80 御前試合「EXERCISE:X」
央暦1969年11月17日
夷俘島 斗米空軍基地
葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
竜司の幻覚症状が治まり、隊への復帰が決まったこの日。
運悪く、雪雲が空を覆っていた。
気温は雪が降るくらいなのだから、10度どころか氷点下に達している。
ガクガク震えながら、暇だった良介と新選組の鉄之助、そして歳三は竜司の到着を営門で待ち構えていた。
「さ、寒いぃっ……」
「鉄之助って、夷俘島出身なんだろ? 慣れてるんじゃないのか?」
「お、俺は夷俘島でも北方の生まれなんだ。
あそこは焔の世が近いせいで、冬でも暖かいんだよ」
地図上の緯度が上がると───つまり、北極や南極に近くなると気温が下がる。
これは太陽光の当たり方の問題で、例えば緯度が0に近い赤道付近は地球で最も太陽が近くなり、多くの日照量を浴びているため暑くなるのだ。
逆に角度がつき、太陽がわずかながら遠のいている高緯度地域は寒冷なのだ。
この惑星規模のわずかな差が、死ぬほど暑い地域と死ぬほど寒い地域の気温差に繋がっているのだから、宇宙は広い。
なお、今は地面が平らとかそういう話はしていない。
ともかく、北の果てと呼ばれる夷俘島が寒冷な気候という事はやはり、この世界のこの星も、丸い球形をしているのだ。
だというのに、極に近づくと文字通り常に燃えている地形が存在する?
常にマントルから溶岩が漏出して、数十キロ先まで温暖にするような熱を発している?
「……イカれてるな、異世界」
前髪に落ちた雪を払いながら、良介は揺らぐ価値観を正した。
「……来たな」
呟く歳三の視線の先を見ると。
雪の中、寒がりもせず歩く人影が。
志村良介という男は、視力が昔から良い。
特に女の子のシルエットともなれば、マサイ族並みの視力を発揮する。
こいつの目は瞬時に、その人影を竜司だと特定した。
「おーい! 竜司ちゃーん!」
大きく手を振ると、控えめに振り返す姿が見えた。
それから少し経って、雪景色の中でも人相が分かるほどに距離が迫った。
「志村殿、山義隊長、それに鉄之助まで……
お忙しいところ、わざわざご足労頂き迷惑を掛けます」
「ふっ……気にするな」
「そうだって! 夷俘島飛行学校の同期なんだからさ!」
竜司の原隊である新選組、そして飛行学校の同期。
どうやら彼女は、元々の居場所でも可愛がられていたようだ。
不埒な妄想はするなよ。
───してるわけないだろ、それはお前じゃないか。
ともかく、今度はお前の番だ。
今の上司として、彼女を出迎えるのだ───
「……竜司ちゃん、もう憂いはない?」
「……はい。幕臣として、武士として、お役目を果たす所存です」
「俺は幕臣や武士じゃないんだけど……頑張ろう」
ふたりは頷き合い、覚悟を確かめ合った。
少なくとも、その面で彼女は変わっていない。
「……良介、早速で悪いが。次の演習、憶えているな?」
歳三の言葉。
次の演習の演目は、良介にとって非常に興味深いものであった。
「次の演習、ですか?」
「うん、大規模な演習が予定されててさ……
彰義隊で中隊対抗の異機種間空中戦演習だ」
「中隊対抗……!」
驚いたように、竜司が歳三と鉄之助を見やった。
彰義隊には4つの中隊が存在する。
対地支援専門の精兵隊。
遊撃のイグルベ隊。
制空戦闘専門の新選組。
そして、少数精鋭で相手を問わず危険な任務を担当するペンギン隊だ。
精兵隊は一応このDACTに参加するものの畑違いの部隊で、イグルベ隊は停戦中、他部隊の演習相手を請け負って報酬を貰っていた。
事実上、この演習はペンギン隊と新選組がぶつかり合うものであった。
スケジュールの都合で、今まで両隊が本格的にやり合う機会は存在しなかった。
それが、竜司の復帰と同時に行われるのだ。
「俺と山義隊長が竜司を出迎えたのは……宣戦布告のためだ」
「空知。お前がペンギン隊で……良介と共に飛んで何を得たのか。
見せてもらうぞ」
興奮によるものか、竜司の頬が赤く染まった。
わずかに呼吸を乱して、瞑目し。
覚悟を決めたように瞼を開いた。
「はいっ! よろしくお願いしますっ、隊長っ!」
「ふっ……お前の隊長は、隣のそいつだろうに」
良介と竜司の視線が交差した。
ふたりは頷くと、宣言した。
「ぶちかましてやろうぜ!」
「はい、志村殿!」
決意表明を終えると、4人は基地に戻っていった。
実力を証明するための、一大決戦に備えて。




