93 世博展示飛行「THE DEMON LORD’s CIRCUS」
央暦1970年3月13日
長坂 長坂空港
葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
2度目の奇跡は成った。
長坂空港2番滑走路にキンシが降り立つと、消防隊が大慌てで駆け寄って消火液を吹き掛けた。
しかし上空から見ても、あの機体に火災の兆候はなかった。
「りょっ、良介さん……私、うまくいったんですか?」
「いきなりにしては、いい着陸だったよ。現公ちゃん、また地上で会おう」
「……はいっ! 改めて皆様、本当にありがとうございましたっ!」
滑走路を逸脱して誘導路にまで機体が食い込んでいたが、操縦者を考えればよくやったものだ。
これで突如、機体が爆発四散でもしない限り、護送作戦は成功である。
「縁起でもない事言うな……ペンギン隊、作戦完了。
それで、長坂にはいつ降りればいいの? あんまり燃料ないぜ」
「1番滑走路の安全を確保次第、そちらに着陸を」
長坂空港のATCに尋ねると、空港建屋に近く短い、1500メートルほどの小型機用滑走路へと案内された。
空自の基準であれば、戦闘機は2700メートル越えの距離を必要とするが───
残念ながら、その長さの滑走路は長坂空港2番滑走路以外になかった。
とはいえこれは安全のための距離であって、距離が足りないという意味ではない。
チェイスはこの世界で既に、プロペラ戦闘機用の簡易滑走路での緊急着陸を成功させている。
熟練の技量を持ち、かつ油断と事故がなければ問題はない。
「オッケー。ペンギン隊、誰が最初に降りる?」
「大助だ。済まないが、私は既に5%を切っている」
「了解。ATC、ペンギン3が着陸する」
大助のP-104は迎撃機であり、長距離の飛行を考慮された機体ではない。
増槽を主翼に提げて航続距離を伸ばしていたとはいえ、限度がある。
ペンギン隊では最も着陸すべき機体だろう。
大助の機体が着陸のために編隊を離脱し、着陸体制に入った。
その時、沈黙を守ってきた唐津海軍航空隊から交信が入った。
「こちら黄1。畏怖の魔王、聞いているか?」
「感度良好。なに?」
「……北部藩の牢屋敷周辺。そこでお前は、この機体を撃墜した。
そうだな」
そう言った隊長機は、チェイスに機体を寄せて可変翼のI-17をアピールした。
忘れるはずがない。
なにせ、自分を殺しかけた相手なのだ。
「ああ、よく覚えてるよ」
「……忘れていないのであれば、それでいい。
黄色各機、我々は大蛇山に降りる。続け」
仲間を殺された恨みは忘れていないぞ。
彼女はそう言いたかったのだろう。
「……ふぅ。やっぱり、ここはアウェイだな。
そこら中に、俺を恨んでいる奴がいるに違いない」
「チェイス殿」
愚痴半分、周囲への警鐘半分に呟くと、竜司が呼び掛けた。
「なに?」
「あの方は……複雑な念を抱いていますが、そこまで恨んではいませんよ」
「だといいんだけどさ……」
これは彼女なりの励ましなのだろう。
仲間を殺されて、それでも相手を恨まずにいられるだろうか?
チェイスには───志村良介には、恐らく無理だ。
あるいは。
彼女ら唐津海軍航空隊は、リールランド神聖国との戦争で戦功を挙げたとも聞く。
戦場に長くいると、戦友の喪失も割り切れる何かがあるのかもしれない。
───それは、あんまりいい響きじゃないな。
拙速に答えを出すべき話題でもないだろう。
そのような思案に耽りながら、チェイスは着陸する大助の機体を見下ろした。
◆ ◆ ◆
ペンギン隊の中で、良介は一番最後に着陸した。
長坂空港は葦原内戦のなかで政府軍に占領され、そのまま運用されていた。
しかし戦場が京周辺から遠ざかると、軍は西へ東へと相応の場所へ散り。
今は、民間の会社が運用していた。
「畏怖の魔王……あれが?」
「何度殺しても死なない、不死身らしいぞ」
キャノピーを解放すると、整備員たちの囁きが良介の耳に届いた。
彼らは民間機の整備を担当する一般人だ。
物々しい二つ名を持つ男が現れたら、怯えもするだろう。
さて、この究極のアウェイ感。
これからどうするべきだろうか?
「ねえ! 俺どうすればいいの?」
と、彼らに向けて尋ねてしばらく。
何事か囁き合い、押し付けあった末にひとりが口を開いた。
「しばし、お待ちください!」
「はいよ!」
というわけで待ちぼうけを食らった良介は、手慰みに視線をコクピットの外で巡らせた。
すると、ボスの機体周辺にいた集団が向かってきた。
良介が初めてこの世界で着陸した時の如く、今度は政府陸軍の軍人かとも思ったが───
違う。
古臭い和装からして、先行して宗治郎と共に降りた幕府の護衛だ。
「お主! 近う寄れ」
随分と偉そうな態度である。
とはいえ、どうやら彼らが良介に指示を出す人間に違いない。
集団に混じっているペンギン隊の面々を見て、良介はそう推測した。
「我は大和幕府馬廻衆、井伊飯釜である!」
「はぁ?」
こらバカっ、確かにバカみたいな名前だが、冗談を言っている風ではないだろう。
本当に冗談みたいな名前だが、彼にとっては間違いなく自身のアイデンティティの象徴なのだ。
おいそれと、「何ふざけてんのおめー」みたいな扱いをしてはいかんぞ。
「趣味は飯炊きだ! 旨いと好評だぞ!」
ふん、相手が冗談のわかる人物でよかったな。
───そもそも、考えてみろよ。この世界の武士は諱文化があるんだ。
仮名だったら、結構ふざけた名前を名乗る奴もいるんじゃないか?
それにもてなすための食事の用意って、武士としては結構重要な役割だし。
そんなに単純なものではないと考えられるが───
まあ、この場は良しとしよう。
「で、飯釜さん。これからどうするの?」
「うむ。まずはひとつ、礼を言おう。此度の活躍、ご苦労であった。
公方様や老中がたがお怪我をされたが、おかげで皆死なずに済んだ」
「げげっ、将軍怪我したの⁈」
「案ずるな、一命は取り留めた。それに其方らは十分働いた、
罰を与えるなと仰せであった。処罰はないだろう」
飯釜の言葉に、ペンギン隊の一同は胸を撫で下ろした。
トップの機嫌を損ねれば、例え将軍がお飾りの権威だとしても、メンツのために周囲は首のひとつやふたつは刎ねるだろう。
それが権威主義というものだ。
もちろん、トップがオッケーと言えばオッケーなのだ。
民衆がノーと言えば───どうなるかわからないのも、少数が多数を率いる政治形態の常だが。
良介には、キンシの負傷者で気になる人物がいた。
この着陸劇の功績者にして、命の恩人だ。
「千代って子の怪我は? 操縦席に居たはずだ」
「うむ、親王殿下直々の願いもあってな。治療を受けている。
出血は多かったが、命に別状はないとの報告だ」
「よ、よかったぁ……」
果たして、あの時操縦室に向かっていたミサイルを迎撃した時。
パイロットと千代を傷つけたのは、どのミサイルの破片だったのだろうか?
敵が放ったマインドシーカーか。
あるいはマインドシーカーを撃ち落とすため、良介が放ったミサイルか。
その答えは───恐らく出ないだろう。
「しかし、機長と副操縦士はダメだった」
「……そうか」
ほんの1メートル、あるいは数センチ。
このわずかな差で生死が別れることは、現実に起き得る事態だ。
それこそ良介も、数センチの奇跡で生き延びた経験があった。
「……事のあらましは聞いている。ふたりの情報は後日、部下に送らせよう」
「ありがとう」
キンシを撃墜させて、自分の綺麗なおててを守るか。
あるいはミサイルを迎撃して、キンシを守る代わりに自分の両手を味方の血で穢すか。
良介は後者を取った。
それだけの話だ。
それだけの話だが───だからこそ、ケジメをつけなくてはならなかった。
「皆の衆、ひとまず宿へ向かおう。本日中に、幕府の信頼出来る部隊が到着し、
其方らの機体の修理や整備、護衛を行う。その間は、我ら馬廻衆が守る。
飯も用意した。安心して、休むと良い」
あのような無茶を政府側の急進派が行ったのだ。
着陸後も、事が起きない保証はない。
しかしだからといって、機体に一日中付きっきりというわけにもいかない。
立哨を始めた馬廻衆とすれ違うと、良介らペンギン隊は飯釜の案内で駐機場を歩き出した。
「……良介。ご遺族への挨拶回り、俺も行くからな」
その道中、ボスがそっと囁いた。
「いいよ。これは俺の問題だ、ひとりで行くよ」
「良介さん、私も同行します……
あの場にいた以外に、理由はありませんが……!」
「私もだ、良介。ぺんぎんの一員として、責は負おう」
ボスに続いて、ゆきとあくりも賛同した。
まったく、いい部下───一部上司を持ったものだ。
しかしこれはペンギン隊ではなく、ペンギン1チェイスの問題だ。
「そんなに大勢ゾロゾロ挨拶して、どんな死に方したんだって思われちゃうぜ?
……俺ひとりで行く。
ボスなら、俺が言い出したらどれだけ頑固か、知ってるよな?」
こういう時、良介と私の意見が一致している時。
そのしつこさは、ボスはよく知っているはずだった。
「わかったわかった……脱柵して挨拶されても、困るしな」
「そうそう。幕府の八咫烏が脱柵した! なんてニュース、聞きたくないだろ?」
「……良介。お前は過去に何をしたんだ……?」
恐らくボスの思考を覗いてしまったのだろう。
ゆきは信じられないものを見るような目で、良介を見やった。
「へっへっへ。俺様は本気になったら世界を征服する男だ……
とんでもない事をするぞ」
今回はやるとなると、一晩では済みそうにないがな。
という具合で、長坂での長い一日が終わるのだった。




