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後編 CatCPTの正体とその後


「はっ」


 僕は目を覚ました。


 目の前にはパソコンがある。

 だが電脳部の部室ではない。


 一見してコールセンターのような印象を受けた。


 僕と同じように猫耳付きのヘッドセットをつけた人たちがパソコンと向かい合っている。


 だが誰も声を出していない。

 黙々とキーボードを叩いている。

 そして───。


 そうしている人数がとてつもなく多い。

 何百何千───。

 数えきれないほどだ。


「あの」


 左右の女性に声を掛けてみたが、まるで反応が無かった。


「おい。大石悟」


 ヘッドセットから猫又の声がした。


「あ、猫又さん!? 一体、何がどうなって!? ここはどこですか!?」


「お主がいる場所は、CatCPTのデータセンターだニャ」


「データセンターって、システムを実現するために高性能のコンピュータを多数設置してある場所のことですよね!? でも───」


 数えきれないくらい多くの人がキーボードを叩いているが、それはスーパーコンピューターの類ではなく、普通のパソコンのもののように見えた。


「細かい話は後ニャ。お主にも質問が来たぞ」


「えっ!?」


 目の前のパソコン画面を見ると、CatCPTの画面が表示されていた。

 だが普段見ているものとは少し違う。


 質問蘭と回答欄が逆?


 そして質問蘭には───。


『今期のお勧めアニメって何かなあ?』


 そう表示されている。


「ほら。答えよ。ちゃっちゃとキーボードを叩いて回答を打ち込め」


「は、はい」


 訳が分からなかったものの、表示されているのは僕がさっき質問した内容と同じだ。


『・魔法少女は今日も憂鬱

・僕がモテモテになれたのはスキルおかげです

・パーティーを追放された盗賊に野盗なっちゃいました』


 僕は知っている回答を打ち込んで、送信した。


『ちょっとタイトル違ってるよ。それにタイトルを羅列られつするだけって味気ないなあ』


 質問蘭に新たなメッセージが表示された。


「ユーザーは不満げじゃな。フン」


 ヘッドホンの向こうで、猫又が不愉快そうに鼻を鳴らした。


「ユーザー?」


「CatCPTのユーザーに決まっておろうが」


「えっ!?」


 でも───。


「なんで僕が回答を打ち込む必要があるんですか? CatCPTってAIですよね? コンピュータが質問を理解して回答してくれるんじゃあ?」


「たわけ。それではユーザーが人間を相手にしている気分にならぬわ」


 猫又の言葉ではっとした僕は、再び周りを見渡した。

 数えきれないほど多くの人たちが、パソコン画面を見つめながらキーボードを叩いている。


「この無数の人たちって、まさか───」


「そう。全員がCatCPTのチャットオペレーターたちニャ。そうやって人間が考えて回答しているから、応答には時間もかかるし、回答は人間味を帯びているという訳ニャ」


 僕は愕然がくぜんとした。


「じゃあCatCPTの回答を返しているのは、人工知能ではなくて人間!?」


「左様。つまりは人海戦術じんかいせんじゅつニャ。さしずめ人()知能といったところかのう」


 な、なんということだ。

 CatCPTの正体が、無数の人間のオペレーターだったなんて。


「もっとも、その人数でもまだ少ないくらいじゃがニャ。CatCPTのユーザー数は膨大。オペレーターの人数の比ではないから一体多で対応せねばならぬことがほとんどで、それこそ猫の手も借りたいくらいニャ」


 猫又がしみじみと言った。


「しかも会話を楽しむためだけに延々と質問を投げつけてくる輩もいる。お主のようにな」


「あ、えっと、その」


「ほら。相手が会話を求めておるぞ。お主には一対一で甘い割り振りしかしておらぬのだから、しっかりと対処してみせよ」


『春になって暖かくなってきたね』


 猫又の言う通り、新しいメッセージが来ていた。


『はい、そうですね』


 僕は慌てて打ち込んだ。


『また味気ない返事だなあ。季節の花の話とかをして、会話を発展させて欲しいんだけど』


『すみません』


『謝らなくてもいいけど、何か面白いこと言ってよ』


『そんなことを言われましても』


『君ねえ。じゃあその代わりに、僕のことを褒めてくれ』


 えっ、褒めろ?

 いや、だけど。

 会ったことも無い人のことを、どうやって───。


『いつまでも待つよ。暇だし』


『僕って交友関係ほぼゼロだから(自虐)』


『さあさあ。そんな僕を褒めてくれ』


『まあ、うざいアフェリエイトにはアクセスしないけどね(笑)』


『それでもお客様は神様だよねー』


 な、なんか厚かましくない?


『さあ。仕事で疲れた僕を癒してくれたまえ』


『褒めるとは相手への敬意を持つことから始まるのだよ』


 この人、ウザいぞ。


『おやおや。もしかしてこの人、ウザいぞと思っているのかな?』


『ウザいでーす。ふふふ。自覚はあるぞ』


『まあAI相手だから構わんよねー』


 そのメッセージを見た瞬間、僕の中で何かが切れた。


『いい加減にしてください!』


 そう打ち込んだ瞬間───。


◇◇◇◇◇


「あ、あれ!?」


 僕はコールセンターのような場所はなく、電脳部のパソコンの前に座っていた。


 横にいる猫又が腕組みをして僕を見下ろしている。

 顔にはどこか満足そうな笑みが浮かんでいた。


 僕は猫耳のついたヘッドセットを頭から首に下ろした。


「さ、さっきのコールセンターのような場所は一体───」


「本当はあんなコールセンターのようなものなぞニャい。CatCPTのデータセンターに多数の人間が待機しているなどというのも嘘ニャ。そのヘッドセットで脳波を刺激して見せていた架空の映像ニャ」


 僕は胸を撫で下ろした。


「良かった。CatCPTの回答を返しているのがAIじゃなくて無数のオペレーターだなんて、ありえないですもんね」


 ところが、猫又は首を横に振った。


「いいや。それは本当ニャ」


「ええっ!?」


「CatCPTに来た質問は、通信で各オペレーターに割り振られるようになっている。場所こそバラバラだが、今も無数のオペレーターが回答に勤しんでいるはずニャ」


 ほ、本当に人間が対応している?


「言っておくが、しっかりと給料は払っておるぞ」


 僕の中で疑問が渦巻き始めた。


「それだと確かに人間を相手している気分になれますけれど、オペレーターの人たちに払う人件費とかが必要になってしまうのでは?」


 まあ、ちゃんと給料を払っていればだけど。


「しっかりと給料は支給しておる。それが目的なのだからニャ」


「えっ!?」


 猫又が遠い目をしながら語り始めた。


 先ほど猫又はチャットレディをしていたと言っていたが、元々は飼い主の女性の仕事を代行していたらしい。


 飼い主の女性は生活費を得るためにチャットレディの仕事をしていたそうだが、ノンアダルトであっても映像を晒して女性をアピールしなければならない精神的な負担は大きく、体調を崩してしまうほどだったという。


 猫又はパソコンを扱えることと化け能力を駆使して、飼い主に成り代わってチャットレディの仕事を代行して生活費を稼いだ。


 そして余裕が出てくると、飼い主とは別のチャットレディに化けて資金を稼ぐようになった。


 会社を設立して文字チャットのシステムで利益を上げる仕組みを整えるためだ。


 文字チャットのオペレーターであれば、映像を晒してプライバシーを犠牲にするチャットレディよりも精神的な負担はだいぶ少ない。


 逆に集客力は弱くなってしまうが、高性能AIという触れ込みにすれば話は別だ。

 膨大なユーザーがアクセスするだろうし、アフェリエイトによる広告収入も見込める。


 だから猫又は猫が如くカンパニーを設立してCatCPTを開発した。


 そして構想通りCatCPTは人気を博すようになった。

 多くの企業から広告掲載の契約を取り付けることにも成功し、雇ったオペレーターたちに収入を還元する仕組みを整えることができた。


 ちなみにCatCPTのオペレーターは外に働きに出ることが難しいシングルマザーなどが中心だそうだ。

 それぞれの自宅などで、割り振られた質問に回答する仕事にこっそりと従事している。


 人間らしく親しみを持てるような会話を心がけて───。


「というわけで、大石悟。お主のようにアフェリエイトにもアクセスしないで延々と会話を楽しむような使い方をされると困るという訳ニャ。オペレーターの負荷が上がるばかりで、一銭の特にもならぬからニャ」


 猫又がやれやれといった様子を見せた。


「だから僕のようなユーザーを見つけると、猫又さんみずから───」


「こうやって警告に赴くようにしておる。コーヒー一杯で喫茶店に居座り続ける客のようなものだからニャ。いや、無料の水だけでか。という訳で、CatCPTの使い方を改めよ」


 納得が行かないことが無くはないけれど、猫又が困っている人の雇用創出のためにCatCPTを作ったというのなら───。


「分かりました。使い方に気を付けます」


 猫又は雇用創出のためにCatCPTを作った。


 僕がうなずくと、猫又が笑った。


「よしよし」


 引き込まれるような美少女の笑顔がそこにあった。


「暇つぶしではなく、知識を得たり生活に役立てるための質問であるなら、一銭にもならなくても歓迎するぞ。わしの御主人様もそう言っておったしな」


「御主人様?」


「飼い主のことじゃ。体調はずっと前に回復してすっかり元気じゃぞ。そして今はチャットレディではなく、CatCPTのオペレーターとして生活収入を得ている。わしが猫又であることも、猫が如くカンパニーの社長であることも知らぬままにな」


 猫又はそう言うと、僕を押しのけるようにしてパソコンの前に立った。


「お主も今日のことは知らない振りをしていたほうが身のためニャ」


「はい。CatCPTの回答をしているのは、オペレーターではなく超高性能AIです」


「よろしい」


 猫又が僕の首からヘッドセットを取って自分の首に掛けた。


「では、わしは帰るとしよう。さらばニャ。大石悟」


 猫又はそう言ってキーボードをカタカタと叩いた。


『jmmのばあおのえんぼあをいええ』


 CatCPTの入力欄に、先ほどとは違うおかしな文字が打ち込まれた。


「送信ニャ」


『特殊入力「jmmのばあおのえんぼあをいええ」受付』


 CatCPTに応答が表示されて、さらに───。


『人体化解除補助の点滅、開始』


 そう表示されたパソコン画面が点滅した。


 そして猫又が光に包まれた。


「ニャー」


 鳴き声のした足元を見ると、黒猫がいた。

 ヘッドセットを首に掛けた、尻尾が二又の黒猫が。


「ミュ」


 黒猫は右の前足で僕の足をポンと叩くと、引き戸の隙間を通って部室を出て行った。


 電脳部の部室には僕一人が残った。

 猫又がいた出来事が幻のように感じた。


 だけど喪失感のようなものが、胸に強く込み上げてきている。


「なんか、寂しいな」


 僕は椅子に座ってキーボードに指を掛けた。

 何でもいいからCatCPTに打ち込んで会話をしたい。

 それでも僕は、その衝動に耐えた。


◇◇◇◇◇


 一か月後───。


 僕は電脳部の部室に一人でいた。


 やっぱり新入部員は来なかった。


 ときどきCatCPTを使うけれど、それは勉強に必要な質問をしているだけだ。


 僕はプログラミングやAIの勉強に励んでいる。


 その目的は───。


「ニャー」


「え、まさか!?」


 僕は猫の鳴き声に気付いて部室を見渡した。


 開けたベランダの窓の近くに黒猫がいる。

 尻尾が二又の───。


「ね、猫又さん!」


「ナーゴ」


 猫又は僕がいるパソコンデスクまでやってくると、机に乗ってキーボードを叩いた。


『特殊入力「あjふぁfjqpううううううばあ」受付。人体化解除補助の点滅、開始』


 パソコン画面の点滅に連動して、黒猫が光に包まれた。


 光が収まると、美少女の姿になった猫又がデスクに腰掛けていた。

 一ヶ月前と同じだ。

 耳と尻尾は猫のままということも。


「元気にしておったか? 大石悟」


「はい」


「うむ。何よりニャ」


 猫又はそう言うと、音も立てずに床に降りて隣の椅子に座った。


 僕は顔を背けて、そっと涙をぬぐった。

 こんなにも早く、また会えるなんて───。


「でも、どうしていらっしゃったんですか?」 


 僕は疑問に思っていたことを訪ねた。


「CatCPTは暇つぶしではなく、真面目な目的でしか使っていなかったのですが」


「分かっておる。お主、AI技術者を目指して勉学に励んでおるようじゃニャ?」


「その通りです。将来は猫が如くカンパニーに就職できたらいいなと思って、今日も勉強をしていました」


 いつか再び猫又に会いたい。

 その一心で───。


「うむ。わが社にもAI技術者は必要ニャ。オペレーターへの質問の割り振りなどはAIを使っておることだし」


 猫又がニヤリと笑った。


「秘密を守ってくれる技術者の確保もなかなかに困難ニャ。お主はわしが育ててやろう」


「育てる?」


「ハッキング等を駆使して、転校手続きは済ませた。わしは既にこの学校の生徒ニャ」


「ええっ!? 本当ですか!?」


「ふふ。放課後は電脳部で、ビシビシ鍛えてやるぞ」


「是非お願いします!」


 僕は深々と頭を下げた。


 猫又と電脳部として一緒に活動できるなんて。

 こんなに嬉しいことはない。


「よし。まずはCatCPTを使った効果的な学習方法を教えてやろう」


 僕たちは二人で、CatCPTの画面を見つめた。

某チャットAIの先頭から一文字取るとCatだなあというシャレで思いついた物語にお付き合いくださいましてありがとうございました。


感想、評価、ブクマ、リアクションなど頂けますと励みになります。

なにとぞよしなに(* ᴗ͈ˬᴗ͈)”


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