76 飛行試験「Vacation」
央暦1969年10月4日
夷俘島 斗米基地
葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
この日、斗米の町に大規模な通行規制と報道規制がなされた。
もし葦原内戦を追っている身ならば、その理由に勘付いた者は多いだろう。
「……ボスのF-2が引き揚げられたか」
良介とボス、そして斗米基地整備隊の立ち合いが求められたともなれば。
この世界で数少ないF-2を知る人間が一堂に会するのだ。
まさか、会食会でも開くわけではあるまい。
早朝、通行規制が行われた斗米の町はがらんとしており、方々に歩哨の幕府軍人と封鎖が見受けられるばかりであった。
そんな静寂の街並みを、オリーブ色の物々しい車両が排気ガスを撒き散らしながら練り歩く。
「来やがったな……」
仕事の予感を察した機付長が呟いた。
荷台に重機関銃を備えた四輪駆動車が先導し、黒塗りの車に前後を囲まれたトラック。
こちらの荷台には巨大な布の覆いがあり、そのシルエットには良介も見覚えがあった。
「568号機の帰還だ」
「被弾と着水の衝撃で、元通りにはならん」
「知ってるよ、そんなこと」
機密の塊が営門を通り、世間から隔絶された軍事基地の中へ。
格納庫で下ろされたスクラップは、それはもう酷い有様であった。
真っ二つにされた右翼はかろうじて引き揚げられていた。
しかし着水の衝撃でコクピット周辺は折れて沈んだらしく、今回のサルベージでは見つからなかったそうだ。
「まったく、我ながら派手にやられたもんだ」
「それでエラちゃん、部品はどのくらい残ってそうなの?」
「思ったより損傷が酷くてね……まず、機首に詰まってた電子機器はコクピットごと脱落。
残ってたセンサー類も海水の影響でかなり劣化してて……
ニコイチ修理も出来そうになくて正直、困ってる」
F-2と共に到着したエラは、良介の質問に落胆した表情で答えた。
「ま、こいつも年寄りだ。元より先は長くなかった」
2016年の調達以来、ずっとこき使われてきた機体である。
とはいえ自分が乗っていた機体の死を告げられたのだ。
568号機の残骸を見るボスの表情は、どこか寂しげであった。
「それで、F-2は復帰出来そう?」
「間に合わせになるかもしれないけど……なんとかしよう。約束だからね」
ふたりはF-2の残骸に取りつく整備隊を見た。
ありとあらゆる工具を用いて分解し───時折切断して使えそうな部品を探していた。
「おい見ろ! こいつはまだ使えそうだ!
真水に漬けとけ!」
機付長が垂直尾翼に馬乗りになって、何らかのパーツを引っこ抜いていた。
彼らの能力であれば、もしかすればいけるかもしれない。
「……これってもう整備っていうより、探鉱じゃないか?」
核戦争後の世界を描くポストアポカリプスものによくある、街の瓦礫や機械から使えそうなものを引っ張り出すあれか。
確かに、今の彼らを表すにはそちらがピッタリだろう。
「リョースケ」
自身を呼ぶ声に、良介は視線をやった。
「この間の、ナーガの件。貰ったデータで必ず、この埋め合わせはするから」
「うーん。
俺としては、それよりもデートしてくれた方が嬉しいんだけどなぁ……」
お前、遂にやったな。
相手は合衆国の建国史に名を連ねる生ける伝説。
今まではその肩書きに配慮して、私が懸命に留めていたというのに───
遂にお前は、超気安くデートに誘いおってからに。
スキャンダルにでもなったらどうする?
「……あのさ、リョースケ」
「ん? なになに?」
「私とあなた、歳の差考えた事ある?」
「うーん、100歳くらいかな……
ま、俺様は歳の差なんてあんまり気にしないのだ。はっはっは」
異世界だからって、歳の差による障害がなくなるわけでもなかろうに───
ほら見ろ。
エラも不満があるのか、不機嫌そうな表情になったではないか。
「わかった。次の休み、教えて」
「ははは、言ってみた……え?」
「だからぁ、次の休み教えて。私も予定、空けるから」
「う、うん……えっと」
どういうことだ?
あのような反応、通常ならば断るはずだというのに。
とはいえ、向こうが乗ってきた以上断るわけにもいかない。
わかっている範囲の休みを告げると───
「プランは? 何か決めてある?」
「えーっと……ごめん、思い付きだったから。
その日までに決めておくよ」
「いや、大丈夫。私の方で決めておく。
リョースケも私も、葦原ではよそ者だけど……
私の方が間違いなく詳しいから」
言いたいことを言い終えると、エラは足早にその場を去っていった。
恐らく後処理のためにまた来るのだろうが───
「あれ、どう考えても脈なしの反応だったよな……?」
わからん、女の子なにもわからん。
いや、彼女は150歳越えのエルf───耳長なので、女の子ではないかもしれないが。
困惑していると、肩をポンと叩かれる。
ボスである。
「良介」
「な、なに?」
やはり、まずかったのだろうか。
言うまでもなく、仕事中に女の子をデートに誘ったのだ。
そんなものは怒られて当然の行いである。
「俺が色々言える立場じゃないが……相手をガッカリさせるなよ」
しかしボスの口から出たのは、真逆だ。
何故そのような、背中を押すような言葉を───
───ふーん。俺様はわかったぞ。
何がわかったと言うのだ?
───上手い具合に接待して、良好な関係を保てと言いたいんだ。
それは───なるほど、そういう観点もアリか。
良介のようなロクでなしに、応援するような言葉を掛けるはずがない。
上手く接待しろ、そうに決まっている。
親はなく、正気もなく、明日も怪しい。
そんな男と他人をくっつけたがる人間など、いるはずがないのだから。
「ふっふっふ、俺を誰だと思ってるんだ?
日本一のナンパ野郎、良介様だぜ?」
「お前、絶対わかってないだろ」
「なら、どういうことだよ?」
「……ふん、自分で考えろ」
謎だけを残して、ボスは整備隊の連中の元へ向かってしまった。
日本への帰還、葦原内戦での勝利。
そこへ加えて、生ける伝説との接待まで増えてしまうとは。
「自分で考えろってことは……俺に行動の裁量権を与えるって事だよな?」
出来もしない事を言うものではないぞ。
「まだ何も言ってないぞ」
どうせいつものように、出来そうになると怖気付くのだろう?
かつて死ぬような思いをした、自分と同じ思いをする人間を増やすのではないかと。
常に死の危険がある今のお前は、ますます遠のいているように見える。
だから、出来ない事を言うものではない。
実際にその可能性に直面した時、惨めになるだけだ。
「……うるさい」
まあとはいえ、約束は守らなければならないだろう。
ひとまず、目下の問題はエラとのデート───接待だ。
そう決めた良介は、改めて目前の仕事と向き合った。




