81 御前試合「EXERCISE:X」
央暦1969年12月2日
夷俘島 斗米空軍基地
葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
12月。
それは冬の始まりであり、1年の最後を飾る月。
「明日の夷俘島全域では大雪になる恐れがあり行事を控えるよう、
幕府空軍は呼び掛けています。続きましては……」
もちろんこれは本州東国地方以西の話であり、夷俘島や奥葦原では別だ。
既に冬は始まっており、各メディアは幕府軍勢力下の地域で豪雪を報道していた。
「ラジオを切れ! 松平公のおなりだ!」
「うおっと」
先んじて作戦室にやって来た赫助の警告と共に、鉄之助がラジオを止めた。
赫助が脇に控えてしばらく、幕府空軍の総裁───トップである松平宗治郎が作戦室の戸を開いた。
「皆、揃っているな」
今回は良介もトラブルに巻き込まれず、無事15分前に到着していた。
資料を抱えた宗治郎にわざとらしい笑みを見せて、良介は最前列で彼と向き合った。
「諸君らには明日、空戦練度向上のために大規模な演習に参加してもらう」
明日。
先ほどラジオから聞こえてきた言葉と矛盾がある。
例の如く、ツッコミどころを見つけた良介は挙手しようとした。
その時だった。
「総裁閣下! 質問があります!」
手を挙げたのは良介ではなく、隣に座る竜司であった。
彼女は控えめというわけではないが、それでも将軍の兄である宗治郎には畏れ多いと言わんばかりに気後れしている様子があったというのに。
「うむ。空知飛行士、言ってみろ」
促された竜司は起立し、物怖じしていない様子で尋ねた。
「はっ。報道では明日、夷俘島全域で大雪が予報されています。
それでも明日なのですか?」
ごもっともな疑問だ。
一般的に、悪天候は飛行機にとって天敵だ。
もちろん作戦上、必要な場合はある程度許容する必要はある。
しかしそれでも、危険なフライトになるには違いない。
ましてやこのフライトは空戦の演習、殺し合いごっこなのだ。
危険と危険が合わさり、さらに危険となるだろう。
「……今、我が幕府軍と賊軍は停戦中だ。
しかし、これは停戦であって休戦や終戦ではない。
世界博覧会が閉会して一ヶ月後、戦いは再開される。
再び起こる戦いは、今までの比ではない激しさとなる」
政府軍は幕府を夷俘島まで追い詰めたという余裕。
そして超帝国や合衆国相手に戦力を貼り付ける必要性から、良介が介入した当初は大した戦力を向けていなかった。
しかし、今は違う。
幕府軍は今や奥葦原の大半を掌握し、さらに葦原本州の東西を繋ぐ陸路である真田藩の西海道を抑えている。
事実上、開戦していない諸国か、巻き返して領土を分断した内戦中の相手。
どちらを優先するかは考えるまでもないだろう。
停戦終了と同時に、激しい戦いとなるのは確実だ。
「敵は時と場合を選んではくれない。むしろ、まさかと思うような状況に現れる!
地が揺れ、火山が噴き上がり、嵐が荒れ狂う中でも、
敵と戦わなければならない事もあり得る。
故に本演習は、離陸不能とならない限り実行する!」
「中止しないのか……⁉︎」
念のため擁護しておくと、今声を漏らしたのは良介ではなく、別の誰かである。
イレギュラーで回避するどころか、むしろバッチこいスタイルとは───
良く言えば実戦的、悪く言えば極めて軽率で非人道的だ。
まさかと思うような状況での攻撃こそ、ペンギン隊をはじめとした彰義隊の得意技だとしても。
やはり良介は気に入らなかった。
では、止めるのかというと───
ボイコット出来るほど、宗治郎の言葉は暴論ではなかった。
なにせ、自分たちに出来て敵に似たことが出来ないとは限らないためだ。
「演習としては異例な、危険な飛行になり得るだろう。
しかしこの経験は諸君らの活躍と生還に繋がるものと、俺は確信している。
……空知飛行士、他に質問は?」
「ありません、ありがとうございました!」
竜司は敬礼すると、着席して良介と視線を合わせた。
そして───良介にイタズラっぽい笑みを向けた。
まったく、誰に似たのやら。
「よし、疑問が晴れたところで演目について話題を戻そう。
今演習では彰義隊各中隊に分かれ、異種機間空戦演習を行う。
ペンギン隊、それに新選組! 貴官らが最初の試合だ」
演習での配置図がスクリーンに映し出された。
舞台は夷俘島の南、果ての海の洋上。
演習区域中央にペンギン隊が位置し、その360度を新選組が包囲する。
多勢に無勢、しかも包囲されている。
笑ってしまうほどの不平等だが───
実戦ではそのような状況は珍しくなく、ペンギン隊は幾度となく切り抜けてきた。
一方で、数と連携で敵を削るのもまた、新選組の基本戦術だ。
数と質、そのぶつかり合いと言うわけである。
しかし良介の注意を一番惹いたのは、その点ではなかった。
配置図の中央に位置するペンギン隊は4機ではなく、5機いた。
「総裁! ペンギン隊は4機編成では⁉︎」
今度は鉄之助が挙手と同時に質問した。
本当に、誰に似たのやら。
「……ふっ」
新選組のトップ、山義歳三が笑った。
どうやら良介と同じ事を考えていたらしい。
「そう、確かにペンギン隊は4機編成だ。
しかしペンギン隊と新選組の戦力比はあまりにも不平等だ。だから……
俺も助っ人として、この演習に参加する!」
「そ、総裁閣下自らが⁈」
「そう、俺自らだ!」
誰かの不規則発言に、宗治郎は上機嫌で応えた。
この場にいるのは幕府空軍総裁や将軍の兄ではなく。
一介の戦闘機乗り、松平宗治郎ということらしい。
「いいか。俺が参加するからといって、手心を加えてはならんぞ。
全力で、俺を賊軍と思う勢いでかかってこい!」
「光栄ですっ、総裁閣下!」
演習のプログラムはある程度事前に台本を決めるものだが、実戦的を謳っている以上は流れなど決めるはずがない。
敵中での包囲を想定するだけで、ペンギン隊VS新選組の段取りは終了した。
その他、他部隊の行う演習の概要が進み───
「……以上だ。なにか、質問のあるものは?」
「散々口挟んだんだから、誰もないんじゃない?」
ようやっと、良介がいつものように軽口を叩いた。
図星を突かれたと言わんばかりに、誰かが吹き出した。
「……そのようだな。以上、解散!
天候不良でも準備を怠らないように!」
普段ならここで、真っ先に偉い人が退場するのだが───
今回は一番偉い人が良介のもとまでやって来た。
ペンギン隊の面々は即座に起立し、10度の敬礼を行う。
「今度は、飛び方まで指図したいの?」
良介はゆっくり立ち上がると、軽口で彼を出迎えた。
「いいや。ずっとお預けを食らっていたからな、我慢が出来なかっただけだ」
嫌がった様子もなく、宗治郎は笑みをたたえた。
「機体は? まさか、蒼鷹で来るとか言わないよね?」
蒼鷹は葦原で初めて開発された中等練習機である。
良介も演習で操縦した事はあるが───
この世界の現用機とやり合うにも、性能が大きく劣っていた。
「いいや、ちゃんとした機体を用意してある。
合衆国お墨付きの機体だ、足は引っ張らんさ」
「お前と離れている間、松平公とは何度か一緒に飛んだ。
かなりの技量をお持ちだ」
と、ボスが言われる前に補足した。
「機体といえば……志村二尉。貴官の機体、F-2の具合は?」
「演習には間に合いそうにないな。
でも、合衆国の連中が面白い機体を残していったから問題ないぜ」
合衆国のフライ・バイ・ワイヤ実装に協力した際、ナーガという機体を良介は操縦していた。
彼らはあの機体を残していったのだ。
「これは本当はナイショなんだけど……
俺たちは合衆国空軍高高度試験飛行隊、バトルホークスだ!」
「また会おうぜ、相棒!」
という言葉と共に。
遠巻きにニヤつかれた時はどんな嫌な奴らかと思ったが───
話してみれば、存外面白い奴らであった。
それはさておき、フライ・バイ・ワイヤシステムは調整が必要とはいえ、エラの手で実装されている。
演習に間に合うように急いでくれたらしく、良介は彼女からは凄い目で睨まれていた。
もちろんこの作業はF-2の修復と並行しているのだから、尋常でない負担である。
埋め合わせは、また別の話だ。
「松平公……父の件、改めてお礼申し上げます」
目上の人間に、下手な口を叩いてはいけない。
そんな葦原の常識からは外れた作戦会議に、あくりは少々驚いていた様子で黙っていた。
ようやく、話しやすい機会を得た彼女は父親の助命の礼を告げた。
「主君への謀反は元来、族滅に値するものとされてきた。しかし……殺しは、
禍根を生む。今の葦原がこうなったのは、殺しすぎたのも原因のひとつだ。
無罪放免は無理だろうが……公方様と老中連中には、なんとか口添えしよう」
「ありがたき幸せにございます」
かつて、良介が語った事を肯定するような言葉を受けて。
あくりは嬉しそうに、瞑目して頷いた。
「明日はよろしく頼む」
「はっ」
ペンギン隊の面々と視線を交わし、宗治郎は退室していった。
「ゲストありの演習ねぇ……」
「ご不満が?」
尋ねてきた竜司に、良介は視線をやった。
「やってやろうじゃん」
ペンギン隊の面々は、それぞれの拳を合わせた。




