蛇の目を持つ遥
平成8年1月20日の金曜日。午後3時前、花園町駅の26号線沿いにある日ノ出信用金庫は窓口営業の終業間近であった。平成6年の春から働き始めたテラーの神村 遥は出金のお客様に現金と通帳を渡し、「ありがとうございました!」と声を張り上げ、本日最後の来客を送り出したつもりだった。支店長代理の岡村がシャッターを下ろそうと出入り口に向かって行くと、ヌッっと入ってきた男を見、後退りした。入ってきた男は薄汚れたグレーの作業服上下にボロ雑巾のような防寒ジャケットを羽織っていた。髪はコテコテの寝癖のまま、窓口までなんとも言えない悪臭がただよった。年齢は40代にも50代にも見ようによっては60代にも思われ、顔は垢であさ黒く深い皺が刻まれていた。おそらくあいりん地区の仕事にあぶれている日雇い人夫と思われた。右手には錆の浮いた出刃包丁が握られていた。
不況のせいで、あいりん地区の日雇い人夫にはほとんど仕事がなく、雇われるのは、若く、力のありそうな数人がいつも決まって雇われ、年配の人夫にはなかなか仕事が回ってきていない。寝場所にも困った弱い人夫は寝床にも困り、この寒空の下、路上で段ボールを敷きボロ布をかぶって寝るのだが、朝には命の途切れてる者が毎日のように出てくる。
岡村が「もう窓口締切時間なので出ていただけますか」と震えたか細い声で伝えたのだが、その男はふらふらと神村の窓口に近づいてきた。
神村「おっちゃん、そんな物騒なもん持って銀行強盗でもしょーとしてんの?」遥は少し身構えグッと目に力を入れると、白目がオレンジ色に、黒目が縦に細長く変化しかけた。しかしその男は「ちゃうねん。銀行強盗ということにして警察に連絡入れてもらえませんか?危害なんか加えませんよって。このままではわし野垂れ死や。牢屋に入れてもらう以外生きていかれへん。警察もスリや窃盗レベルでは牢屋に入れてくれませんねん。牢屋が満杯でよっぽどのことせん限り入れてくれませんねん。昨日も当たり屋やってお金稼ご思たんですけど、当たった相手が悪かった。やくざやったんですわ。ゴキブリみたいに踏みつけられてのびてしまいましたわ。ごしょうですから、銀行強盗いうことにして警察に電話してください。お願いしますわ。」遥の目はもとのクリッとした可愛い目に戻った。よう喋るおっさんやと思い、「支店長どうします?」と振り返り尋ねた。支店長の後藤は固まって椅子に座ったまま、コクコクと頷き「警察や」と震える声で返事した。
遥は西成警察に電話し、「日ノ出信用金庫花園支店ですけど、強盗に入られてます。すぐきてもらえますか?」『了解、犯人はまだそこにいてますんか?怪我人はいません?凶器は持ってますか?』「まだここにいます。怪我人はいません。店内は行員8人だけです。お客様はいらっしゃいません。凶器は錆びた出刃包丁」『すぐ向かいます。みなさん落ち着いた対応で犯人を興奮させないよう。では』
遥「おっちゃん、警察すぐ来るて。私の後ろに来て包丁で脅してる風でもしとくか?そんなとこ突っ立てたらおかしいで。ほんで警察が説得してくるから素直に応じたら。」「そうでんな。ほんなら失礼します。」と言ってふらふらとカウンター内に入ってきて遥の後ろに立った。「おっちゃん臭いけどごめんな。1週間以上風呂に入ってへんねん。あったかい季節やったら水浴びでもできるんやけど、この寒さやろ、水浴びもでけへん。洗濯しようにも替えが無いから裸で洗濯したら凍え死んでしまうしな。かんにんな。」ほんまよう喋るおっさんや。まあ少しの間やし我慢したろ。そうこうしてるうちにサイレンが聞こえてきて店舗の前でパトカーが2台止まった。「おっちゃん、包丁こっち向けとかな。リアリティがないで。」「はい、すんません。」プルプル震える包丁を持った手を首の前に出してきた。震えとるから包丁の柄が遥の顎をかすった。「おっちゃん危ないなぁ。しっかりしてや!」「ほんまごめんなさい」「はいはい、ほら、警官入ってくるで。気合い入れや。」
警官「コラッ、何やっとんじゃい。包丁離して観念せい」「はい、包丁ここおきます。すんません。」包丁をカウンターに置いて両手を上げた。『えらいあっさり観念しよった。あっさりすぎるで、もうちょっと演技できんのか。』と遥は笑いそうになったがお尻を抓ってがまんした。
3人の警官は素早くカウンターに入り手錠をかけ、包丁をハンカチごしに持ち出口へと連れて向かった。
外で待機していた警官が入ってき、「少し事情を聞かしていただけますか。」と。後藤が応接室へ案内し、もう一人の警官が一緒に応接室に入って行った。1台のパトカーはおっちゃん乗せて走って行った。後藤が応接室から出てきて「神村さんも同席してくれるか」と呼ばれたので、遥も応接室に入って行った。
警官から経緯を聞かれたが遥は「なんかふらふら入ってきて、包丁出して『お金ちょうだい』言ってきました。すぐ西成警察に『銀行強盗です。すぐきてください』と電話して、おっちゃんがカウンターの中に入ってきた時、すぐにあなたたち警察が入ってきたので、そのあとはおたくらが見た通りです。」と適当に話した。支店長はずっと俯いたまま黙っとる。『あんたが捕まった銀行強盗犯みたいやなぁ』と遥は思った。警官は「わかりました。被害なくて良かったです。あとはこちらにお任せください。では。」「あのおっちゃん牢屋行きですか?」「はっきりとは言えませんけど何日かは拘留されると思います。」「そうですか」遙はこれで良かったんちゃうかと思った。おっちゃんも何日間は風呂入って3食食べれるし、とりあえず延命できたなぁ、と。警官は「それでは」と言い残し帰って行った。なんとなく経験上事情は分かっていそうやけど言えんわなぁ。警官が帰ったあと、支店長から「これからはあんまり危ないことせんと支店長のわしにまかすんやで。まぁ、何も被害なくて良かった。あと残務整理して今日は定時に帰ろ。」『あんた固まってたやないか。何が任せや。』遥は苦笑いをし、思った。「はい、今後はよろしくお願いします。」とりあえず支店長を立てといた。
遥には本当の両親がいないというかどこの誰かも分からない。生後すぐに近隣住民が『蛇天』さんと呼ぶあいりん地区近くの神社の境内に藤のかごの中に産着に包まれた状態で捨てられていたのだ。神社の神主夫婦が子宝に恵まれなかったこともあり、役所に届け実の子として育てることとなった。『蛇天』さんは白蛇を神として祀る江戸時代中期からの神社である。祭壇には白蛇が観音様の身体に艶かしく纏わりついている御神体が鎮座している。遥は、はいはいできる頃からこの御神体が大好きで、起きてる時はいつも御神体を撫でたり白蛇の頭を舐めたりしていた。ある日、遥がいつものように御神体を撫でながら白蛇の頭をチュパチュパ舐めている時神社に大きな雷が落ちたのだ。幸い火事にはならずブレーカーが落ちる程度で済んだのだが、雷のショックで遥は気絶してしまった。神主夫婦はすぐに大阪の市立病院に連れて行き診てもらったのだが、別に異常はなく、数時間後には意識を取り戻し、元気よく泣き出した。神主夫婦はひと安心し神社に連れて帰った。ただ、神主の妻が遥を夜お風呂に入れている時うなじに5つほどの鱗のような痣ができているのを見つけた。翌日もう一度病院に連れて行って診てもらったのだが、『生まれついてのものだと思いますよ。別に炎症とか傷ではなさそうなので。まあ様子を見といてあげてください。腫れたり痛がったりするようであればまた連れてきてください。』程度で心配は無さそうでであった。いつのまにか生まれついての痣なんだろうと神主夫婦は気に留めなくなった。しかし、3歳ごろから遙が怒ったり癇癪を起こしたりすると目が蛇の目のように、白目がオレンジ色っぽくなり、黒目が縦長に変化する事を神主夫婦は発見した。何度か病院に連れて行ったのだが、連れて行った時にはその変化が現れず、医者も理解できなく、『様子を見といてください。』の繰り返しで神主夫婦は身体も健康なのでほっておく事にした。しかしその目の変化はある力を持っていたのだ。
遥は自分の目が変化し、その変化がどういう力を持っているかはっきり理解したのは遥が小学校3年の9月上旬の頃だった。それまでにもいじめられかけたり、おもちゃを取られそうになった時睨みつけると相手がしばらく固まってしまう。ラッキーと思い仕返ししたりおもちゃを取り返したりしていたが、なぜ相手が固まってしまうかは分からなかった。しかし、夏休みが終わり2学期が始まったばかりの頃、一番仲の良い冴子ちゃんが悪ガキの健太郎にしつこくスカートを捲られ泣き出してしまった。遥は、頭に血が上り健太郎に「健ちゃんやめーや。人が嫌がることばっかりすんな。冴子ちゃん泣いてるやんか。」と怒鳴り健太郎を睨みつけた。その時遥の目ははっきりと変化していた。「うるさ…」と言いかけた健太郎は石のように固まってしまい身動きしなくなった。この時遥は、怒りが湧き睨みつけると相手がしばらく動けなる事を確信した。遥はチャンスと思い健太郎のズボンとパンツを下ろし、とうがらしのようなチンチンを指パッチンしてやった。成り行きを恐々見ていた生徒たちから教室中笑い声が渦巻いた。しばらくすると健太郎は我に帰り、ズボンとパンツを下されている事に気づき、顔を真っ赤にし、ウォンウォンと泣き出した。それから健太郎は女の子をいじめることは無くなった。
遥はなぜ健太郎を睨みつけると石のように固まったのか分からなかったが、家に帰り鏡を前に目に力を入れてみると目が蛇の目のように白目がオレンジっぽくなり。黒目が縦長に変化した。この目が健太郎を石のように固まらせたのだと確信した。また、怒りがわかずともコントロールもできるようになっていた。ただ、両親の前でも目が変化した事があると思うのだが、両親には効果がなかったのが不思議だった。
遥が6年生ぐらいになると、遥が特殊な能力があることが学校中に周知されることとなった。悪ガキ連中も遥かには頭が上がらず、舎弟のような状態となり、遥は学校の王女のように振る舞い君臨するようになった。中学にあがった頃、反抗期も手伝って、遥は学校の同級生はもとより、2年、3年の悪ガキどももまとめ上げ、実質中学校の女王に登りつめ、他校との喧嘩、窃盗、カツアゲなどの悪さを日々繰り返した。あまりの傍若無人の行動に頭を痛めた担任、生活指導の先生らが、遥の親である『蛇天』さんの神主である両親に実情を伝え、親からも何とか悪さを止めるようお願いしたのだが、ここまできてしまうと遥も親の言うことは聞かず好き放題暴れ回っていた。
遥が3年生の3学期、とうとう両親もこれはどうしようもないと思い、警察に相談しようと西成警察の生活安全課の刑事に相談に訪れることを決断した。西成警察の生活安全課でも遥の悪行は周知の事実として把握しており、中学生とはいえ、そろそろ何らかの対処を講じる必要があると考えていたところであった。
生活安全課に暴対の捜査一課長である中川虎吉がノックもせずドカドカ入って、まっすぐ生活安全課の課長である長富の元へ歩み寄った。
「長富課長、神村 遥のご両親が今日の3時に相談に来られるらしいですな。わしも同席させてもらえんですやろか。実は神村 遥の噂が府警の刑事部長さんの耳に入り興味を持たれてましてな、お前ちょっと神村 遥のこと調べて報告あげてくれるかと言われてますねん。何に興味もったんか知りませんけど府警の部長さんの頼みやから言うこと聞かなしゃーおまへんのでよろしくお願いしますわ。」
「まぁ、ご両親に会うのに同席してもらっても問題ありませんけど、府警の刑事部長が直々に捜査一課の中川課長に調べろとは、中学生相手になんか大袈裟ですなぁ。」
「何でも、神村 遥に楯突いて喧嘩売ってきたヤンキー全て、石のように固まってしまい、好き放題殴られるらしく、誰も太刀打ちできんそうですねん。何でそんなことになるんかちょっと調べろと言うのが刑事部長の命令ですねん。ご両親に話聞けば何か分かるかもしれませんので同席させていただきたいと言うことですねん。管轄違いですんませんけどよろしくお願いしますわ。」
「分かりました。ほんなら3時ごろご両親来られると思いますんで来られたら連絡入れますわ。第二会議室予約入れてますんで。」
「ありがとうございます。第二会議室ですな。連絡頂いたら向かいますよってよろしくお願いします。」
ぺこりと中川は頭を下げて出て行った。
3時過ぎ神村夫婦と長富・中川が第二会議室のスチール机を挟んで向かい合って座っている。
「すまんことです。うちの娘が悪さばかりしてまして。もう私らにはどうにもできません。家にもほとんど帰ってきませんし、帰ってきても自分の部屋にこもりっきりで話ししようとしません。なんであんな子になってしもたんか。友達思いの優しい正義感のある子やったんです。いじめられた子を助けたり。それが6年生になった頃からなぜか急に…。」
長富「そうですな。いくら中学生でもちょっとやりすぎなようですな。6年生の頃から急にてなんか家庭でありましたんでしょうか?」
「これ話すと私ら親子関係がどうなるのか、私らも罪になってしまうと思いますけど…。」
中川「何がありましたんや。悪いようにはしませんので、正直に話していただけますか。」
「実は遥は私らの実の子ではありませんのです。いや、戸籍上は実の親子になってるんですけど。」
中川「戸籍は実の子やのに、実の子やないてどう言うことです?」
「実は、遥は捨て子なんです。乳飲子の時、境内に捨てられていたのを、私ら夫婦の子として出生届出したんです。近隣の何人かは事情を知ってたと思うんですが、見て見ぬふりをしてくれたと言うか…。おそらく遥が6年生の頃事情を知っている人らの会話に『遥ちゃんは捨て子やった』と言うのを聞いてしまったんやと思います。その頃から自分の部屋にしばらくこもりっきりになったと思ったら、突然悪さを始め出しました。そこからはどんどんエスカレートしていき今の状態になってしまった感じです。」
中川「事情は分かりました。もう10年以上前の話ですし、もう戸籍の件はよろしいな、長富さん。」
長富「そうですな。今更掘り起こしてもええこと何もありませんし。聞かんかったこととしましょ。」
「すみません。ありがとうございます。」神村夫婦は頭を下げた。
中川「しかし、なんですな。遥さんは女の子でしかもまだ15歳。いくら度胸があっても体の大きな男の子たちをまとめ上げるほど腕力もあるとは思えんのですが。噂では立ち向かうと石のように固まってしまい、遥さんのやりたい放題になってしまうとか。お父さん・お母さん何かご存知ですか?」
「はっきりとは分かりませんけど、遥が小さい時大きな雷が神社に落ちまして、その頃から遥が癇癪を起こすと目が蛇の眼のように変化しまして。私らにはなにも無いのですが、おそらく敵対心が生まれた相手には、蛇に睨まれたカエルのように、しばらく身動きが出来ないようになるみたいです。小学校3年生頃からは自在に変化出来るようになったみたいです。鏡を見ては試したりしてました。」
長富「補導した中学生からそんな話を聞いたことありますわ。神村 遥いう女の子やけど、怒らしたら身体が動かんようになりボコボコにされるて。」
中川「なんか嘘みたいな話ですけど、今までの遥さんの噂聞くと真実味ありますな。」
「なんであんな子になってしもたんやろか。私たちが罪を犯したからあんな子になってしもたんやろか。」神村夫人はハンカチで目頭を押し付けた。「そういえば首の後ろに蛇の鱗のような痣も雷が落ちてから出来てます。私らのせいで蛇の呪いが遥に…。」
長富「まあ、呪いとか信じられませんけど、なんとか遥さんが更生するようにせなあきませんな。今以上限度越すと取り返しつかん事態も起きんとは言えませんからな。」
「なんとか遥が更生するようお願いします。私らではもう無理です。なんとか…。」神村夫婦は頭を下げた。
中川と長富は神村夫婦を見送り、長富は生活安全課の部屋へ戻って行った。
中川は交番勤務の頃、何故か目をかけてくれた今は府警の刑事部長である林田に電話を掛けた。
中川「林田部長、今神村さんから色々事情を聞いて帰ってもらったところです。まあ15歳の女の子の行動ですからあんまり生活安全課もキツイことはせんと思いますけど。親御さんも困ったはりましたわ。」
林田「ごくろうさん。ちょっと詳しく話ききたいんやけど。ちょっと早いけど今から軽く一杯いきながらゆっくり聞かせてくれるか?」
中川「そらよろしいなぁ。部長さんの命令やったら誰にも文句言われませんから。どこ行きましょ。」
林田「お前が道頓堀署におった時よう行った笠屋町の『ててん』で焼き鳥でも行こか。」
中川「そら懐かしいです。喜んで行かしてもらいます。ちょっとだけ机片付けて出ますんで5時半頃には行けます。お願いします。」
林田「分かった。わしもそれぐらいに着くよう行くわ。ほなな。」
『ててん』はカウンターに10人ほど、4人掛けテーブルが3つある小ぢんまりしたお店だ。たばこと焼き鳥の煙がモクモクと店中に蔓延している。
中川が店の暖簾をくぐって店内を見回すとカウンターの一番奥に林田がビールジョッキを煽っているのが見えた。
「こっちこっち」
「すみません遅くなりました。」
「かまへんかまへん。わしが早よ来てもうたんや。先やらせてもろてんで。」
「はい。大将、生ちょうだい。あとねぎま、軟骨、つくね。塩でな。あときゅうりも。」
『あいよー』
中川「早速ですけど、部長。神村 遥のことですけど、神村さん夫婦の本当の子供やなかったんです。神村さんの話では、境内に乳飲子の遥が捨てられてたのを神村夫婦が実の子ということで役所に届けたらしいいですわ。」
林田「神村さんいうたらあいりんの『蛇天』さんの神主さんやな。15年前の何月ごろの話や?」
中川「9月の5日だそうです。」
林田「そうか。やっぱりなぁ。」
中川「やっぱりてどういう事ですねん、部長」
林田「誰にも話したことはないんやけどなぁ。中川、うちの娘が自死したん知っとるな。」
中川「はい。娘さんが亡くなったのも13年前の9月はじめでしたな。ええ子やったのに惜しいことになりました。部長もお辛かったでしょう。」
林田「ほんま辛い。なんの相談も無く死んでしまいよったからなぁ。実は娘が死んだんわしのせいなんや。」
中川「どういうことです、部長。部長のせいやて。」
林田「13年前、わしも今のお前と同じ西成署の一課におった時、責任者として賭博容疑で三角公園近くの極楽組にガサ入れし、一斉検挙できたのは良かったんやけど、後に別件で逮捕した組員が吐きよったんや。その時逃げた数人の組員がわしへの報復として花園町の方で一人暮らししてた娘のアパートに押込み、輪姦しよったんや。その事娘はわしら夫婦には何も言わず隠しとったんや。さらにその時の事で娘は妊娠してたらしい。誰にも言わず、相談もできず、自分の部屋で産んだらしい。仕事も産む1ヶ月前ぐらいまではしてたらしいけど、分からんようにゆったりした服を着て働いてたんで、誰も気づかんかったらしい。花園のスーパーマーケットの事務をしてたんやけどな。」
中川「娘さん辛かったでしょうな。なんで部長に相談せんかったんやろか?」
林田「わしのせいやからなぁ。わしに負い目もってもらいたくなかったんちゃうかな。やさしい子やったから。全部自分で処理しようと思ったんちゃうかなぁ。今思うとなぁ。ほんま後悔先に立たずや。娘が自死した足取りの聞き込みでは、赤ちゃんを抱いてふらふらと『蛇天』さんの境内に入って行くのを見ていた人がおってな、ほんで心配で見ていたら手ぶらで出てきたらしい。その後は想像でしかないんやけど、アパートに戻って手首切ったんちゃうかと思う。遺書も何のメモもないから想像でしかないんやけど。検死で出産したばっかりやと分かったんや。その事から考えてみても、神村 遥は娘の子に違いないと思う。」
中川「そんな…。そんな巡り合わせてありますやろか。」
林田「間違い無いと思う。中川、神村夫婦と娘さんに会えるようしてくれんか?」
中川「今の話神村夫婦と遥にするつもりですか?」
林田「そやなぁ。話したほうがええのか、よけややこしくなるのか。会える日まで考えとくわ。」
中川「分かりました。段取りしてみます。私からは何も言わんほうがよろしいな。」
林田「そやな。わしからええように話する。悪いけど頼むわ。」
中川「分かりました。しかし何ですなぁ。神村夫婦の娘、遥と部長ご家族とがこんなふうに繋がるとわ。」
林田と中川はキンモクセイの香る境内に入って行った。神村夫婦が出迎えてくれ、母屋に案内された。林田は府警の部長と名乗り挨拶した。
神村「府警の部長さんが来られたということは、遥、とんでもない事やらかしましたんか?」
林田「いやいや。そういうことじゃ無く、別の話と言いますか。それで今日は遥さんは。」
神村「遥、昨日から帰ってませんのや。今日、刑事さん来られるから家におらなあかんで、と言い聞かせたんですけど。」
林田「いや、遥さんおらんほうがええかもです。先に神村さんご夫婦にとりあえずお話ししといたほうがええと思います。」
神村「お話してどういう内容ですん?遥を鑑別所に入れなあかんとかですか?」
中川「神村さん。まだ遥さんにそんな事はありませんて。」
林田「神村さんご夫婦、私の家族も関わるかなりデリケートな話になるんですけど、冷静に聞いていただけますか?」
神村「はぁ。」何とも気の無い返事である。林田が何を語ろうとしているのか全く理解できないので仕方がない。
林田は『ててん』で話した林田の娘の自死に至る経緯をゆっくりと噛み砕くように神村夫婦に話した。
神村「何とも。そんな経緯がありましたんか。ということは部長さんは遥の実の祖父ということになるんですな。」
林田「血的にはそうなりますけど、戸籍自体は神村さんご夫婦の実子ということですわ。」
神村夫人「私らが悪いことしたんは分かってますけど、後生ですから遥を取りあげんといてくださいね。あの子は私らの娘です。今までも、これからも!」
林田「分かってます。このままの方が遥さんにとっても良いと思います。ただ、血的には祖父となりますんで、遥さんの将来に手助けできればと思ってます。いや是非させてください。娘の為にも。」
その時、襖がスッと開き、遥が涙目で立っていた。
神村「遥、おったんか。今の話聞いてたんか?」
遥「おとん、おかん今の話今まで知らんかったんか?」
神村「知らんかった。今初めて林田さんから聞かされたんや。境内にお前が捨てられてたのは事実やけど、それまでの経緯は全然分からずじまいや。」
遥「今日警察来るて聞いてたから、おらんふりしてやばかったら逃げよ思てたんやけど、こんな話聞かされると思てなかったわ。私の産んだ人がこのおっさんの娘で、相手はくそ外道の一人でどいつか分からんっちゅう事か…。まあ本当の事が分かってなんかスッキリしたわ。噂だけで私はおとんとおかんの本当の娘や無いというのを耳にしてから、なんかむしゃくしゃして、悪さしてたら何も考えんでええから暴れてたんやけど。ほんで、おっさん。」
神村『こら、遥。おっさんて、警察の偉いさんやで。』
遥の目が変化している。
遥「そんなん関係あるか!なあおっさん。さっきの話は本当やねんな。」
林田「ああ、ほんまや。何やったらDNA検査でもしてみるか?」
遥「別にええ。おっさん信じるわ。ほんで、その娘さんの写真とかあったら見せてくれへんかなぁ。私を産んだ人の顔見てみたいねん。どんな人やったかも聞かせてほしい。あと、線香も上げさせてもらえたら嬉しい。」
神村夫人「遥…。うぅ」神村夫人は嗚咽を漏らして目頭をおさえた。」
林田「写真はいっぱいあるで、小さい頃から亡くなる前年ぐらいまでやけど。それに線香あげてくれたら娘も喜ぶと思うわ。そや、今度の日曜日都合良かったらお墓、長原の方にあるんやけど一緒に行くか?神村さんたちも良かったら。ほんでご飯食べながら娘の事聞いてくれるか?」
遥「分かった。今度の日曜な。たのむで。」
遥は自分の部屋に戻って行った。
神村「私たちもよろしいんですか?」
林田「是非、ご夫婦にも娘の話聞いて貰えたら嬉しいですし、娘も喜ぶと思いますわ。」
神村「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
約束の日曜日の朝10時前、林田は中川の運転するマークIIで境内に入って行った。中川が、『林田部長、娘さんの話されるんやったら、ビール欲しなりますやろ。私車出しますわ。』と言って送迎を買って出てくれ、甘えることにした。林田もシラフ続きで娘の話をする自信がなかった。
神村夫婦、遥はもう境内で待っていた。秋晴れの心地良い日だ。遥のスカートが標準丈になり、流行りのアイドルに似せた髪型に変化していた。顔つきも優しく、はにかんだ笑顔を見せていた。似合っている。
マークIIは軽快に阪神高速松原線を走り、瓜破の出口を降り、長原の墓地の方へ進んで行った。途中、対向車線沿いにハンバーグで有名なファミリーレストランがあったので、墓参りの帰り、お昼をそこですることとなった。
林田にとっても、この年の盆に墓参りに来て以来だった。墓地の駐車場に車を停め、林田をはじめ5人は林田の娘が眠っているお墓の前に着いた。墓標は林田家代々となっている。
林田「ここには私の妻・娘二人とも眠ってますねん。」
神村「奥様も亡くなられてるんですか?」
林田「かなりの難産でして、産後の肥立ちが悪く、娘を産んで1週間ほどで亡くなりました。娘が高校に上がるまでは幸い私の両親も元気で面倒見てくれましたんや。私の職業が警官言うことで、決まって家にいることがほとんどなく不規則な生活でしたから、ひどい時は1週間程も娘の顔を見ることができない時もまれにありました。娘はじいちゃん・ばあちゃん子でした。その両親も3年前続けて亡くなりました。」
神村「それはお気の毒に。大変でしたな。」
林田「いやいや、職業柄落ち込んだり、悲しんだりする暇がありませんでした。逆に警官で良かったと思ってます。」
遥は二人の会話を聞きながら、ちゃかちゃかと動き、お墓を綺麗にし、仏花を備え、線香を上げ、お墓に向き合掌し何やらぶつぶつ言っている。
遥「みんなはよ線香上げや。私は終わったで。」
順番に全員がお線香をあげ、バケツ、柄杓、雑草などの入ったゴミ袋を抱え、駐車場の方へ向かった。バケツと柄杓はあった場所に戻し、途中ゴミ捨て場があったのでゴミ袋を捨て、中川の車に乗り込んだ。
車は来しなに決めていた長居公園通り沿いのファミリーレストランの駐車場に停め、少し早めの昼食の為、5人はお店に入って行った。5人は奥の6人がけのテーブルに座った。まだ昼には少し早く、お客はまばらだった。神村夫婦と遥はハンバーグ定食、中川はサイコロステーキ定食、林田はビールとサイコロステーキ、ほうれん草のソテーを注文した。
中川「部長、やっぱり早速ビールですな。」
林田「なんか、柄にもなく緊張してんのかな。」
遥「おっちゃん、緊張してようがしてまいがええけど、早よ私を産んだ人の話してーな。」
林田「はいはい。そやな、何から話そ。妻が娘を産んだ後すぐに亡くなったのは聞いたな。」
遥「うん。」
林田「それからは子育てを私の両親にほとんど任せっきりやった。私の両親は根は優しいんやけど、しつけは厳しかった。礼儀や作法はほとんど両親のおかげで娘は教育されたなぁ。娘は普段はおっとりしたタイプやけど芯は強い子やった。いじめられてる子おったら後でとばっちり食うと思っても助けたり、贔屓する先生には喰ってかかって、私の母親が学校に呼び出されたこともあったなぁ。いや、ほんと私は仕事ばっかりで娘の事ほとんど知らんかったかもやな。もっと娘と話したかったけど、今となるとどうしようもないわ。小・中とは地元、住吉の公立に通って、高校は学区で真ん中ぐらいのレベルの普通科の公立高校に進学し、卒業と共に一人暮らししたいと言って、花園町のアパートで一人暮らししながら、近くのスーパーの本部で事務の仕事してたんや。その2年後に…。あとは遥ちゃんが神村さんとこで私が神村さんご夫婦に話してるのを聞いた通りや。」
遥「おっちゃん、娘さんの事ほとんど知らんやんか。最低な親父やな。」
神村「こら、遥。そんな事言うもんちゃう。」
遥「でも…、本当やんか。」
林田「遥ちゃんの言う通りや。仕事にかまけて娘の事はほとんど分からんダメダメ親父や。」
料理が運ばれてきて、みんな美味しそうに食べ出した。
中川「遥ちゃん。林田部長は家庭ではダメダメやったかもしれんけど、仕事はすごかったんやで。色んな難解な事件も解決しはったんや。僕も部長にしごかれた口や。そんな奴がいっぱいおる。部長に頭上がらん奴ぎょうさんおんねんで。」
林田「おまえがわしにダメダメて言うな。お前もやないか。」
中川「すみません。」
テーブルに笑い声が響いた。遥も笑っている。
『遥は自分の力をコントロールできずに暴走してただけで根は優しい子みたいだ。娘の遺伝か、神村さんご夫婦の愛情があったからか。良かった』と林田は心底安心した。
食事が終わり、食器を店員さんに片付けてもらい、それぞれ飲みたいものを飲み出した。林田は2本目のビールを飲んでいる。
林田「遥ちゃん、アルバム持ってきたで。見るか?」
遥「見る見る。その為に来たんやんか。私を産んだ人がどんな人やったかおっさんがダメダメやったからほとんど分からんかったけどな。」
またテーブルに笑い声が響いた。神村夫婦だけ笑わず、顔お引き攣らせていた。笑ってるのは林田、中川、遥の3人だけだ。
林田「中川、笑いすぎや!」
中川「すんません。」頭をぽりぽり掻いている。
林田は3冊のアルバムを遥かに手渡した。
遥は丁寧に1ページづつゆっくり見ている。ときおり笑顔を見せながら。神村夫婦も覗き込んで一緒に見ている。
神村夫人「娘さん遥に似てますな。小さい時の笑い顔がそっくりですわ。」
神村「ほんまやなぁ。似てる。」
遥は3冊丁寧に見た後、「おっちゃん、どれか1枚もらっていい?」
『おっさん』から『おっちゃん』に格上げになった。
林田「ええで、ネガも置いてるから何枚でも気に入ったん持って行き。」
遥「ありがとう。ほんなら。」と言い、3冊から遥の基準で気に入った写真を5枚抜いた。「大事に持っとくから。」と言い、持ってきたポーチに折れ曲がらないよう丁寧に入れた。
林田「神村さん、たまに遥ちゃんに会いに寄せてもろてもよろしいか?」
神村「ぜひ来てください。遥もええな。」
遥「別にええけど。」とむすっとした顔をしたが、その後はにかんだ笑顔に変わった。
中川の運転で神村家族を神社まで送り届け、林田の自宅に向かってる車の中で、
林田「大国町に中川の家あったな。通り道やろ。」
中川「はい、そうですけど。」
林田「お前の家よって車置いて、あの大国町の『釜山』でホルモン鍋でも食べよか?」
中川「ええですね。部長、一人になんのん寂しいんでしょ。私で良ければお付き合いしますよ。」
林田「そんなん違う。今日の運転のお礼や!」
林田と中川はマッコリを飲みながらホルモン鍋とキムチ・チャンジャをつまんでいた。
中川「遥ちゃん、ええ子ですやん。もう悪さもせんと約束してくれましたし。」
林田「そんな約束したんか?」
中川「はい、部長がトイレ行ってる時遥ちゃんにご両親心配かけたらあかんでって言ったら『もう悪さは卒業や、もやもやが無くなったしな。産んだお母さんもじいちゃんもええ人みたいやし、なによりおとうちゃん、おかあちゃんにもう心配かけたないし。ごめんなおとうちゃん、おかあちゃん。遥はこれからちゃんと生きます。』て言うてました。」
林田「お前、なんでそんな重要な事、早よわしに言わんねん。ほんでほんまに『娘のこと『お母さん』わしを『おじいちゃん』て言ったんか?』
中川「なんか感激してしもて部長に言うの忘れてましたわ。すみません。はい、遥ちゃんはっきり言ってましたで『お母さん』、『おじいちゃん』て。」
林田「ほんまか。嬉しいなぁ。」林田の目に涙がこぼれ落ちそうに潤んでいた。
中川「話は変わりますけど、遥ちゃんの相手固まらせるてほんまですやろか?」
林田「ほんまみたいやな。わしにまで報告上がってきてるしな。なんでそんな能力あるんやろか。そうでないと、上級生の悪まで従わせるて、力では絶対勝たれへんしな。」
中川「そうですな。西成署でも有名ですから。神村 遥言う華奢な女の子が西成の悪ガキどもを束ねてるて。身動きできんようになるからどうしようも無いと。」
林田「最初に会った時、遥ちゃんの目の色が変わったように見えたんやけど、わしなんにもなかったけどなぁ。神村ご夫婦も『遥の目が変わるのは知ってますけど、私らには何の変化もありません。』とおっしゃってたしなぁ。」
中川「なんか、区別があるんでっしゃろか。」
林田「分からん。お前は遥ちゃんの目の色変わったん見た事無いんか?」
中川「ありませんわ。私には効くんでしょうか?」
林田「さっぱり分からんなぁ。今度お前試してみてみ。」
中川「いやですわ。固まってる間に何されるか分からんて怖いですやん。」
その後、林田は月に1〜2度ぐらい暇を見つけては神村家に通っていた。遥がいる時は遥と学校での様子や、将来の事、趣味、友達の事などをざっくばらんに話せるようになっていった。お互い呼び方も遥・林田じいちゃんと変化していた。
遥が友達とかと遊びに行って留守の時は神村夫婦と遥のことや世間話で打ち解けて行った。
改心してすぐ、遥も高校進学を真剣に考え始め、中学1年から3年までの教科書を約4ヶ月ほどで読破し、遅れをいくらか取り戻し、なんとか公立の商業高校に合格した。
合格祝いに何か食べに行こかと言うことになったが、遥の希望で母屋で食事しながら祝ってほしいと希望があり、母屋ですき焼きを食べることとなった。
林田は播磨の特選すき焼き用牛肉を5kg奮発し、あと合格祝いに上品な腕時計を買って行った。中川も招待され、お祝いにと高級ブランドのボールペン・シャープペンシルのセットをお祝いに買って行った。
5人ですき焼き鍋を囲み、大きな声を出しても誰にも迷惑をかけないので、母屋には大きな笑い声がつきなかった。酔っ払った中川が「遥ちゃん。僕を動かれへんようにできる?」と冗談半分で絡むと、遥が「中川のおっちゃん、私の顔見て。」遥の白目がオレンジ色に、黒目が縦に細長く変化した。その目を見た中川は固まってしまい、身動きできなくなった。遥は水性のマジックで中川の顔に落書きしだした。3分ほどした時、中川は意識を取り戻し、「今、何がありましたん?」とみんなの方に振り向いたとたん、全員大爆笑となった。
中川「なんでみんな笑ろてはるんですか?遥ちゃん僕を動かれへんように早よしいな。」
遥「中川のおっちゃん。洗面所で顔みてき。」
中川は洗面所に行き鏡を見たとたん『ぎゃー』と叫び声を上げた。『なんじゃこりゃ!』と叫んでいる。
遥「水性やから石鹸で洗たらとれるから。そのまま帰ったらカッコ悪いで。」
みんなの大きな笑い声が再び沸き起こった。
夜10時すぎ、ほろ酔いで笑い疲れた林田と中川は帰ることになった。
林田「長い間お邪魔しました。楽しかったですわ。遥、ほんま合格おめでとうな。」
中川「お邪魔しました。遥ちゃん合格おめでとうな。高校生活楽しんで。ほんで顔の落書き取れてるやんな。」
遥「おじいちゃん、おっちゃんありがとうね。お祝い大事に使うね。おっちゃん、顔は汚いけど落書きはない。」
中川「なんで汚い顔やねん。」
再び境内に笑い声が沸き起こった。
林田と中川は地下鉄花園町の駅の方へぶらぶら歩きながら向かった。相変わらずこの辺は日雇い労働者が段ボールで造ったなぜか10個に1個ぐらい犬が繋がれている小屋に住んでいる。少しお金があるやつは簡易宿泊所で泊まれる。街は小便臭い匂いが漂って、酔っ払いがふらふらと何かぶつぶつ言いながら歩いている。大阪では一番治安が悪い地域だ。
中川「部長、私、やっぱり遥ちゃんに固まらせられましたな。全然記憶ありませんねん。どのくらいの時間固まってました?」
林田「3分前後ちゃうか。なんであんな事出来るんやろ。あんな力ロクでもない奴が持ったらえらい事やな。遥で良かったかもな。」
花園町から地下鉄で中川は大国町で降り家族の待つマンションに帰って行った。林田は四ツ橋で降り、自宅のマンションに帰宅した。
遥が高校に通い始めても林田は月1〜2回は神村家を訪れるのは続けている。たまに中川も誘って一緒に夕食をご馳走になったり、外食もしたりしていた。高校に入っても遥は真面目な学生生活を送っている。友達も何人かでき、バスケット部に所属し、日々頑張っているみたいだ。
ある日、事件が起こった。
遥が高2の秋、クラブ活動を終え、疲れた体で夕方5時頃一人で市バスに乗り込み家路に帰っている時、西区の桜川あたりで突然一番前に座ってた男が運転手に『南港に向かえ』、とジャックナイフを運転手に突きつけた。乗客は老若男女10人程が座席に座っている。そいつは乗客に向かって『このバスは俺がジャックした。静かに座ってたら危害は加えへんからおとなしくしてろ!』と怒鳴り、運転手に『南港にミナミのキャバクラ『ロン』のミワという女がおるから、南港にこさすようお前の会社に連絡入れろ。夜の7時までに南港のワトソン運輸倉庫の前や。こんかったら乗客どうなっても知らんぞとな。』
運転手は無線で会社にこの事を震え声で伝えた。
乗客は怯えながらも静かに座席に座っている。
遥『なんや、痴情のもつれっぽいな。あんなおっさんがキャバクラのお姉ちゃんが本気になるわけないやん。金も持ってなさそうやし、危害加えへん言ってたのに、どうなっても知らんぞてどう言う事。クスリでもやっとんちゃうか。とりあえず様子見とこ。警察にもすぐ連絡いくやろし。』と少し緊張気味で静観することにした。
バスは南港のワトソン運輸倉庫の前に30分ほどで到着した。周りにはパトカーや救急車10数台がバスを囲んで停まっている。もう逃げ場は無い。あとは乗客を無事に保護するだけだ。
一つの窓が開き犯人が顔を出した。「ミワはまだか?乗客どうなっても知らんぞ!」と怒鳴り散らした。警官の一人がマイクで「そんな女性その店にはおらんらしいぞ!いつまで待っても来んわ!もう観念して
出てこい!」と説得を試みるが、犯人は益々興奮し、「そんなはずあるかい!乗客どうなっても知らんぞ!」と怒鳴り散らしてる。遥は『こらちょっと興奮しすぎやな。警察のおっさんも説得下手や。しゃあないなぁ。』と思い、
遥「ちょっと、おっちゃん」と犯人に話しかけた。
「なんじゃい!お前から刺したろか!」
遥「まあまあ、あんまりイキリなや。おしっこ行きたいねん。バスから下ろしてくれへんかなぁ。」
「お前、なめとんのか!こっちこい!いてもうたる!」
犯人はもう錯乱状態や。
遥は後方に座ってた座席から立ち上がり、運転手の横に立っている犯人の方へ歩いて行った。徐々に遥の目が変化しだした。
「お前、俺が怖わないんか。ほんまに刺すぞ!」とすごんできたが、ちょっと後退りしよった。
『こいつびびっとる』と遥は思った。
犯人の前に立った遥は「おっさん、もう無理やて、観念して自首し。」と説得してみたが、犯人は震えながら「そんなん出来るか!ミワと一緒に死ぬんや!」と訳の分からん事言うとる。
遥「おっさん、ええ加減にしいや。」と睨みつけた。
「じゃかま…。」と言い終えんうちに固まった。
遥「運転手さん、ドア開けて。」
運転手「はい、大丈夫ですか?」
遥「大丈夫。はよ開けて。」
運転手「分かりました。」と行って、ドアの開閉スイッチを押し、ドアが開いた。
遥は犯人を蹴飛ばして、ドアからほうり出させた。すぐに警官たちが走りより、犯人を取り押さえた。
遥も外に出、ひとつのびをし『ふー』と息を吐いた。
「遥ちゃん。このバスに乗っとんたっか。無事で良かった。」声の方を見ると中川が立っていた。
中川はこの年、住之江署の署長に出世していた。
遥「中川のおっちゃん。署長みずからお出ましかいな。もっとちゃっちゃと犯人捕まえやなあかんやん。興奮さしてどうするん。」
中川「ごめんごめん。まあ運転手含め乗客全員無事で良かった。遥ちゃんがおったらそら大丈夫や。しゃーけどあんまり無茶したらあかんで。」
遥「はいはい。ほんでこの後どうなるん?」
中川「まあ、皆さんも早よ家に帰りたいやろから、住所と連絡先だけ聞いて、バスの通常の路線に戻ってもらってもらおか。運転手さん大丈夫ですか?」
運転手「はい、大丈夫です。会社にもそのように連絡入れておきます。」
警察官数人が手分けし乗客の名前と連絡先を書き留めて回った。全員聞き終わり、警察官がバスから出て行き、パトカーに乗り込み、サイレンと共に署に帰って行った。
遥「ほなな。おっちゃん。」
中川「はいはい。お疲れさんやったなぁ。ありがとう。またな。」
遥は手を挙げバスに乗り込んだ。すぐにバスは桜川の方へ戻って行き、通常ルートで乗客全員無事に家路につけた。
林田と中川は『ててん』のカウンターで焼き鳥を食べながら呑んでいた。
中川「先日バスジャックがありまして、遥ちゃんのおかげで無事解決しましたわ。」
林田は大阪府警の副本部長まで上りつめていた。
林田「遥も若い時の修羅場経験しとるから、度胸座っとるなぁ。危ない目に合わんかったからええけど。しかし遥の能力はすごいなぁ。」
中川「ほんますごいですわ。犯人も何が起きたか分からん感じでしたし、乗り合わせた人らも一瞬のことやから何がなんやら理解できてなさそうでしたわ。遥ちゃんに犯人逮捕の表彰しよ思たんですけど、あっさり断られましたわ。あんまり能力の事知られたくないんやと。」
林田「そやな。あんまり知れ渡ったらマスコミとかの餌食にされ、生活しにくなるやろし。」
中川「しかし、遥ちゃんの能力がわしら警察官にあったら楽なんですけどなぁ。」
林田「そら無理やわ。あんな能力遥ぐらいやろからなぁ。」
中川「なんぞ遥ちゃんの能力があったら人命が助かるような事件があったら、遥ちゃんに協力してもらう事て可能性ありますやろか。」
林田「それはあかん。遥を危険な目には合わせたく無い。もし何かあったら神村さん夫婦にも顔向けでけへんしなぁ。中川、変な事考えんな。」
中川「はい。すみません。軽率でした。ほんますみません。」
林田「そんな謝らんでええ。わしかて人命守る為やったら遥の能力がわしにあったらとと思うこともあったしな。」
中川「そんな事思われた事ありますんか。」
林田「そらわしかて完璧な人間や無いさかい、邪心も出ることもあるわいな。」
遥が高3の秋、神村家で林田、中川参加で食事しながら、遥の今後についての話し合いがあった。
神村「遥、高校卒業したらどうする?遠慮なく進学したかったら大学受験してもええんやで。」
遥「おとうちゃん。もう決めてんねん。働こ思てる。学校の先生にも就職したいからええとこあったら教えててお願いしてるし。第一希望は金融関係やねんけどな。私の行ってる高校と私の成績レベルでは大手は無理やけど、信用金庫やったら何とかなりそうやねん。もちろん試験や面接受けなあかんねんけどな。」
林田「信用金庫か。おじいちゃんの大学の同級生が日ノ出信用金庫の理事長やっとるやつがおるけど、入社試験受けれるよう聞いてみよか。もちろん、このご時世で、金融機関も大変な時やから社員募集してるかどうかも分からんけど、募集してたら受ける機会もらえるよう頼んでみるわ。受かるかどうかは遥次第やで。」
遥「そら助かるわ。日ノ出信用金庫やったら花園支店もあるから、歩いて通えるし。」
林田「もう受かった気でおるな。勤務場所まで勝手に決めて。そんな上手い事いくかいな。世の中は厳しいで。」
遥「まあまあ、おじいちゃん。何でも希望は持たな道は開けんで。」
中川「遥ちゃんの言うとおり!しゃーけど何で金融やのん?」
遥「なんか、困ってる人の少しでも手助けしたいねん。まあ入ることができても大した事はでけへんけど。学校の先生から今不景気で、中小企業がどんどん潰れてるて教えてもろて、それも金融機関がじゃぶじゃぶお金貸しといて、バブルっちゅうのが崩壊した途端、貸し剥がし言うらしいけど、貸した全額すぐ返せ言うことになって、返されへんかったら倒産で家も取られるみたいな。ひどいやろ。しゃーから私、そうゆう金融機関に入ってなんでこんな事になったんか知りたいねん。」
中川「遥ちゃん、えらい!入社できたらわしにお金貸してな。3万円でええから。」
遥「あかんあかん。おっちゃん碌な事に使えへんから、貸したれへん。」
中川「あちゃー。あかんか!」
笑い声が部屋に響き渡った。
遥「ほんでな、おじいちゃん。相談なんやけど、2年の時バスジャックで犯人固まらして警察の手助けした事あったやん。それでな、なんか私の能力で人の命が危険に晒されてる時、お手伝いでけへんかなぁと思てんねんけど。」
林田「うーーーーーん。そらあかんわなぁ。一般市民を犯罪現場に行かす事態ダメや。遥がそんな気持ちになってくれるんは嬉しいし、また、助けられる確率も上がるのは分かるけど、あかん!無理や!」
神村「遥、そんな危ない事あかんで!林田さんもあかん言ったはるし。」
遥「おとうちゃん、おかあちゃん。ごめん。しゃーけど私にこんな能力あるのに、人助けに使われへんのん勿体無いなと思って。ほんであのバスジャックの時から思とってん。」
中川「遥ちゃん、偉なったなぁ。中学の時の悪ガキやった事が信じられへんなぁ。」
遥「おっちゃん。昔の話はもうええねん!また顔に落書きしたろか。」
中川「おお怖わ。かんべんや。」
中川のおかげで場が少し和んだ。
林田「まぁ。遥の考えは分かったけど無理なもんは無理やから。それより就職活動頑張り。」
遥「分かった。頑張る。ただ、おじいちゃん。私の力で人の命が助かる事があったら、私はいつでも協力するから。その事だけは覚えといて。」
林田「分かった。ありがとう。」
その後は中川が遥に面接の練習やと言って、面接官になりきり、遥かに志望動機などを質問したりして、練習をしたが、冗談ばかり言って練習にならず、笑い声が遅くまで続いた。
林田からの頼みもあり遥は日ノ出信用金庫、理事長の奥山との面接だけの就職試験となった。
北浜にある日ノ出信用金庫の本店、理事長室のソファに奥山と遥は座っていた。
奥山「林田さんにも聞いたけど、もう一回ご本人にお尋ねします。神村さんはなぜ金融機関を就職先に希望されたのですか?」
遥「はい。学校の先生に聞いたのですが、バブル期には中小企業の社長さんらに『お金借りてください。』と金融機関から融資をお願いしといて、いざ、バブル崩壊したら手のひら返すように、追加融資はもちろん不可能で、融資残高全額すぐに返して欲しいと言われ、資産売った上に倒産を余儀なくされた企業がたくさん出たと教えていただきました。また、倒産はなんとか逃れた中小企業も苦しい経営をいまだにされていると聞きました。世の中の変化でなぜ急激に金融機関の対応が変化したのか、金融機関の仕事とはどう言うものなのか、これから金融機関はどうやって経営されていかれるのか知りたくて志望いたしました。金融機関は、人々からのお金をお預かりし、誠実に運用し、融資の必要な企業に誠実な審査の上融資する機関だと思いますが、それは世の中の変化に左右されるのはおかしいと私は思います。それは世の中の景気が良い時も、悪い時も。私は社会の仕組みをほとんど分かっていませんが、分かりたいと思っています。知りたいと思っています。それで、もし理屈に合わない事があれば、正していかないとダメだと思うんです。私に何が出来るかは分かりませんが、まず知って、理解し、誠実なお仕事をさせていただければと考えています。よろしくお願いいたします。」
奥山「神村さんのおっしゃってる事はもっともだと思います。私も耳が痛い内容ですね。まあ、世の中は正論だけでは進んで行かない所もあるのですが、まあ、これを言ったらもともこも無いですね。今のは聞き流してください。ただ、私は今この日ノ出信用金庫の理事長で、いちおうトップなんですけど、世の中には私に命令できる人たちがいっぱいいてます。理不尽な命令もあるのは分かっていますが、この日ノ出信用金庫自体、働いている社員、社員のご家族、当金庫をご利用いただいているお客様達を守るのも私の責務です。いくら理不尽な命令でも聞かなければならない時もあります。神村さんがその辺も受け入れていただけないと、知ってしまうと辛いかもしれませんよ。たとえばですけど、大蔵省てお聞きになったことはありますか。」
遥「すみません。名前だけは知っていますが、何をしているところかは知りません。」
奥山「神村さんは正直で良いですね。気持ちがいい。まあ、金融機関全てのトップの存在です。働かれているうちに色々理不尽な事を耳にすると思いますが、やっていけると思われますか?」
遥「はい。私もまだまだ若輩者ですが、同年代の人たちよりは、理不尽な目にあった量は多い方だと思いますので、大丈夫です。もし雇って頂けるのなら精一杯働かさせていただきますのでよろしくお願いいたします。」
奥山「分かりました。ちょうど花園店で欠員が出ましたので、4月から花園店で働いてもらうこととしましょう。これは理事長権限で即決いたします。あと、詳細は追ってご連絡しますので、4月までにもう一度ここに来ていただき、人事担当者からご説明させていただきます。わが日出信用金庫の為に頑張ってください。今日はご苦労様でした。」
遥「ありがとうございます。精一杯働かさせていただきますのでよろしくお願いいたします。」
就職が決まった夜、遥からの連絡で、林田、中川は神村家の母屋に呼び出された。
遥「ほら、おじいちゃん、何でも希望は持たな道は開けんて言ったやろ。見事日出信用金庫の花園支店に就職決定や!まあ、おじいちゃんのおかげやけどな。ありがとう。」
中川「遥ちゃん、おめでとう。万事OKやな。」
林田「遥おめでとう。遥の実力や!奥山がしっかりした子やて褒めてたわ。」
遥「と言うことは、私が連絡する前に合格知ってたん?」
林田「遥が面接終わって部屋出たら、すぐに奥山から電話もらった。『こんな子に社員になってもらいたかった。即決したわ。ええ子紹介してくれてありがとう。』てこっちが礼言われたわ。おじいちゃんも鼻が高い。良かった、良かった。」
中川「先輩、泣いてはるんでっか?」
林田「泣いてるか!目にゴミ入っただけや。」
中川「そうですか。先輩も遥ちゃんみたいに正直にならな。」
林田「こら、中川。調子に乗んなよ。遥かにまた落書きさせるぞ!」
神村「まあまあ。お寿司とりましたさかい、みなさんお食べください。ビールも焼酎もたんとありますさかい。酔い潰れたら、奥の間に布団敷いてますから、良かったら泊まっていってください。」
中川「そらええなぁ。今夜は飲んで食べるで。」
遥「今日は私の就職祝いやで、主役は私いうのん忘れんとってや、おっちゃん」
中川「分かってるがな。遥ちゃんにかんぱーい。」
遥「そや、おじいちゃん。みんなで就職の報告兼ねてみんなでお母さんのお墓参り行けへん。」
林田「そやな、行こ行こ。報告しとかなな。」
遥「おとうちゃんもおかあちゃんもええやんな?」
神村夫人「そら、報告しとかなあかんわ。」
神村「行こ。」
中川「私も行ってええんかな?」
遥「しゃーないからよしたるわ。」
中川「しゃーないて…。とほほ。」
林田も中川も酔い潰れ、泊まらせてもらった。神村家に泊まったのはこの日が初めてだった。
次の日曜日に、林田家のお墓に5人でお参りに行き、帰りに難波の百貨店に寄り、遥は就職祝いにみんなからスーツ・財布・名刺入れ等社会人に必要なものをプレゼントされた。
2年経ち、遥も仕事にも慣れ、職場の先輩達にも可愛がられ、楽しく働いていたが、銀行強盗まがいに会ったり、なんとなく仕事の理不尽さも感じるようになってきた。
ある日、窓口業務をテキパキとこなしてた遥の耳に、支店内の壁に掛かっているTVからニュース速報が入ってきた。
『今朝早朝7時25分着予定の大阪南港に向かっているて別府発フェリー、スターフラワー号(乗客約500人)にて中年の男性が乗員・乗客を人質に取り、その男性は身体にダイナマイトを巻いており、狩猟用散弾銃を所持し、シージャックしました。現在当船は南港に着岸しておりますが、乗員・乗客は人質として乗船したままです。犯人の身元及び要求は不明。ただ、犯人の身体に装着しているダイナマイトは目視で元陸上自衛隊3等陸尉の高越 秀弥さんによると、船舶が沈没する威力はあるであろうとのことです。犯人がその人物一人なのか、仲間が一緒に乗船しているのかも不明です。新たな情報が入り次第放送いたします。』
遥は思った『南港やったらおっちゃんの管轄やし、これだけの事件やったら本部のおじいちゃんも関わる。水上警察や自衛隊も動くやろなぁ』
遥「支店長。すみません。早引きします。」と一方的に告げ、制服を私服に着替え支店を飛び出した。裏に停めてある通勤用の原付に跨り、エンジンをかけ一目散に南港へと向かった。
南港に着いた遥は、侵入禁止の黄色いテープをかいくぐり、警察官の『こらー、入ったらあかん!』の叫び声も無視し、司令を出してると思われるマイクロバスに横付けした。あわてて中川がバスから降りて、追いかけてきた警官達を制止し、「大丈夫や。」と一言伝えた。警官達は不思議そうな顔をしているが、署長が言うんやったらとしぶしぶ持ち場に帰っていった。
中川「遥ちゃん、無茶したらあかんわ。逮捕されるで。あと犯人も何時自爆しよるか分からんから危険や。」
遥「ごめん。迷惑かけてんのは分かってんねん。しゃーけど、私必要ちゃうか?」
中川「何を言ってんねん。僕らに任しとき。大丈夫や。」
その時、犯人の猟銃が一発火を吹いた。その後、フェリーのマイクから犯人の怒鳴り声が響いた。
「今すぐ東大阪信用金庫の理事長連れてこい。2時間以内に連れてこんと、この船ごと吹っ飛ばすぞ!」
中川は無線で『東大阪信用金庫の全支店に犯人に見覚えあるやつおらんか早急に聞き込むんや。』
無線から『了解』の返事がなん度も聞こえた。
10分ほどで中川の無線に連絡が入った。
『署長、東大阪信用金庫の長田支店の融資課長が見覚えあるそうです。名前は柳 雅紀、48歳。住所、東大阪市長田X-X-X。経営している金属加工会社『株式会社柳工作所』が自宅兼工場。つなぎ融資3,000万先月東大阪信用金庫長田支店松山融資課長に申し込むが、断られた模様。先週倒産。今の所情報以上。』
中川「了解。長田やったら布施署が所轄やな。すぐ自宅に捜索行くよう連絡!」
『了解です。また報告いたします。』
30分後また中川の無線に連絡が入った。なぜか遥は誰にも咎められず中川の隣で心配顔でちょこんと立っている。みんなそれどころでは無いのだ。
『署長!自宅、工場とも誰もおらず工場は空っぽです。近隣住民に聞いたところ、今週頭、取り立て屋が工場の機械関係は取り上げ、運んでいった模様。柳の妻、娘はその翌日妻の実家、和歌山有田市に夜逃げ同然のように金融屋から逃げる為、帰ったようです。いまのところ有田市までで、正確な住所は和歌山署に問い合わせ中です。』
中川「了解。よう調べた。布施署に借りができたな。」
その後、マイクロバスに乗り込み、大阪府警本部の刑事課長の三輪とも中川は情報を共有し、対策を相談している。ちゃっかり遥も乗り込みちょこんと中川の隣に座り聞き耳を立ててる。
三輪「本部から東大阪信用金庫の理事長の権田に連絡入れ、状況説明したらしいが『なんでワシが行かなあきませんねん。現場で解決すんのが警察の仕事ですやろ。行きませんで。』と言うこっちゃ。説得してる時間が勿体無い。それと乗員の一人から先ほどこっそりトイレから電話があり、単独犯で今の所、人質は全員無事らしいと言うことが分かってます。」
中川「単独やったら、こんな大きな船ですから、死角から乗り込んで射殺も致し方ないかもですな。」
三輪「ただ、ダイナマイトの発火装置がどんなものか分からんのが危険やな。警察見た瞬間スイッチ押しよるかもしれん。少数精鋭で乗りこもか。」
中川「そうですな。おそらく犯人はさっきマイクで喋ってた言うことは操舵室におる可能性が高い。船の後部から乗り込んで、操舵室まで船内を客を装いながら近づいて行くのが安全かもしれません。」
遥「中川のおっちゃん。私一緒に乗り込むわ。」
三輪「だ、だ、だれや。君!出ていきなさい!」
三輪は初めて気づいたのか驚きを隠せず、遥を睨みつけた。
中川「遥ちゃん。あかんて。おとうさん、おかあさん。林田さんに危険な事はあかんて言われてるやろ。」
三輪「中川さんの知り合いですか?」
中川「はい。林田副本部長のお孫さんですわ。」こう言わな三輪も黙ってないだろうと思い林田のことを出した。
三輪「副本部長のお孫さん?お孫さんがなんでここに居てますのん。」
遥「まあまあ。細かい事は置いといて、あと1時間程しか無いで。悩んでる時間は無い。犯人も私見てもすぐスイッチ押すとは考えられへんのと違う。こんなか弱き女の子を。強面の警官がいくら乗客のふりしても怪しまれるで。私が前に出て説得して、私が右手を挙げた瞬間犯人を押さえ込む。これで決まりや。精鋭の私服警察2人私の後ろから隠れながら守ってくれたらええねん。私は迷ったふりして操舵室に行くから。無線と小型カメラ装着しといたら、常に状況見れるやろ。発火スイッチも見えるように頑張るわ。」
中川は遥の言わんとする事が分かっている。犯人を固めた瞬間に右手を挙げて逮捕させるつもりや。
遥「さあ、時間無いで。私を信じるか、船が爆発して人質の乗客、乗員全員亡くなるか。」
中川はベストな作戦とは思うが、なにせ遥に危険が及ぶ。
中川「遥ちゃん。林田さんに報告させてくれ。林田さんがNOやったらこの作戦は中止や。ええか?」
遥「そんなんNOに決まってるやん。おっちゃん、あかんねんやったら今すぐ顔に落書き出来る状態にするで。」
中川「そんな。遥ちゃん、ヤクザより怖いなぁ。」
三輪は二人の会話が理解できずポカンとしている。
中川「分かった。俺も腹括る。林田さんに首切られても文句言わん。三輪さん、この子とワシ、府警で一番射撃上手いやつ一人貸してもらえますか。この3人で乗り込みますわ。」
フェリーの後部にそろそろと梯子車が近づいって行った。3人は放水部のゴンドラに乗り込み船の上部まで梯子が伸び、無事船上に降り立った。犯人は『理事長はまだかー!人質どうなってもええんか?あと30分やぞ!』と怒鳴っている。遥達が後部の船上に降り立ったのは気づいていない。降り立ったのは車の格納庫の上だ、3人は非常階段を降り、車の間を進み、客室の廊下に出た、そのまま前に移動し、レストランに着いた。電話をくれた客室乗務員とはレストランで落ち合う手筈に連絡を取り合っていた。
中川「乗務員の大西さんですか?」小声で尋ねた。
大西「はい、大西です。犯人は操舵室にいてます。船長に散弾銃を常に向けながらイライラした様子です。操舵室には犯人と船長の二人だけです。後の船員は外に出されました。ありがたいことにお客様は皆様落ち着いたご様子でお部屋で静かにしておられます。」
中川「分かりました。操舵室に行き方教えてもらえますか?」
大西「入り口までなら、何度か私様子見に行ってますんで、ご案内します。」
大西は3人を操舵室の入り口まで案内した。
遥「こっからは私の出番やで。二人はドアの影に隠れといてくれますか。私が右手上げたら突入ですから。」
府警の刑事は不思議そうに遥と中川を見たが、二人とも頷くだけで理解できていないが、拳銃を出し緊張した面持ちで中川とともにドアの影に隠れた。
遥は操舵室に入るドアをノックした。
柳「誰や!警察やったら今すぐ爆発さすぞ!」
遥「ちがいます。あのー、私、祖母と一緒に乗船してるんですけど、祖母が元々心臓が悪く、恐怖でちょっとしんどそうなんです。祖母だけでも下船させてもらえないでしょうか?他の乗務員さんに聞いたら船長さんの許可もないとタラップが下ろせないということなんで、船長さんともお話ししたいんですけど、とりあえず中に入れてもらえませんか?」
柳「もうみんな死ぬんやで!一緒やないか!」
遥「そんな事言わずに、お願いですから。」とドアノブを回したらガチャッと開いた。犯人はロックするのを忘れていたのだ。遥は中川達に目配せをし、ドアを開けそーっと中へ入っていった。カメラで柳の手に持っている発火装置を写した。携帯電話だった。携帯電話を発火装置にしていたのだ。
柳「お前、何勝手に入ってきてんねん。撃ち殺されたいんか!」
犯人は銃口を遥かに向けた。
遥「いやーん!殺さんとって。」と泣き喚くふりをした。
柳「分かった、分かった。とりあえずこっち来い。」
遥は柳に震えてるふりしながらよろよろと近づいって言った。中川と府警の刑事は緊張の面持ちでカメラが写している画像を注視している。
遥「あんた、なんでこんな事したん。どうせ発火装置なんか押す根性も無いんやろ!」と挑発した。
柳「お前、何言っとんじゃ、コロサ…。」柳は固まった。
遥は右手をスッと上げると同時に、中川と府警の刑事は拳銃の銃口を柳に向けながら突入した。中川は拳銃は必要ないと思っていたのか、ホルスターに入れたままだ。中川は素早く柳の左手に掴まれている携帯電話の発火装置を取り上げた。府警の刑事は柳を蹴り倒し、後ろ手に手錠をかけ、『犯人確保、確保。』と無線連絡を入れた。
その日の夜、林田に中川は神村家に呼び出された。
林田「遥、あかんて言ってなのになんでこんな危ない真似するねん。突入した本庁の刑事の秋元から、『副本部長のお孫さんのおかげで無事逮捕でき、乗船者全員無事救出出来ましたわ。』と聞かされた時どれだけびっくりしたか。それで秋元に詳細を聞き出したと言う訳や。中川も一緒におって何してるんじゃ。もし何かあったらお前の首一つや二つでは何ともならんで。」
神村夫人「ほんまです。遥、あんたに何かあったら私ら生きていかれませんわ。なんでそんな危ない事するの。」
神村「ほんま、おかあさんの言うとおりやで。危ない事せんて言ってたやないか。」
中川は大きな体をできるだけ小さくし、正座し俯いている。
遥はにこにこしながら座っている。反省の色が見えない。
遥「おとうちゃん、おかあちゃん、おじいちゃん。中川のおっちゃん怒らんといたって。『私を行かせへんねんやったら固めるで』って脅したからしぶしぶやし、まあ上手いこと言ったからええんちゃうん。」
林田「そういう問題ちゃう。警察官が一般市民を危険に晒して犯人逮捕するなんて前代未聞や!私も本部長に説明して、どえらい怒られたがな。なにより遥の身になにかあったら取り返しつかん!幸い逮捕後遥が乗客ににまぎれ、人質の一人みたいな顔して下船したから世間には知れてないし、秋元にも『くれぐれも他言無用や。もし世間にバレたら大阪府警終わってしまうで』と口止めはしてるけど。ほんま、遥、中川えらいことしてくれんで。」
中川「神村ご夫婦、林田先輩。ほんと申し訳ございません。私がいながらこんな危ない事、遥さんにさせてもうて。弁解の余地もございません。」深々と土下座している。
遥「中川のおっちゃん悪ないて。私が全て悪いねん。おっちゃんが反対してもおっちゃん固めてなんらかの方法で乗船し、犯人逮捕に協力してたと思うで。中川のおっちゃんがおったからあんまり危険なく犯人逮捕できたんや。おっちゃんおらんかったらもっと犯人逮捕に時間かかったし、危険やったと思うわ。」
林田「遥、何か話すり替えてないか。第一に、一般市民が犯罪現場に行く事自体があかんのや。」
遥「ほんなら、おじいちゃんの力で私の能力を上の人に説明して、犯人逮捕に私も協力できるようにしてくれへんかなぁ。そうでないと、同じような事あったら、誰が何と言おうが犯人逮捕の協力に私は行くで。」
林田「今度は脅しかいな。遥は、もう…。ほんなら、遥が警察官になるしか無いな。そしたら犯人逮捕に参加できるようになる。」
遥「そやなぁ。私が警官になったら大手を振って行けるやん。なんで気づかんかったんやろか。おじいちゃん、ナイス!」
林田は苦笑いをし、『こら誰にも止められんわ。』と呟いた。
林田「中川、遥が警察官になる為にはどうしたらええか指南したってくれ。やるからには一発合格させんと。警察官になる前に同じような事遥がしたら、中川、ワシはお前を許さんぞ。」
中川「ヒェー!遥ちゃん。早速明日から警察官になる勉強や!ワシは鬼教官になるで。」
遥「中川教官、よろしくお願いします!」
神村夫婦は『ふぅー』と大きなため息をシンクロでし、首を垂れてしまった。
つづく かも




