89 世博護送作戦「Mind Seeker」
新年早々物騒な話をやっていきます
本年もよろしくお願いします
央暦1970年3月13日
葦原本州 京 嵯峨野上空
大和幕府
春川現公
時計が14時を指すのとほぼ同時に、窓から見える景色に灰色と砂色が増えました。
灰色は京の街並みで、砂色は伐採された禿山。
本州では奥葦原以外の自然は、ごく限られた数しか残っていません。
先の公方様が発布した工業興産令で、葦原の木々は工業や錬金術の素材となり、多くが伐採されて。
山はその地肌が世に晒され、空気と海は黒く澱んでいます。
本当に、葦原はこのままでいいのでしょうか?
「親王殿下」
その声を受けて、私は顔を上げました。
私に呼びかけたのは、今の大和幕府の長である征夷大将軍。
大和利信、その人でした。
「お加減が優れないように見えますが。ご気分でも?」
「いえ……久々の京を見て、少し胸が締め付けられました」
この言葉は、嘘ではありません。
京は私の生まれた故郷であり、育った街でした。
この内戦が始まって間もなく、父上は亡くなり、同時に街の建物も壊されました。
空から見ると、そこにあるのが復興した街なのか、それとも瓦礫の山なのか。
遠すぎて、よく見えません。
「……幕府軍を預かる身として、面目次第もございません」
「お顔を上げてください。利信様の責ではございません」
このお方、利信様は将軍という立場にありながら、軍内部での実権をほとんど持ちません。
内戦という情勢下では、軍内部での発言力がなければ何も出来ない。
私のような小娘にすら、側から見ていてそんな内情が伝わってきました。
「いや、私の責だ……私がもっと軍の手綱を握れていれば……!」
利信様が抱く、この悔しさ。
親王だの、次の帝だの、祭り上げられている私にもありました。
もっと私に、力があれば。
このような内戦など起こさせないのに。
でも、私は葦原の全部が崇めている権威であるはずなのに、何もさせてくれません。
そして……誰かがやってくれなければ、私には何も出来ません。
祭り上げられただけで、結局のところただの小娘なのです。
その事実を、改めて突きつけられました。
「あの、どちらへ?」
「緊急! ちょっと操縦席まで!」
私より少し年上くらいの女性でしょうか。
護衛のひとりとお見受けしていた方ですが、突然席から立ち上がると、乗務員様を押し退けて操縦席に飛び込んでしまいました。
操縦席と客席を隔てる扉はないので、一直線です。
何事だろうと、私がそちらへ視線をやると。
「うおっ! 戦闘機がすぐ近くに!」
「蒼い機体、紅の一つ星!」
それは、私の心を掴んで離さない方。
老中の方が騒いでいる方向……私が座る席と同じ方向に、彼はいました。
私が乗る飛行機のすぐそばに横付けして……
操縦席に座る良介さんは、この飛行機の操縦席を見ているようでした。
「そう! 感じるの、私も知らない、妙だけど強い思念が!」
先ほど操縦席へ入って行った方でしょうか。
女性の声で、そう叫ぶのが聞こえてきました。
「なにか、問題でしょうか?」
「殿下は、何も心配することはございません。
部下が対処いたします」
利信様はそう仰っていますが……
良介さんが、幕府の八咫烏が出て来る状況は普通ではありません。
ふと、私は窓から外の様子を伺いました。
良介さんのずっと下、嵯峨野の森へ。
見てしまった。
森の木々を薙ぎ倒しながら、雲を引いて空へ舞い上がるそれを。
「正面と左ッ!」
操縦席の叫び。
同じ景色を見ていた利信様は、私を抱えました。
直後、飛行機は前に傾いて……まるで背中を蹴られたかのような衝撃。
耳鳴り、朦朧、混乱。
何が起きたのか、私はわからない。
ですが、記憶にはありました。
氷室丸で、政府軍から追撃を受けた時。
私はこの混乱に直面していたのです。
そう、これは攻撃。
攻撃を受けたのです。
「公方様! 公方様ァッ!」
そこでようやく、私は我に帰りました。
利信様は私を庇って、窓から飛び込んできた破片を背中に受けていました。
「利信様っ⁈」
「殿下……お怪我は?」
「私は平気ですっ。でも、利信様が……!」
「どいてっ!」
彼ら護衛の忠誠は、宮家の私ではなく将軍にありました。
私は客席から遠ざけられ、中央の通路に押し除けられました。
やはり、私には……何も出来ない。
ただのお飾りに過ぎない。
心をどす黒い雲が覆って。
どうしていいかわかりません。
「金鵄! 応答しろ! 千代ちゃんッ!」
色々な騒音が、機内で響いていました。
でも不思議とあの声だけが、私の耳に届いて。
導かれるように私は、声の聞こえてきた操縦席へ向かいました。
あの攻撃は、誘導弾……ミサイルによるもの。
ひとつは私のすぐそばで爆発して、もうひとつはここ操縦席の目前で爆発した。
操縦士さんも、副操縦士さんも……
そしてさっき、操縦席に入った女性も。
血を流して倒れていました。
「……っ!」
血の気が引いていくのを感じます。
死。
氷室丸で私は、様々な死を目の当たりにしました。
でもやはり、慣れることは出来ません。
すくみ上がって、怖気付いて、頭の中が真っ白になりました。
誰かがこの機体を操縦しないと、墜落するのは明白なのに。
「千代ちゃんっ!」
あの声が、私を導いてくれました。
良介さんの……私の名前じゃないのは、ムカつきましたけれど。
操縦士さんを床に寝かせると、私は代わりに腰掛けました。
「りょ、良介さんっ!」
「え……だ、誰?」
「私です、現公ですっ⁈」
「現公ちゃんっ⁈ どうしてそこにっ⁉︎」
「操縦席の皆様は……誰かが、操縦をしないと!」
操縦席の窓は全部割れて、すごい勢いで風が吹き込んできました。
でも、幸いにも力尽きる前に操縦士さんは機体を水平にしてくださいました。
墜落までの猶予は、まだ残っています。
「待った……よし、機体は安定している。風防はダメだから、高高度は無理か……
竜司ちゃん、奴らの配置はわかる?」
また、別の女。
それは……今は置いておきます。
「現公ちゃん、聞いてくれ。しばらくは真っ直ぐ、機体を飛ばしてくれ。
ハンドルを傾けず、水平儀……丸くて、横線が多いやつ。
それの線が左右に傾かないように真横を維持するんだ。大丈夫?」
壊れたのは窓だけでした。
計器の類は……素人の私にはなんとも言えませんが、動いているように見えます。
水平儀と呼んでいたそれも、見つかりました。
「は、はいっ。やってみます!」
背後で騒いでいる大人たちは、飛び込んできた破片でそれどころではありません。
声を出して、誰かが来てくれる様子はないように思えました。
「い、維持します! 良介さんっ、他にはっ?」
「今はそれを維持! とにかく南下して、嵯峨野を突っ切るしかない!
ミサイルはこっちで対処するから、現公ちゃんは水平を意識して!」
「わかりました!」
手の震えをなんとか抑えながら、私は操縦を続けます。
機関の操作や、着陸は?
頭の中で色んな疑問が浮かび上がりますが、今それを考えても仕方がありません。
とにかく、言われた通りに真っ直ぐ飛ばす。
猛烈な風が目の中に飛び込んで来ますが、それでも外を見なくてはなりません。
すると、再びあの雲が地上から立ち上ります。
「く、来るっ⁉︎」
「大丈夫、こっちで対処する!」
ミサイルが打ち上がったそばから、ペンギンの方が攻撃して大爆発が起きました。
すると、こちらへ向かおうとしていたミサイルはあらぬ方向へ向かい……
地面に突き刺さりました。
「竜司、お前の見立て通りだ。
誘導しているサトリを排除すれば、誘導弾は制御を失う」
「だが、こんなのそう何度も通用しないぞ!」
通信機から女の人の声と、男の人の声が聞こえてきました。
これは、今私たちを守ってくれているペンギンの人たちでしょうか。
「ペンギン隊へ! 空域に接近する機影2!」
「味方だよね!」
「敵味方識別装置、通信共に応答なし。
敵機と推定! 交戦許可!」
「連中、本気でやるつもりか⁈ ペンギン隊了解、敵機と交戦する!
……現公ちゃん、俺は離れるけど飛行はそのままだ。敵は絶対に寄せ付けない!」
「よろしくお願いしますっ!」
彼らの会話から、きっと良くないことが起きているのだとわかりました。
良介さんは見た事もないような、鳥のような鋭い動きで私の視界から消えていきました。
それから間もなくして、右手の空から爆発が聞こえました。
良介さんが空戦を始めたのです。
しかしそれは本当にあっという間に聞こえなくなりました。
戦いは終わったのか、少しだけ安堵した。
その時でした。
「高度、下げてっ」
左隣の席に、倒れていた女の人が縋り付くと。
操縦するハンドルを奥に倒し始めました。
「つ、墜落っ……!」
急な事で私は何もできず、目前に迫る森の木々に肝を冷やしました。
でも、その直後に真後ろを通過して爆発したミサイルには、思わず吐いてしまいそうになりました。
「……いやー、死ぬかと思った」
額から血を流す彼女は操縦桿を引いて機体を水平に戻しました。
まるで、さっきまで死に瀕していたとは思えないほど、落ち着いた様子で。
「現公ちゃんっ、無事⁈」
「やーやーしむすけぇ、誰か忘れてなぁい?」
良介さんの呼びかけに、女の人は気安く応えました。
どうやら、知り合いの様子。
通信機で良介さんが女の人の名前を呼んでいたのを思い出しました。
「ち、千代ちゃん……よかったぁ。無事、ではないんだよね?」
「かすり傷だけど、もう平気」
千代と呼ばれた女の人は、右目に流れる血が入っても冷静でした。
こんな怪我をしていても平気だなんて……
「殿下。正直私、今すごく意識が朦朧としてるの」
彼女は、通信機のマイクから顔を離しながら言いました。
「えっ……」
護衛の人は、私の人相を把握している。
そうとは知っていても、千代さんの言葉はどこか確信めいたものがあって圧倒されました。
「つまり、あんまし大丈夫じゃないんだ。
操縦は、任せる」
「は、はいっ……」
勝手知る我が庭、嵯峨野。
私はそんな場所での、命懸けの逃走を強いられることになったのです。




