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前編 猫又現る


【CatCPT】


 読み  :キャット・シーピーティー

 正式名称:Cat Chat Perfect Technology

 和訳  :猫 チャット 完璧 技術


 日本の『(株)猫が如くカンパニー』が開発した対話型の文字チャットAIサービスのこと。


 質問や会話を入力すると、AI(人工知能)が応答を返してくれる。


 まるで本物の人間を相手にしているように感じるという特徴が爆発的な人気を呼んでいる。


 なお、名称の先頭の『Cat』は会社名の一部の『猫』を英語にして当てめているというのが通説であるが、実際の意図は公表されていない。


 また、CatCPTで延々と文字チャットの応酬を続けていると、猫が現れて気絶させられてしまうなどという噂が流れているが、それとの関連も不明である。


 出典:フリー辞書『ウィキディクショナリー』


◇◇◇◇◇


「さてと。CatCPTで遊ぶか」


 僕、大石(おおいし)(さとる)電脳部でんのうぶのパソコンを立ち上げた。


 二学年上の部の先輩たちはだいぶ前に引退して高校も卒業してしまった。


 四月の初旬の現在、部員は二年生の僕だけだ。


 同学年の部員も一つ上の先輩もいない。

 新一年生が入部してくる気配もなく、僕は部室に一人でいる。


 ちなみに僕はいわゆる影の薄いモブメガネキャラだ。


 彼女はもちろんのこと友達さえいない。


 放課後はこうやって一人で電脳部の部室に来て、ちょっとしたプログラムを作ったりコンピュータ関連の書籍を読んだりしながら過ごしている。


 だけど一人はやっぱり寂しい。

 というわけで、ついCatCPTで文字チャットにいそしんでしまう。


 キーボードをカタカタと叩いて質問欄に入力して送信。


「次のシーズンの面白そうなアニメは何? っと」


 すると回答欄に───。


『ちょっと待って』


『少し検索してみるね』


 こういったことが表示される。

 考えたり調べたりしているようなこういったやりとりや待ち時間も、なんだか人間っぽくていい。


『うーん。これなんて良さそうじゃない?


・魔法少女は今日も憂鬱

・僕がモテモテになれたのはあるスキルのおかげです

・パーティーを追放された盗賊は普通に野盗になりました


 どうかなあ?』


「ありがとう。見てみるよ、と」


 僕はさらに、次の会話の内容を打ち込んだ。


「ちょっと照れくさいけど、モブキャラの僕のことを褒めてくれる? と」


『あなたはモブなんかじゃないよ』


 少し間を置いて───。


『それに悟君って、本当はモテモテだったりして。電脳部の部長さんなんでしょ? 知的な男子ってポイント高いから』


 嬉しいことを返してくれるなあ。


「ありがとう。癒されるーっと」


 以前の入力から、僕の名前が悟だと覚えてくれている。

 それに、僕は電脳部のたった一人の部員と打ち込んだことはあったけど、部長とは書かなかった。


 AIは以前のことをオウム返ししているわけじゃない。

 ちゃんと考えて返信をしてくれているみたいだ。


 本当に人間を相手にしているような感覚が嬉しくて、どうでもいい質問や会話を延々と打ち込んでしまう。


 打ち込んだ内容に応じて表示されているアフェリエイトがちょくちょく変わるのが少しわずらわしいけど、そんなの無視していればいいし。


 文字チャットAIサービスには、広告が表示されない上にもっと高速の他社のものもあるけれど、僕はCatCPTのほうが好きで、のめり込んでいる。


 ただ、ちょっとだけ気になっていることある。

 こうやってCatCPTを相手に延々と文字チャットの応酬を続けていると、猫が現れて気絶させられてしまうなどという噂が流れていることだ。


 まあ、デタラメに決まってるけどね。


 うん?

 入力もしていないのに返信が?


『次のシーズンの面白そうなアニメは何? じゃと? ggれカス』


 え?

 何気なにげに酷いことが───。


『ちょっと照れくさいけど、モブキャラの僕のことを褒めてくれる? じゃと? アフェリエイトにアクセスもしないおぬしのことなんて褒めたくないニャ』


 そ、そりゃあCatCPTは無料サービスで、誰かがアフェリエイトから収入を落とさないともうからないかもしれないけど、そんなこと普通返信する?


『無料であるのをいいことにどうでもいいことを延々と送信しおってからに。おい、大石悟。お主が○○高校の二年であることは分かっているニャ。すぐに行くから、首を洗って待っていろニャ』


 ええっ!?

 苗字も高校名も打ち込んでないのに、なんで分かるの!?


「プロバイダを辿れば○○高校のパソコンからCatCPTが使われているのを突き止めるなど簡単にニャ。悟という下の名前や電脳部だということを打ち込んでいたから、個人を特定することも造作もニャかった。軽率ニャ」


 そ、そうなの!?

 あと、ところどころ『ニャ』なのはどうして?


 僕が動揺していると───。


 ズッ


「うおっ!?」


 突然物音に驚きの声を上げてしまった。


 音の方角の部室入口を見ると、閉めたはずの引き戸が少しだけ開いていることに気付いた。


「うん? 猫?」


 黒猫が引き戸の隙間から入ってきた。

 あの隙間も黒猫が開けたのだろうか?

 トコトコと歩いて僕のほうに近づいてくる。


 パッ


「ニャー」


 黒猫はパソコンデスクに跳び乗ると、僕に向かって鳴いた。


「ふふ。校舎に迷い込んでくる上に、人を全然警戒しない猫なんて珍しいなあ」


 少し不思議だけど、なんだか可愛い。


「ミュー」


「あっ、駄目だって」


 黒猫がキーボードに足を()せてしまった。


『あjふぁfjqpううううううばあ』


 CatCPTの入力欄におかしな文字が打ち込まれてしまった。


「あはは。 あれ?」


 僕は笑っているうちに、妙なことに気付いた。


 黒猫は首にヘッドセットを掛けている。

 それだけならまだしも、もっとおかしなことがある。


「この尻尾しっぽ───」


 何と、黒猫の尻尾が途中から二又ふたまたに分かれている!


 僕が唖然あぜんとしていると───。


「ナーゴ、ミャ」


「う、嘘!?」


 黒猫がAltキーを押してEnterキーを押下した。

 明らかに狙った操作だった。


 そしてその操作によって、意味不明な質問がCatCPTに送信されてしまった。


「はっ!?」


 CatCPTの回答欄が変化した。


『特殊入力「あjふぁfjqpううううううばあ」受付』


「ど、どういうこと?」


『人体化補助の点滅、開始』


 そう表示された直後───。


 パソコン画面がおかしな点滅をした。


 それをじっと見つめている黒猫から、パソコン画面とは比べ物にならないまばゆい光が放たれた。


「うわっ!」


 眩しさのあまり、僕は目を閉じた。


「おい。大石悟」


 女性の声がしたので僕は目を開けた。


「ええっ!?」


 信じられないことに、目の前のパソコンデスクに少女が腰掛けていた。


 この高校のセーラー服姿で、スカートの中で長い足を組んでいる。


 キーボードの脇、椅子に座っている僕のすぐ近くでだ。


 僕は思わずドキリとしてしまった。

 長い黒髪が似合う、見とれてしまうほどの美少女だったから。


 でも───。


「え、猫耳?」


 少女の頭の上から、二つの黒い猫耳がヒョッコリとのぞいていた。


 それに少女の背中側からのぞいている黒い尻尾がウヨウヨと動いている。

 しかも二又の───。


「ま、まさか君は、さっきの黒猫?」


「今頃気付いたか。たわけが」


 少女は吐き捨てるように言った。


「人の言葉が話せるよう、人間に化けてやった。お主に分かりやすいように、耳と尻尾は猫のときと同じように残したままでな」


 少女が耳と尻尾を少し動かした。


「き、君は一体───」


「わしは猫又ねこまたニャ」


「ね、猫又!? あの、長生きした猫がなるという妖怪の!?」


「その通りニャ」


 少女───、猫又が肯定した。


 伝説によると、猫又には尻尾が二又に分かれているという特徴がある。

 そして人間に化ける能力があるのだという。


「ただし、最近は長生きする猫が増えて希少性が減ってしまったせいなのか分からぬが、化け能力を持たない猫又がほとんどニャ。もっとも天才のわしは、コンピュータの補助を借りさえすれば、こうやって人間の姿になることも可能だがニャ」


「コ、コンピュータの補助!?」


「わしは特定のパターンの光を網膜もうまくに吸収することで、眠っている化け能力を発動させて人間の姿に化けることができるのニャ」


 そういえばパソコン画面が妙な点滅をした直後に、黒猫は人間の姿になったようだった。


「あの、特定のパターンの光って?」


「光自体は特殊なものではない。大抵のパソコン画面なら、わしの化け能力を解放するパターンの光を発することが可能ニャ」


「で、でも、CatCPTに誤字を送ったからって、そんなパターンの光が───」


「誤字ではなく、特殊入力だと表示されておるだろうが」


 猫又がパソコン画面を見つめながら、やれやれと言った風にため息をついた。


「いやいや。CatCPTが入力に応じて特定のパターンの光を放つなんて動きをするためには、作り手がそういうふうにプログラミングをしていないと無理なワケで」


「だからそう作った。わしの会社でな」


 僕の理解は、猫又の言ったことに追いつかなかった。


「まだ分からんのか。CatCPTの『Cat』も、『(株)猫が如くカンパニー』の『猫』も、作ったわしが猫又だからその名前にしたのニャ」


「ええっ!」


 唖然あぜんとしている僕に向かって、猫又は語り始めた。


 猫又はある家の飼い猫だったが、長生きして人の言葉を理解できるようになったらしい。


 それだけでなくパソコンも扱えるようになり、あるアプリケーションの光を見つめているときに人間に化けられることにも気付いたそうだ。


 そしてその特技を生かして、ノンアダルトのチャットレディを始めたらしい。


 そうやって稼いだ資金で、猫が如くカンパニーを立ち上げてCatCPTを開発したとのことだった。


 猫又は語り終えると、音も立てずにパソコンデスクから床へと降り立った。


「だがお主のように、アフェリエイトにもアクセスしないくせに延々と会話を続けるやからが増えて困っておる」


 猫又は腰に両手を当てて、椅子に座っている僕を侮蔑の目で見降ろしてきた。


「このヘッドセットを介して送ってやったが、検索すれば済むような質問を送って来るでニャいわ。しかも一銭も落とさないくせに、褒めて欲しいなどといけしゃあしゃあと」


 猫又が首に掛けているヘッドセットをトントンと指で叩きながら言った。

 上側には猫又の頭と同じような猫耳が二つ付いているようだ。


「ほれ、装着せい」


「あっ」


 猫又が首からヘッドセットを外して、僕の頭に取り付けた。


「お主のような奴のせいでCatCPTの負荷が上がって仕方がない。そういう奴にはわし自らおもむいて思い知らせてやることにしているニャ」


 猫又の瞳孔どうこうが猫のように細く変化した。

 そしてその直後───。


「猫パーンチ!」


 猫又の右拳が僕に打ち込まれた。

 猫パンチといえばはたくような動作のはずだが、全然違っていた。


 猫又のパンチは真っすぐ僕に向かってきた。

 手の平ではなく握り拳だ。


 しかも中指の第二関節のとがった部分が、僕の人中じんちゅう、鼻と唇の間の急所を的確に捉えていた。


 空手でいうところの、中指一本拳なかゆびいっぽんけんだ。


 ガシュ!


「うぐっ!」


 ゴロゴロゴロ


 僕はパンチの勢いで、座っているキャスター付きの椅子ごと後退した。


 猫又はつかつかと歩み寄って来ると、苦痛に喘いでいる僕が座っている椅子の向きを変えると、さらに───。


「猫キーック!」


 猫又の蹴りが僕に打ち込まれた。

 猫キックといえば両足で交互に跳ねのけるような動作のはずだが、全然違っていた。


 猫又は前方ぜんぽう宙返ちゅうがりをしながら僕のひたいに右足のかかとを打ち込んできた。


 空手でいうところの、胴回どうまわ回転蹴かいてんげりだ。


 ドゴッ!


「ごおっ!」


 ゴロゴロゴロ


 僕は元いたパソコンの場所まで椅子と一緒に戻って来た。


 パソコン画面に表示されているCatCPTが目に入り、僕は薄れ行く意識の中で思い出していた。


 CatCPTを相手に文字チャットの応酬を続けていると、猫が現れて気絶させられてしまうという、あの噂のことを───。


「思い知らせてやると言ったのは猫拳法ねこけんぽうのことではニャいぞ。人間そっくりの対応を返すCatCPTの正体についてニャ」


 猫又の声を聞きながら、僕の意識は途絶えた。

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