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悪役令嬢にされる予定でしたが、先に舞台から降ります。【250万PV感謝】  作者: 星渡リン
第1部 第5章 消えた主役は、戻るか戻らないかではなく、何のために立つかを選ぶ

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第27話 守るつもりの傲慢

 面会が終わったあと、ルシアンはすぐには客室へ戻らなかった。


 館の西側へ回ると、小さく整えられた庭がある。王都の庭園のような華やかさはないが、風の抜けがよく、低い生垣の向こうに遠く畑の緑が見えた。昼を過ぎた光はやわらかく、石畳の白さだけを静かに浮かせている。


 足を止める。


 誰もいない。


 王都なら、こういう沈黙の中にも人の視線が混ざる。誰がどこで何を話したか、どんな顔をしていたか、あとからいくらでも意味をつけられる。だがこの領地には、それがない。ただ風が吹いて、葉が鳴るだけだ。


 だからこそ、さっき交わした言葉がそのまま残った。


 あなたは私を失って困っているのではありません。

 ずっと黙って支えてくれていたものが、急になくなって困っているだけです。


 あの声は、怒鳴り声よりも深く刺さった。


 ルシアンは石の手すりへ片手を置いた。


 反論したかった。

 そんなつもりではなかったと。

 自分はただ、正しくあろうとしただけだと。


 けれど、言葉は出なかった。


 出なかったということは、そう言い切れるだけの確かさがなかったのだ。


 ミレイアのことを思い出す。


 編入してきた頃の、あの居心地の悪そうな顔。身分の差が空気になってのしかかる場所で、言葉を選びきれずに立ち尽くしていた少女。あれを見て、守らなければと思ったのは本当だった。


 それは嘘ではない。


 王子である自分が、弱く見えるものへ手を差し出すべきだと思った。周囲の視線が冷たくなるなら間に入るべきだと思った。それ自体は、間違っていないはずだった。


 けれど同時に、別のこともしていたのだと、今はわかる。


 セレフィーナは大丈夫だと思っていた。


 しっかりしているから。

 崩れない人だから。

 礼を失わないし、感情で場を壊さないから。


 そう思っていた。


 いや、そう思うことで、見なくて済ませていたのかもしれない。


 茶会で誰かが言いすぎそうになった時、いつの間にか流れが変わっていたこと。学園の行事で面倒な家同士が隣り合わずに済んでいたこと。自分のまわりの人間関係が、大きく軋まずに回っていたこと。


 あれは、最初からそういうものだったのではない。


 誰かが整えていたのだ。


 セレフィーナが。


 それを彼は、一度も「彼女がしていること」として見なかった。ただ、場がそう収まっているものとして受け取っていた。


「……大丈夫だと思っていた、か」


 自分で呟くと、その言葉の軽さに吐き気がした。


 大丈夫だったのではない。

 大丈夫にしていたのだ。


 しかも彼は、その大丈夫を評価のつもりで使っていた。


 セレフィーナはしっかりしている。

 セレフィーナなら任せられる。

 セレフィーナは冷静だから問題ない。


 それらは信頼のようでいて、実際には助けない理由にもなる。


 できる人だから。

 崩れない人だから。

 あの人なら平気だから。


 その言葉の陰で、どれだけ多くのものを一人へ寄せていたのか。


 ルシアンは目を閉じた。


 守るべきだったのは、弱く見える者だけではなかった。強く見える者に甘え、支えられていることにも気づかず、しかもそれを正しい判断だと思っていた。


 それが、どれほど傲慢だったか。


 王子として、自分はいつも“正しく選ぶ”ことばかり考えていた。


 どちらが守られるべきか。

 どちらへ手を差し伸べるべきか。

 何をすれば正しく見えるか。


 だが本当は、その前に見るべきものがあったのではないか。


 自分が立っている場は誰が支えているのか。

 その正しさを成り立たせるために、誰が黙って荷を引き受けているのか。

 そこを見ないまま選ぶだけ選んでいたのだとしたら、それは王子としての怠慢でもある。


 痛みが遅れて胸へ落ちる。


 知らなかった。

 気づかなかった。

 そう言い訳することはできる。


 けれど、知らなかったことは免罪にはならない。


「難しい顔ですね、殿下」


 不意に後ろから声がした。


 振り返ると、ノアが庭へ続く小径のところに立っていた。偶然を装うには、少し出来すぎた間の悪さだった。


「盗み聞きか」

「この館では、聞こえてしまうこともありますよ」


 いつもの軽い調子だ。だが、笑っている目ではない。


 ノアは数歩近づいて、少し離れた位置で止まった。


「どうでした、正しい人に正しい言葉を返された気分は」

「皮肉を言いに来たのか」

「少しは」


 そう言ってから、彼は肩をすくめた。


「でも半分は確認です。殿下がまだ“冷たい女に拒まれた”と思ってるのか、それとも、ようやく人として見始めたのか」


 ルシアンは何も返せなかった。


 それだけで、答えは十分だったのだろう。ノアは小さく息を吐いた。


「遅いですけどね」

「……わかっている」

「本当に?」

「わかっているつもりだ」


 ノアはそこで首をかしげた。


「つもりのままだと、また踏み外しますよ」

「では、どう言えばいい」

「自分で考えてください。殿下は選ぶのは得意でも、考え直すのは遅そうだから」


 刺すような物言いだった。

 だが、不思議と腹は立たなかった。


 ノアは続ける。


「セレフィーナ様は、別に“弱いふりをしてほしかった”わけじゃないんです」

「……」

「見てほしかったんでしょうよ。ちゃんとしていることの下で、何を引き受けていたのかを」


 それを聞いて、ルシアンは目を伏せた。


 見ていなかった。


 セレフィーナが冷たかったのではない。遠かったのでもない。自分が、見やすいところだけ見ていたのだ。助けを求めてくる側は見えた。弱さを表に出す側は見えた。だが、黙って場を支える側は、景色の一部のように流していた。


 それは守るというより、都合のよい場所に甘えていたに近い。


「殿下」


 ノアの声が今度は少しだけ低くなる。


「守るって、目立つ側に手を伸ばすことだけじゃないでしょう」

「……ああ」

「ようやくそこに気づいたなら、まだましです」

「まし、か」

「ええ。許されるとか、間に合うとか、そういう話じゃなくて」


 ノアはそこで言葉を切り、目を細めた。


「見ないままの人よりは、ましです」


 それだけ言うと、彼はもう用は済んだとばかりに身を翻した。


 去っていく背中を見送りながら、ルシアンはしばらく動けなかった。


 見ないままの人よりは、まし。


 それは慰めではなかった。最低限の話だ。まだ入口に立っただけだと、はっきり突きつけるための言葉だった。


 風が吹く。


 王都より少し冷たい風が、庭木を撫でて通り過ぎていく。


 ルシアンはその中で、ゆっくりと息を吐いた。


 ミレイアを守るべきだと思っていたのは本当だ。

 だが、それだけで十分だと思っていたのは間違いだった。


 セレフィーナはしっかりしているから大丈夫だと思っていた。

 その言葉は、今になってみれば評価ではない。責任の押しつけだ。


 できる人だから任せられる。

 崩れない人だから支えられる。

 その便利さの上に立っておきながら、守るつもりだったなどと、よくも思えたものだ。


「私は」


 声に出すと、思ったより掠れた。


 誰へ向けるでもない。

 言い訳ではなく、初めて自分へ向ける言葉として。


「私は守っていたつもりで、見やすい場所しか見ていなかった」


 庭には誰もいない。

 だからその言葉は、飾らずに落ちた。


 弱く見える者へ手を伸ばすことばかりを“正しさ”だと思い、その正しさを成立させるために黙って支えていた者を、景色のように扱っていた。


 それが、自分のしていたことだ。


 遅い。

 あまりにも遅い。


 それでも、ここでようやく認めたことを、また曖昧に戻すことだけはできないと思った。


 ルシアンは顔を上げた。


 領地の空は高く、雲がゆっくり流れている。王都のように意味を与えられた空ではない。ただ空であるだけの景色が、今は妙に痛かった。

お読みいただき、ありがとうございました。


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この国もう潰れた方が良いのでは? 自分の基盤を省みない王族 儀礼の順番なども一人に頼らないと出来ない役人 自分の主催するお茶会すら回せない貴族 後、気になるのは神殿ですね どんな神様祀っていてどんな…
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