83 御前試合「EXERCISE:X」
央暦1969年12月3日
夷俘島 斗米空軍基地
葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
彰義隊隊舎にて、今回の演習Xを経た上での話し合い───
つまり、デブリーフィングが行われた。
通常、作戦や演習後にはこのように集まって、それぞれの行動や判断の評価を行うのだ。
「で、だ。お前、あんな機動してデブリで問題視されないと思ったのか?」
こういった場で良介がこってり絞られるのは、ペンギン隊での日常風景であった。
もちろん空自だけでなく、幕府軍においても同様である。
「いつもの事じゃないか。フックやったのは初めてだけどさ」
「ああだろうよ! 空自でやったら1発でクビだあんなの!」
恐らく幕府空軍でも、演習中における危険飛行という嫌疑で機体から降ろされるだろう。
しかし───他ならぬ幕府空軍のトップであり、今回の僚機が危険飛行を許しているのだ。
「だが……他ならぬ志村二尉は、その技で戦果を挙げてきた。
此度の演習は実戦に限りなく近いものを目指したものだ。
今回は俺の顔に免じて、この辺にしておいてやって欲しい」
幕府空軍総裁、松平宗治郎は静かに告げた。
なんか知らん間に権威の後ろ盾を得た良介を、ボスはすごく嫌そうな顔で見ていた。
正直庇護を受けている良介の側も、初手脅迫を決めてきた男に守られるのは非常に複雑な気分である。
「……勘弁して欲しいな、まったく。
それじゃ、今度は松代大助飛行頭」
「ああ。此度の演習、鈴木はどう見た?」
「機体特性を活かしてひたすら走り回り、引っ掻き回し。
正直俺の専門分野とは違うからハッキリとしたことは言えんが……
見事だと思った」
「そうか」
表情の変化に乏しいあくりだが、感情を表に出さないわけではない。
その顔をよく見ると、ドヤ顔を浮かべていた。
「ただし! 撃墜判定を下された機体への攻撃は別だ。目標の確認が甘い!
それに、良介もそうだが正面からのヘッドオン!
実戦なら場合によるが、演習では避けろ! 仲間を殺す気か!」
「……そうか」
同じセリフだが、含まれているニュアンスには大きな違いがあった。
今回、ボスは少し言葉足らずだろう。
ペンギン隊の隊長を務めているのは良介だ。
たまには隊長らしいところを見せるべきではないのか?
「ただあk……大助」
「あくりで構わない。ぺんぎんの面々……
それに総裁閣下は、別人という関係でもないだろう?」
あくりがした過去の発言を信じるならば、彼女は諱の文化を重視していない。
精々ソウルネームのような扱いをしているのだ。
「まっ、松代飛行頭。諱はそのように、気安く教えるものではないと思うが?」
「そうですよ、松代殿っ。幕臣である我々が、そのような気安い真似を……」
と、宗治郎と竜司は動揺した様子であくりの言動に異論を唱えた。
かたや古い時代の象徴、かたやその象徴によって成り上がった人間。
苦言を呈されるのはある種当然の事だろう。
特に宗治郎はあくりにとって、絶対に逆らえない権威にして恩人でもある。
果たして彼女がどう出るのか、良介が伺っていると───
「松平殿。私は良介から、幕府は新たな時代を模索している。そう聞いた。
諱そのものが不要とまでは言わない。
しかし、時に向き合い方を考えるべきではないだろうか」
驚いたことに、反発の意思を見せた。
宗治郎がこの程度のことで怒り狂う印象はないが、それでもかなり度胸のいる行為に違いない。
ただ、あくりのことだ。
特に深い考えもなく、素で自覚もなく危ない橋を渡っている可能性があった。
「……うむ。近頃は、諱を肉親以外の友とも共有するとは聞いていた。
俺も、似たような事をしていたな」
宗治郎は頷くと、良介へ視線をやった。
良介はシカトした。
「そうだな。では、ペンギンの諸君。改めて名乗ろう。
俺は松平吉宗。幕府空軍の総裁で、戦闘機乗りだ。
よろしく頼む、松代あくり飛行頭」
「総裁閣下っ⁈」
乗ってきた。
思った以上に宗治郎はあくりの言葉に前向きで───
正直、良介はホッとしていた。
文化が変わる瞬間とは、こうあるべきだ。
異世界からやって来た異物の無茶ではなく。
そこで生きる人間の意志、行動によるものでなくては。
「ええ、吉宗殿。改めて、よろしくお願いする」
ふたりは一礼し、認識を確かめ合った。
トラブルは、ひとり解決。
もうひとりは───
「……私は」
視線を伏せて、竜司は言葉を濁した。
絶対的な権威である将軍、その兄が目の前で心を変えたのだ。
その場で順応する軽さがなければ、心の動揺は大きいだろう。
「空知。私とて、全員に同じ事をせよと言いたいわけではない。
無理ならば合わせなくとも構わない」
「はい……」
「……正直なところ、私が諱を使うのには理由がある。
というのも時々、諱と仮名が混ざってしまうのだ。
大助の仮名を使うべき書類に、諱のあくりと書いてしまったこともあった」
「うーん。俺も諱文化があったらやっちゃいそうだな……」
「そして、父上の諱は忘れてしまった」
あくりはなぜか、キメ顔で言ってのけた。
「ふふふっ……なんですか、それは」
どうやら、この話は禍根を残すことはなさそうだ。
安心した良介は、ちゃんと話を戻すことにした。
「忘れないであげてね? お父さんの名前……
で、今はデブリーフィングなんだ。あくりちゃんの飛行に話を戻すぞ」
そう、葦原の諱文化は今回の主題ではない。
あくまで、先のX演習の評価なのだから。
「そうだったな……して、良介。此度の私の飛行、どうだった?」
「ボスが問題点を指摘してくれたから、俺は褒めるとしよう。
演習序盤、レーダーより早く敵機を目視したのは流石だ。
アビオニクスに頼り切っていない証拠だよ」
レーダーは人間の目より遠くまで、正確に視ることが出来る。
しかし───融通が利かない。
雲のような気象条件によって敵の反応が隠れることがあれば、地上や海面の反射によるノイズによって目標を誤認することもある。
ドップラー処理によってこういったノイズは現代では少なくなったが、なくなったわけではない。
ましてや、この世界ではまだ技術が確立していないのだ。
さらにIFFも調子が悪ければ応答しないため、各国空軍は目立ちにくい塗装より目立つ塗装を好む性質まである。
レーダーだのヒートシーカーだの、現代と同じ単語が出るにも関わらず、似て非なる奇妙な環境での視程内空戦が、この世界の基本だ。
故に、レーダー以上に人間の視力がこの世界の空戦では重要なのだ。
「ああ。私は幼少の頃から真田山から麓を見下ろし、
遥か上空を通過する飛行機を眺め……
時に砥石山から葦原湾を行き来する船を見て育った。
遠くを見るのには慣れている」
「下手なレーダーより頼りになる目だ、今後も頼むぜ。
それに、一撃離脱のついでにこっちの支援もしてくれたよね?」
「ああ。電波妨害の中での、あの攻撃だな」
「俺は発光信号で送っただけなんだけど、あれよく反応したね?」
「訓練の賜物だ……」
口調に反して、彼女の表情はすごいドヤ顔で鼻息も荒くしていた。
寡黙で冷静───と思わせて、その実おもしれー女なのだろう。
「とにかく。あくりちゃんは俺と同じ問題児だけど、腕はあるってこと」
「俺もその点は同意する。良介、自覚があるなら直せ」
「やれたらやるよ」
ボスもわかった上で言っているのだろうが、この程度の注意で良介が意識を改めるはずがない。
さて、あくりの評価は終わった。
次は───竜司か、宗治郎か。
ボスと視線を合わせると、彼は口を一文字に伸ばして能動的な発言を拒否した。
表向きは隊長である良介の成長を促すため、と言いたいのだろう。
しかし本音では、扱いに困るふたりの評価を丸投げしたいに違いない。
良介は好物の方から先に食べるタイプだ。
「竜司ちゃんだけど、正直俺は竜司ちゃんを
正確に評価する言葉が思い浮かばないんだ」
「……え?」
「誤解しないで欲しいのは、俺やボスには
サトリって能力に前例がないからなんだ。
だから、正確な評価は難しい。でも、俺は間違いなく腕が立つと思ってる。
それは最初に話しておく」
「なるほど……承知しました」
この世界ではサトリの戦闘機乗りは、恐らくいるにはいるのだろう。
しかし良介やボスにとっては、そのような超能力者と共に飛ぶのは初の経験。
とはいえ、良介とあくりの両者と比べれば、彼女は優等生だ。
「俺と分隊組んで、ACMの最初から最後まで追従できたのは……
竜司ちゃんが初めてだよ」
あるものは速度調整に失敗して編隊を維持出来ず、またあるものは度重なるハイG環境に耐えられず離脱する。
そういうのばかりだった良介は、大体ボスとエレメントを組んで手綱を握られるのが常だった。
今回の良介の発言はお世辞やおべっかではなく、真実である。
「こいつは先頭飛ぶと、後ろにいる奴の事を一切考えないからな」
「う、うるさいな。ちゃんと考えてるっての」
その通り、お前は周囲への配慮に欠けている。
もっと反省して、注意を払うのだ───
「竜司ちゃんは、俺の考えちゃんと読んで、完璧にやってみせた。
正確な表現が見つからないけど、言う事なしだよ」
ここで気になるのは、サトリが良介の考えは読めないという点だ。
竜司は他人の考えを能動的に読めるタイプではないと千代の評価だが───
彼女の言葉を信じるのならば、これはサトリとは無関係な竜司の才能だろう。
他人への配慮を怠る良介に追従出来るのだから、安心して背中を任せられるというものである。
「ああ。私も機体の差はあるが、良介の機動に追従出来る自信はない。
誇っていいだろう」
「恐縮です……!」
あくりも良介の意見に賛同し、具体的な事は言えないけどうまいもんだ。
という具合に評価は終わった。
さて、問題のゲストだ。
幕府空軍最上位の権威にして、幕府という制度そのものにも影響を及ぼしかねない背景のある男。
松平宗治郎、あるいは吉宗である。
───ちぇっ。ボスのやつ、マジで面倒な相手を俺に投げやがって。
宗治郎本人が言うには、良介の腕に惚れ込んでいるため、もう初手脅迫のような真似はしないのだろうが───
改めたとはいえ、必要であれば脅迫も辞さない相手という点に違いはない。
頭の中で慎重に言葉を組み立てながら、良介は視線を宗治郎へとやった。
「俺としては、宗治郎のおっさんは必要な時に必要な事をやった。以上」
「短いな」
「エレメント組んでたのは、俺じゃなかったからさ」
そう言って、ボールをボスに投げ返した。
すると、彼はギョッとしたような表情で良介を見返した。
「哲也、何も驚くようなことではあるまい。
今回の演習、俺はお前の下にいたのだからな」
「はい、その通りです。鈴木殿」
宗治郎の言葉を竜司が肯定した。
そう語るふたりの態度に違和感を覚えたが───
追及するほどの事でもないだろう。
「あ、ああ。そうだよな……
あの巨体を制御して格闘戦をこなすのは、見事というより他ない」
ウォーサンダーは全長20mを越す、戦闘機にしては大柄な図体をしている。
機動性は鈍重で、最高速度はともかく加速が遅いのも想像に難くない。
「特に、相手は低速域でもよく動くオロールだ……
やられるどころか撃墜出してるのは、よくやるもんだよ」
「久々の演習だったが、腕はまだ鈍っていないようだ」
「しかし、追尾中に1度失速し掛けたのは見過ごしてないぞ」
ボスの指摘に、赫助の視線が反応した。
彼は宗治郎お付きの人なので、このデブリーフィングでは意図的に口を開いていないように見えた。
主人の失敗を指摘されるのが、気に食わないのだろう。
だから、良介は触れたくなかったのだ。
権威本人は良くても、その周囲がどう思うかわからないのだから。
「赫助……なるほど、さすがは哲也だ。周囲をよく見ている」
「俺が見えたって事は、相手からも見えるって事だ。
電子戦機は戦場じゃ注目の的だ。吉宗、油断するなよ」
ここで良介は、それぞれが下の名前や諱で呼び合っている事に気づいた。
少し見ない間にボスと宗治郎の距離が近づいたらしい。
果たして、何があったのやら。
どうせ、聞いたところで答えてはくれないだろう。
「さあて、結論として。
問題点はあったけど、全体的にはグッドって事でいいな?」
「ああ。どこぞの誰かが、この後整備隊に呼び出されてることを除けばな」
無論、それはペンギン中隊隊長にして、彰義隊隊長の男である。
「おほん! ……さあて、新選組の連中はどうなったかな?」
作戦室の反対側に陣取る新選組の一団へ視線をやる。
彼らはペンギン以上に議論が盛り上がっている様子だ。
一番隊隊長の鉄之助は、特に意欲的に発言しているのが印象に残る。
隊長の歳三は物静かながらも、確かに部下たちの言葉に耳を傾けて返答する。
それから少し時間が経ってから、彼らは静まった。
「話は済んだ?」
「ああ、必要な論議は終わった」
今回の演習の結果は、言うまでもなく新選組の敗北である。
ペンギン隊と比べ圧倒的な数的優位がある上に、包囲するような状況で開始して全滅するのだから。
「端的に言って、まだまだ練度が足りない……
それが、俺らの出した結論だ」
新選組の隊士を代表して、鉄之助が発言した。
いくら実戦経験を積んでいるからと言って、それが熟練の証明にはならない。
敵をぶっ殺して得た経験値だけでレベルアップ出来るのは、ゲームとWEB小説の中だけだ。
ましてや、個人ではなく部隊という集団ともなればなおのこと。
実戦で得た経験を分析し、演習で新入りや予備人員にフィードバックして初めて部隊の練度は向上するのだ。
絶望的戦況で戦闘に駆り出された新選組には、このフィードバックが欠けていたのだ。
「そして……俺自身にも問題があった」
新選組隊長である歳三は、静かに語った。
「俺は部下を、仲間を信用していない」
「そ、そうなのかな?」
「そうだ。あの時、俺は鉄之助が自力で離脱出来ると信じられなかった……
故に自ら盾となり、その後の指揮を放棄した」
隊を率いる長である以上、可能な限り部隊を指揮する責任がある。
確かに部下を守って盾となる姿勢は評価されるべきかもしれないが───
同時に、その後の戦闘を放棄するのと大差ない。
実際、その後の新選組はまとまりを欠いて猪武者の群れとなった。
鉄之助は誰かの下で動く中間管理職としては優秀だが、トップ向きではないのだ。
いち戦闘機乗りとしては美談だが、部隊長としては落第だ。
「山義空軍奉行並。確かに、貴官の判断は部隊長としては誤りだ。
そのような前提はさておき、やはり武揚で独り生還した負い目があるのだろうな」
そうだ、歳三は首都武揚の防戦の際、鎮武隊のなかで独りだけ生還した過去がある。
圧倒的な技術と数を相手に善戦しながらも、結局帰ることが出来たのは自分だけ。
鎮武隊の面々は政府側の勢力圏である武揚出身が多数だったため、今も遺族に謝罪すら出来ていないという話だった。
「……もう、仲間は亡くしたくないってことか」
「……」
歳三は何も言わなかった。
これは確かに、外から何を言っても慰めにはならない。
何か出来るとすれば───部隊の言葉だけだ。
「だから俺ら、話したんだ。新選組に入ると決めた時に、覚悟はしてるって。
それよりも、山義隊長がいなくなった方が俺ら、さくっとやられちゃうってさ」
実際、今回の演習ではそうなっていた。
歳三も理解出来ないほど頑固な人間ではない。
「……そういうわけだ。若造に説教されちまった」
「生き延びて、最後まで踏みとどまるのも将の務めだ。
ゆめゆめ、忘れないようにな」
宗治郎の言葉に、歳三はゆっくりと頷いた。
そのような具合でデブリーフィングは終わり。
本格的に、演習Xは終わりを迎えたのだ。
「志村二尉」
解散して間もなく、宗治郎が良介を呼び止めた。
「なに?」
「先ほども言ったように、私の諱は吉宗だ。
公的な場では避けるべきだが……私的な場では、そう呼んでくれて構わない」
「うん、わかったよ。宗治郎のおっさん」
「……」
「……」
言いたいことはわからんでもなかったが、残念ながら初対面の印象が悪すぎた。
関係の修復には───少なくとも、年月が必要になる。
「……ああ。それでは、これで失礼する。志村二尉」
赫助からの非難するような視線を浴びながらも、良介は退室する宗治郎を見送った。
周囲を伺うと───
ボスは複雑そうな表情で。
竜司とあくりは冷や汗を流しながら、良介を見ていた。
「し、志村殿……もう少しこう、手心と言いますか……」
「私は、私自身が無礼な人間という自覚はある。
ふたりの間にあった事も聞いた。しかし……凄いな。ここまでは出来ない」
あくりの発言は、間違いなく誉め言葉ではない。
身の程を弁えぬ無礼者と褒められたところで、誇れるはずがない。
「良介。俺は……」
「この件、もうボスとはあんまり関係ないぜ。
心配しなくても、後ろ弾とかはしないから安心してよ」
ボスの懸念を軽く解消すると、良介は席を立った。




