みじかい小説 / 007 / 戦略的花嫁
結婚前夜――。
彩音はひとりベッドの中で眠れずにいた。
思えば彩音のこれまでの人生は、明日の結婚式のためにあったといってよい。
彩音は、人より見てくれがよかったため、幼い頃よりちやほやされて育った。
それで、自然と他人に好かれるような振る舞いが身についていった気がする。
目を閉じれば、小学校で好きな男の子のことをクラス全員にばらされ泣いてしまった思い出がよみがえる。
勉強が出来ると先生やクラスのみんなにちやほやされたから、毎日頑張ってドリルに向かってたっけ。
中学校の頃は、初めて告白をされたけれど謎の恐怖を感じてしまったために振ってしまったのだっけ。
高校生になり、初めて彼氏ができたんだ。
この頃から将来のことを考え始めて、それなりに勉強を頑張って国公立大学に現役で入学を果たしたんだ。
自分磨きに精を出し、努力の甲斐あって学年一のイケメンとつきあえたんだっけ。
そして、それなりに名の通った大手企業に無事入社して、営業成績一番の今の彼をゲット。
これまでの努力とその成果が華々しく蘇ってきたところで、彩音はぱっと目を開いた。
そんな苦労も明日で一応、区切りがつく。
明日の結婚式を終えたら、あとは夫の手綱をいかに上手く握るかにかかっている。
子供ができても基本的なことは変わらないだろう。
いかに家庭をうまくまわしていくかが勝負だ。
子供のことを考えたら仕事は休むか辞めざるを得ないけれど、それは夫とおいおい相談するとして、目下の悩みは明日のコンディションだ。
一生の記録と記憶に残る大事な結婚式だ。
失敗があってはいけない。
完璧で素晴らしいものに仕上げたい。
で、あるならば、主役の私がこんな夜遅くまで起きていてはいけないだろう。
先のことは今じゃなくても考えられる。
今は明日のために全力で寝よう。
彩音はそう結論付けると起き上がり軽く体操をして、静かに眠りについた。
いつものように、将来に対する一抹の不安を、これまでの自身の努力で打ち消しながら。
小学校の頃に買ってもらった壁掛け時計の秒針の音を、耳に心地よく聴きながら。
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