63 鳶作戦「GAME CHANGER」
「GAME CHANGER」
央暦1969年8月21日
道奥藩 智台
葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
真下に広がる奥葦原の山々は、波ひとつ立たぬ漆黒の海と化していた。
その暗がりの中で上空に目をこらすと、星々の海を泳ぐ機体を見つけることが出来た。
「まさか、俺たちが誘導弾を撃つことになるとはな……
こっちの仕事は潜水艦退治だってのに」
哨戒機ゴースト隊のパイロットが無線機を使って愚痴をこぼした。
本来は咎められる行為なのだが───現場指揮官はこの男であった。
「じゃ、こっち来て迎撃受けてみるか?」
「この図体じゃ、食らいつかれたら終わりだよ」
「今回は特に、可燃物を腹に抱えてるしな」
彼らは攻撃隊の後方を飛行し、大きな誘導弾を抱えている。
接敵後は搭載している高性能レーダーを用いて支援を行う予定だった。
さらにデータリンクが可能なため、F-2は広範囲の標的を探知可能になっていた。
智台解放戦において、重要な役割を担ってくれることだろう。
「チェイス殿。山義隊長他、
引き抜かれた方々がどのような作戦に従事しているのか。気になりませんか?」
珍しく、傍らを飛ぶ竜司が私語を行った。
敬愛している人物が急に消え、別の作戦に参加していると聞かされたのだ。
気になるのは当然の事だ。
しかしそれは、良介も同じ思いなのだ。
「ま、軍隊だからさ。必要以上に話を広めないのは当然だよ」
「……はい」
軍隊がその力を振るう以上、綺麗事で済まない場合は十分あり得る。
部外者にはせめてそれが、一線を越えないことを祈るしかないのだ。
私語に区切りがついた、ちょうどその時だった。
F-2のRWRが鳴き、自分たちが敵の索敵圏内に入り込んだことを伝えた。
「RWR! 見つかったぞ」
「その通りだ、電探に感あり! 反応から敵誘導弾と推定!」
続いて、後方のゴーストがチェイス達にミサイルの接近を伝えた。
これもまた、F-2のレーダーも反応を捉えていた。
すべて、予定通りの反応だ。
「三式弾攻撃はないんだよな⁉」
「ここ数日、補給が滞ってる影響で美作は機関始動してないから大丈夫!」
戦艦は巨大な船体と、その図体に任せて兵装を山ほど詰める兵器だ。
しかし大きい分、燃料をドカ食いする。
補給が滞る状況では、無駄飯食らいになってしまう。
燃費のいい駆逐艦やそれ以下のミサイル艇が哨戒の主流となり、交代で常時稼働している重要目標は巡洋艦クラスというのが諜報で得た情報だった。
「こちら第21航空隊、撹乱弾発射開始」
もちろん、指を咥えて撃ち落とされるのを待つはずがない。
チェイスの前方を飛行するPJV-4『ブート』がロケット弾の掃射を開始した。
127ミリロケットに搭載された弾頭は数キロ先で炸裂し、アルミ箔の塊を撒き散らした。
F-2のレーダーに大きなノイズが走り、銀色のシャワーの向こうが見通せなくなった。
数十年の技術格差があるレーダーでこれなのだから、敵には何も見えていないだろう。
目視出来ていた敵ミサイルの白煙が揺らぎを見せ、あらぬ方向へと飛翔していく。
やがて誤射を避けるための安全装置が働き、自爆していった。
「誘導弾、反応消失!」
自分たちに向かってくるはずのミサイルは次々に自滅していくうちに、チェイス達は山の稜線を超えた。
その先には、智台の街と港に浮かぶ敵艦隊。
そして艦艇から打ち上げられた白煙があった。
「攻撃隊、予定地点に到達! 対艦誘導弾、発射はじめ!」
「了解、こちらも全部ばら撒く!」
味方海軍機が撹乱弾を智台上空へと発射し、ポッドに積まれた全てを吐き出した。
ゴーストの発射したミサイルは、しばらく敵の索敵に捉えられないだろう。
「斉射完了! キャニスター投棄!」
「こちらペンギン1! 彰義隊各機、交戦せよ!」
「鉄之助以下新選組、敵直掩機と交戦する!」
「ランサー、交戦する」
港の敵艦隊を見やる。
複数の艦艇が煙突から黒煙を吐いていたが、一番巨大な美作の煙突からは煙が確認できなかった。
一番の大物は未だ機関が始動していない、逃げられる事はない。
「ペンギン1へ、間もなく第一射が作戦区域に到達する」
「了解! データリンク……」
飛来するミサイルとのデータリンクを確立し、チェイスは機体を稼働中の防空巡洋艦へ向けた。
1発ずつしかSAMを撃てないとしても、撃てる時点で一番の脅威だ。
巡洋艦は自身の防衛に夢中で、とても自分へ向かっているミサイルに気付けている様子はなかった。
「接続完了、終末誘導開始!」
チェイスはわずかな操縦で向かってくる弾を回避しながら、ミサイルの誘導を開始した。
この対艦ミサイルは非常に強力ながら、撃沈するためのものではない。
とにかくミサイル発射のためのレーダーを潰せばいいのだ。
照準を巡洋艦のブリッジに合わせ、固定し───
「……3、2、弾着、今!」
ほんの一瞬、対空火器がチェイスら戦闘機ではなく対艦ミサイルへ向けられたが、遅かった。
巡洋艦目掛けて突進したミサイルはブリッジに深々と突き刺さると、炸裂。
搭載しているレーダーどころか、ブリッジそのものが内側から破裂してしまった。
ロケットでは考えられないほど正確かつ、明確な戦果である。
「ペンギン1、効果確認……ドンピシャだ、目標沈黙!」
敵からすれば強力なミサイルがあり得ない角度から飛んできたようにしか見えなかっただろう。
対艦ミサイルは地上か艦艇からしか発射・誘導出来ないのがこの世界の常識なのだから。
「ペンギン1、続いて第2射も接近中!」
「忙しいな! 今やる!」
再び向かってくるミサイルとのデータリンクを確立し、次の獲物を睨む。
最優先目標は稼働している防空巡洋艦、稼働している戦艦美作。
次いで稼働する艦艇、未稼働の艦艇となる。
美作は元は幕府軍の象徴たる戦艦ということもあって、可能な限り破壊は避けるように命じられていた。
拿捕出来るのならば拿捕したいのだろう。
もっとも、戦艦クラスを撃沈出来るほど対艦ミサイルも高威力ではないのだが。
というわけで、チェイスは煙を吐いて航行を始めた巡洋艦を標的に定めた。
こちらは旧式の巡洋艦であり、SAMは搭載していない。
「ターゲットロック! シグナル安定!」
智台北部から真っ直ぐ飛翔する対艦ミサイルが山を越え、市街地を越え、海軍基地の建屋を通過した。
そして、推進剤が切れたミサイルは完全に夜闇に消え───着弾の直後、扉や兵装といった船体の隙間から爆風が飛び出した。
船内での爆発によって兵装と機関を傷つけられた巡洋艦は航路が狂い、防空戦闘の最中にあった駆逐艦と衝突した。
「巡洋艦、ついでに駆逐艦も撃沈!」
「2隻同時に?」
「被弾した巡洋艦が衝突したんだ!」
「そいつはいい、一石二鳥だ!
ペンギン1、対艦ミサイルの残弾は2発だ、次も頼むぞ!」
戦果を上げているのはミサイルだけではない。
ランサーは駆逐艦やミサイル艇のような低脅威目標を攻撃し、一定の戦果を上げていた。
なんとか飛び立った機体や事前に飛行していた機体もいたが、それは新選組とゴーストの連携によってなす術もなく排除された。
防空兵器のない智台はもはや、幕府側が掌握しているような状態となっていた。
それでも、まだ艦隊は味方艦隊の脅威となる。
チェイスは再び目標の選定に移る。
「チェイス殿っ、美作機関始動! 防空火器稼働します!」
「おっと、戦闘に間に合ったか!」
竜司の警告に従い、咄嗟に機体を翻して降下する。
すると無数の曳光弾が智台の夜空に向かって放たれた。
さすが戦艦の火力、とんでもない量の砲弾とその破片が撒き散らされていた。
「おい、市街地に破片が落ちてるぞ!」
「こっちは盾にしてる側だ、非難出来る立場かよ!」
ランサーと新選組の隊士が軽口を飛ばしあっていた。
こちらは攻め込んだ側であり、美作側も判断に苦慮した結果の攻撃だろう。
「間もなく第3射だ。ペンギン1、準備はいいか!」
「ああ、やってくれ!」
「了解、誘導弾発射! 中間誘導開始!」
美作が迎撃を始めた以上、最優先目標だ。
ミサイル攻撃を行なって、能力を削ぐしか味方を守る術はない。
「チェイス殿、私が美作の火器を引き付けます。その隙に誘導を!」
「ちょっと竜司ちゃんっ⁈」
彼女は言って止まるタイプではない。
一方的に宣言すると、美作との距離を縮め───
GUNの距離まで迫ると、艦橋や甲板に向かって機関砲掃射を行った。
当然、攻撃は彼女に集中する。
助けるには、当てるしかない。
「まったく……データリンク確立!」
機首を美作に合わせる。
すると、RWRが鳴り響き曳光弾が機体を掠め始めた。
「ああ、そっちも動くよな!」
敵のFCRがチェイスのF-2を捉えたのだ。
レーダー反射波の形状から、自分がミサイル攻撃の元凶と分析された可能性も高い。
まだミサイル到達まで時間はある。
チェイスは機体を旋回させて鉛の雨を回避する。
「こっちを……見ろッ!」
竜司が咆哮を上げると同時に、陽光を機銃銃座に向けて発射した。
ゲームではないのだから、同艦種の砲撃戦を想定している戦艦の防御力相手に対空用の短射程ミサイルなど爪楊枝も同然。
しかし、甲板で装甲板なしに迎撃戦闘を行なっている水兵から見れば、迫り来る死も同然。
甲板で爆発が起こり、一瞬だけ攻撃が止んだ。
自分の命を守るためか、命令を無視していくつかの銃座が竜司のスーパー・オロールを狙い出す。
それでも、ハリネズミのような銃座の中にはチェイスを睨む銃が無数にあった。
「ペンギン1! 間もなくそちらに誘導弾が到着するぞ!」
「了解、ちょっと待て!」
薄くなった迎撃の網をすり抜けつつ、レーダーを船体へ向ける。
トーンは安定している、問題はない。
竜司が低空飛行で美作の目前を横切り、迎撃が薄れた直後だった。
闇を裂くスズメが船体のど真ん中に叩きつけられた。
「美作に着弾、だけど……」
巨大な爆発が甲板で巻き起こり、迎撃が止んだが───
戦艦は止まらない。
煙突から煙を吐きながら、湾外への脱出を始めていた。
50センチ砲という規格外の艦砲を想定した防御を前に、巡洋艦クラスを想定したミサイルでは撃沈には程遠いのだ。
恐らくミサイルは銃座の防弾板は貫通出来ても、船体の急所を貫けなかった。
「航行に支障なし!」
しかし、美作も決して無傷ではなかった。
爆発によって甲板要員多数が死傷し、銃座も左舷側の多くが破壊された。
さらに火災が発生しており、要員の死傷によって消火活動は進んでいない。
それでも、戦艦は止まらない。
未だ戦えるのだ。
「……これが、戦艦か!」
「ペンギン1へ、こうなったら艦橋を破壊して組織的な戦闘能力を奪うしかない!
難しいと思うが、最後の1発は艦橋を狙ってくれ!」
「わかった、やってくれ!」
「チェイス殿、美作が迎撃を再開!」
混乱していた甲板要員が息を吹き返した。
生き残った銃座を活用し、時に破壊された砲塔から機関砲だけでも引っ張り出し。
彼らは戦闘を再開したのだ。
「こいつらっ……! チェイス殿っ、連中こちらを見向きもしません!
あなただけを殺しに来ている!」
「ああ、またファンが増えたよ……!」
向かってくる曳光弾は減ったが、挑発する竜司のことなど完全に無視してチェイスを集中攻撃していた。
まだブリッジが生きているのだから、レーダーでチェイスを睨んでいるのだろう。
こうなれば、目を惹きやすい上空では誘導出来ない。
チェイスは機体を真下へ向け、高速で垂直降下を始める。
「低空から誘導するのか……⁈ 針の穴を通すようなものだぞ!」
「松屋隧道も一度やったんだ、もう一度やるよ!」
その背を追うように曳光弾が真上を通過する中、海面ギリギリで機首を持ち上げる。
「誘導弾、作戦区域に進入! 誘導限界まで残り15秒!」
「もうちょっとだ……!」
その時、曳光弾が手を合わせるように2ヶ所から、閉ざすように伸びてきた。
これでは着弾より前に被弾する。
「ちぇっ、まだだっ!」
右旋回した先は、船の墓場。
ランサーが撃沈・無力化した駆逐艦やミサイル艇が漂う隙間だった。
戦艦の防空火器が大破した船体を貫き、破片が舞い散っていく。
この瞬間、美作乗組員の目からチェイスは消えた。
「誘導限界3秒前!」
「いった! ターゲットロック!」
鋼鉄の死体の隙間から、チェイスは這い出た。
美作のブリッジをレーダーで捕捉させ、対艦ミサイルを誘導させる。
大慌てで曳光弾が各所から伸びるが───ミサイルの着弾が一歩早かった。
ミサイルはチェイスが狙った前艦橋中央に着弾。
側面から艦橋をへし折り、上部司令区画を甲板に叩きつけた。
「敵戦艦、艦橋大破! チェイス殿が、幕府軍の八咫烏がやりました!」
「っしゃあ!」
「驚いたな、これが八咫烏か」
チェイスは着弾と同時に急上昇したが、美作のブリッジ大破と同時に迎撃は止まっていた。
精神的支柱を文字通り真っ二つにされて、戦意を喪失したのだろう。
───戦意が萎えるには、ちょっと早くないか?
お前がASMの残弾がこれで尽きたことを知っているからだろう。
向こうは最悪の場合、これが空を覆うほど無尽蔵に襲来する可能性も想定しなくてはならない。
もちろん、夷俘の魔物がミサイルを誘導しているというのも、事実とはいえ向こうの司令部が出した希望的推測だ。
我々日本の知る、撃ちっ放し能力があるかもしれないのだから。
「こちら、政府海軍駆……我が艦は……する。降伏だ」
「……だ、撃つのをやめてくれっ」
既に敵の迎撃は停止しているのが確認されていた。
死体撃ちをする必要は誰も感じていなかった。
「全機、わかってると思うけど攻撃禁止!」
「当たり前だ、ランサー攻撃中止する」
「新選組、攻撃やめ!」
智台の街から死の光が途絶え、沈黙が訪れた。
静寂が漂う中、ゆったりとした足取りで、彼らはやってきた。
「こちら第八艦隊参謀、無線封止を解除する。攻撃隊、進捗を報告なさい」
「駆逐艦、巡洋艦複数大破。それと、戦艦美作も艦橋大破、戦闘不能。
艦隊は降伏して、作戦は成功した」
「美作は傷物になりましたか……まあ、いいでしょう。失敗するよりずっと」
相変わらずムカつく物言いの男だが、かといって攻撃するわけにもいかない。
チェイスは淡々と必要な情報を告げた。
「攻撃隊は第八艦隊到着まで上空で待機。ゴースト、お前たちは武装解除を。
不審な動きを見せた艦艇は殲滅せよ」
「了解しました。こちら幕府海軍哨戒隊ゴースト。政府軍を名乗る者達へ。
降伏する意図があるならば、兵装の砲身を最大仰角まで……」
「ちぇっ。なにが主力は艦隊だよ、お前らが来る前に終わっちゃったんだぞ」
「ペンギン1、いやチェイス。今の独り言は送信してないからな」
「おっとありがとう、マイク入ってたか」
別に聞こえていたところで何も困らないが、ゴーストの面々に軽く感謝を告げると湾内の監視に移る。
消火のために小型艇が忙しなく動き、暗闇の中に蛍光色のボートが浮かんでいる様子が見えた。
そしてこの暗がりの中には、無数の魂なき肉体が漂っているに違いない。
「そういうのは、考えないようにしろよ」
しかし、向き合わなければならん。
私たちは生き残りのため、そして帰還のため。
無関係な他所の人間の命を奪っているという事実に。
「八咫烏へ。聞こえる?」
その時、通信機に交信が届いた。
八咫烏といえばチェイスの異名。
しかし、その周波数は今回の作戦で規定されたものではない。
「こちらペンギン隊、そちらの所属を告げよ」
チェイスが悩んでいる間に、竜司が応答した。
すると、短い沈黙の間に何かあったらしく。
「チェイス殿。彼女です」
「か、彼女って?」
少なくとも、諸条件で呼びかけてくる彼女候補はそう多くない。
「時間がない、八咫烏。ここの連中は機雷で湾内を閉塞する気だ」
「……手段は?」
「船改番所の巡視艇に偽装して散布」
船改番所とは、葦原領海の警備や海に近い事件事故の防止や捜査を任務とする法執行機関である。
日本でいう、海上保安庁に近い組織となるだろう。
そこの巡視艇に偽装して、機雷を敷設する。
事実であれば重大な告発だが、信用するにしても今の湾内には無数の大破した艦艇がある。
それに、消火活動に追われている本物の巡視艇もいる。
「特定は無理だ、船が多すぎる」
チェイスが告げた直後、湾内で爆発がひとつ。
照り返す光から、いくつもの小型艇の姿が映った。
「今機雷をぶっ壊した! あの集団が機雷を湾の出入り口に撒くつもりだ!
……ごめん、もう弾が届かない」
証拠としても、情報としてもこれで十分だった。
「ありがとう、見知らぬ人! ゴースト!
データリンクでこっちの対地レーダーの情報を送る!
目標指定は任せた!」
「湾内に機雷を撒かれれば幕府の活動に支障が出ます。
ペンギン隊、機雷艇を破壊しなさい。可及的速やかに!」
「了解。これよりペンギン1から受け取った情報を基に機雷艇を選別する。
この情報を基に攻撃してくれ。それと、周囲には民間のユニットが複数存在する。
誤射に注意!」
位置・向かう方向・形状から、ゴーストが破壊すべき敵を確定させた。
海面を這うように飛行して接近すると、機雷艇から光の点が現れた。
曳光弾、こちらを認識して迎撃を始めたのだ。
「こちら新選組、助ける手段はあるか⁈」
「ダメだ、新選組! 下手に攻撃したら民間船や巡視艇に当たる恐れがある!
これはデータリンク能力のあるペンギン隊にしか出来ない仕事だ!」
ゴーストの解説に感謝しつつ、チェイスは補足した。
「助けたいなら低空飛行して連中の注意を惹いてくれ!」
「それならこちらも可能だ。ランサー各機、低空飛行を開始せよ」
「新選組は増援を警戒してくれ!」
「……新選組、了解!」
新選組は少し離れた空港の敵に対処していたため、出来る事は少ない。
しかしランサー隊はチェイスらペンギン隊と同じく艦隊の攻撃に従事していた。
彼らはこれ見よがしに低空飛行を行い、敵機雷艇の注目を集めた。
チェイスと竜司の狙う余地が大きくなった。
「竜司ちゃん、ミサイルの残弾は?」
「ありません。機関砲で対応します」
彼女の腕はこれまでの訓練で磨かれていた。
よほど混乱した状況でなければ、誤射などしないだろう。
僚機の腕を信頼し、チェイスは翼端の陽光を叩き起こした。
HMDで目標を指定し、シーカーに熱源を捕捉させる。
「HMD起動、マルチロック開始!」
海と機雷艇が持つ熱の差は明白。
捕捉まで少し時間は掛かったが、一度捕捉すればしっかりと狙いをつけてくれた。
「ペンギン1、FOX2!」
ふたつの白線が主翼から伸び、海上を走るディテールの乱れへ一直線。
チェイスはその着弾を見届けるより先に、FCSをGUNに切り替えた。
次の目標はミサイルでロックした目標よりずっと手前、彼我の距離3000フィートの機雷艇だ。
目標の前後を横切るようにミサイルが通過した刹那、F-2の20ミリが船体後部を薙いだ。
水面で3つの爆発。
続いて、少し離れた場所でも爆発が起こった。
「ペンギン1、2、機雷艇の破壊を確認! 残敵5!」
「こちら政府海軍駆逐艦疾風! なんだこの戦闘は、何が起こってる⁈」
「味方は、まだ戦ってるのかっ? 参戦するべきなのかっ?」
「あらゆる交戦を禁ずる! 禁止だ!
俺達は降伏したんだぞ、くそ。誰だ余計なことをしているのはっ!」
通信機から徐々に暗号化されていない政府側らしき交信が届いた。
機雷の散布は恐らく政府側意思決定層からの指示によるもの。
状況はカオスだ。
指揮系統の無視が随所で起こり、よりによって政府側の現場が状況を認識できていないのだ。
そしてそれを説明できるほど、こちらにも余裕はない。
チェイスはいったん陸地側で旋回し、再び機雷艇へと機体を向ける。
すると、対地レーダーに極めて小さな反応。
それが機雷艇の後方で出現と消滅を繰り返していた。
この状況で想起されるものはひとつだけ。
「くそ、やりやがった。機雷の散布を確認!」
「座標からして、海上封鎖に有効な配置ではないな。
連中、効率を諦めて出来る限り嫌がらせをするつもりだ」
「第八艦隊、全艦艇に告ぐ! 対艦戦闘用具収め、救助の用意!
先湊の掃海隊をこちらへ向かわせるように!」
チェイスが機雷艇を追う最中、付近で航行不能となっていた巡洋艦から大きな水柱が立ち上った。
この騒ぎで浮遊する機雷が波に流され、巡洋艦に接触したのだ。
「だまし討ちとは卑劣な! ただで死んでたまるか!」
「司令部からの命令は徹底抗戦だ!
夷俘の魔物に一矢報いるぞ!」
その時、煙を吐く駆逐艦から光の線が伸び始めた。
「賊軍の艦艇より対空砲火! こっちが攻撃してると勘違いしてやがる!」
「小銃や重機関銃だから、こっちにはまず当たらんが……」
ランサー隊の報告から間もなく、チェイスらペンギン隊に対しても降伏した艦艇からの攻撃が始まった。
自分のものでなくなった途端、港を封鎖するだけでなく戦意を失った人員に抗戦させる。
褒めたくなるほど見事な手腕である。
同時に、殺したくなるほど悪辣な頭脳だ。
「くっ……! 迎撃が激しすぎる……!」
無数の曳光弾が向かって来る状況に危険を感じた竜司が攻撃コースから離脱した。
例え正確な照準でない目視照準の小銃と言えど、当たり所次第では命取りになるのだ。
「チェイス殿っ……! 強い思念が、無数の思いがあなたを狙ってる!」
「大丈夫、なんとかする!」
大きく旋回して迎撃を回避し、機雷艇をGUNの射程圏内に収める。
問題は照準するために真っすぐ飛べない事だが───
「そう、なんとか……!」
海面スレスレを左旋回し、機体を翻して右に急旋回。
世界が右に傾き、真上に銃撃する機雷艇が浮かぶ。
あのシルエットが計器の下へ隠れる寸前、トリガーを引いた。
爆発、続いて大爆発。
恐らく、着弾したのは機雷で、船に積まれた機雷が誘爆したのだろう。
「こいつっ、迎撃をものともしないぞ!」
「待て……あいつは何を攻撃してるんだ?」
「見たぞ、今のは巡視艇だ!」
「馬鹿を言うな、なんで巡視艇が機銃掃射で爆発するんだ!」
「こちら幕府海軍哨戒隊ゴースト! 政府側の人間に通達する。
我々が今攻撃しているのは巡視艇に偽装した機雷艇だ。繰り返す、機雷艇だ!
これは貴官らを狙った攻撃ではない!」
「機雷艇? 聞いてないぞ!」
少しだけ、迎撃の勢いが弱まった。
この隙に竜司も高度を下げて機雷艇への攻撃を再開した。
大きく回頭して部隊から離脱しようとした機雷艇を正確に照準し、着弾。
水柱を避けるように、竜司は海面直前で水平飛行に戻した。
「探照灯で照らす! 撃たないでくれ!」
その交信の直後、巡洋艦から一筋の光がもたらされた。
チェイスが対艦ミサイルを直撃させた、あの巡洋艦だった。
この艦が搭載したサーチライトが巡視艇を照らし、その真っ白な船体と甲板に並べられる不釣り合いな機雷を露にさせた。
「なんだあの巡視艇は! 甲板に機雷を積んでるぞ!」
「馬鹿な、こんな所で機雷を撒いたら我々にも被害が出るぞ⁈」
「そんなの承知してるに決まってるだろ! 南方の奴らめ!」
巡洋艦が照らす機雷艇に照準を合わせ、掃射。
砲弾がブリッジを貫き、舵が切られ岸壁に突っ込んでいった。
「機雷艇撃沈、残2!」
「こんなところで、後ろ弾で死んでたまるか!
あの機雷艇を撃て!」
「ですが、あれは味方ですよ⁉」
「爆弾投げ込んでくる奴が味方なものか!」
一度止んだ光の線が、再び随所から伸び始めた。
その先にあるのはチェイス達の居る空ではなく、元来味方であるはずの機雷艇。
政府側が割れたのだ。
一方で問題もあった。
政府側の水兵が攻撃している船には、チェイスのレーダーでは不明扱いとなっているものが少なくない。
この場合の不明とは、軍用ではない民間の船や巡視艇を意味する。
電子機器が破壊され、パニック状態の彼らに正確な目標選定と照準を行う術はない。
政府側の意思決定層がこの展開を狙ったのか定かではないが、巡視艇に偽装しているため目標を誤認してしまったのだ。
「ゴースト! 政府側に攻撃をやめさせろ! 大半が民間船を攻撃してる!」
「なんてこった……! こちら幕府海軍ゴースト! 政府軍の者に告ぐ。
そちらが攻撃しているのは民間船だ! 繰り返す、民間船だ!
機雷艇はこちらに任せ、貴官らは救助を優先せよ!」
ゴーストの声も、水兵たちに届くまでラグがある。
マズルフラッシュで昼間のように明るくなった港を低空飛行し、チェイスと竜司は大破した艦艇を縫うように逃げる最後の2隻を追尾した。
「迎撃、来ます!」
竜司の警告に従って回避機動を行うと、機雷艇の甲板員が重機関銃で迎撃を始めた。
まず当たらない距離だが、万が一にも弾を貰えば撃破は困難になる。
すると、竜司が出力を上げてチェイスの先を行った。
「チェイス殿、私が攻撃を誘引します!」
「わかった、頼む!」
最大出力で迫る竜司のオロールは機雷艇の注意を惹いたらしく、曳光弾は彼女に向かいはじめた。
その背後から、チェイスは迫る。
「よし、ターゲットロック!」
照準システムがレーダーで機雷艇を明確に捉え、照準器を浮かび上がらせる。
残弾はあまり多くない、慎重に狙う必要があった。
F-2の20ミリは原型機のF-16と同じく、わずかに上を向いた設計になっている。
これは格闘戦での使用を想定したもので、対空戦闘においては問題にならない。
しかしこれほど小型の目標を狙う対艦攻撃ともなれば、やりづらい。
わずかに機首を下げると、海面が目前に迫る。
その一瞬、シルエットと照準器が重なった。
「GUNS、GUNS、GUNS」
数十の曳光弾を吐き出すと、操縦桿を引いて急上昇。
やや遅れて、爆発の光が港を包み込んだ。
「撃沈確認! あれで最後です!」
「こちらゴースト、降伏した賊軍の被害は最小限に留まっている。
敷設された機雷も多くはない、先湊から急行している
掃海隊が処理してくれるはずだ。
……まさか、二度も驚かされるとはな。感服したよ、八咫烏」
「このくらいで驚いちゃっていいのか?
その内心臓マヒで死んじゃうぜ?」
ゴーストの称賛に軽口で応対していると、ふとチェイスの脳裏にあの声の主が過った。
「見知らぬ人、まだ聞いてる?」
「はいはい、感度良好」
「今回は助かったよ。いずれお礼をしたいから、連絡先教えてくれる?」
顔も名前も知らない相手に、さっそく連絡先を聞き出すとは。
お前はなんというか、相変わらずというか───
「……あんな活躍できる人間が、こんなニブチンとはね」
「え?」
「見込み通りってこと。今度こそ奢ってもらうからね。
葦原一の始末屋、交信しゅーりょー」
謎の守護天使は一方的に告げると、銃撃音と共に交信を終えた。
葦原一の始末屋。
彼女のその言葉で、ようやくその正体に合点がいった。
「……ああ、千代ちゃんだったのか。彼女」
あのまま巡視艇に偽装した機雷艇が跋扈すれば。
投降した政府海軍の人間はもちろん、向かっていた第八艦隊、そして消火活動に従事する船改番所の巡視艇にも被害が出ていたはずだ。
当然、あの情報をもたらした彼女がいなければ防げなかった事態だ。
だからこそ、歯がゆかった。
彼女は常人にはない特殊な能力を持つ。
身体能力の面でも幼少期から鍛えられ、常人離れしたところがある。
だとしても、良介の一回り年下の、少女と呼べる年齢なのだ。
そんな彼女をまた、戦争に加担させてしまった。
「……ままならないな、まったく」
重い気分のまま、チェイスは機体を北へ向けた。




