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F-2無双(仮)  作者: 穀潰之熊
第三部 世博停戦

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88 世博護送作戦「Mind Seeker」

央暦1970年3月10日

夷俘島 斗米空軍基地

葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉


 3日後に作戦を控え、良介は新しいF-2の操縦習熟に励んでいた。

 今日の訓練も終わり、一日の終わりを待つばかりか。


 と、考えていたが。

 訓練終わりのデブリーフィングのために隊舎へ向かう途中、久しい人影が良介の視界に入った。


「あれれ、千代ちゃんじゃないか」


 良介の言葉に、暗殺者が振り返った。


「おっ、しむすけぇ。久しぶりじゃん、元気だった?」


「もちろん、俺様はいつも元気いっぱいだ」


「だよね、聞くだけ無駄か」


「……それ、褒めてる?」


「さぁ、どうだろうねぇ……」


 挨拶と取り留めのない話題で会話を始めたが───

 葦原一の始末屋を自称する彼女が、要人護送の3日前に姿を現したのだ。

 良介が参加する作戦と、無関係ではないだろう。


「今日は仕事でここに?」


「そうそう。出張保守点検のお仕事でぇ~す」


 彼女の言う仕事や清掃は、暗殺や排除を意味している。

 出張保守点検ならば恐らく───護衛という意味なのだろう。


───うーん。隠語満載で実に暗殺者っぽい会話だぞ。


 お前は違うだろうに。

 いや、千代の言葉が事実なら幕府軍に寝返る口実なのだから、関係あるのか?


 良介と千代の関係がいまいちよくわからんので、私もどう表現すればいいのかわからん。


───少なくとも、良好な関係ではあるぞ。


 恐らく───そうなのだろう。


「じいいいいい……」


「な、なに?」


 脳内会議を繰り広げていると、千代がずいと距離を縮めて良介の顔を覗き込んだ。

 サトリである彼女は、常に他人の心を読みながらコミュニケーションを行っている。

 良介の心は読めないから、無言の真意を測りかねているのだろう。


「なにかんがえてるの?」


「うーん。俺と千代ちゃんの関係、かな?」


「そりゃもう、マブでしょ」


───古い表現だな……いや、こっちじゃ新しいのか?


 マブダチ、という表現は70年代後半に出現したとされている。

 日本ではそうだが、異世界である葦原は───

 微妙に技術や文化が異なっているため、断言が難しい。


「でも、それだけ?」


「今は、それだけかな?」


「うーん。残念だ……」


 千代が良介に懐いているように見えるのは、あくまで彼女にとって特殊な人間に映っているというだけの話だ。

 まさか、お前はそれ以上の関係を望んでいるのか?

 マジでこれ以上親しい女を増やすな、話がややこしくなる!


「ま、その辺は世博にかかってるってことで!」


「世博?」


「……まさかしむすけ、忘れてるって言わないよね?」


 そうだ。

 良介と千代は、一緒に世界博覧会のパビリオンを見て回るという約束を交わしているのだ。


 何だかもうひとり、同じ約束をしたような気がするが───

 間違いなく、彼女の方が先約である。


「も、もちろん覚えてるぜ。一緒に回るのを楽しみにしてるよ」


「ならばよし! その時まで死なないでよ!」


「ああ、約束する」


 どうやら他に予定があるのだろう。

 千代は会話を終えると、足早に司令部の方へ向かっていった。


「……俺も、隊舎に行くか」


 と、彰義隊の隊舎へ足を向けると───


「ああ、いたいた。良介さん」


 良介のノリが非常に悪くなった。

 田中空軍歩兵である。

 男なので、良介のテンションはダダ下がりだ。


「……なに?」


「あ、相変わらず現金な人だなぁ……

それよりも、例の部屋までお越しください」


 その口調から、良介はいつものパターンだと察した。

 これからデブリーフィングがあるのだが───


「もちろん、会議は後回しです。

お忙しい方なので、時間が貴重です」


「ああ。俺も、あの子の時間は大切にしてあげたいからね」


 というわけで、良介は既に姿の見えなくなった千代の後を追う形になった。

 司令部に正面玄関から入り、施設の奥まった窓のない部屋へ向かい───


 黒電話と一対一(サシ)で向かい合った。


「現公ちゃん、一体何者なんだろう?」


 政府側の隠密にその身柄を狙われ、軍に匿われている良介と電話越しとはいえ接触出来る地位の人間。

 彼女の言動からして、なにやら幕府側の政治的な地位がある様子だが───


「やっぱり、要職の家の出身かな?」


 幕府もとい、武士の社会は世襲(せしゅう)の色が強い。

 親の仕事を子が継ぐのは当然であり、例えば幕府のトップである将軍は将軍の血を引く人間でなければ、候補にすら上がらない。


 政治的な中枢といえば、老中だろうか。

 彼女も親が老中とか、そういった事情があるに違いない。


 世襲を強いられる以上、他に該当者がいなければ適性は多少無視される。

 気質に合っていない、向いていない程度ならなおのことだ。


「……なんとか、力になってあげたいな」


 と、良介は珍しく下心抜きに考えていた。

 さすがの良介も、現公ぐらいの年齢は範囲外なのだ。


「うーん。今日は電話の着信が遅いな? 何かあったんだろうか」


 前回の通話は強引に断ち切られた形だった。

 その辺りの都合で、念入りに確認させられているのかもしれない。


 どちらかといえばそれは、現公ではなく良介に行うべきなのだろうが。


「俺は何を言われても、俺を貫くだけだぞ」


 向こうもそれを承知なのだろう。

 というわけで、まんじりともせず沈黙を受け入れていると───


 ジリ


「はい、こちら公園前派出所」


 良介はワンコール以内に出ると、今の子には絶対わからないネタを叩きつけた。

 地味にひと息で噛まずに言うのは難しい、早口言葉みたいなタイトルである。


「良介さん。もうその冗談は通じませんよ」


「ははは、新しいのを考えないとね」


 定番のネタを挨拶に、現公との通話が繋がった。


「現公ちゃん、調子はどう? 冬になったけど、体調は崩してない?」


「はい。皆様のおかげで、健康に過ごせています」


「うんうん、健康が一番だ」


 戦争も、なるべくしないのが一番だ。

 その言葉は、喉から出る前に口で封じた。


「良介さんこそ、お加減はどうですか?」


「ああ、元気モリモリだ」


 プツン。

 一瞬、回線の先で切断するような音が響き、環境音すら届かない完全に無音になった。

 数秒後、現公の息遣いと環境音が戻った。


「あ、あれれ?」


「どうかなさいました?」


「い、いや。今一瞬通話回線が途切れたような?」


 プツン。

 また完全な沈黙と復帰。


 どうやら、盗み聞きしている連中が悪い表現(・・・・)を検閲しているらしい。

 連中が元気モリモリにどのような問題を察知したのか、定かではないが。


「……あの人たち、また……」


 彼女の独り言には、苛立ちを感じた。

 良介も同感だが───こんな空気を放置していては、お楽しみではなくなってしまう。


「そ、そういえば現公ちゃん! 世界博覧会、幕府も参加決まったんだってね!

おめでとう。現公ちゃんの努力が実ったね」


 咄嗟に機転を利かせて、良介は話題を逸らすことにした。

 このタイミングで話したいのならば、話題の中心は世博だろう。

 千代に続いて、現公とも会場を回る約束をしていたのだから。


「は、はいっ。色々な方とお会いして、話して……

酷い扱いをされたり、酷い事を言われたりもしました。

ですがようやく、ここまで持ってこれました」


「その酷いことをした奴って誰?

今からF-2に乗って、そいつ吹っ飛ばしてくるよ」


「やめてください、良介さん。

そのお方は、異国の要人様なのですから」


 諌めるような言葉遣いながら、現公の声には笑みが混ざっていた。


「そういう礼儀知らずで調子に乗った奴こそ、

ケツを蹴っ飛ばしてやらないと」


 ほぼ冗談だったが───ほんの一欠片だけ本心が含まれていた。


 外交において、他国を舐める政治要職者という存在は珍しくない。

 やれアジアの猿だの、やれ数時間後消える国だの。


 そういった人間に舐められていると、困ったことに危機的状況で支援を受けられない事がある。

 蹴っ飛ばすという表現こそ冗談だが、舐められてはいけないのは事実である。


 それにしても、この不穏な表現は検閲されなかったようだ。

 先ほど、回線ブチ切りを行った盗聴野郎が横槍を入れないあたり、どうやら現公の独り言の効果が出たらしい。

 あるいは、要員が良介の言葉に賛同しているか。


「お気持ちだけ受け取っておきます。

ですから……本当に蹴らないでくださいね?」


「も、もちろんだよ。現公ちゃん、俺を何だと思ってるの?」


 軽挙妄動(けいきょもうどう)の酷い、危険人物に決まっているだろう。

 それこそ、今すぐとは言わずとも、任務を逸脱してそいつを空爆する可能性はあり得ると私は見ている。


───お前自己評価どうなってるんだよ。


 お前が一番、よく知っているだろうに。


「そういえばさ、現公ちゃんはどんなパビリオンを回りたい?」


「良介さん。私のお願い、覚えていて下さったんですか?」


「当たり前だよ。俺は女の子との約束を忘れた事がないんだ」


 しばし、現公の声が途絶えた。

 わずかに聞こえる環境音と息遣いそこにあった。

 静かに、自分の考えをまとめているのだろう。


「……良介さん。私は、私はこのような事を言っていいのでしょうか?」


「もちろん。俺は頑張る全ての女の子の味方だからね」


「……」


 息を呑む音が受話器から響いた。


「全ての、※プツン※」


「えっ?」


 例の切断魔が回線を切ったらしい。

 まさか、良介ではなく現公が検閲を受けるとは思わなかったが───

 肝心の内容は、推測出来ないところで切れてしまった。


 数秒経って、通話が復旧した。


「……ごめんなさい。実は私、フラネンス館を見てみたいんです」


 フラネンス共和国パビリオン。

 雑誌の情報によれば、特徴的な白いドームは錬金術の際に生じるゴミを加工して建てているらしい。


 展示物はフラネンスの歴史ある芸術や、ユーロネシアを主導するまでの歴史。

 なお、後者はユーロネシアからの参加国は皆、同じ趣旨の展示を予定している。


 まあつまり、自国のいいところ詰め合わせプロパガンダである。


「昔、父上にフラネンスの彫刻を見せてもらって……

すごく何というか、心を動かされてしまったんです」


「……小さい頃に受けたショックって、良くも悪くも影響残るよね」


 電気の供給すら絶たれた部屋に独り残された、あの時。

 食って腹を満たせども、飲んで喉を潤せども、孤独だけは消えなかった。

 あの孤独を癒してくれたのは、後見人の書斎にあった物語の数々であった。


 その経験に彩豊かな言葉など意味を成さない。

 ただそこにあり続けるだけで、精神の土台となるのだ。


「一緒にフラネンスの彫刻を見よう、絶対に」


「……はいっ」


 約束を交わすと、受話器の向こうで囁く気配を感じた。

 どうやら、時間らしい。


「もう、そんなに経ってしまったのですね」


「残念。次は……世博の会場で直接会えるかな?」


「はい。でも、もしかしたら……もう少し早くお会い出来るかもしれません」


「本当に? それは楽しみだ」


 現公が世博の参加に関わっているのならば、幕府の参加が決定した以上は手が空くのだろう。

 勇気付けるいい機会に違いない。


「それでは良介さん。またお会いしましょう」


「うん、またね……」


 もう何度もこの形で会話をしていたため、ふたりは慣れ切っていた。

 以前のようなもたつきもなく、現公の方から通話は切られ。

 ぽつんと、良介は静寂の中に取り残された。


「……ふぅ。現公ちゃんとの通話は終わったぞ」


 良介も受話器を下ろし、出入り口を振り返る。


 ここ数回で、彼も慣れたのだろう。

 田中空軍歩兵は呆れ顔で良介を見ていた。


「……良介さん。あなた本当に、自分の世界に帰るおつもりですか?」


「そりゃ、残してきたものが多いしさ……どうしてそんな事を?」


「いえ。ただ、気になっただけです……罪な人だ」


 彼の言葉は気になったが───

 今1番の問題はデブリーフィングだ。

 それも、新機能を搭載したF-2で行った演習だ。


 予定では戦闘は起こらないはずだが、調整は念入りに行わなくては。

 気を取り直して、陸では珍しく戦いに意識を切り替え。

 良介は隊舎でのデブリーフィングに臨むのだった。

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