82 御前試合「EXERCISE:X」
「御前試合」
央暦1969年12月3日
夷俘島南 果ての海洋上
葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
その日、予報ほど雪は酷くならなかった。
雪を降らせると思われていた積乱雲は崩れて乱層雲となり、高度6500フィート付近で地表を覆う天蓋となった。
高度20000フィートを飛ぶチェイスらペンギン隊にとっては、地上に被せられた雲の絨毯だ。
「下はとんでもなく分厚い雲だ……
こんな雲に入ったら、真っすぐ飛んでても空間式失調起こしそうだぞ」
「必要以上に近づくべきじゃないな、注意しろ」
ボスの言葉にうなずくと、チェイスはMFD上に映る航路をチェックした。
機体は問題なく、予定通りに飛行している。
そう、ナーガの外観は50年代でも中身は数十年先取りしている。
故にひとつだけしかないが、MFDで情報を明確に把握出来るのだ。
「それにしてもまさか、本当に悪天決行とはね!」
「敵と天気は待ってくれないからな。
時には天命をも相手にせねばならん」
後方を飛ぶ宗治郎がチェイスの愚痴に答えた。
空軍総裁だけあって、彼の機体は特別だった。
合衆国で敵防空網破壊に用いられる、巨大な複座型戦闘爆撃機。
名をP/A-51、ウォーサンダーといった。
空戦に対応出来る速度とAAM運用能力を持ち、主翼には対地攻撃用に大量のロケットポッドや爆弾を搭載可能。
さらに20mを越す長身は電子戦攻撃能力を備え、限定的ながらミサイル誘導やレーダー索敵の妨害が可能だった。
単座ではなく複座なのは、このECMを操作可能な人員が必要なためである。
なお外観はボス曰く、
「サンダーチーフ……いやそれにしちゃ頭が長い……待て。
複座でECM持ち、って事は……F-105Gか⁈
なんてこった! 似過ぎだろ!」
という具合らしい。
良介は退役した機体または、エースコンバットに出て来ていない機体は詳しくないので、よくわからなかった。
航路図を再びチェックし───予定地点に到着した。
「ウェイポイントに到着。フツノミタマ、新選組の状況は?」
「新選組各機、間もなく配置に着きます。到着まで3、2……
全機、到着しました」
AWACSフツノミタマに搭乗するゆかり管制兵が、準備の完了を告げた。
空軍のトップが今現場にいる以上、開始の判断を下すのはAWACSに搭乗する司令要員だった。
「よろしい。ペンギン隊、新選組。状況開始せよ」
「了解。ペンギン隊、状況開始。
全機、安全装置解除!」
この演習のために、機体に搭載された兵装は演習弾となっている。
ミサイルのシーカー以外は発射能力のない模擬弾で、GUNは機体に当たると閃光を放って砕け散る無害な弾頭となっている。
故に撃墜判定は敵を背後からミサイルのシーカー圏内に捉え続けるか。
あるいはGUNの弾を複数当てるかのいずれかで判断される。
機体をぶつけたりでもしなければ、仲間が傷つく恐れはない。
「こちらフツノミタマ。状況開始に伴い、情報の送信を停止します。
なお撃破判定のための通信は適宜行います。各機、ご武運をお祈りします!」
データ入力装置でリンク接続状況を確かめると、確かにフツノミタマからのリンクが途切れていた。
ナーガには自前のレーダーが搭載されておらず、ペンギン隊所属機が捉えた機影だけが表示されていた。
戦闘機搭載のレーダーは正面方向の探知ばかりで、側面を走査するレーダーは備えていない。
対する相手の新選組にはデータリンク能力がないため、それぞれ索敵した結果を口頭で伝えなければならない。
索敵の支援がないという点では同じ条件だったが、視界に捉えていない敵の情報を視覚で得られるという点だけはペンギン隊が優位であった。
「ペンギン1、チェイスへ。電子戦攻撃はいつでも可能だ。
やるか?」
今回のゲストであり、ECMが可能な機体に乗る宗治郎が尋ねた。
「チェイス殿。電子戦攻撃を行えば、お相手の連携を崩せます」
と、元新選組の竜司もその具申に賛同した。
確かにECMを用いればレーダーでの索敵だけでなく、近距離の通信を妨害可能だ。
数で勝る新選組の連携を崩せるだろう。
しかし、通信が妨害されるのは味方も同じことだ。
それにレーダー探知の妨害に関しても、強力な電波発信源が出現するわけなのだから、反射波の正確な位置特定を妨害しても、結局は大まかな位置を相手に伝えるのと同義だ。
まだ双方位置を特定出来ていないのだから、一方的に不利な要素を作る必要はない。
「いや、まだだ。タイミングを待とう。ペンギン隊各機、警戒を厳に!」
「了解した」
ひとまず部隊は北西に移動し、索敵を始めた。
高層でそびえ立つ雲は水差しのように、中層に広がる雲は容器に注がれた水のように。
雲の迷宮は敵味方の姿を灰色の暗がりに覆い隠していた。
《……新選組各隊、演習とはいえ気を抜くな。
特にチェイスは排気で敵を墜とすような奴だ、どんな手を使って来るかわからん》
《了解! 一番槍の一番隊、偵察でも一番槍だ!》
通信が混信し、新選組の交信が聞こえてきた。
この演習に際して各中隊はそれぞれ別の周波数を決めてきたが───
どうやら偶然の一致で、ペンギン隊と新選組はかなり近い周波数にしていたらしい。
聞こえて来る内容からは、向こうもこちらを見つけていない程度の情報しかなかった。
しばし状況を注視すると───
「こちらぺんぎん4、機影を目視。
方位300、距離30キロ高度2万3千。右を向いている」
あくりの言っていた方向へ視線をやると───
そびえ立つ高層雲の灰色の中に黒点がいくつか浮かび、ゆっくりと右へ流れていくのが見えた。
レーダーの画面にも、確かに4つの影が映っている。
新選組の飛行小隊だ。
ペンギン隊が演習区域中央に位置しているのは確定している情報のため、包囲網を縮めるために移動していたのだろう。
「お手柄だぞ、大助。ペンギン、攻撃開始」
高度はわずかながらも向こうの方が上に位置している。
ドッグファイトでは高度と速度がものをいうが、見つかっていなければ話は別だ。
ボスとあくり、それに宗治郎は側面から迫り───
逆に機動性に優れる機体のチェイスと竜司は最大出力で低空から迫った。
《敵を目視、右方向! 機数3!》
《やるぞやるぞ……こっちだって場数は踏んでるんだ!》
新選組の飛行小隊もボスたちを発見し、旋回して機首を向けた。
一方で、足元から迫る2機には気づいていなかった。
チェイスと竜司は三番隊の足元に潜り込むと───
攻撃直前の無防備な顎を突き上げた。
ふたりの掃射はそれぞれ一番機と二番機に、墜落不可避な急所に閃光を走らせた。
そのまま飛行小隊の隙間をくぐり抜けて、上空へ出る。
「はい、キル」
「今のは塩沢と上田!」
《ちっくしょう、いきなりかよ!》
《馬鹿ッ、今の近すぎるだろっ⁈》
攻撃を受けて動揺したところに、三番隊2機はボスら別動隊とぶつかり合った。
ボスと宗治郎は教科書通り真正面の撃ち合いは避けて、すれ違う前に右旋回を行った。
リードターンというやつで、もし相手が同じ行動に移らなければ背後を取ることが出来る。
一方のあくりは、常識破りで命知らずな女である。
《うわっ、ぶつかるっ!》
リードターンなど考えもせずにヘッドオン勝負を堂々と挑み、正面から曳光弾を三番隊に命中させた。
ただし───当てたのは一番機である。
《ばっ、バッカ野郎! 俺はもうやられたんだって!》
「む……? すまない、間違えた。
実戦では火を吹いているものと考えていたゆえ」
撃墜判定を受けながらも、離脱が間に合っていなかった一番機を再度撃墜してしまったのだ。
もちろんこれは無効、無駄弾である。
その間にも、まだ生きている二番機と四番機はボスと宗治郎の追跡を受けていた。
この2機も同じくリードターンを試みたものの、チェイスと竜司、それにあくりという想定外に機動と連携を乱されていた。
本来は機動性に優れるオロールを活かせず、両者背後につかれる失態を犯していた。
「宗治郎! ECMだ!」
「うむ。赫助!」
「電子戦攻撃はじめ!」
合図と共に宗治郎と赫助のコンビがECMを開始した。
レーダーにノイズが走り、索敵と通信が不能になる。
戦闘の趨勢が決した今だからこそ、こちらが連携をする必要はなくなる。
チェイスが戦闘へ視線をやると、ボスが四番機、宗治郎が二番機の背後に食らいついて数秒経過した。
ミサイルのシーカーに背後から捕捉され、5秒の経過が撃墜判定の条件だ。
故に彼らに撃墜判定が下されたのだ。
宗治郎のP/A-51は複座機で、後席の赫助には機体の操縦をしない分、周囲を見る余裕があった。
チェイスはペンライトを手にして、ECM停止の発光信号を送る。
「ECM停止」
これで通信とレーダーが回復する。
すると、近くの会話が聞こえてきた。
《……あれ、通信回復した?
まったく。ペンギン隊の連中、衝突が怖くないのか?》
《隊長からしてああなんだぜ? むしろ、弾がなかったらぶつけるだろうよ!》
「聞こえてるぞ、死人ども。しゃべってないでレーム・ダック行け」
《聞こえるように言ってるんだよ、魔王め!
他の新選組は、こうはいかないぞ!
俺達の本番はここからなんだ……!》
いつの間にやら、味方からも魔王呼ばわりとはな。
離脱する新選組三番隊を背に、南東へ機体を向ける。
既に三番隊が交戦した旨の発信を行っているはず。
さらには宗治郎のECMもあり、この辺りにいることは特定されているはず。
「……新選組、来ます!」
竜司の言葉通り、雲の陰から複数の機影が姿を現した。
合計9機、新選組主力と言っていい数だ。
三番隊と交戦している間に集合し、態勢を整えていたのだ。
ECMで三番隊との交戦中に横槍を入れられにくくしたが、チェイスの読みは外れていたらしい。
《ペンギン発見! 方位338! こちらを向いてる!》
《しゃあっ、攻撃開始っ! 一番隊、バッテン戦術だ!》
「チェイス、敵機だ! 方位160、110!」
新選組が2個小隊と1個小隊に散開し、2方向から迫る。
バッテン戦術、新選組が得意とする2方向からの攻撃だ。
別方向から接近と離脱で対応を飽和させ、時に攻撃タイミングの遅延を挟むことで相手のペースを乱す。
彼らはこの戦術で格上相手に何度も辛勝を繰り返してきたのだ。
初見ならば対応は難しいだろうが、チェイスは彼らの戦いを幾度となく隣で見て来たのだ。
「ペンギン、こっちも散開だ! こっちは東の方をやる!」
「了解、南を対応する。新米共にやられるなよ、チェイス」
ボスに隊の半分を任せ、チェイスと竜司は東の新選組に対応する。
「あれは……鉄之助、一番隊です」
「それも超能力?」
「はい。彼らの清らかで強い思念は区別出来ます。
鉄之助は勢いに乗ると手ごわい男です、気を付けて」
乱層雲のすぐそばを飛行する鉄之助ら一番隊。
全速力でチェイス達に向かい、針路を変える様子は見受けられない。
衝突覚悟のヘッドオン対決をするつもりだ。
「鉄之助、心中するつもりか?」
《あんた、このくらいじゃ死なないだろ!》
一番隊のオロールから発砲炎。
チェイスと竜司は素早くバレルロールを行って曳光弾をかわし、短く機関砲を連射する。
互いの弾が交差し、風切り音が風防に叩きつけられる。
そして被弾を表す閃光のないまま、超音速で飛ぶ6つの金属塊がそれぞれのまとう衝撃波をぶつけ合った。
衝突音のような爆音が機体に響きわたるが、実戦でそれは足を止める理由にはならない。
素早く旋回を始め、続く格闘戦に───
「チェイス殿! 雲です!」
竜司の声を受けたチェイスは咄嗟に右旋回ではなく左旋回し、鉄之助が姿を現した雲へ向けた。
《やはり侮れんな、空知》
竜司のレーダーが雲の中に機影を捉えた。
たった1機の反応ながら、暗い雲の中でも目標に向かって飛行を続けられるその技量。
新選組隊長、山義歳三。
幕府空軍の最精鋭である。
歳三は雲から飛び出し、チェイスと竜司の間をすり抜けた。
彼女からの警告がないまま鉄之助を追っていれば、この強者に背後を取られていたのだ。
《隊長、今の撃ってれば勝てたんじゃないの?》
《まぐれ当たりで終わっては、腕試しにはならん》
《じゃあ不意討ちはいいんすか?》
《される方が悪いんだ、闇討ちは》
歳三はチェイス達から離脱すると、一番隊の先頭に入った。
今まで潜んでいたトップが隊列に加わり、遂に新選組が本気を出してきたのだ。
《新選組隊長、山義歳三。参る》
歳三が戦列に加わった途端、一番隊の動きが変化した。
勢いに乗ると手ごわいと評される鉄之助含め、2機ずつ散開して3方向から矢じりのような形を描きながら迫ったのだ。
「魚鱗戦術、一番隊もやれるようになったとは!」
「こういうのって普通、大将がドンケツじゃないのか?」
それどころか、大将が先陣を切る形だ。
どこかの彰義隊隊長と、同じことをしているな。
この演習ではミサイルを正面から発射することは出来ない。
正面角度からの誘導は熱源が弱く、結果が不安定になるためだ。
故に、背後から接近してシーカーに捉えさせるのが基本だ。
ではGUNでヘッドオン対決をするか?
それはかなり、嫌な予感がした。
「竜司ちゃん、細かいところは任せていい?」
「はい、チェイス殿。貴方に合わせます」
「よーし、はぐれるなよ……!」
出力最大、オーグメンター起動。
ふたりはシザーズ機動を始めて互いの軌跡を交わらせた。
《おっ、どういうつもりだ?》
オロールの機関砲用FCSは未熟ながらも火器管制レーダーによって制御されており、GUNは正確な照準が可能だ。
シザーズ機動は2機が並行しながら蛇行する機動。
《FCSにエラー!》
《照準が定まらないっ!》
目標の反応と別の反応が入り乱れることで、FCSが混乱するのだ。
《うろたえるな! 飛行士としての勘を信じろ!》
FCSを撹乱しながら彼我の距離は縮まり、やがてGUNの有効射程圏内まで迫った。
無数の曳光弾が走るが、チェイスが危機感を覚えるほどの至近弾が通過することはなかった。
どうやら新選組は歳三とやり合って欲しそうだが、戦いで相手の思惑に乗ってやる必要はない。
頃合いと見たチェイスはシザーズ機動をやめ、左側の飛行分隊と向き合った。
竜司もその動きに呼応して、右の分隊へ。
それにしても完璧な連携だ、チェイスは何もしていないのに。
薙ぐように機関砲を掃射し、模擬弾のひとつがオロールのコクピットで光った。
「新選組一番隊、伊之助撃墜判定!」
《ああっ、くそっ!》
ここからがアップグレードを受けたナーガの見せどころだ。
出力を絞り、操縦桿に二ヶ所あるリミッター解除スイッチを握りながら、左に倒れた状態の機体を旋回させる。
ナーガには先の試験飛行のデータを受けて開発されたフライ・バイ・ワイヤシステムが実装されている。
そのため不用意な操縦をしても、スーパーストールからのスピン状態に陥ることはなくなった。
しかし、緊急時にはあえて電子制御という枷を外して元来の極端な機動を可能にするスイッチが用意されているのだ。
それをチェイスは操作したのだ、演習で。
フック機動により1秒にも満たない時間で、世界が120度回転した。
ついでに速度が出ていたため、重力加速度計の数字も凄い事になった。
速度は一瞬のうちに消滅し、機体の制御が失われた。
しかしそれは、フライ・バイ・ワイヤがどうにかしてくれる。
操縦桿を握る手から力を抜き、姿勢制御を機体に任せる。
エルロンとヨーが忙しなく動き、機体が斜め下方向を向き───制御は数秒で復活した。
F-2から引っこ抜いたであろう電子機器と、チェイスの機動から得たデータ。
本来交わるはずのない技術が組み合わさったナーガの電子制御は、従来では考えられない性能を発揮したのだ。
チェイスは出力を再び最大に戻し、旋回途中の新選組の追尾に戻った。
《なんだ今の動きっ⁈》
《なんで失速からすぐに復帰できるんだよ、インチキか⁈》
《合衆国の技術だ! 対応しろ!》
《あんな動き、相手してたら命がいくつあっても足りないぞ!》
「だったら、実戦で命はないな!」
オーグメンターで火を噴くオロールのエンジンノズルがチェイスと、模擬ミサイルが持つシーカーの視界に入った。
「鉄之助だな? ターゲットロック!」
《くそっ、振り切ってやる!》
5秒シーカーで捕捉すれば言い逃れしようのないほどリーサルコーンに食い込まれたという事で、撃墜判定だ。
勇ましい口ぶりの鉄之助だが、彼が追尾から逃れられる要素はほぼない。
「1、2、3……」
4秒を数えようとしたところで、影がチェイスの目前を横切った。
《左旋回!》
《左旋回する!》
歳三のオロールだ。
彼の介入により、シーカーのロックオンが遮られた。
《隊長、助かったっ!》
さらに注意が逸らされた一瞬のうちに、鉄之助はチェイスの攻撃範囲から逃れていた。
追いすがろうにも、さすがに加速が追い付いていなかったのだ。
「フツノミタマ、今のってアリなの?」
「アリです、続行してください!」
「オッケー。じゃあ歳三、次はあんたの番だ」
チェイスはあえて、宣言した。
歳三はかなり無理をして急旋回をした影響で、速度の乗っていないナーガで追尾できるほどに減速していた。
今や歳三は、鉄之助以上に容易い的である。
再びチェイスはシーカーで歳三の機体をロックした。
《隊長をやらせるかよっ!》
ここで竜司が相手をしている分隊から1機、戦闘を離脱してチェイスへ向かってきた。
それも、自分が追われている状態でだ。
《自分の心配をしろ、馬鹿野郎!》
「甘いッ!」
実際、歳三の叱責通りの結果となった。
離脱しようと不用意に急旋回をしようとした安次郎の機体を、竜司のスーパーオロールが機関砲で捉えたのだ。
「新選組一番隊、安次郎撃墜判定!」
逃げながら助けられるほど、彼女の攻撃は甘くない。
こうなるようにチェイスは盤外戦術で仕向けたのだが、思った以上にうまくいった。
あるいは、想像以上に竜司がチェイスの作戦を理解していたというべきか。
《っあっ……!》
戦いは都合よく仲間を庇えるほど、甘くはない。
むしろ仲間を想った行動が、全体の死に繋がる場面もあり得る。
「FOX2、バーン」
歳三の機体を捕捉してから5秒が経過した。
「新選組隊長、山義歳三撃墜判定!」
《隊長っ……!》
撃墜判定を下された者は敗者待機場へ移動しなくてはならない。
そこは演習区域の外れにある安全なエリアだ。
通信の交信はもちろん可能だが、介入は控えて訓練を傍観しなければならない。
なにせ、そこにいる者は死人なのだから。
「聞こえるか鉄之助。これが実戦なら、歳三はお前のために犠牲になった」
死人がこの場で指導するわけにはいかない。
そこでチェイスは彼に代わって新選組と話した。
「お前らの隊長はいなくなったけど、それでも戦いは続くんだ。
どうするべきか、わかるな?」
《……新選組各機へ! 一番隊隊長鉄之助が指揮を引き継ぐ!
全機、可能な限り戦闘を中止して集合!》
新選組の作戦はこうだろう。
敵を可能な限り分断し、相手の主力を鉄之助と潜んでいた歳三にぶつける。
最も腕の立つ強者から不意打ちを受ければ、その後の交戦は不利になるのは明白。
このパターンを続けて敵戦力を損耗させれば、いずれ勝てるという寸法だ。
しかし、ペンギン隊はそのパターンを真っ向から崩した。
歳三の不意打ちを先読みして返り討ちにし、分断した戦力も削ることが出来ていない。
ボスの方で戦っている新選組も善戦はしているが、1機損耗してペンギン隊に被害を与えられていない。
今回の戦略は失敗だ、続けてもジリ貧になるのは新選組の側となる。
とはいえ、これはゲームではなく実際の演習だ。
ひとつの作戦が失敗したからといって、即座に画面が暗転して操作不能、ゲームオーバーになるわけではない。
失敗後も、戦いは続くのだ。
肝心なのは、その失敗をどうリカバーするか。
実戦形式の演習では、その辺りの腕の見せ所でもあるのだ。
《実戦なら、撤退するべきだろう……
だけど、もし退けない戦いなら戦い方を変えるしかない!》
「いいね、その調子だ……だけど、こっちにはまだ手札があるんだ。
赫助! ECM開始!」
とはいえ、そのリカバーすら潰されるのが実戦の恐ろしいところだ。
都合よく起死回生の策が成功し、逆転出来るとは限らないのだ。
《あっ、えっ⁈》
「始めろ」
「電子戦、攻撃開始します!」
別分隊と戦闘中のP/A-51の後席に乗る赫助がECMを開始し、レーダーと通信を潰した。
学びのためにチェイスは指示を遅らせたが、実戦ならばもっと流れるように電波妨害が行われる事だろう。
新選組で数少ない利点である数と連携は、この妨害ひとつで無力化されてしまうのだ。
レーダーを用いた敵味方識別装置の識別もまた、ECMで妨害されてしまう。
しかしこの世界は元からレーダーが未熟な影響で、機体の塗装はロービジュアルよりハイビジュアルが一般的だ。
つまり、灰色系統のカラーリングばかりではなく、カラフルな塗装が多いのだ。
故に、電波妨害下でも目視で識別するのは容易だった。
黒のだんだら模様を持つ新選組は尚のことだ。
チェイスと竜司は一旦集合し、互いに視線を交わす。
電子戦影響下では、声で意思疎通は出来ない。
手信号すら惜しい状況下で、なんとなくの連携だ。
すると、竜司が視線を上へ向けた。
チェイスもそちらを見やると───
発光信号で交信を試みている鉄之助の機体があった。
どうやら彼は、別小隊との通信に夢中で背後への警戒が疎かになっているらしい。
竜司が上昇したあたり、彼女が自分で対処するつもりなのだろう。
チェイスはその動きを援護するため、側面で周辺を警戒した。
するとやはり、最後の一番隊が竜司の隙に反応した。
後方下方から彼女の背後に迫ろうとしている。
許すわけにはいかない、チェイスは旋回を───
しようとして、途中でやめた。
代わりに猛スピードで迫るジュラルミンの輝きに向けて、ペンライトを光らせた。
超音速の金属塊は一度で理解し、機動を修正した。
そして、一閃。
鋭い刃を持つ刀が振るわれたかのように、松代あくりのP-104が竜司を狙うオロールを過ぎ去った。
模擬弾の命中を示す、閃光を走らせながら。
「新選組一番隊、主税撃墜判定!」
とはいえ、これは演習なので撃墜判定が下されるだけで済む。
残る一番隊隊士はひとりだけになった。
そして恐らく、本人にその自覚はない。
竜司が音もなく鉄之助の背後につき、5秒経った。
「新選組一番隊、鉄之助撃墜判定!」
《あっ、やばっ……!》
とはいえ、即座に指揮を引き継いで組織的な戦闘を止めなかった点は評価に値する。
彼には操縦や戦闘以外を他人に頼める、複座機が向いているように思えた。
「定期通信のため、ECM一時中断します!」
規定通り、赫助は通信のためにECMを解除した。
既に新選組の残存戦力は飛行小隊ひとつだけ。
さらにその小隊も壊滅状態となり、趨勢は決していた。
「もう、妨害も不要だ」
「新選組、戦力なし。勝負あり」
宗治郎の呟きの直後、フツノミタマの次郎が演習の終了を告げた。
新選組、全滅。
ペンギン隊、損耗なし。
チェイスが想像していた以上に圧勝という結果となった。
「……新選組全機へ。この後の会議に、誰ひとりとして遅れぬように。
以上だ」
「あっ、あばばばばば……」
緊張感を孕んだ歳三の声に、新選組の隊士たちは震えるのだった。
そこまで心配する必要は薄いように思えたが。




