないため却下》
「そこは通らねえのかよ!」
《不公平を是正します》
次の瞬間、テーブルの上に置かれていた金貨の袋が消えた。
「……え?」
アルベルトが固まり、リリアが慌ててテーブルの下を覗き込む。
「ちょっと! 報酬は!?」
「知らん! 今ここにあっただろ!」
俺だって知らない。
すると再び、頭の中に声が響いた。
《是正完了》
《申立人に報酬が支払われないため、同一労働に従事した三名への報酬も無効化しました》
俺とアルベルトはしばらく無言で見つめ合った。
「おい」
「なんだ」
「俺の報酬、払う気になった?」
「…………」
「なったよな?」
アルベルトが無言で頷く。
《クレーム解消を確認》
ジャラッ、と突然テーブルの上へ金貨袋が戻り、四人揃ってそれを見つめた。
十五歳で授かってから十年以上、一度として発動しなかった固有スキル《クレーマー》。
どうやら俺は、ずっと発動方法を間違えていたらしい。
ただ文句を言えばいいわけじゃない。
俺自身が本当に理不尽な目に遭い、その理不尽に対して文句を言った時に発動する。
「お前……何をした?」
青ざめたアルベルトに聞かれ、俺は自分の手を見つめながら首を傾げた。
「知らん。ただ、一つだけ分かった」
「何が?」
「俺、ちゃんとクレーマーだったみたいだわ」
◇
「しっかしなあ、この歳でパーティーから外されんの結構きついよなあ。今年三十二歳になるしなあ」
財布を開いてみると、いくつかのコインと紙幣が二枚しか残っていなかった。
「仕事すっか。まずは一人でできる討伐クエでも探して……」
冒険者ギルドの依頼掲示板を眺めていると、ちょうどよさそうなものが目に入った。
【ゴブリン 五体 討伐】
「まあ五体くらいなら、なんのスキルなくても脳筋プレイでなんとかなるだろ」
俺は依頼を受け、ゴブリンの討伐へ出かけた。
ところが現地へ到着すると、そこには一六〇〇体ものゴブリンが集まり、焚き火を囲んで怪しげなダンスを踊っていた。
「…………」
呆然としている俺に気づいたのか、ゴブリンたちが一斉にこちらを向く。
近くの建物には、でかでかと看板まで掲げられていた。
【魔王推しライブ! 今宵、魔王のために……一六〇〇枚 完売御礼】
「おい! 五匹って書いてあっただろ! 一六〇〇匹いるじゃねえか! しかもなんだよ『魔王推しライブ』って! 完売御礼じゃねえよ!」
《クレームを確認》
「おっ!」
《却下》
「なんでだよ!」
《討伐対象は五匹。残り一五九五匹との戦闘は義務付けられていません》
「そういう問題!?」
次の瞬間、一六〇〇匹のゴブリンが一斉に俺へ向かってきた。
「うおおおおお!?」
俺は全力で逃げた。
◇
「ふ〜、危なかった。一六〇〇匹なんて、俺のターンになるまでが明日になるぞ」
一六〇〇匹のゴブリンから逃げ切り、森を抜けて街へ戻ろうとしていると、突然女の悲鳴が聞こえた。
「キャー! 効かないじゃないのよ!」
声のする方へ走ると、一人の女冒険者がオーガに追い回されている。
「大丈夫か!?」
「このオーガ、炎が効いたと思ったら次から効かなくなるし、ナイフで攻撃しても次から効かなくなるの!」
「同じ攻撃は二度と効かないってことか?」
「多分! しかも逃げても追いつかれる!」
女を追っていたオーガが俺たちへ向き直ったので、剣を抜いたものの、すぐに嫌なことに気づいた。
「いや待て。こっちは剣一本しか持ってねえんだぞ!? 一回斬ったらその剣が効かないって、武器一本の冒険者どうすんだよ!」
《クレームを確認》
《正当なクレームと認定》
《不公平を是正します》
《対象が一度使用した攻撃手段に、同様の制限を適用します》
「……え?」
意味を理解するより早く、オーガが右腕を振り上げた。女が間一髪で躱し、もう一度同じ腕で殴ろうとしたところで、その動きがピタリと止まる。
「うぇ?」
オーガは動かなくなった右腕を見て困惑すると、今度は左腕で殴りかかってきた。
「ぐあっ!」
「きゃっ!」
二人揃って吹き飛ばされたが、次の攻撃は来ない。
右腕も左腕も一度使ったから、もう使えないらしい。
ようやく《不公平を是正する》の意味が分かり、俺は立ち上がった。
「お前……次は足しかねえじゃん」
「うぇ……」
オーガが恐る恐る片足を振り上げる。
来ると分かっている蹴りなんて怖くない。二人で左右へ避けると、その足も使えなくなり、残った足で踏み込んだところで――。
ズシン!
両腕両足を使い果たしたオーガが、地面へ転がった。
「うぇ……」
俺と女冒険者は、しばらくその姿を見下ろした。
「……お前、この先どーやって生きてくの?」
「うぇ……」
自分でやったことながら、ちょっと可哀想になってきた。
「ふふっ……変な人」
隣で女が笑った。
「助かったわ、ありがとう。私、カミュ。君は?」
「マ、マッツンだ」
戦っている最中は気づかなかったが、改めて見るとめちゃくちゃ可愛い。
というか、どストライクだった。
「マッツン君ね。よろしく」
「いや……マッツンでいいよ」
差し出された手を握るだけなのに、さっきオーガと戦っていた時より緊張する。
そんな俺には気づかず、カミュは地面に転がったオーガへ目を向けた。
「それにしても変わったスキルね。相手の能力を封じるスキル?」
「いや、その……《クレーマー》」
「……クレーマー?」
やっぱりそういう顔になるよな。
十五歳で授かってから一度も発動しなかったことや、今日になって初めて《不公平を是正する》能力らしいと分かったことを話すと、カミュは馬鹿にするどころか、興味深そうに何度も頷いていた。
「なるほど……クレームが正当だと認められれば、その原因になった不公平を是正できるのね」
「多分な。でも微妙だろ? 結局、平等にするだけだぞ」
「えっ?」
カミュが目を丸くした。
「マッツン、本気で言ってる?」
「何が?」
「そのスキル――とんでもない能力ですよ?」
◇
その夜、ギルドの隣にある酒場で、俺たちは二人で飲んでいた。
「いやね、アタシの親、弁護士でさ? それで多分アタシにも《代弁者》って能力がついたんだけど、司法試験には落ちちゃうし、冒険者やっても《代弁者》なんてよく分からないスキルだから、今日パーティーから外されちゃうしでさ? マッツンもアタシといーっしょ!」
酔ったカミュはすっかり饒舌になり、「同じ落ちこぼれだね」なんて言いながら俺の手を両手で握り、ブンブンと上下させた。
カミュの手が暖かい……。
「カミュ、飲みすぎじゃ――」
ゴンッ。
そう言いかけたところで、カミュはカウンターに突っ伏して寝てしまった。
さっきまでオーガと必死に戦っていたのに、今は酒が弱いくせに飲みすぎて気持ちよさそうに眠っている。しかも俺よりずっと若くて、やっぱりどう見ても可愛い。
「お客さん、ここで寝られたら困りますよぉ」
カウンターのお姉さんがカミュを起こそうとしたので、俺は首を横に振った。
「俺が連れていきます」
そのままカミュを宿屋まで送り、ベッドへ寝かせる。
「……やっぱ可愛い」
そう言い残して部屋を出たものの、考えていたのはカミュのことだけじゃない。
《代弁者》。
もしかすると、俺の《クレーマー》と同じように、本人すら本当の使い方を知らないスキルなんじゃないか。
◇
「ねー! 朝からどうしたの? なんか……頭痛いんすけど……」
「ごめん。見てもらいたいものがあるんだ」
翌朝、二日酔いで頭を抱えているカミュに、昨日受けた依頼書を見せた。
【ゴブリン 五体 討伐】
「五体? イージーっしょ? さすがに」
「それがな……」
俺は昨日そこで見たものと、《クレーマー》へ訴えた結果まで説明した。
「一六〇〇体!?」
「ああ。しかもライブ中だった」
「ライブ?」
「そこは俺もよく分からん」
カミュはしばらく依頼書を眺めていたが、二日酔いで半分閉じていた目が少しずつ真剣なものへ変わっていく。
「マッツン、これ、もう一回その場所に行ってみない?」
「やっぱり?」
「アタシ、試してみたいことがある」
「俺もだ!」
どうやら考えていることは同じらしい。
◇
翌日、俺はカミュを連れて再びゴブリンのライブ会場へやってきた。
昨日と同じ建物の前まで来ると、扉の横に貼られていた魔王のポスターへ、さらに新しい張り紙が重ねられている。
『魔王様しか勝たん!~ゴブリン1600匹の大地下祭~』
「昨日より地下アイドル感増してんな……」
俺はできるだけ音を立てないよう扉を少しだけ開いた。
隙間から中を覗けば、昨日と変わらず大盛況だった。舞台の上では一匹のゴブリンが何やら熱唱し、その周囲では一六〇〇匹ものゴブリンが光る棒を振り回している。
「ゴブ! ゴブ! マーオウ! ゴブ! ゴブ! マーオウ!」
どうやら魔王を崇め奉る歌らしい。
俺はそっと扉を閉め、隣にいるカミュを見た。
「……どう?」
「そうね……これは確かに理不尽ね……」
昨日の話を聞いただけの時とは違い、実際にその光景を目にしたカミュは真剣な顔で頷いた。
とはいえ依頼はあくまで五体の討伐である。俺たちはライブ会場の端で盛り上がっていたゴブリンを狙い、気づかれないよう二人で五体だけ仕留めると、一六〇〇匹を刺激しないうちにその場を離れた。
◇
「ご苦労さん。じゃあこれ、報酬の一〇〇Jだ」
街へ戻ってクエスト屋へ報告すると、親父は一〇〇Jの入った小袋をカウンターへ置いた。俺はそれに手を伸ばしかけたものの、受け取る寸前で止める。
「よしっ、まだ受け取ってない!」
「……何だ?」
怪訝そうに眉をひそめる親父を前に、俺は昨日の失敗を思い出していた。
現地で《クレーマー》を発動させた時は、討伐対象が五体である以上、残りと戦う義務はないと却下された。ならば今回は実際に依頼を達成し、報酬を受け取る前の段階で、改めて依頼内容そのものに文句をつけてやる。
「そもそも一六〇〇体もいる中で、五匹討伐ってのは明らかにおかしいだろ! 下手すりゃ一六〇〇体全部を相手にすることになるんだぞ!」
言い切った瞬間、待っていたかのように頭の中へあの声が響いた。
《クレームを確認》
《申立内容――討伐対象五体に対し、現地に一六〇〇体のゴブリンが存在》
《審査します》
今度こそ通るかと期待したものの、返ってきた答えは昨日とまったく同じだった。
《却下》
《討伐対象は五体。残り一五九五体との戦闘は義務付けられていません》
「やっぱりか……だから、そういう問題じゃ――」
「異議あーり!」
突然、隣にいたカミュがカウンターをバンッと叩き、親父が「な、なんだ姉ちゃん!?」と驚いて身を引いた。
俺も思わずカミュを見るが、昨日酔っ払って俺の手をブンブン振り回していた女とは思えないほど、その顔は真剣だった。
「確かに依頼内容は《ゴブリン五体の討伐》です。残り一五九五体を倒す義務がないという判断については、こちらも異論ありません」
カミュは依頼書を手に取り、《報酬一〇〇J》と書かれた部分を指先で叩く。
「ですが、この報酬は五体のゴブリンを相手にする危険性を前提として設定されたものです。それなのに実際の現場には一六〇〇体いた。しかも依頼を達成するためには、その集団へ接近して五体を倒さなければならない」
昨日、俺が訴えた内容と大して変わらないはずなのに、言い方一つでずいぶんまともな主張に聞こえる。
「一六〇〇体は五体の三二〇倍。ならば現地で負った危険も単純計算で三二〇倍です。討伐したのは五体ですから、その報酬一〇〇Jに異論はありません。しかし残りについては、事前に知らされていなかった危険に対する《危険手当》として請求します」
そこで一度言葉を切ったカミュは俺を見てニッと笑い、再び親父へ向き直った。
「一〇〇Jの三二〇倍――三万二千J。それが今回の適正報酬です」
「いやいやいや! 五匹倒しただけで三万二千Jなんて払えるわけねえだろ!」
親父が声を荒らげるのも無理はない。横で聞いている俺ですら少し無茶じゃないかと思ったが、カミュはまったく動じなかった。
「無茶かどうかを決めるのは、あなたではありません」
その瞬間、今まで俺にしか反応しなかったはずの声が頭の中へ響いた。
《異議申立てを確認》
「……え?」
隣を見ると、カミュも驚いたように目を見開いている。
《固有スキル《代弁者》を確認》
《申立人マッツンのクレームに対する代理異議申立てを受理》
「発動……した?」
どうやら彼女にも聞こえているらしい。
十五歳で授かって以来、一度も使い方が分からなかったという《代弁者》は、俺の《クレーマー》によって下された裁定に別の理屈を立てて異議を申し立て、再審査させる能力だったようだ。
《再審査を開始します》
俺たちが固唾を呑んで結果を待っていると、ほどなくして新たな裁定が下された。
《異議を認めます》
《依頼受諾時に開示された危険対象――五体》
《実際に確認された危険対象――一六〇〇体》
《危険倍率――三二〇倍》
《提示された算定方法を妥当と認定》
《危険手当を含む適正報酬――三二〇〇〇J》
「マジかよ……」
自信満々に主張していたカミュではなく、なぜか俺のほうが驚いてしまった。
《不公平を是正します》
次の瞬間、カウンターに置かれていた一〇〇Jの小袋が消えたかと思えば、親父が身を乗り出すより先に、ドサドサドサッ! と大量の硬貨が詰まった袋がいくつも降ってきた。
「三万二千Jなんて払ったら店が潰れる……」
積み上がった金袋を前に親父の顔からみるみる血の気が引いていく。一方のカミュは、先ほどまでの鋭い表情が嘘だったかのようにニッコリ笑った。
「今後は、依頼を出す前に現地の状況をきちんと確認しましょうね?」
完全に言い負かされた親父を横目に、俺は改めてカミュを見る。
「なあ、カミュ。司法試験、本当に落ちたの?」
「……そこは触れないで」
急に真顔になったカミュを見て笑いそうになったが、これで二人のスキルについてはっきりした。
俺の《クレーマー》は理不尽に対して世界へ文句をつけ、それが正当なら不公平を是正する。そしてカミュの《代弁者》は、一度却下された俺の主張に別の理屈を与え、裁定そのものを再審査させられる。
一人では役立たずと馬鹿にされ、揃ってパーティーを追い出された二人だったが、組み合わせてみれば話はまるで違った。
「俺たち、めちゃくちゃ面倒くさい客になれるな」
「最悪の褒め言葉ね」
カミュはそう言いながらも、どこか嬉しそうに笑っていた。
◇
マッツンを追放してからというもの、勇者アルベルトたちの冒険はどうにも噛み合わなくなっていた。
新しく加えた剣士は確かに強かった。少なくとも純粋な戦闘能力だけを比べれば、固有スキルすらまともに使えなかったマッツンより上である。
それなのに、なぜか依頼の失敗が増えた。
「アルベルト! 聞いていた話と違うじゃない! あの洞窟、ワイバーンが三頭もいたわよ!」
「俺に言うな! 依頼書には一頭と書いてあったんだ!」
「だったらギルドに文句くらい言ってきなさいよ!」
「お前が言えばいいだろ!」
「なんで私が言うのよ!」
以前なら、ここで誰かが決まって『マッツン、ちょっと言ってきて』と頼んでいた。
宿の部屋が汚い。買った装備がすぐ壊れた。依頼書と現地の状況が違う。報酬から意味の分からない手数料を引かれた。
誰もが『な〜んかね……言うほどでもないんだけど』と口にして、その先をマッツンへ押しつけていたのだ。
もちろん、その程度で勇者パーティーが崩壊するわけではない。だが小さな不満というものは、誰かが処理しなければ少しずつ積み重なっていく。
討伐に失敗して帰ってくれば宿の食事が不味いことに腹が立ち、翌朝になれば誰が装備の修理を頼みに行くかで揉める。そんな状態で次の冒険へ出れば、今度は連携が乱れて余計な怪我をする。
それを繰り返すうち、アルベルトとセシルの仲まで目に見えて悪くなっていった。
「昔はもう少し優しかったわよね、アルベルト」
「またその話か?」
「そういうところよ」
「俺だって疲れてるんだ。毎回毎回、文句ばかり言われたら嫌にもなる」
「私だって疲れてるわよ!」
二人は以前から恋人同然の関係だったが、今では目が合えば喧嘩が始まる。恋人同士の倦怠期に冒険の失敗が重なれば、魔王を倒す以前にお互いを倒しかねない。
そんな二人に挟まれていたリリアも、とうとう我慢の限界を迎えた。
「もう勝手にすれば? 二人とも」
「なんだ、その言い方は」
「別にぃ? 勇者様と聖女様は今日も仲良しだなぁと思っただけ」
「リリアまで何なのよ!」
「はいはい。私が悪うございました」
以前なら三人の間にマッツンが入り、「まあまあ」と笑いながら適当なことを言っていた。それで問題そのものが解決したわけではないのに、気づけば全員どうでもよくなっていた。
戦闘力にはならない。固有スキルも役に立たない。だから必要ないと思って追放した。
ところが、いなくなって初めて分かることもある。
「……マッツンを呼び戻さないか?」
アルベルトがそう切り出した時、セシルもリリアも反対しなかった。
◇
それから数日後。
「でさ、《ゴブリン五体討伐・報酬一〇〇J》だったのが、最終的に三万二千Jだぞ?」
「だからアタシの計算が正しかったってことでしょ?」
「いや、それは分かるけどよ。普通通ると思わねえだろ!」
「失礼ね。アタシ、これでも司法試験を受けた女なんだから」
「落ちたけどな」
「それ言うな!」
カミュに背中を叩かれながら街を歩いていると、前方から聞き覚えのある声がした。
「……マッツン?」
振り向くと、アルベルトたち三人が立っている。
「おお、久しぶり」
俺は普通に手を上げたのだが、なぜか向こうは三人揃って気まずそうな顔をしていた。
アルベルトは俺とカミュを交互に見たあと、少し驚いたように尋ねる。
「その女性は?」
「カミュ。冒険者だよ。今は一緒に仕事してる」
「へえ……」
アルベルトの視線がカミュを上から下まで眺め、それから急に愛想のいい笑顔になった。
「そうか。実は俺たちも新しい仲間を探していたところなんだ。マッツン、お前の大切さはよく分かった。追放したことは悪かったと思ってる」
「お、おう……」
突然の謝罪にどう答えたものか迷っていると、アルベルトは俺の肩へ手を置いた。
「もう一度、俺たちと魔王を倒さないか?」
「え?」
「もちろん以前と同じ扱いにはしない。報酬の取り分も見直すし、お前の意見も尊重する。それに――」
アルベルトの視線が、俺ではなくカミュへ向いた。
「彼女も冒険者なんだろ? よかったら一緒にどうだ。勇者パーティーに二人分の枠を用意してもいい」
俺はアルベルトからカミュへ視線を移した。ニコニコ笑ってはいるが、なんだろう。昨日から一緒にいるだけの俺でも、今は話しかけちゃいけないことくらい分かる。
「マッツン。この人が前に言ってた勇者様?」
「ああ。アルベルト」
「ふぅん……マッツンを追放した時、今月分の報酬まで払わないって言った人?」
「……それはもう解決した話だ」
「なるほど。それで今度は必要になったから戻ってきてほしいと」
「そういう言い方をされると聞こえは悪いが、俺はマッツンの価値を認め直したんだ」
「ついでにアタシも?」
「君ほどの冒険者なら歓迎する」
アルベルトは悪びれる様子もなく答えた。
正直、俺を必要としてくれたこと自体は少し嬉しかった。三年間一緒に冒険した仲間だし、追放されたことについても、報酬の一件を除けば恨んでいるわけじゃない。
ただ、今さら戻りたいかと聞かれれば話は別だ。
「ごめん。戻らないわ」
「……なぜだ?」
「いや、だってこいつと組んでる方が面白いし」
アルベルトが言葉を失った。
「魔王を倒すんだぞ? 勇者パーティーに戻れるんだ。冒険者なら、その意味が分かるだろ?」
「分かるよ。でも俺、三十二だぞ?」
「それがどうした?」
「今さら世界を救うより、可愛い女の子と二人で冒険したい」
「マッツン!?」
カミュが真っ赤になり、俺の腕をバシバシ叩いてくる。
「いや、だって本当だし」
「そういうのは本人のいないところで言いなさいよ!」
「いないところで言ったら本人に伝わらねえじゃん」
「そういう意味じゃない!」
さっきまでアルベルトに向けていた怖い笑顔はどこへやら、今度は顔を真っ赤にして俺を叩いている。
その向こうでアルベルトたち三人が何とも言えない顔をしていたが、もう俺の答えは決まっていた。
おしまい




