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F-2無双(仮)  作者: 穀潰之熊
第三部 世博停戦

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87 世博護送作戦「Mind Seeker」

央暦1970年2月20日

夷俘島 斗米空軍基地

葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉


 ペンギン中隊の格納庫にやって来ると、良介に応対したのはロング・イラ社から派遣された技術者達だった。


「来たぜ、伝説(エラ)のハートを射止めた葦原人(サル)だ」


 と、隠すという意図を感じられない声量で技術者のひとりが言った。


「俺がモテモテハンサム男だから嫉妬されるのは仕方ないけど、

あんまり上司をからかうのは良くないと思うぜ?」


 堂々と陰口を叩いた技術者にそう告げると、表情が凍り付き。

 しばし間をおいてから、彼は口を開いた。


「……リールランド語が堪能ですね」


 どうやら神兵───異世界の人間はこの世界の言葉が自動翻訳されるという話は、有名ではないらしい。

 あまりにもご都合過ぎて、良介も時折忘れてしまうが。


「言葉がわからないからって、油断しない方がいい。

次舐めた真似したら、然るべき場所に抗議するからそのつもりで」


「失礼しましたっ……!」


 10年前の良介なら殴り倒していただろうが、そんな事で時間を割きたくはなかった。

 なにより、この口の軽い男を見る周囲の目で、組織ではなく個人の問題と確信できた。

 それならば口頭の脅しも十分に通用する、今はこれで十分だ。


 良介もSUPTで渡米した際、こういう真似をする人間と出くわしたものだ。

 非英語圏から来たのなら、ちょっと言い回しを複雑にすれば聞き取れないだろうと油断して、結構まずい言葉遣いをする者とか。


 肌が白いとか黒いとか黄色いとか赤いとか。

 保守派だろうが革新派だろうが。

 排外主義や、融和主義。


 そういった手合いは人種・思想関係なくいた。


 もっともこれは日本でも、外国人に対して似たような事をしている日本人もいる。

 一方的な差別は人間が持つ、最も醜く根源的な欲求なのだろう。


 融和や友好を主張する側がそれをして、怒りを通り越して呆れることはあるが。

 それはさておき。


 良介は、違う。

 改めて、胸に強く刻み込んだ。


「で、エラちゃんはどこ?」


「こちらです」


 技術者たちの案内で、良介は新たなF-2のもとにやって来た。

 エラが図面を引いてアップグレードを施したと聞いたが───


 少なくともエラの癖であるカナード翼がついていないのを見て、良介はほっとした。

 F-2の設計に携わった人の著書にて、初期案で搭載予定だったカナード翼に関してボロクソに書かれていたのは、良介の知るところであった。


「おーい! エラちゃーん!」


 彼女の名を呼び掛けると、尾翼の方向から手が挙がった。

 エンジンノズルの陰を覗きこむと───


「ごめん、今調整終わらせるから……」


 ノズルに突っ込まれていた、可愛らしい顔が良介を見上げた。


「はい、終わり」


「お疲れ」


「……ありがと」


 尾翼に掛けられていたタオルを手渡すと、エラは汚れた顔を拭った。

 さすがにオイルの汚れは拭った程度で落ちるものではないが、少なくとも浮かんでいた汗はなくなった。


「ふぅ。まさか、二次元ノズルや三面パドルを越えてくるとはね」


 良介とて、伊達にF-2乗りをしていない。

 そのわずかな形状の変化で、アップグレードの性質を見抜いた。


 不時着の衝撃で、F-2のエンジンノズルはダメージを受けていた。

 修理するついでに、視程内戦闘(WVR)───ドッグファイトで優位に立つための運動性向上を企図した改修を行っていたのだ。


「三次元偏向ノズル。パッと見じゃわからないでしょ?」


 航空機は空を飛ぶ乗り物だ。

 地上から離れれば離れるほど、地球の重力圏は遠ざかり空気の密度が下がる。


 ある程度ならば、空気の抵抗が弱まり機体は機敏に動くようになる。

 しかし一方で、成層圏に近くなると。

 動翼で得られる空気が弱くなり、かえって機体が動きにくくなる。


 そこで、エンジンノズルの向きを変えて推力を偏向させ。

 動翼制御が困難になる高高度でも、機敏な機動を可能にする。

 それが推力偏向ノズルという技術であった。


 一概に推力偏向ノズルといっても、いくつか種類がある。

 例えば防衛省が研究用に作ったX-2心神はエンジンノズルに3つずつパドルを取り付けた三面パドル式。

 F-22、世界初の第五世代(ステルス)機は上下の2方向に動く二次元推力偏向ノズルを採用している。


 この三次元偏向ノズルは、上下左右はもちろん斜め方向にも駆動する。

 二次元と違って横方向、ヨーイングにも対応し。

 三面パドルよりも細かく、偏向方向の調整が可能。


 カナードを捨ててフライ・バイ・ワイヤと推力偏向ノズルに注力したロシアは、フランカーにこの技術を搭載している。

 そして、例の第五世代にもあると聞くが───奴はいつになったら太平洋まで出てくるのやら。

 仮想敵の事はさておき。


 重量の増加とステルス性の低下。

 それに───維持(ランニング)コストの上昇という欠点もある。

 グリグリ動く分、整備もクソ手間がかかるのだ。


 製造に関しては言うまでもない。

 F-2はこの世界的に───日本的にも正規の生産が終わっているので、元からほぼワンオフ品だが。


 コクピットを見ると、そこには機付長が座っていて。

 すごーく、嫌そうな表情でノズルを睨んでいた。


「……どのくらい動くのか、見せてもらっても?」


「もちろん、そのつもりだよ。千葉さん!」


 エラが機付長の名を叫ぶと、彼は座席に戻り。

 動翼の動作に合わせて、ノズルもぐりぐりと動き始めた。


「おお……本当にF-2が推力偏向してる」


「リョースケにこの案聞いた時、ビビッと来たんだよね……

これとカナードを組み合わせたら、どんなことが出来るか……!」


「カナードは、あったら有利になる出し得便利技術じゃないからな」


 あっちもあっちで、その分整備の手間が増えるものだ。

 重量の増加もまた同じく。

 あればあるほどいいという雑な理解は、航空機には当てはまらないのだ。


「でも、これかなり飛行特性変わりそうだな……

また乗って練習しないとな」


「電子制御導入してないナーガほど、扱いづらくないと思うよ」


「ちょっと強めに引っ張ったらひっくり返るからな、あれ」


 一目でわかる大胆なアップグレードの次は、地味なアップグレードだ。

 ふたりは場所を機首左側に移し、取り付けられたそれに視線をやった。


赤外線監視装置(FLIR)も変わったんだっけ?」


「そう。これも不時着の時に壊れて、引き揚げた機体のも壊れてたから、

ガワそのままでこっちの技術(人造生物)に換装した」


 この世界の赤外線関係の技術は、錬金術で製造された人造生物がカギとなっている。


 熱で視界を得る人造生物の視界を映像として投影しているため、例えば映像を映すだけのFLIRと違い、赤外線追尾装置(IRST)のように特定の熱源を追跡させることが出来る。

 純粋に、熱を視覚化するだけではなくなったわけだ。


「それと、機能を追加してレーザー測距機を搭載してる。

まだ使うための弾は完成してないけど」


 未だこの世界では精密誘導爆弾(PGM)は開発されていない。

 しかしエラに大体の諸元と仕組みを伝えると───

 どうやら、再現品の目途が立ったらしい。


 葦原に持ち込まれるかは不明だが、このポッドをベースに合衆国ではPGM開発研究が進められているとの事だった。


 つまりこのポッドはFLIRのガワをしているだけで、中身はPGMを誘導するための機能を有した照準ポッドなのだ。

 ガワの形状が同一なのは、飛行特性をなるべく変えないためである。


「うちの部隊、予算で揉めちゃって照準ポッドに更新されてなかったんだよな。

手が2つしかないから、標的を勝手に追尾してくれるのは助かる」


「……リョースケ。私は答えを聞くまで、絶対にあなたを死なせないから」


 エラは良介の瞳を見据えながら、ハッキリと宣言してみせた。

 あの時の告白は先送りにされたが、萎えることはない。

 そう言いたいのだろう。


「ありがとう、エラちゃん。

まだ答えは出せないけど、俺はその期待に応えてみせる」


 良介の言葉を受けて、エラは肩を叩いた。

 顔を寄せろ、と言いたいのだろうか。


「な、なに?」


 少しだけ屈んで、彼女に近寄ると───

 互いの距離が、息遣いを感じられるまで迫った。


「……!」


「これは本当にナイショの話。電波諜報(SIGINT)が政府側の秘密通信を捉えたの」


 鼻の下を伸ばせる話題ではない。

 瞬時に頭脳を戦闘へと切り替えた良介は、エラの言葉に聞き入った。


「パターンも単語も新出が多くて、内容が断片的にしか分析できなかった。

でも何らかの、未知の技術を動かしてる」


「未知の技術?」


「新たな力、暗号ではそう呼ばれていた。

合衆国はこれに興味を持ってて、あなた相手に使わせようとしてる」


 なるほど、普段なら堂々と話す政府側の内情を耳打ちするわけだ。

 良介相手にその新技術がどれほど通用するか、打倒せるのか。

 合衆国側は見極めたがっているわけだ。


「それ、合衆国はエラちゃんが知ってるの知ってる?」


 気持ち悪い日本語を使うな、馬鹿みたいではないか。


「独自のルートで仕入れた情報だから、知らないはず」


 まあ、お前の日本語力はひとまず置いておこう。

 この密談の内容が外部に漏れれば、エラの立場が危うくなる事はわかった。

 それが今は肝心だ。


「そっか……新たな力、ね。

連中、随分と自信がありそうだ」


「気を付けて」


 数十秒の密談を終えると、エラは離れた。

 遠目から見れば、キスでもしていたように見えた事だろう。


 この事実(・・)を強調するため、良介は名残惜しそうにエラの髪を撫でた。


「……こ、この件は、ナイショだからね」


 怒らない辺り、良介の読みは当たっていたようだ。


「ああ、これはふたりだけの秘密だ。

ありがとう、エラちゃん」


 顔を真っ赤にしたエラはぎこちない動きで踵を返すと、


「何見てるの! 仕事! しろ!」


 ロング・イラ社の技術者に当たり始めた。

 スキャンダルと羞恥心を隠すため、らしからぬ態度で怒る。

 話してはならない機密を漏らした誤魔化しには、ちょうどいい塩梅だろう。


「うーん、とても可愛い……結論を出せない身の上が腹立たしいぞ」


 女と話すと口説き文句が溢れ出るお前が言っても、説得力などないぞ。

 幸い、本当に越えてはならない一線は人生で一度も越えられていないが。


「うるさい」


「お前は黙っててもうるさいんだよボケッ!」


 ガツンっ!

 機付長の一喝と同時に、頭に拳骨が叩きつけられた。


「あいたっ! 何するんだよっ!」


「神聖な格納庫でいちゃつくんじゃねぇ! 馬鹿たれェッ!」


「い、いいだろ? 俺はいつ死ぬかわからない身の上なんだぜ?」


「そんな身の上の野郎が、

死んで悲しむ女を野放図(のほうず)に増やしてんじゃねェ……」


 うんうん、仰る通り。

 もっと言ってやってください、機付長殿。


 整備隊の面々も「そうだそうだ」と言っています。


「仕方がないじゃないか、俺みたいな魅力ある男を、

世の女の子が放っておいてくれないんだ」


「この野郎、もう我慢ならん!」


「生かしちゃおけねぇっ!」


 遂に、暴力性の強い葦原人である整備隊が限界を超えた。

 彼らは一斉に良介に向かって飛び掛かり───

 数十秒で返り討ちに遭った。


「ず、ずりいよこいつ……」


「て、天は何でこんな奴に何物も与えたんだ……」


「ふん。俺様はそのうち世界を征服する男だ……

この程度で負けるような軟弱ではない」


 その様子を遠巻きに見ていた機付長は、「はぁー」とため息をつくのだった。

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