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悪役令嬢にされる予定でしたが、先に舞台から降ります。【100万PV感謝】  作者: 星渡リン
第4章 誰が台本を書いているのか

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第23話 星冠祭の秘密

 神殿の使者が去ったあとも、客間には妙に整いすぎた気配が残っていた。


 椅子の角度も、冷めかけた茶の位置も、使者が置いていった言葉の形まで、どれも崩れずそこにある。まるで人が来たのではなく、ひとつの儀礼だけが通り過ぎていったみたいだった。


 リズが新しいお茶の支度に下がり、ノアは黙って窓辺へ寄っていた。外の庭では午後の光が芝を浅く照らし、風が木々の葉先だけを揺らしている。王都のような演出はどこにもない。ただ季節が季節としてそこにあるだけだ。


「……星冠祭の方を見ましょうか」


 セレフィーナがそう言うと、ノアは振り返った。


「やっぱり、そこへ行く?」

「ええ。あの使者は、舞踏会と星冠祭をひとつづきの季節みたいに話していたもの」

「うん。僕もそこが気になってた」


 ノアは持参した革の書類箱を机へ運び、紐を解いた。中から出てきたのは、昨日まで見ていた招待状控えや出席者一覧とは少し違う紙束だった。神殿祭礼の告知写し。過去の参列順控え。侯爵家へ届いた祭礼参加案内。王都で配られた簡易な由来書き。それに侯爵家の古い保管箱から出した祭礼記録が重なる。


 戻ってきたリズが、何も言わず三人分のお茶を置いた。


「まず、星冠祭が何か、から確認しよう」


 ノアがそう言って、一枚の文書を広げる。


 王都神殿で毎年行われる大祭。国の繁栄を祈り、若き世代へ祝福を与え、春から初夏への節目を寿ぐ祭。王家、神殿、貴族がともに未来を見守る、尊い巡りの儀。


 字面だけ見れば、美しい。


 若い命。未来。祝福。祈り。どこを切っても、反対しにくい言葉でできている。


「表向きは、本当に綺麗ね」


 セレフィーナがそう言うと、ノアは肩をすくめた。


「舞踏会と同じでね。綺麗だから、皆そのまま飲み込む」

「大祭なのだから、重いのは当然とも言えるわ」

「うん。毎年ある祭としてはね」


 ノアは次の紙を出した。


 今度は年ごとの記録だ。参列した家の一覧、王家から出た祝福文の控え、神殿が特に重く扱った年の覚え書き。セレフィーナは一枚ずつ目を追い、その扱いの違いに気づいた。


 同じ祭なのに、年によって明らかに力の入り方が違う。


 祝福文の長さが違う。参列順が違う。神殿が用意する儀礼の数も、供えの豪華さも、読み上げられる名の扱いも違う。


「婚姻調整のあった年」

 ノアが紙の端を押さえる。

「派閥再編のあった年。王家の後継まわりが揺れた年。そういう年だけ、星冠祭の扱いが不自然に重くなる」

「祝福のため、というより」

「区切りのため、に近い」


 セレフィーナは黙って別の資料を引き寄せた。卒業舞踏会の日取り一覧。神殿祭礼の暦。そのふたつを横へ並べる。


 近い。


 毎年、気味が悪いほど近い。


 舞踏会が終わってしばらくののち、星冠祭が来る。年によって数日の違いはあっても、流れとしてはひと続きだ。偶然にしては整いすぎていた。


「舞踏会で終わっていないのね」


 そう呟くと、ノアがすぐに反応した。


「たぶん、終わらせてない。むしろ、舞踏会で空気を動かして、星冠祭でそれを固定してる」

「固定」

 リズが低く繰り返す。


「舞踏会では若い方々の門出が語られる。誰が前へ出て、誰が後ろへ下がるかが、祝宴の中で“自然に”見える形になる」

「ええ」

「でも、祝宴だけだと揺れるんだ。恋愛なんて特にね。明日には違う話にもなりうる」

「だから神殿が祝福する」


 セレフィーナは、自分で言葉をつなげた。


「舞踏会で整えた空気を、“正しい巡り”として読み上げるために」

「そう見える」


 ノアは一枚の進行控えを示した。そこには舞踏会の直後、神殿側の祝福名簿に修正が入った形跡がある。王都の有力家の名が数家入れ替わり、ある娘の名が強く前へ出されていた。


「舞踏会で誰がどこへ立つかを見て、そのあと星冠祭で“祝福される未来”の顔を作るんだろうね」

「ひどく、行き届いているわね」

「うん。気味が悪いくらいに」


 セレフィーナは別の年の資料へ手を伸ばした。


 そこには、かつて社交界を乱したとされたエルヴィラ・ヘインズ伯爵令嬢の記録がある年の祭礼文が挟まっていた。彼女が婚約話から外れたとされるのとほとんど同じ時期、神殿では「新たな調和」「清められた巡り」「未来への正しき接続」といった文言が目立っている。


「……同じ年」


 セレフィーナが小さく言う。


「伯爵令嬢が失脚した年に、星冠祭が異様に華やか」

「うん」

「しかも祝福文の中心が、家と家の新しいつながりへ寄っている」

「彼女が消えたあとに、ね」


 リズが紙へ視線を落としたまま、低く吐き出した。


「切り捨てたあとに祝っているように見えます」

「そうなんだよ」


 ノアは次の年の記録を出した。


 今度は、王家に近い家の婚約解消があった年だ。表向きは円満な見直し、家同士の慎重な判断とされた年。だが舞踏会記録では、婚約解消される側の娘の立ち位置が明らかに弱くなり、星冠祭では別の組み合わせが「祝福された巡り合わせ」として強く押し出されている。


 さらにもう一例。


 地方出身で、神殿から特別な才を認められた少女が急に前へ出た年。その年もまた、舞踏会でそれまで前にいた令嬢が静かに視界の外へ押し出され、星冠祭では少女の名が「奇跡の光」として華々しく読まれている。


 資料を並べるほど、同じ形が見えてくる。


 誰かが選ばれる。

 誰かが外れる。

 舞踏会でそれが空気として共有される。

 そのあと星冠祭で、祝福された物語として固定される。


 偶然ではない。


 もう、そう思う方が無理だった。


 セレフィーナは紙の上へ指を置いたまま、長く息を吐いた。


「選ぶための祭ではなかったのね」

「……うん?」

 ノアが顔を上げる。


「星冠祭は、誰かを選ぶための祝祭じゃないのよ」


 セレフィーナは、自分の中でほどけていた糸がひとつの形になるのを感じながら言った。


「舞踏会の時点で、もう空気はかなり決まっている。誰が前へ出るか、誰が外れるか、誰がこれからの側で、誰が前の側か」

「そうだね」

「星冠祭は、そのあとに来る。だから、選ぶのではなく……選ばれたあとを“正しいこと”にするのだわ」


 客間が静まる。


 リズが小さく息を呑んだ。


 ノアは何も挟まなかった。続きを待つ顔だった。


「舞踏会で空気が切り替わる。あの場ではまだ、若い人たちの恋だとか、門出だとか、祝宴の高揚があるでしょう。だから皆、そこに少し曖昧さを残せる」

「うん」

「でも星冠祭まで来ると違う。神殿が祝福の形で読む。王家もそこへ並ぶ。そうなれば、もう“そういう未来”として固定される」

「……なるほど」


 ノアの声は低かった。


「祝福は未来を与えるんじゃない。切り替えたことを、正しい巡りとして残すために使われてる」

「そういうこと」


 セレフィーナの目の前には、自分の年の資料もある。


 舞踏会でミレイアが前へ出る。

 自分が悪役として空気を受け持つ。

 そのあと星冠祭で、「祝福された新しい物語」として固定される。


 そういう流れだったのだろう。


 もし自分が舞台から降りなければ。


 その想像は、今さらながら、ぞっとするほど鮮明だった。


「私は、その最新の対象だったのね」


 その言葉は、驚くほど静かに出た。


「ミレイアが選ばれる側へ置かれて、私が退く側へ置かれる。舞踏会で皆がそれを見て、星冠祭で祝福される」

「たぶん」

 ノアも静かに答える。

「神殿の使者が戻そうとした理由も、それなら筋が通る」

「ええ。舞踏会だけでは足りなかったのね。最後まで形にしなければならなかった」


 リズが机上の紙を見つめたまま、ぽつりと漏らした。


「祝福ではなく、封じでございますね」

「封じ」

「はい。切り捨てたものが見えなくなるように、綺麗な言葉で閉じるのです」


 セレフィーナは、その表現に目を上げた。


 たしかにそうだった。祝福は覆いでもあったのだ。選ばれた者へ光を当てると同時に、外された者の影を、見えなくなる位置へ押しやる。


 王都は昔から、そのやり方で物語を整えてきた。


 誰かが選ばれる年には、誰かが外される。

 それは偶然の恋愛ではなく、繰り返されてきた形式。

 そして自分は、その最新の退く側に置かれていた。


 セレフィーナは、机上の祭礼文へ視線を落とした。


 若き世代の祝福。

 未来への祈り。

 国の繁栄。

 どれも美しい言葉だ。


 だが今は、その文字の下にあるものの方が、はっきり見える。


 切り替わったことを皆に納得させるための物語。

 切り捨てたことを、美しい巡りに見せるための祝祭。


 ノアが低く言った。


「王都は、選ぶために祝っているんじゃない」


 セレフィーナもリズも、黙ってその続きを待った。


 ノアは紙の上に落ちた光を見たまま、静かに言い切る。


「切り捨てたことを美しく見せるために祝っている」


 その一言で、客間の空気がひやりと冷えた気がした。


 なるほど、と思う。

 そして、気味が悪いと思う。


 その両方が同時に胸へ落ちてくる。


 窓の外では、領地の風が変わらず木を揺らしていた。

 けれど机の上に並ぶ紙の中では、王都が何を祝福の顔で隠してきたのかが、もう隠れきらずに浮かび上がっている。


 セレフィーナはゆっくりと便箋を重ねた。


 ここまで見えた以上、もう自分は“たまたま巻き込まれた侯爵令嬢”ではいられない。


 仕組みを見てしまった者として、次に何をするかを選ばなければならない。


 そのことだけが、ひどく静かに、けれど確かな重さで胸へ残った。

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― 新着の感想 ―
最初の始まりはもしかすると、内戦込みの貴族間ガチ抗争に発展するのを回避する方法を模索するとかそういう目的と理由があったのかもしれませんが。 …中央集権化してない王国の場合、王家は絶対の存在ではないので…
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