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F-2無双(仮)  作者: 穀潰之熊
第三部 世博停戦

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90 世博護送作戦「Mind Seeker」

「Mind Seeker」

央暦1970年3月13日

京 嵯峨野上空

葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉


 ピロリ。

 F-2のレーダー警報装置(RWR)がレーダー波を検出した。


「RWR……大丈夫、この方向は田辺港の戦闘艦だ」


 チェイスはミラーに映る大型の機影に意識を向けた。

 ヤ-11輸送機、その特別仕様。

 この護送作戦ではコールサインを金鵄(キンシ)としている。


 結局具体的に誰が乗っているのかは教えてもらえなかったが───

 状況を考えれば、春川親王と将軍が搭乗しているのは明白だ。


 続いて、遠い田辺港に停泊する艦艇の影へ視線をやり、安全を確認する。

 この世界では、目視出来る距離=ミサイルの射程圏だ。

 今問題がないのならば、向こうも気が狂ったわけではない。


「こちら宗治郎、たった今嵯峨野(さがの)上空に入った。

今の所、問題はない」


 先行している宗治郎がそう通達した。

 彼と同行しているのはキンシと同仕様のヤ-11、もし待ち伏せがあるのなら撃たれる可能性は高い。


 それがないのなら───

 このぶら下げた武装は、宗治郎の取り越し苦労になるだろう。

 もちろん、結果としてはそれが最良である。


「ペンギン隊各機、状況報告。異常はある?」


「ペンギン2竜司、異常ありません」


「ペンギン3ボス。異常なし」


「ぺんぎん4、大助。退屈だ」


「約1名へ、仕事中だぞ」


 ひとまず、チェイスをはじめとしたペンギン隊は不審な動きを発見していない。

 ならばやはり、嵯峨野での待ち伏せは諦めたのか?


 少しだけ安堵しながら、隊は葦原海洋上から嵯峨野へと移った。


 嵯峨野の東───チェイスから見て左側には京の街が広がっている。

 上空からでも碁盤状に道路の走った、几帳面な街並みが見て取れた。

 日本の京都と似ているが、あれよりも明らかに碁盤が広い。


───ここはひとつ、照準ポッドの性能を確かめてみよう……


 そう思い至ったチェイスは新しく装備された照準ポッドを操作し、京の街へカメラを向けた。

 画質は───日本製のFLIRよりも劣悪だ。

 距離の問題もあるが、かなりぼやけていて見づらい。


 しかし、京の街を走っている自家用車らしき熱源を注視させることは出来た。

 もしあの車が攻撃目標ならばレーザー照射を行い、誘導爆弾を投弾することになる。


 もちろん、これはテストなのでレーザーまで当ててはいけない。

 たとえ探知する能力がなかったとしても、こういった何気ない緩んだ行動を積み重ねると、時に最悪のタイミングで暴発してしまうものなのだから。

 そう、我らが航空自衛隊はその緩んだ行動で世界で唯一F-15を撃墜し、喪失した軍隊なのだ。


 続いて、チェイスは嵯峨野の森にカメラを向けた。

 これほど深い森ならば、木々に電波が吸収されてしまう。

 例え敵がいたとしても、対地レーダーは索敵の役に立たない。


 しかし、熱を可視化する赤外線装置ならば可能性が生まれるというものだ。

 念のためチェイスがあてもなく森の熱源を捜索していると───


「……チェイス殿。よろしいでしょうか」


 不意に、竜司が呼びかけてきた。

 生真面目な彼女のことだ、作戦中に私語をする意図があるとは思えない。

 何か見つけたのだろうと判断したチェイスは、素早く反応した。


「何か見つけた?」


「妙な……思念を感じます」


 サトリのセンスというやつか。

 チェイスの考えは読めずとも、それ以外に関しては実績がある。


「妙って言うと?」


「殺気です。ですが……普通、殺気はもっと曖昧なもの。

だけどこれは……恐ろしく明確で、力が伴っています」


「……つまり?」


「こちらキンシ! チェイス、応答して!」


 竜司の真意を尋ねようとした途端、通信機から聞き覚えのある声が響いた。

 千代だ、キンシに搭乗している護衛の暗殺者が呼び掛けてきたのだ。


「ごめん、竜司ちゃん。向こうを優先させてほしい」


「はい、どうぞ。恐らく同じ話題です」


 竜司との会話を一時中断し、チェイスは機体をキンシへ寄せた。

 サトリに関しては千代の知識が上だ。

 彼女はこの状況に関して、何らかの見解があるに違いない。


 キンシの機体左側に寄ったチェイスは、操縦席にある3つの顔を覗き込んだ。

 左の機長、右の副操縦士。

 そして、ふたりの間から顔を出している千代。


「竜司が妙な思念を感じると言ってる。千代ちゃんも感じた?」


「そう! 感じるの、私の知らない、妙だけど強い思念が!」


「千代ちゃんも知らない、強い念……?」


「私と同じサトリ……いや、きっと次の世代(・・・・)のサトリだ」


 千代はかつて、水口藩の研究施設でサトリの能力を調べられた。

 その研究とは、人工的なサトリ能力の発現。

 彼女の言う次の世代とは、人工サトリを指すのだろう。


「何を企んでると思う?」


「わからない。でも、間違いなくこっちに強烈な思念、殺意を向けてる……」


 思念、殺意を向ける。

 向けるという言葉に、チェイスにひとつの推測が浮かんだ。


 空の敵を殺す際に、向けるものといえば。

 兵装の照準を合わせるための火器管制レーダー(FCR)だ。


 RWRは、先ほどの田辺港の軍艦に探知されて以来無反応。

 既存のレーダーで照準されているとは考え難い。


 では、赤外線誘導か?

 サトリの感じる思念には、殺意も含まれている。

 これからミサイルで明確に害すると固めた決意を感じ取っているのだ。


 しかし───サトリふたりが口を揃えて妙だと評している理由がわからない。

 それに超能力者のやる事が、SAMの制御盤に貼り付いてミサイル発射では常人と大差がない。

 千代も知らないような、全く別なサトリの使い方があるのではないか。


 チェイスの経験則(かん)はそう告げていた。


 照準ポッドのカメラを走らせて、赤外線を監視する。

 ぼやけたホワイトホットの映像に、冷え切った真っ黒な木々と思われるシルエットが延々と続く。

 左から順に巡らせてしばらく、白い影がMFDに映りこんだ。


「熱源……!」


 その反応はキンシの針路上、目と鼻の先にいた。

 チェイスが顔を上げるのと、MFDの画面が真っ白に染まったのはほぼ同時だった。


「正面と左っ!」


 千代の警告と同時に、SAMが打ち上げられたのだ。

 垂直上昇したミサイルは煙を吐きながら数百フィート上昇すると、一瞬だけ静止した。

 これから狙いをつけて、キンシに向かっていくのだ。


「キンシ周辺に飛翔体反応! 攻撃です!」


───そうはいくかよっ!


 もはや報告している猶予すらなかった。


 チェイスはヘルメットのHMDを起動し、ミサイルのシーカーを起動させた。

 目標は───今まさに飛翔し、目標を貫かんとしているSAMだ。


「FOX2!」


「ペンギン1、何をっ⁈」


 シーカーに捕捉させた直後、チェイスはミサイルを放った。

 飛翔する陽光はSAMの熱源を捉えて一直線に向かい───

 降下して回避しようとしたキンシのわずか数十メートル手前で炸裂した。


「SAMがキンシの目の前で爆発! 被害軽微!」


 とはいえ、キンシは陽光の加害範囲に十分入り込んでいる。

 ただで済むはずがないが───それでも、直撃よりはマシなはず。


「SAM飛翔中っ、方位075(東北東)!」


 フツノミタマの警告。

 ミラーに視線をやると、白煙が垂直に昇っていた。

 既に上昇のシーケンスは終わり、キンシに向かって追尾している真っ最中だった。


───同時攻撃……!


 考えている暇さえ惜しい。

 SAMはRWRに反応なし、つまり赤外線誘導(ヒートシーカー)


 ならば、SAMとキンシの間に割り込めば。

 もう幾度となく試した妨害を、チェイスは瞬時に実践した。


 右に急旋回し、オーグメンターを起動してフレアを撒きつつSAMの目前を横切る。

 F-2に装備された三次元偏向ノズルは完璧に動作し、チェックマークのように鋭角な旋回を行った。


 間に合った。

 F-2がキンシとミサイルの間を飛び抜ける。


───これで最低でも誘導を……!


 乱せるはずだった。

 SAMは一瞬だけF-2へ向かおうとするも───

 瞬時に元来の目標へと針路を変え。


 キンシの左側で炸裂した。


「くそっ! キンシ被弾! キンシが被弾した!」


「ペンギン隊、状況を報告せよ!」


 ボスがキンシ正面、大助が左方向のSAMを攻撃した。

 GUNによる掃射だったが、噴射煙が残る状況での照準ならば不可能ではない。


「チェイス殿っ、警戒は私にお任せを」


「頼んだ!」


 あの機体には顔も知らぬ要人だけではない。

 チェイスの命の恩人である千代や、知り合った現公もいるのだ。

 失うわけには、いかない。


「キンシ! 応答しろ! 千代ちゃんッ!」


 通信機越しに呼び掛けつつ、頭の冷静な部分でキンシの被害状況を外から注視する。


 機体は低空飛行だが、水平状態を維持している。

 しかし、人間が操縦しているにしては怪しい動きだ。

 これは自動操縦モードで水平飛行しているだけ、人間は動かしていないのだ。


「……操縦席は、全滅したのか?」


 その最悪は、あり得る。

 操縦席には敵の放ったSAMと、お前の撃った短射程ミサイル(SRM)の破片が飛び込んだはず。


 直撃よりはマシかもしれないが───

 あれはふたつとも、戦闘機を撃ち落すための兵器だ。

 そんなものがかすっただけでも、人は死に得るのだ。


「……」


 被弾した胴体は大穴こそ開いていないが、破片が貫通したのは言うまでもない。

 客席では相当な被害が出ていることだろう。


「千代ちゃんっ!」


 再びチェイスは、操縦席にいたはずの彼女に呼び掛けた。

 自分が殺したかもしれない、その可能性から目を逸らすために。


「りょ、良介さんっ!」


 思いも寄らぬ名を叫ばれて、チェイスは混乱した。

 その名前を空で口にするような人間は───

 ひとり、いた。


「私ですっ! 現公です!」


「現公ちゃん⁈ どうしてそこにっ⁉」


 信じられない、周りの大人は何をしているのか?

 彼女は背伸びしたい盛りだろうが、間違いなく子供だ。

 自分達のために働く女の子を操縦席まで行かせて、何が幕府だというのか。


 しかし───それをいま、彼女にぶつけても混乱を招くだけだ。


「操縦席の皆様は……誰かが、操縦しないと!」


 会話が噛み合っていなかったが、現公は戦争に巻き込まれた幼い一般人。

 冷静に発言しろというのは、土台無理な相談というものだ。


 彼女たちを生還させるためには落ち着いてもらう必要がある。

 そして、冷静になるのは現公だけではない。


 チェイス、いや志村良介。

 お前もだ。


 一度冷静になって、状況を把握するのだ。

 死を悼むためにパニックを起こしていては、全員が死ぬ。

 お前のヒステリーのために、生き延びる可能性のある人々を忘れるな。


「……すーっ」


 深呼吸し、チェイスは状況を俯瞰(フカン)した。


 キンシは2度被弾し、飛行は安定しているが次はない。

 機体に穴は開いているが、機長が直前に急降下してくれたおかげで客室の人間が外に吸い出された様子はない。

 しかし、高度を上げれば気圧差で吸い出されるどころか機体が分解する。


 攻撃を受けているというのに、高高度に退避できないのだ。


 ここで、チェイスはひとつの確信に至った。


───これ、ヒートシーカーじゃないぞ……?


 熱源を追尾するヒートシーカーならば、ミサイルが向かうのはコクピットや胴体ではない。

 主翼に括りつけられた、大声で唸る2つのエンジンになるはずだ。

 だというのに、ミサイルは迷いなく温度の低い2ヶ所に食らいついた。


「チェイス殿っ。あの攻撃、サトリによるものです!」


 チェイスの推論を、竜司が追認した。


「というと?」


「あの誘導弾の動き、地上から送られる思念で制御されています!」


「ヒートシーカーならぬ、思念誘導(マインドシーカー)?」


 どこかで聞いたクソゲーの名だな。

 確か、ナm───やめておこう。


 だがひとつだけ明らかになった。

 エラが、合衆国が嗅ぎ付けた政府側の秘密兵器。


『新たなる力』


 それこそが、この思念誘導ミサイル。

 通称、マインドシーカーだ。


「……超能力で誘導するミサイル? ついていけんな、まったく」


 ボスの言葉には賛同するほかなかった。

 だとしても、ついていけないなりにどうにかするしかない。


「ペンギン隊! 状況報告っ!」


 宗治郎の叫びで、チェイスは自分の仕事を思い出した。

 ヤ-11のボディへ視線を巡らせる。


「待った……よし、機体は安定してる。風防はダメだから、高高度は無理か……」


「了解した。手勢を連れてそちらへ戻る。持ちこたえろ!」


 なにせ、ここへ来るのに無補給で来ているのだ。

 宗治郎のP/A-51は戦闘が出来る燃料が残っていないはずだ。


「竜司ちゃん、連中の配置はわかる?」


 誘導方式まで特定してくれたのだから、発射地点の特定も出来ないだろうか?

 チェイスはダメ元で竜司に尋ねてみた。


「正確にはわかりません。ですが、まだまだいるとだけ」


「まだいるのか⁈ そんな秘密兵器を持った連中が!」


 まったくもって、ボスの言うとおりだ。

 これは政府軍の罠───というほどではないが、相当大きな勢力が参加・協力しているに違いない。

 きっと、状況が進めば横から殴り掛かってくる連中も増えるだろう。


 現公の言葉が正しければ、操縦席は全滅だ。

 訓練と教育を受けたプロは、もうあの機内にはいない。


 操縦桿を握る現公にすべてが掛かっているのだ。

 もっとも、それを直接指摘するとプレッシャーでパニックになりかねない。

 圧力が掛からないように、かつ必要な指示を与えるべきだろう。


「現公ちゃん、聞いてくれ。しばらくは真っすぐ、機体を飛ばしてくれ。

ハンドルを傾けず、水平儀(すいへいぎ)……丸くて、横線の多いやつ。

それの線が左右に傾かないように真横を維持するように操縦するんだ。大丈夫?」


「は、はいっ。やってみます! い、維持します! 良介さん、他にはっ?」


「今はそれを維持! とにかく南下して、嵯峨野を突っ切るしかない!

ミサイルはこっちで対処するから、現公ちゃんは水平を意識して!」


「わかりました!」


 さて、ひとまず真っすぐ進むことは出来る。

 問題は直進を妨害する連中だ。


「竜司ちゃん。連中に関して、気づいたことはある?」


「ちぇいす。竜司ではないが、ひとつある」


 ここで大助が口を挟んだ。


「どうぞ」


「お前が誘導弾の間に割り込んだ時、誘導弾の機動にブレが見えた」


「ああ、俺も見えた。でも、被弾箇所からしてヒートシーカーじゃない……」


「それは……そうかもしれません! 周囲に放たれていた殺意が、

その瞬間は混乱していたように感じました!」


 マインドシーカーとはいうものの、どのようにして誘導しているのか?

 間に割り込まれて混乱する性質はヒートシーカーに近いように思える。


「で、竜司ちゃんの気づいたことは?」


「……推測ですが、あの誘導弾。思念を送り続けないといけないようです。

飛翔中は強い思念を常に感じていました」


「それはつまり、テレビミサイルみたいなものか?」


「テレビミサイル?」


「今の時代ならFPVドローンと似たようなヤツだ」


 確かにFPVドローンを突っ込ませようとした時に何かが目前を横切れば動揺する。

 挙動のブレは、この動揺だろうか?


 この世界にFPVドローンのようなものを小型かつ、使い捨てに出来る技術はない。

 しかし、そこにサトリという超能力が加われば?


 RWRで照準と発射を探知出来ず、チャフ・フレア、ECMのような既存の対抗手段(カウンターメジャー)での無力化(ソフトキル)は不可能。

 直接破壊(ハードキル)でのみ防ぐことが出来る、必中(サジタリウス)の矢。


 未だ推測に過ぎないが、それがマインドシーカーの正体というわけだ。


「そういう既存の技術じゃない兵器って普通、異世界人(こっち)が使うものじゃないの?」


「俺達は海自じゃないからな」


 しょうもないおしゃべりは、精神衛生上やりたくなるがそこまでにしろ。

 今は、この禁野に潜むいて座の対処を考えなければ。


「FPVドローンって事は……

ミサイルを誘導する人間をどうにかすれば、誘導は止まるんじゃないか?」


 チェイスが思いつきを部隊に共有すると、視界の隅に白い雲が立ち上った。


「第二射! 方位190(南南西)!」


「く、来るっ⁉」


「大丈夫、こっちで対処する!」


 とは言ったものの、チェイスはあのミサイルに対処できる位置にはいない。


「私がやる」


 反応できたのは大助だった。

 彼女はP-104を翻して低空飛行すると、雲の根元に向けてGUNを掃射した。

 その間にもSAMは上昇を終えて誘導に入るが───


 地上での大爆発。

 まだ発射されていなかったミサイルに弾が命中し、信管が作動したのだ。


 すると、キンシへ一直線に向かっていたSAMの挙動が狂いだした。

 比例航法(先回り)しようとしていたミサイルが上昇したかと思えば、急降下を始め。

 嵯峨野の森に、頭から突っ込んで爆発した。


「竜司、お前の見立て通りだ。

誘導しているサトリを排除すれば、誘導弾は制御を失う」


「だが、こんなのそう何度も通用しないぞ!」


 ボスの言うとおりだ。

 SAMが命中する前に、発射機ごと近くにいるサトリを排除すれば当たらない。


 しかし相手も無策ではない、ギリギリまで潜んで間近に迫ってようやく、彼らは攻撃してくる。

 推測になるが、発射から着弾までの猶予は10秒未満と見えた。

 大助のファインプレーは位置取りの良さがあって出来た幸運だ、そう何度も容易く出来るものではない。


「ペンギン隊へ! 空域に接近する機影2! 方位245(西南西)!」


「味方だよね!」


 チェイスは微塵も期待せず、フツノミタマに尋ねた。


「IFF、通信共に応答なし!

バンディットと推定! 交戦許可!」


 その瞬間、彼らの呼び名はバンディットからホスタイルとなる。

 応戦以外禁止されている敵から、明確に殺すべき敵への変化だ。


「連中、本気でやるつもりか⁈ ペンギン隊了解、敵機と交戦する!」


 現公は今、強烈な孤独感と恐怖と戦っている最中だろう。


 当たり前だ。

 周囲の偉そうな大人はあてにならず、まともに触れた事もない飛行機の操縦をしているのだ。

 荷が重すぎるが───ろくでなしから彼女を守れるのはペンギン隊しかいない。


「……現公ちゃん、俺は離れるけど飛行はそのままだ。

敵は絶対に寄せ付けない!」


 ならばせめて、命懸けで戦っている者同士で元気づけなければ。

 その意気込みで、チェイスは宣言した。


「よろしくお願いしますっ!」


 彼女の言葉で、元気・気力・勇気がフルチャージされた。

 F-2の運動性能で急旋回すると、のこのこと現れた政府軍機へと針路を向けた。


「ペンギン隊へ! 敵機は俺が対処する、みんなはSAMの対応を!」


「了解、敵機の対処はお前に任せた! その間、隊は俺が預かる」


 ボスが指揮をするのならば、安心して任せられる。


「ユーハブ!」


「アイハブ!」


 手短に指揮を委任すると、正面の機影を睨みつける。

 交戦許可は下りているが───一応、尋ねてやろう。


「こちら幕府空軍第一航空団彰義隊!

IFFに応答しない推定政府軍機、接近する意図を告げろ!」


 フツノミタマの言う通り、交信に応答しない。

 念のため通信機の発信周波数を確認するが、軍用航空無線なら受信出来ているはず。

 意図的に無視しているのは明白だ。


「そういうつもりなら、こっちにも考えがあるぞ」


 再びチェイスは発信を始めた。


「俺は夷俘(いふ)の魔王チェイスだ」


 政府軍がチェイスを魔王呼ばわりしているのは、幕府軍でも有名だ。

 戦場において、戦功を挙げた敵を倒せばどうなるか?

 もちろん、それ以上の功績となる。


 無抵抗な将軍と親王か、一騎当千の魔王と畏怖(いふ)される戦闘機乗りか。

 戦人にとって、どちらが価値のある首級(しゅきゅう)かは明白だ。


《……畏怖の魔王、本物か?》


《電探の、この小さな機影。そうかもしれない》


 その時、政府側と思わしき交信が混信した。

 いや、これは混信ではない。

 以前のようなノイズが少ない、クリアな音質だった。


「ペンギン1。先ほど賊軍と思わしき交信を傍受して

周波数を特定、復号化しました。

……あなたなら何かに役立てられると思い、音声を繋いでいます」


 フツノミタマのゆかり管制兵は、迷いを感じる声色でそう告げた。

 なるほどそういう期待であれば、応えなくてはな。


《計画変更だ! 畏怖の魔王を討ち取り、次に将軍と親王だ!

俺達が、大和幕府とこの戦を終わらせる!》


《了解! 攻撃目標を変更、魔王と交戦する!

葦原の未来のために!》


───ちっ。まだ子供の女の子を殺すと息巻いて、何が未来のためにだ。


 確かに、キンシには利信将軍と春川親王が搭乗している。

 政治的に重要な目標となるだろう。

 なぜ彼らが積み荷の詳細を知っているのかは───今は置いておこう。


 しかし、それだけではない。

 重責に耐えながらも、多くの人々のために命を張る現公と───千代がいるのだ。


 現公は言わずもがな。

 千代は暫定成人くらいの年齢だが、大多数の大人から見れば子供と大差はない。


「悪人殺すだけで平和が来るなら、喜んで皆殺しにするけどさ……

そうはならないのは、歴史が証明してるんだぜ」


 とはいえ、この手の連中と話したところで返って来るのは兵器ばかりだ。

 テーブルで向かい合う気のある相手が出てくるまで、殴り合うしかない。


「シーカー起動! 自惚れ野郎のクズと遊んでる暇はない!」


 仲間も、そんな彼女たちを守るために命を賭けている。

 寄ってたかって無抵抗の相手を攻撃する手合いと戦っている時間すら惜しかった。


 ミサイルのシーカーを起動し、正面で並ぶ敵2機を捕捉させる。

 機体が帯びる摩擦熱を誘導装置が捉え、不愉快なロック音でチェイスに伝えた。


「ペンギン1、FOX2!」


《白2、撃つ!》


《白6、撃つ!》


 双方、ほぼ同時にミサイルを放った。

 頭と倫理観の足りない連中だが戦意だけは旺盛なようで、チェイスの放ったミサイルに動じずに突っ込んできた。


「ペンギン1、ミサイル! かわせ!」


 今度はフツノミタマの次郎が管制を代わったらしい。

 無論言われるまでもなく、直撃を食らうわけにはいかない。


 フレアを投下して誘導を撹乱し、バレルロールを行う。

 しかも、ただのバレルロールではない。


 三次元ノズルが生み出す異次元の挙動は、傍から見れば異様な機動に映ったことだろう。


《なんだあの機動っ……!》


 1発命中、ひとつ健在。

 一方敵のミサイルはF-2の機動について行けず下方を通過し、遥か後方で時限信管が作動した。


 第二射を行うには、彼我の距離は縮まりすぎていた。

 自分のミサイルで傷ついていては世話ない。

 チェイスは素早くGUNに切り替えた。


「敵機、機関砲の射程内!」


 F-2の主翼には2基のガンポッドが搭載されている。

 それに標準装備の20ミリを合わせて、3門の機関砲。

 この火力は猛烈だった。


 相手の五式打撃戦闘機も2基の機関砲を備えるが、発射速度が違い過ぎた。

 弾がチェイスをかすめる前に、3列の20ミリ砲弾が敵機の主翼と胴体を引き千切った。


 制御を失った上に、燃料が引火して火だるまに。

 脱出した敵パイロットはパラシュートを開いたが、その傘には燃料が付着していた。


「ペンギン1、撃墜2!」


 ひとまず、不埒な闖入(ちんにゅう)者は排除した。

 チェイスは現公らの機体へ視線をやると、ペンギン隊が打ち上げられたSAMに対処している様子が目に入った。


 しかし、ボスの言っていた通り。

 こんな場当たり的対症療法が長続きするはずがない。


「まずい、しくった!」


 ボスがGUNの掃射を外し、ミサイルがキンシへと向かいだした。

 キンシはダメージを受けたうえ、操縦しているのは現公、一般人の女の子だ。

 回避など出来るはずがない。


「誰か援護をっ!」


「ぐっ、無理だっ……!」


「間に合いませんっ!」


 チェイスもオーグメンターを吹かして急行するが───

 どう考えても、間に合わない。


 今までなんだかんだでうまくいってきたが。

 今度こそ、本当に失うのか。


 それでも、視線を逸らすことは出来ない。

 もしチェイスの失敗で親しい人間の命が失われたとしたら。

 その咎を、背負わなくてはならないから。


 白い軌跡を残しながらSAMは一直線に、直進するキンシのコクピットへ。

 誘導しているサトリというやつは成功を確信しているだろう。

 そのまま、矢じりが機体の頭部へ───


 刺さらなかった。

 突如としてキンシは急降下を始め、ミサイルは尾部をかすめて過ぎ去ったのだ。


 現公の操縦が奇跡的な回避を成功させたのか?

 まぐれではない証拠に、キンシは地面に衝突する前に水平飛行に戻った。


「現公ちゃん、無事⁈」


 チェイスは問い掛けずにはいられなかった。

 しばし間をおいて、再びチェイスがキンシの真横に着いたところで思わぬ返答が来た。


「やーやーしむすけぇ、誰か忘れてなぁい?」


 現公の声ではない。

 先ほど聞いたばかりの声なのだから、間違えるはずがない。

 しかし、彼女は───


 なんてことはない、素人に生死の判断など出来るはずがないのだ。

 血を流して倒れでもしていたら、素人は死んでいたと思うのが当然だ。


「ち、千代ちゃん……よかったぁ」


 まさか再び、生き延びるとは。

 伊達に葦原一の始末屋を名乗っていない。


 しかし、死んでいたと思われるような状態だったのだ。

 無傷元気というわけには、いかないだろう。


「無事、ではないんだよね?」


「かすり傷だけど、もう平気」


 これは彼女なりの強がりだろう。

 死んだと思われていた人間が、かすり傷で済んでいるはずがない。


 それでも、今の状況で動ける人間は貴重だ。

 安全な場所にたどり着くまで、戦ってもらわなければ。


「チェイス、すまんっ」


「いいんだボス、こうなるのは当然。どうしようもない」


 10秒未満の制限時間でSAM発射地点を特定し、レーダーで捉えることが出来ない隠れた発射機を破壊する。

 複数回行われて、一度の失敗だけで済んでいるのは奇跡の神業だ。

 ボスの腕が劣っているとか、たるんでいるとか、そんな贅沢を言えるはずがなかった。


「機影を探知! さっきよりも多い、数6!

方位190(南南西)!」


「まだ続くのかよっ……!」


 幕府と同じく、政府も軍の統制を取れていないのはわかっていた。

 だとしてもこの規模は想定以上だ。

 どいつもこいつも、自分の思い付きを正義だと言って好き勝手している。


 チェイスがそう確信するのに、敵の規模は十分過ぎた。


「フツノミタマ、政府側に呼び掛けは!」


「さっきから各方面に続けている!

だが、現場が言う事を聞いていない!」


「あるいは、ハナから止める気がないか……」


 大助の挙げた可能性は、考えたくない最悪だった。

 政府側が幕府側要人を一網打尽にするため、世界博覧会という機会をキルゾーンとした。


 最悪だ。

 今後、葦原が国際的にどう見られるかも含めて。


「こちら幕府空軍AWACSフツノミタマ!

貴機らが攻撃しているのは非武装の民間機です! 繰り返します、民間機です!」


 ゆかり管制兵の呼び掛けに、レーダー上の反応は変化を見せなかった。

 間違いなく、攻撃のために前進し続けている。


「こちら葦原政府空軍AWACSアマツクメ!

嵯峨野に接近中の政府軍機及び、展開する部隊に通達! 攻撃をやめ出頭せよ!

これは神祇官及び弘山親王殿下からの命だ! 違反するものは銃殺される!」


 どこかで聞いたような声が、通信機から響いてきた。

 確か、真田藩で政府軍の管制をしていたAWACSだ。

 地味ながら敵の連携を行う厄介な敵だったが、今回は味方となるとは。


 とはいえ、状況が状況だ。

 政府側のアリバイ作りの可能性も否定できなかった。


《黙ってろ、腑抜け共! 葦原の未来を拓くのは、臆せぬ行動力を持つ我々だ!》


「命令違反と帝の御子に仇名すだけに飽き足らず、

お前たちの軽挙妄動で、世界博覧会をぶち壊すつもりか!」


《上等だ! そも、我らの使命は攘夷(じょうい)異国打ち払いのはず!

なぜ幸彦と周防を焼いた異人連中に媚びを売る必要がある⁈

正義は我らにあり、葦原には正義を成す力があるのだ!

義を正さんとする心あるものは我らに続け!》


「くそっ、お前の機体はどこの製品(モノ)だ、馬鹿どもめ!

出動可能な全ユニットに通達! 反逆者を撃滅しろ!」


 と、どうやら政府側の頭の回る層もトサカに来ている様子であった。

 激論を交わす程度には与していないと把握できたが、かといって今の状況が即座に改善されるわけではない。


 チェイスは頭を働かせた。


 SAM発射機の特定は、残念ながら撃たれるまで不可能だ。

 第一射の時にFLIRで偶然目視できたが、あれは発射機のある地点が見えていて、かつ熱源を捉えられる木々の隙間に、気まぐれでカメラを向けたまでの話。

 そう何度も出来る偶然ではない。


 マインドシーカーは意外と混乱させる手段があることは明らかになっている。

 問題は撹乱させる手段が一般的に非現実的なものということ。

 そして頭数があり、確実に命中させる位置取りが出来る敵戦闘機の存在もある。


 戦闘機が搭載するAAMの射程圏内に入られれば、キンシはおしまいだ。

 ここはやはり、二手に分かれて対処するしかない。


「ボス、俺は戦闘機に対応する。SAMはみんなに任せる!」


「ああ! ……竜司、大助。

俺はキンシに向かうSAMの誘導を撹乱してみる。破壊は頼んだ!」


「了解!」


「任せろ」


 視界の隅に、キンシの目前で上昇と下降を繰り返すボスのドゥンが映った。

 カウントの真似事でもしているのかと思ったが、間に割って入られると動揺するという特徴から、この上下運動を思いついたのだろう。


「……そうか。

カウントのアレって、ローパー1を狙うミサイルの誘導撹乱してたのか」


 妙なタイミングで妙な事を思いつくんじゃない。

 確かに、そうかもしれないが───


 今は戦闘に集中だ。


《おいこっちだ、カメラ回せ! 幕府と軍が戦ってる!

御料機、あれは御料機だ、最大ズームで撮れ!》


 不意に、音質の悪い声が通信機から聞こえてきた。

 周波数の違いではなく、経験則的に遠くの出力が弱い発信と思える


「ペンギン1、民間の通信を傍受しました。

報道従事者のものと思われます。念のため、こちらも音声を送ります」


「メディアか……確かに関係ないけど、使えるかもしれない。

ありがとう」


 本当に無関係な存在だが、チェイスの意識の外にある情報を拾ってくれるかもしれない。

 フツノミタマのレーダーも、万能ではないのだから。


 視線を東、京の街へとやる。

 基本的に背の低い建物が並んでいる街だが、ひとつだけ天までそびえ立つタワーが目につく。


 京の市街地全域は飛行禁止区域に設定されているが、ランドマークとして説明は聞いている。

 京電波塔という、ラジオやテレビの電波を送受信するための建築物である。


 堅苦しい名前をした建物だが、その展望台は一般に公開されており、誰でも立ち入ることが出来た。

 嵯峨野上空を一番見やすい京の街といえばそこだ。

 彼ら報道陣も、そこの展望台に陣取ってカメラを回しているのだろう。


《あのカラーのヤ-11、間違いなく御料機!》


《いいか、御料機から目を放すなよ……

春川が乗る飛行機が撃墜されたら、最高のスクープだからな!》


 と、下心を出して耳を傾けてはみたものの。

 業界人らしい気分の悪い交信が飛び込んできてしまった。


 意識を切り替えて、敵機が向かって来る南へ向かう。

 すると禁野である嵯峨野が終わり、深い森は一瞬のうちに木の一本も生えていない禿山に変わった。


 葦原の自然豊かな景色は、奥葦原と夷俘島以外では極めて珍しいとは聞いていた。

 嵯峨野はその数少ない例外であり、大多数の山岳地帯ではこのように植物を刈り尽くされた荒野が広がっているとされていた。


 文字通り、領域を出た途端にこうなるとは。

 実際に目の当たりにすると、さすがのチェイスも圧倒された。


「敵機、間もなく射程圏内だ。注意しろ」


「ありがとさん」


 フツノミタマからの警告を受け、チェイスは目前へと注意を向けた。

 敵は6機編隊、真っすぐ向かってきている。


《ちっ、西国テレビに先を越された……奴らは御料機に夢中か。

こっちは神兵の写真を抑えよう。見えるか?》


《蒼い機体……いた! 本物の神兵!

すげーっ、本当に見たことない形だ!》


《他の幕府軍は?》


《北の方で、地上を攻撃してるのが見えますね!》


 今度は3人組だろうか。

 偉そうな年増男に、神経質そうな男、それと女の子。

 違う、女の声が聞こえた途端に意識を向けるのをやめろ。


 今は戦闘に集中だ。


「ああ……シーカー起動」


《敵機を目視……単騎だと⁈ 幕府の奴らめ、俺達を舐めやがって!》


《油断するな、相手は畏怖の魔王だ!》


《あんなもの嘘っぱちだ、俺が証明してやる!》


 そのようなつまらないもの、殺し合いで証明せずとも陸でチェイスを取材すれば一発だ。

 なにせ夷俘の魔王とやらは戦闘機がなければ、単なる童貞ナンパ野郎なのだから。


「トーン安定、攻撃せよ」


「はいよ! ペンギン1、FOX2!」


 残念ながら、6機編隊すべてにミサイルを届けるには一発だけ足りなかった。

 最低でも1機はGUNで対処するしかない。

 飛翔するミサイルを見送り、向かってくる敵のミサイルを見据えながら、チェイスは覚悟を決めた。


《撃ってきた! 数5!》


《回避しつつ突撃! 誰かが奴を討ち取れば、それでいい!》


 最低限の回避機動を行いつつ、敵編隊は突っ込んで来た。

 教本なぞ誰も意にも介さず、まるでジョストのようなぶつかり合いが待ち受けているようだ。


《撃った……! 本当に戦ってる……!》


《よーしっ、神兵の空戦を激写!

これは売れるぞ……!》


《でもこれ、六対一ですよ? 勝てるわけないじゃないですか!》


《魔王の最期! それもいいじゃないか!》


 敵は横一列の隊形を組み、ミサイルを放っていた。

 背を向けて回避するドラッグ機動はせず、チェイスと同じ突撃戦法を選んでいる。


 自分達がやられても倒せればよしか。

 夷俘の魔王の名は、そこまでの価値があるものらしい。


 真っすぐ突っ込むにしても、相手の戦力が大きすぎる。

 ここは一旦、相手のペースを乱すべきか。


 機体を右に傾け、右へ急旋回。

 そして頃合いを見てフレアを投下すると───

 反対の左へ急旋回。


《クランク機動っ! 鋭いっ!》


 ミサイルの速度(エネルギー)を浪費させ、へろへろになったところを回避する。

 十分目視出来るほど遅くなった敵ミサイルを横目に、チェイスは目前で起きた爆発に意識をやった。


 爆発は2回。

 撃墜1、損傷1。


 損傷機は───撤退の意思なし。

 燃料の白い軌跡を残しながら、突撃を続行した。


「決めたのはお前だからな」


 さあ、ここからはガンファイトだ。

 ミサイルのなくなった主翼のランチャーを投棄し、今度こそヘッドオン対決に挑んだ。


《正面から来るぞ!》


《1と2で相手をする! 残りは旋回して背後に食らいつけ!》


 損傷した機体と先頭の機体が突撃を続行し、残りの3機は離脱。

 数の利を活かすつもりだろう、単なる猪ではない。


 敵機をレーダーロックし、チェイスはHMDに投影された円形照準器(ピパー)に集中した。

 そして───空に浮かぶシルエットに重なった瞬間、引き金を引く。


 弾丸の雨が降り注ぎ、交差する。

 互いの弾が衝突して火花を散らしながら、3列の砲弾はひとつふたつと操縦席を薙ぎ払った。

 しかし、ゴン! という悲鳴と共に、F-2のシステムが絶叫した。


「警告、機体損傷! 警告、ステーション(Sta)5損傷!」


 MFDの兵装管理画面が、左ガンポッドの損傷を表示していた。

 爆発でもされたら困る。

 チェイスは迷いなく損傷したガンポッドの投棄を選んだ。


《隊長が当てたっ!》


《不死身ではない、弾が当たれば死ぬ!》


《このまま追い込む!》


 右に重心が偏っている影響で、今のF-2の操作性はかなり独特なものとなっている。

 フライ・バイ・ワイヤが制御できる範疇だが、通常なら困ったものだろう。


 しかし───チェイスはひとつ思いついた。

 今こそ、新装備の三次元偏向ノズルを活用するその時に違いない。


「ペンギン1! 敵編隊が背後につくぞ!」


「わかってる、対処する!」


 最大出力で上昇し、上空へ。

 もちろん敵編隊は追従する。


《さあどうする魔王! この空に逃げ場はないぞ!》


 敵機のひとつがミラーに映り、内側に消えた。

 背後(コントロールゾーン)に入り込まれた証拠だ。

 そこに入り込めば、一挙手一投足が相手の行動を左右出来るほどの優位に立てる。


 この油断を突き、形勢を逆転する。


 エンジンをアイドル(最低)状態にして減速。

 そしてペダルを踏んで右にヨーイングする。

 右に抱えたガンポッドの影響で機体左右の速度バランスが崩れ、右回転を始めた。


《フラットスピン⁈ 制御ミスか⁈》


 多くのパイロットを殺した、最悪の状態。

 しかし今は、形勢逆転の一手であった。


 くるりと世界が反転し、背後にいた敵機が正面に現れた。


《まずいっ!》


 読みは当たった。

 レーダーロックする暇はないため、機関砲の着弾予想図を参考に照準し───

 発砲する。


 2本の曳光弾の線が真後ろの敵機を粉砕した。

 コクピットを失った機体はくるりと上下反転し、地面に墜落していく。


 この状態は速度0も同然、残りの2機はチェイスを追い越して上昇した。


《今なら奴は無防備だっ! 今度こそっ……!》


 フライ・バイ・ワイヤは理論上の機動を可能にする技術だ。

 さらに、三次元偏向ノズルは異次元の挙動を可能とする。


 右へ回ろうとする機体の動きを、反対方向への力を働かせるノズルが抑え。

 人間では反応し切れない頻度でバランスが崩れる機体も、フライ・バイ・ワイヤの動翼制御が押し留めた。


 2つ合わせれば、意図的なフラットスピン状態への突入も、瞬時の復帰すらも可能としていた。

 チェイスの背後には、無防備な2つのエンジンノズルが見えていた。


《おいおいっ、なんで制御回復してるんだ⁈

無理だろこの早さっ⁉》


《何を言ってるのかわからん、説明しろ!》


《フラットスピンに入ったら、この高度じゃ普通墜落まっしぐら!

数秒で速度も高度も、ほとんど落とさず復帰なんて……20年は先の技術ですよ!

こんな曲芸飛行、航空祭でも見られないっ! ましてや実戦なんて!》


 F-2は単発───ひとつのエンジンしか持たないが、その出力はこの世界では考えられないほどに強力。

 オーグメンターを吹かすと、あっという間に機体が前進を始めた。


《魔王が動いた!》


《なにっ……ぐわっ!》


 目に入った左側の敵機に掃射し、尾翼をズタズタに引き裂いた。

 制御不能になった機体からパイロットが飛び出す瞬間を横目に、チェイスは最後の1機を追尾し始めた。


《や、やばいっ。これが、魔王……!》


「さあ、これなら外しようがないぞ」


 人差し指をGUNの発射スイッチに掛けた。

 直後、敵機のコクピットが爆ぜた。


 攻撃によるものではなく、射出座席が起動した際の爆発だ。

 この爆圧でパイロットを機体の真上に放り出して、安全に脱出させるのだ。

 これがないと機外に出た直後、自機の尾翼に衝突して真っ二つにされる恐れがあるのだ。


 主を失った機体を回避するのとほぼ同時に、風防の真上を敵パイロットが過ぎ去り、少し間をおいてパラシュートが開かれた。


「……逃げちゃったか」


 真下は禿山が広がるばかり。

 機体が墜落した結果、もしかしたら問題が起きるかもしれないが───

 少なくとも市街地よりはマシ、放置してもいいだろう。


《5機撃墜で撃墜王(ACE)だったか……?

ならエース以上か……!》


《あり得ない。英雄の時代は終わったのに、戦史が逆行してるっ。

これじゃ一騎当千の時代に逆戻りだ!》


《黙ってろ戦争オタク! 魔王が時代を逆行させても、

時代を創るのは報道(おれたち)だ!

メモを取れ! シャッターを切れ!》


 仲間が命を懸けて戦っているのだから、観客にバンクを振っている暇はない。

 素早く機体をキンシの飛ぶ方向へ向かわせる。


「護送作戦に従事する全ユニットに通達します!

キンシは全航程の半分を通過しました!」


「まだ半分かよっ、こっちは結構限界近いぞ!」


 これでも予定よりずっと早く進行しているが、緊張状態の中で体感時間は長くなって当然だ。

 それでももう半分、命を張るより他ない。


「こちら駆逐艦微風! 戦艦越前(えちぜん)へ、

主砲砲塔を旋回させる意図を告げろ! 何をしている⁉︎」


 今度はノイズ混じりの、音質の悪い交信が響いた。

 海軍、それも政府海軍の様子だったが───

 嫌な予感がした。


「……今の交信なに?」


「暗号化されていない、通常のものです。

発信地点は北西、田辺港! 世博護衛艦隊からと思われます!」


 あの港に軍艦が停泊しているのは既知の事実。

 そこにいる戦艦が、主砲を旋回させている。


「戦艦越前って、播磨型だったり……?」


「そうだ、旧幕府海軍所属の……」


 次郎がそこまで告げると、口を凍り付かせた。

 その真意は、わざわざ言葉にされずとも理解出来た。


「ゆかりさんっ、交信可能な全てに避難を!」


「了解っ! この交信を聞いている全ての者へ!

嵯峨野にて三式弾使用の恐れあり! 繰り返す、三式弾使用の恐れあり!

嵯峨野方面の窓から離れて、遮蔽物に隠れてくださいっ!」


《おい、なんだこの放送?

ってか、三式弾ってなんだ?》


《さあ……でも、こっちには関係ないでしょう?》


《さんっ……! 関係大有りだって! 窓から離れて裏っ、東側にっ!》


 知識のある取材クルーとそうでない人間で地上でも反応が二分されていた。

 彼らは京電波塔の展望台にいるのだから───隠れなければ危険だろう。


《こちら砲雷科。主砲装填よし、照準よし、発射準備よーし!》


《砲雷科指示の目標! 主砲一番砲塔、打ち方はじめ!》


《主砲一番砲塔、打ィち方はじめ!》


 田辺港からは大分距離を取っているはずだ。

 だというのに、発射の衝撃はチェイスの機体からでも察知する事が出来た。


「飛翔体確認っ、三式弾来ますっ!」


「千代ちゃん現公ちゃんっ、高度を稜線下にっ!」


「くっ……そっ……!」


「……! こ、高度を下げますっ!

良介さんっ、次はっ⁈」


「祈れ! 相手はなんだっていい!」


 もはやこうなれば、警告以外にどうしようもない。

 チェイスは最低でも自分の身を守るために反転し、山の稜線より低い高度で飛行を始めた。

 嵯峨野にある山は低い上に頂部が平らなものばかり。


 心許ないが、それでも何もしないよりずっとマシ。

 あとは真上で炸裂しないことを祈るばかりだ。


「弾着まで……3、2、1、炸裂!」


 爆発の瞬間を、チェイスが目視する事はなかった。

 それはつまり、無事にやり過ごせたという事だ。


「ぐっ……!」


「キンシ、機体を保てぇっ!」


 三式弾攻撃を初めて受けた大助とボスだが、なんとか正気を保っていた。


 チェイスが目の当たりにしたのは、炸裂の衝撃波によって稜線付近が吹き飛び、時に崩壊する山々であった。

 爆発は推定2回、播磨型の主砲は1基三連装だったはず。

 何らかの影響で1発だけ、嵯峨野で炸裂しなかったということだ。


「砲弾、キンシの遥か前方で炸裂! 被害状況は⁉︎」


「こちら竜司、キンシ・ペンギン隊共に被害ありません!」


 その報告で、チェイスはほっと胸を撫で下ろした。

 一方で、周囲で行き交う交信は最悪そのものだった。


「着弾点は……馬鹿な、(めくら)打ちとしか思えんっ。

連中、ろくな観測もなしに砲撃しているぞ!」


「至急至急! 戦艦越前が乱心っ! 京の方角に向け、主砲発砲!」


《こ、これが三式弾……おいお前ら、無事か?》


《私らはなんとか……でも、西国テレビのクルーがいません……!》


《い、いや……いるっ……! そこの、壁に……!》


《……政府は何考えてるんだ?

こっちは、京の市街地だぞっ……?》


 この様子では、被害は嵯峨野だけに留まっていない。

 幕府側の要人を殺すためだけに数百、数千人を巻き込んでいるのだ。


「……あいつら、自分が動かしてる兵器(モノ)が何なのか、わかってるのか?」


 少なくとも、自分達が一方的に殺せる側であり、その資格があると確信しているのだろう。

 兵器の管制を預かっている以上、マニュアルには目を通して数値だけでも威力を知っているはずだ。

 ろくでなしめ。


 腹立たしいが、そのろくでなしを排除するには守るべきものが多く、かつ時間が足りない。


「フツノミタマ! 主砲の射程圏外までどれだけある⁉︎」


「もう間もなく、30キロ未満だ!」


 徒歩にとっても30キロは結構な距離だが、飛行機にとってはあっという間だ。

 発射される砲弾でも、それは同じことだが。


「ペンギン隊へ、キンシの離脱支援を継続っ! 現公ちゃん、千代ちゃん!

悪いけどもう少し頑張ってくれ!」


「はいっ、引き続きお願いしますっ!」


 気丈な子だ、普通の人間ならパニックを起こして何も出来なくなるだろうに。

 それでもペンギン隊の助けがないと、吹けば飛んでしまう。

 酷く残酷なことに、兵器はその威力であらゆるものを薙ぎ倒してしまうのだ。


 命や、心すらも。


《艦長。先ほどの砲撃で目前の山が崩壊し、電探が使えるようになりました。

要人機と思わしき機影を探知、健在です》


《計算が外れた……? まあ、いいだろう。

二番砲塔照準! 次こそ幕府に終止符を打ち、内戦を終わらせる!》


《艦長! 艦隊司令と神祇官が攻撃の中止を命じています!》


《旗艦に三番砲塔を向けて黙らせろ!

なお邪魔立てするならば、葦原のため排除しろ!

義は腑抜けの神祇官や司令部ではなく、我らにある!》


 ねーよんなもん。

 直接遺憾の意をお届けしたいところだったが、そういうわけにもいかない事情があった。


《ひ、避難しよう……。次、砲撃が来たら、この塔も崩れかねん……!》


《でも、エレベーターは止まってて!

階段を降りてる最中に砲撃が来たら、街中に散らばっちゃいます!》


《くそっ、クソクソクソっ、どうしたら……

おい、四ツ谷(よつや)! チビ! 何してんだ、どこだ⁉︎》


《ここ! 撮影に決まってます! 多分あれ、政府軍機ですよね⁉︎

飛行禁止区域の(ここ)を飛んでます!》


《馬鹿野郎っ、せめて隠れろ死ぬぞ!》


《いつ死ぬかわかんないなら……

報道の使命果たしながら死んでやりますよ! 私は!》


 ゆかり管制兵の判断は正しかった。

 データリンクによって、F-2はフツノミタマと同じ視野を持っている。

 大型さゆえに、ずっと高性能な視界を得られているのだが───


 MFDの画面に、報道の交信にあった機影は映っていなかった。

 いや、厳密にはノイズの一種と判断されて跳ねられているのだろう。


「フツノミタマ、今の聞いた?」


「待て……ああ、こちらの電探でも確認した。

京の市街地を超低空で飛行する機影を確認!

奴らめ、飛行禁止区域だぞ!」


 どうやら核クラスの爆発が連続する空域での空戦をお望みらしい。

 ご遠慮願いたいが、戦いは必ずしも能動的に始まるものではない。

 越前という目の上のたんこぶを抱えながら、お帰り願うしかない。


「こちらボス。さっきの三式弾以来、SAMが完全に黙り込んだ。

全員は割けないが、今ならキンシから離れても大丈夫だろう」


 連携しているのならば、三式弾を回避するために高度を下げたところが好機だ。

 だというのにそれがなく、沈黙したとなれば───

 最悪の想定である、陸海連携の線は消えた。


 考えてもみれば、三式弾の破壊力は地上に潜んでいても被害を受ける規模だ。

 観測射撃をしていないという次郎の推測から察するに、越前は先ほどキンシらを探知した際の情報をもとに照準したのだろう。


 自己犠牲の精神を持つ観測手がいたならば、あるいは地上の奇襲がなくフライトが予定通り行われていたら。

 もっと正確に───キンシの真上で炸裂していても不思議ではなかった。


 連携が取れていないのはタチが悪いが、一方で命拾いする事になるとは。

 世の中何が幸いするか、本当にわかったものではない。


「ペンギン1だ、東の敵に対応する。

フツノミタマ、三式弾発射の兆候があったら知らせてくれ!」


「待てペンギン1。貴機は兵装を欠いている。どうするつもりだ?」


「まだ機関砲がある」


「……チェイス、それはやられ役のセリフだろ?」


 ロシア機に乗っているわけではなく、増援のアテもないが。

 それでも、やれるだけやるしかない。


「……了解した。現在、三式弾の攻撃範囲を分析している。

最悪の場合、こちらで算出した範囲の外へ離脱せよ。

無傷では済まないが、まともに食らうよりマシなはずだ」


「サンキュー!」


 チェイスは東北東へ針路を合わせ、再び嵯峨野へと戻ってきた。

 嵯峨野の被害状況は一目でわかるほどのもので、着弾点真下では木々が薙ぎ倒され、火災が起きているところも見受けられた。

 貴重な自然だというのに、ますます葦原の緑化は遠のいた事だろう。


 聞こえてきた報道の交信の通り、東から来る敵編隊は京の市街地にいた。

 地上に悪影響が出る可能性の高い、高度500(150)フィート(m)以下を亜音速(ほぼマッハ)で飛行している。


「連中、俺が墜としにくいように市街地飛んでると思うか?」


 五分五分だな。

 お前が魔王と呼ばれているのは確かだが、下の事を気にしているという話は誰にも話していない。

 しかし、そう分析されている可能性は否めないからな。


 やるのか?


「……被害が少なくなるよう、祈るしかないな!」


 高度を多少落とし、敵編隊が視界に入るように調整する。

 フツノミタマの支援により、HMDの向こうに転がるゴマ粒が敵性ターゲットと表示された。


「こちら幕府空軍彰義隊! そこの編隊、接近する意図を言え!」


《畏怖の魔王! いい目をしてる!

その手柄首、貰い受ける!》


営業開始(停戦終了)まで待ったらどうだ⁉︎」


《いいな、気に入った! やはり合衆国の連中とは違う!

幸彦藩空軍第5戦闘隊! いざ、参る!》


 ダメだ、話が通じない。

 現代的な技術を持っている癖に、メンタルが戦国時代の武士過ぎる。


 市街地のない嵯峨野までおびき寄せるには───キンシの距離が近過ぎる。

 連中が夷俘の魔王目当てだとしても、目移りしない保証はどこにもない。

 やるしか、ないのだ。


「ペンギン1、交戦する!」


「ペンギン1へ、そこは飛行禁止区域だが、止めはしない。

だが留意せよ!」


「了解!」


 敵はミサイルを満載し、こちらは3───いや、2門の機関砲のみ。

 なんと不平等なことか。


《黒1、撃つ!》


 次々に敵機がミサイルを放ち、チェイスへと向かわせてくる。

 クランク機動でミサイルのエネルギーを減衰させてもいいが、機体の速度も減ってしまう。


 ならば最低限の減速だけで、ミサイルを回避しなくては。

 フレアを投下しつつ、最大出力。


 三次元ノズルの推力偏向で高速状態でも機体は鋭く制御出来る。

 ピッチとロールに緩急をつけたバレルロールで迫るミサイルを迎えた。


 ブゥン、ピュン!

 音速を超える金属塊が風防や翼のすぐそばを過ぎり、背後や地上の街で続々と爆発を引き起こす。

 そして6回、死が通り過ぎた。


《お美事!》


 もちろんミサイルだけで終わりではない。

 今度は敵も機関砲を撃ってきた。

 違いは、こちらも攻撃出来るところだ。


《こちら京警察警邏(けいら)隊138! 今度は空戦だ!

嵯峨野の爆発の次は、市街地上空で空戦が起きている!》


《138、状況を報告しろ! そっちはどうなってる⁈》


《戦闘機が撃った誘導弾で地上に被害が出ている!》


《交戦勢力は⁈》


《東から来たのは恐らく軍、西は……

見えたっ、主翼に紅の一つ星! 幕府の神兵だ!》


《軍と神兵が京でやり合ってる……?

くそっ。さっきの爆発といい、空で一体何が起きてるんだ!》


 敵の先頭、一番機はチェイスの照準を素早くかわして離脱。

 ならばとチェイスは右の二番機に狙いをつけて発砲。


 左主翼を撃ち抜き、過ぎ去る頃には分離した。

 制御は困難なはずなのに、敵パイロットは脱出しない。


《黒2、主翼を食い千切られたぞ! 脱出したらどうだ!》


《お楽しみに下の奴らは関係ないからな! こいつをそこの川に食わせてくる!

じゃあなっ!》


 最後まで敵パイロットは機体を制御し───

 機体を川に突っ込ませた。


 民間人の被害を抑えるため、損傷した機体を人の少ない地域に墜落させる。

 パイロットの鑑だ。

 飛行禁止区域の市街地上空を低空飛行し、戦闘を始めさえしなければ。


 これだけの倫理があって、エアマンシップを持っているのに。

 なぜ市街地上空での戦闘を止めようとしないのか。

 理解に苦しむ、異常者の群れだ。


「それ考える頭があるなら、こんなところで戦うな!」


《それは無理な相談だ! 俺たちは誉ある死に場所を探してる!

幕府との戦じゃ得られず、合衆国との間にもなかった!

目前に特上の手柄首、逃す手はないっ!》


「死にたいなら、部屋でひとり首吊って死ね!」


《悪いが、そこまで俺らぼっけもんは我慢強くねんだ!

首吊るくれぇなら、パァッと華やかに散れず腐るくれぇなら!

強ぇ奴と戦って死にてぇ!》


「……キチガイどもめ!」


 私欲のために戦争を起こすとは。

 軍人にあるまじき利己主義、あるいは暴力性だ。

 政府軍、あるいはかつての藩空軍はメンタルチェックをしていないのだろうか?


 フック機動で素早く旋回すると、旋回中の敵編隊の側面に食らいつく。

 風防の向こうにある頭が、チェイスの方を向いた。


《素早いな、いい機体だ! 散開して取り囲め!》


 チェイスは単独である以上、相手に散開されても取れる手がない。

 狙いを変えず、徐々に距離を縮めていく。


 その間にも、離脱した敵機は背後(コンロトールゾーン)目指して移動を続ける。

 死を願って動いている相手に何も出来ないのは、尋常ではないストレスだ。


 それでも、判断を誤れば相手は隙を突いてくる。

 生き残るためには、冷静さを欠かしてはならない。

 距離を詰め、照準を合わせる。


 ピパーが敵機の胴体中心に重なった。

 引き金を絞り、2列の曳光弾が火花を散らす。


 まともに20ミリ砲弾を受けた機体は破片をばら撒きながら炎上。

 パイロットが機体を捨てる前に爆散した。


「ペンギン1、撃墜1!」


《ありがとよ、ぼっけもん! おかげで、真後ろにつけた!》


 機影がミラーに映った途端、内側へ消えた。

 これよりミサイルを撃つか、それとも機関砲を撃つか。


 どちらにせよ、させないのが最良だ。

 素早く高度を30(90)フィート(m)、京の建物の屋上付近まで落として互いに取れる手札を減らした。


《度胸試しか! 幸彦のぼっけもんは強いぞぉっ!》


《さすがに俺らは無理だ、頑張れよ!》


 屋根瓦がエンジンの排気で吹き飛び、ソニックブームで洗濯物が宙を舞った。

 そんな超低空にも、敵パイロットは追従してきた。


 どうやら、似たもの同士らしいな。


───まさか。俺だって好き好んで低空飛行してるわけじゃないんだ。


 横槍の入らない、実は攻撃しにくい今の状況なら、擬似的な一対一(サシ)だ。

 無茶をして逆転するなら、今のうちだ。


 迎え角(AoA)リミッターを解除し、真上に向かって急旋回。


 高度を上下させずに、空で1秒間静止した。

 コブラ機動だ。


《なんとっ⁉︎》


 真後ろについた敵機が、一瞬のうちに前方へ押し出された。

 今度は操縦桿を前に押し倒し、機体を水平に。

 1秒で状況は逆転した。


《戦闘機が、空中で止まった……?

おい、戦争オタク。あんな事、出来るのか?》


《ぼ、僕が聞きたいぐらいですよ!

そりゃ、理論上出来るとは思いますけど……!》


 三次元偏向ノズルは推力の向きを変えるおかげで、速度減衰が少なく済む。

 F-2のFCSは敵機のエンジンノズルを捉えていた。


 貫通した弾が胴体の燃料に引火。

 さらに垂直尾翼とエンジンノズルが脱落し、民家の屋根に突き刺さった。

 戦闘は続行不能だろう。


 上昇し、姿勢を乱しながら墜落する敵機の真上を過ぎ去る。


《いい戦いだったっ……! お前も来いッ!》


 搭乗員がいなくなるまで、警戒をおろそかにしてはならない。

 悪あがきを予測していたチェイスは素早く機体をロールさせ、曳光弾のアッパーをかわした。


《ガハハハハッ! お美事也!》


 捨て台詞を残すと、炎上した五式打撃戦闘機は尻から商業施設に突っ込んで墜落した。


「なんて奴らだ。本当に死ぬのを何とも思ってないのか?」


 相手の狂気に呑まれる余裕はないぞ。

 まだ敵機は4機、それもお前の背後に食らいつこうとしている。


 やはり、全ての機体がチェイスを狙っている以上、嵯峨野へおびき寄せて街の被害を減らすべきか。


「向こうがさせてくれたらな!」


 そして、悪い時に悪いことが重なるものだ。


「三式弾、発射の兆候あり! 各機、レーダーを確認しろ!

推定着弾地点と加害範囲を表示した!」


 MFDに視線をやる。

 どうやら着弾地点には、かなりバラつきがあるようだ。

 キンシ針路上に1発、それ以外は嵯峨野の東側に位置していた。


 それでも、小さな街は消滅するくらいの範囲が破壊される。

 さすがに京の市街地に着弾しそうにないが、最寄りの着弾点はチェイスにかなり近かった。


「……やるか!」


 おい、バカ。

 マジでアホな事をするな!

 着弾地点はあくまで予想、そんなに信頼出来るものではないんだぞ!


「フツノミタマ! 信じてるぞ!」


「なに? 待てペンギン1! 何をするつもりだ⁈」


「ペンギン1! どうか、ご無事でっ!」


 この戦術を成立させるならば、速度とタイミングの絶妙な調整は必須。

 逆に、兵装はもう邪魔なだけだ。


「Sta7、投棄(リリース)!」


 最後の外部兵装であるガンポッドを投棄。

 これで機体のウェイトは燃料と標準装備のGUNの弾以外になくなった。


《なんだ? 魔王が機関砲を捨てたぞ?》


《弾切れか、尻尾巻いて逃げる準備か……》


《なんにせよ、好機!》


 空気抵抗と重量がなくなったF-2は最大出力で、かつフレアを投下しつつ西へ離脱。

 京の市街地を抜けて、再び嵯峨野の上空へ。


《追い込め!》


《あちもんとりじゃ!》


《ぼっけもん! あいつは何か企んでるぞ、油断するなっ!》


 MFDに表示されている赤い危険範囲に目掛け、機体を突入させていく。


「警告! 危険! 警告! 危険!」


 データリンクで情報を得ているF-2のマスターコーション(MC)が警告した。

 その配慮をありがたく止めると、チェイスは再びフツノミタマに尋ねた。


「フツノミタマ! 着弾地点の推定高度は?」


3000(915)フィート(m)……お前、正気か⁈」


「ああ! そんなに殺し合いが好きなら、殺し合ってもらう!」


「着弾まで5秒!」


 レーダーの危険地帯に機体が突入した。

 するとちょうど、搭載していたフレアが尽きた。


《あいつ、熱囮を吐かなくなったぞ!》


《しゃあっ! 畏怖の魔王、その首獲ったァッ!》


「さあ、こっからは完全に運試しだ……!」


 機体を翻し、急速に高度を下げる。


 爆圧というやつは、どうしても上へ上へと逃げていく性質がある。

 三式弾ほどの威力になると、真下にいるとどうしようもないが───

 それでも、低ければ低いほど安全性は上がる。


「弾着、今!」


《黒4撃……!》


 未だかつてない衝撃であった。

 機体が大きく揺さぶられ、無数の貫通音と脱落音が機体に響き渡る。

 続いて、警報。


 不愉快な音色が鼓膜を介して脳髄を揺さぶり、本能を逃走へと掻き立てる。

 しかし───

 機体はまだ、チェイスの意のままに動いてくれた。


「ペンギン1! チェイス! 状況を報告せよ!」


「ちぇいす、どうしたっ! 応えろ!」


「この野郎っ、あんな雑なので死ぬんじゃないっ!」


「起きて、チェイス殿ッ!」


「良介さんっ!」


 脳震盪(のうしんとう)で意識が朦朧としていたのだろう。

 声によって意識が覚醒したチェイスは正面の機外へ視線をやった。


 世界は回転し続けていた。


「……やっべぇっ!」


 最優先で姿勢を制御し、天地を正しい方向に合わせて上昇。

 先ほどまできりもみ(スピン)状態で、危うく頭から森に突っ込むところであった。


「……ふぅ。こちらペンギン1。大丈夫、復帰した。

追尾していた敵機は?」


「反応消失、直撃を受けたと思われる」


 背後を振り返ると、三式弾が炸裂した地点には何も残っていなかった。

 チリ一つなく、文字通り彼らは消滅したのだろう。

 ミイラ取りがミイラになるとは、まさにこの事だ。


《くそっ、幕府に助けられるとは……お前ら、生きてるか!》


《僕は無事です……四谷さんもっ》


《蒼い機体……すごい。たったひとりなのに……!》


 神聖な扱いをされている京で、大暴れをしたものだ。

 被害の大多数は、政府軍によるものだが。


「フツノミタマ、三式弾の射程は?」


「もう間もなく離脱……発砲!」


「また……⁈」


 まったく、息つく暇もないというものだ。

 この場で一番の素人である現公にしてみれば、本当に絶望するほかない状況だろう。


「いや、待て……砲撃は別方向だ。

こちらのレーダー範囲外、越前から見て南西方向と思われる」


 田辺港の南西、その方向にはキンシはいない。

 まったく別方向への砲撃とは、いったいどういう考えなのか?

 思考を巡らせる猶予はなかった。


「電探に感あり! 機数13!」


「ああ、くそ……」


 既に機体は飛行するのが精一杯な損傷。

 さらに、戦うための兵装を完全に欠いていた。


 恐らく、他のペンギン隊の面々も状況は大差ないだろう。


「ペンギン隊、まだやれる?」


「ペンギン2……機関砲なら!」


「ペンギン3同じく。だが、現実的じゃないな」


「ぺんぎん4。私なら、まだ主翼もある」


 ようするに、どいつもこいつも精神論で言っているだけである。

 では、キンシを見捨てて逃げ出すか?


「冗談キツいぞ……俺が現公ちゃんや千代ちゃんを見捨てて、

逃げるわけがないだろ?」


「落ち着け、フツノミタマ。俺のIFFを確認しろ」


 その声は、聞き覚えのあるものであった。

 宗治郎、幕府空軍のトップである。


「そ、総裁閣下⁈ か、確認しました!

先頭は松平公、後方の機体は……唐津藩海軍航空隊!」


 その名前はまだチェイスの記憶にあった。

 北部藩の牢屋敷で近接航空支援を行った際、そして智台で輸送機をいぢめた時に追いかけて来た連中だ。


 チェイスは彼らの仲間を殺している。

 まさか、そんな部隊が助けに来るとは。


「そういうわけだ。黄色各機。反逆者を撃滅し、キンシを援護しろ」


 恐らく隊長機と思われる人物の声は、ドスの効いた低い声の女性であった。


「黄色2了解。援護に移る」


 一応、味方という話だが警戒に越したことはない。

 チェイスはキンシとペンギン隊に合流すると、真正面から唐津藩海軍を迎えた。


 目視出来る距離まで迫ると───

 彼女らは花を描くような挙動で散開し、数機がペンギン隊の直掩に着いた。

 練度を見せつけているのだろう、その自信に足る技量はあった。


「こちら黄色2、キンシへ。これより我々4機が援護(エスコート)します」


「は、はいっ。よろしくお願い致します」


「……女の子の声?」


 黄色2と呼ばれた男は、結構当然な疑問を抱いていた。


 しかしそれよりも、チェイスにはもっと大事な疑問があった。


「結局、越前がさっき撃った砲撃はなんだったんだ?」


「ああ、それは俺達の仲間に向けたものだ」


 反逆者の撃滅。

 彼女の言っていた反逆者には当然、戦艦越前も含まれるのだろう。


 だとすれば、三式弾砲撃を受けた彼らは酷い災難に見舞われた事だろう。


「……大変だな」


「大丈夫だよ、あいつなら」


「あいつ?」


 もしチェイスの耳がおかしくなければ、複数ではなく単数形に聞こえた。

 まさか、戦艦を単機で無力化するつもりなのか?

 そんな真似ができるパイロットなど、エースコンバットの主人公くらいなものだ。


 とはいえ、今のチェイスに介入する余力はない。

 キンシと同じく、真っすぐ飛んで───

 そう、最大の難関である着陸するのが手一杯であった。


 積極的に狙って来る敵の次は、避けられない命懸けの作業。

 まったくもって、現公には苦労を掛ける現場だ。


「……現公ちゃん。修羅場は凌いだけど、まだ着陸があるんだ。

少し早いけど、頑張って」


「修羅場なら、私はもう何度も潜り抜けています。

大丈夫です、良介さんと一緒なら。きっと!」


「心強いな、頼りにしてるよ」


 本当に彼女は、強い子だ。

 きっと精神面ならば、チェイスのようなろくでなしよりずっと上だ。

 着陸もきっと、うまくやる。


 そう確信したチェイスは、遠くから響く戦いの気配を背に南へ。

 長坂空港へと針路を向けるのだった。

次回の更新は来週の月曜19時です

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