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蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~  作者: 穀潰之熊
第二部 奥葦原

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59 声東撃西作戦「When the cat's away」

央暦1969年8月14日

北部藩 石射平野

葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉


「基地を分捕って使うってだけでも前代未聞なのに……

機体まで分捕るのかよ」


 呆れた表情をした機付長が呟く。


 空挺部隊が補給倉庫から回収してきたペンキを受け取ると、斗米基地整備隊は大急ぎで主翼の国籍標章を塗り替え始めた。


 幕府軍とシルエットこそ同一だが、カラフルとなった赤の平角に金の中平角。


 これを機体のベースカラーで塗りつぶし、その上から紅の一つ星───

 つまり、日の丸に塗り替える。


 これで一応、日本国自衛隊が運用しても国際法的には合法である。

 チェイスの現在の所属が自衛隊と言えるのかは、凄く微妙だが。


「お前この機体の動かし方、わかるのか?」


「前に一度、幕府軍のに乗せてもらった事がある」


 あの時はその直後に、より高性能な五色打撃戦闘機が調達されたため、それきりとなってしまった。

 それでも、まだチェイスの頭にはこの機体の動かし方が残っている。


 エンジンの回転数が既定の値に到達した。

 チェイスは出力を10%に上げて、始動させた。


「クリア!」


「それでも、機種転換訓練受けてないだろ」


「そんな時間があればよかったんだけどさ」


 残念ながらチェイスの指摘通り、そのような時間の余裕はない。

 可及的速やかに発進し、味方の支援をしなくてはこの基地もろとも、幕府軍総倒れになってしまう。


「なら、整備の側として改めて忠告させてもらう。

こいつは首振り(ヨーイング)が不安定だから、使う時は気をつけろ。

あとF-2みてぇに上等な電探はねぇ」


「どころかレーダー積んでないんでしょ?」


「ああ。時代もあったが、構造的にも無理なんだ。

だから、索敵でも連携が重要になる。忘れんな」


 ついでにエンジンは弱く、兵装搭載量が少なければECM能力もない。

 あらゆる意味でF-2と比べれば、劣っているどころの騒ぎではないが───


 現場において重要なのは、そこにあって使える事だ。

 墜落確定の最高級品よりも、問題なく使える普及品である。


「今回もやってやるよ」


「陽光の取り付け完了ッ! 準備よし!」


 整備隊がP-100に陽光と70ミリロケットポッドを装備させた。

 これで空へ飛び立つ準備は完了だ。


「まあいいさ。部品は思ったより少なかったが、何とかしてやる。

行ってこい!」


 機付長が離れたのを確認すると、出力を上げる。

 ゆっくりと機体が動き出し、格納庫から誘導路へ。


「チェイス、こっちはもう上空で待機してる。まだか?」


 タキシング中、既に離陸していたボスが進捗を尋ねてきた。

 こればかりは、急かしたところでどうしようもない。


「今上がるところ!」


「まったく……敵機鹵獲してそのまま発進なんて、

エースコンバットでもやらんぞ」


 言われてみれば───3のアレは鹵獲と言えるかもしれないが。


「へっへっへ、何せ俺様はリアル・スーパー・エース様だからな」


「ああ。原義的にも、自衛隊的にもな」


 今となっては遠い話は置いておいて。

 滑走路に到着したチェイスは一瞬だけ通信機の位置を見落としつつも、管制塔へ発信した。


「こちらペンギン1、離陸許可求む」


「我らが八咫烏を確認。滑走路の確認は出来てる、いつでも離陸してくれ」


「ありがとう。ペンギン1、離陸する」


 スロットルを操作し、出力最大。

 オーグメンター起動。


 エンジンノズルから炎が迸り、突き飛ばされるように機体が加速していく。

 しかし───明らかにF-2と比べて出力が低い。

 さっきまで乗っていたのだから、その差は顕著だ。


 それでも、今チェイスの手にある刃(ダール)はこれひとつ。

 これでやるしかないのだ。


 引き上げ速度(VR)に到達した機体を上昇させ、空へ舞い戻る。

 少なくとも、離陸も出来ないほどチェイスはP-100を忘れてはいなかった。


「大馬鹿野郎が上がってきやがったな」


「鹵獲機でそのまま飛行なんて……滅茶苦茶です」


 呆れた様子のふたりに近寄ると、彼らはチェイスの後を飛び始めた。


 さて、ここからは現場判断での行動が命じられている。

 真っ先に援護へ向かうべきなのは、やはり最前線の精兵隊だろう。


 イグルベ中隊に関しては、相手が追撃の心配のない陸上施設だ。

 飛行場を制圧した現状、戦闘を切り上げて補給を受けることも可能。


 ならば、真正面からの削り合いを行っている対地支援を行う事が肝心だ。


「これより、北の石射平野に展開する敵部隊を攻撃する」


「妥当な判断だ。合格点をくれてやるよ」


「批評家が隣にいて、俺も安心して指揮できるよ」


「だろう? しかも実務家とくれば天下無双だ」


 茶々を入れられるのは気に入らないが、彼の判断は頼れる。

 不安なく、チェイスは針路を北に取った。


 間もなくして、ペンギン隊は精兵隊の通信圏に入った。


「こちらペンギン隊、対地攻撃を始める」


「おお、待っておったぞチェイス!」


「ひとつ報告。ペンギン隊一番機は諸般の都合で機体が違うけど、味方だ。

繰り返す、先頭のP-100は味方だ」


「はぁ?」


「やっぱりこれが普通の反応ですよね……」


 精兵隊の隊長、陸平は彼に見合わぬ素っ頓狂な声を上げた。

 当然である。行きと帰りで機体が変わるなど、普通は思わない。


 チェイスが頭おかしいだけで、普通は機体の乗り換えには数週間の機種転換訓練を必要とするのだ。

 例え、搭乗経験のある機体だとしてもだ。


「なんだかわからんが、味方なのだな!」


「そう、味方! 乗ってるのは俺様、チェイスだ!」


「おう、チェイス殿か!」


「順応した……」


 さすがに同じ作戦で機体を乗り換えるなど前代未聞。

 すり合わせをきっちり行い、改めてチェイスは問い掛けた。


「陸平、状況は?」


「戦車隊と対空陣地をいくつか吹っ飛ばしてやったが、まだいくつか残っておる。

ま、つまり儂らの残飯処理ぢゃな」


「ああ、命の危険が少なそうで何よりだ」


 軽口を真に受けてはいけないぞ、志村良介。

 極限状況に置かれた人間は、不謹慎なジョークを口にして精神の安定を図る傾向がある。


 現場で命を賭けている人間の、命を軽視するかのような発言は基本的に防衛反応だ。

 それを忘れてはいけないぞ───


「俺もその命賭けてる側だっての……ペンギン全機、散開!

各自の判断で攻撃せよ!」


 バラバラになって攻撃を始めると、チェイスは目前の対空陣地に狙いを定めた。

 北側の精兵隊の颶風に向けてSAMを打ち上げているが、奇妙だった。


 颶風に対して、明らかに不安定な挙動で追尾しているのだ。

 フレアで欺瞞しているにしても、違和感がある。


「颶風はプロペラ機、熱源追尾の誘導弾はまともに追尾せんのぢゃ!」


 赤外線誘導、ヒートシーカーの短SAMというわけだ。

 以前、捕虜収容所を強襲した時にも現れたSAMと同一の車両である。


「つまり俺らにはバッチリ食いついてくるわけか」


 とはいえ、敵が後方の警戒をしていないのは明らかになった。

 低空飛行し、チェイスはその無防備な背中にロケットの先端を叩きつけた。


 低威力な70ミリロケットでも、SAM発射機がまともに受ければひとたまりもない。

 キャニスターに格納されたミサイルが誘爆し、周囲一帯を覆う爆発を起こした。


「SAMを破壊した」


「ハッ、日本人がスーパーセイバーに乗ってSAMぶっ壊すなんてな!」


 興奮した様子のボスが、チェイスの活躍を見て言った。


 スーパーセイバー。

 思い返してみれば、日本もF-86更新のために導入を検討したF-100戦闘爆撃機がこんな特徴をしていた。


 戦闘爆撃機、という評価で導入がお流れになったといわれる機体だが───

 なるほど、面白い偶然の皮肉である。


「不満なの?」


「まさか! 夢のドリームエアフォースだぞ? 大満足だ!」


 そういえば、ボスはこういったレトロ趣味の飛行機マニアの側面があった。

 彼からしてみればF-20のような(・・・・)機体を自ら駆る状況は、望外の喜びに違いない。


「ふたりともっ、おしゃべりをしていないで戦闘をしてくださいっ!」


「もちろんっ!」


 敵陣後方をかき乱したチェイスはそのまま前線に向かい、土を盛り上げて形成する簡易的な掘削掩体で守りを固める戦車。

 これの真後ろからロケット弾を浴びせた。


「紅の一つ星っ、八咫烏だ! 戦車が煙を上げて、乗員が逃げ出した!」


「制圧射撃! あの掩体まで前進するぞ!」


 戦車の被害を目視する余裕はなかったが、地上部隊が効果を確認してくれた。


 東から北上する竜司、西のボスへそれぞれ視線をやる。


 自衛用兵装を廃して、4発の爆弾を搭載した竜司のオロールは目視照準とはいえ正確な爆撃を披露した。

 田んぼに建てられた敵の特火点(トーチカ)に低空で接近し、低抵抗爆弾を過ぎ去りざまに投下。

 爆弾はトーチカのど真ん中に着弾し、5秒の遅延信管によって突き刺さった状態で爆発した。


 ボスは運悪く対空砲の旋回が間に合い、迎撃を受けていた。

 しかしP-5リトル・バーグフの軽量ボディと、F-2の強力なエンジンを併せ持つP-20ドゥンの機動性は抜群だ。

 ひらりひらりと迎撃を回避しつつ、主翼に提げたロケット弾を複数の対空陣地に叩き込んでいた。


「ジェット機だ、ジェット機が目の前の敵をぶっ飛ばした!

あれはどの部隊だ⁉︎」


「作戦会議で寝てたのか? ペンギン隊、幕府軍の八咫烏とその仲間だ!」


 北上しつつ味方前線を通過すると、再び部隊は集結。

 互いの無事を自分の目で確かめ合った。


「みんな、怪我はない?」


「竜司、被害ありません」


「ボス、同じく」


「上司として、部下の腕がいいのは助かるよ」


 と、調子に乗ったチェイスは軽口を叩いた。

 もちろん、優位とはいえ軽口を叩けるほど状況は甘くない。


「こちら睦平っ、報告する! 敵部隊は後退を開始。

じゃが、編隊員は対空兵器が一箇所に向かっていると言っておる」


「……つまり?」


「チェイス。これは本隊を守るために対空兵器を集め始めたんだろう」


「少数を捨てて、多数を守るか……」


「戦術的には、間違いではありません」


 竜司の言葉は正鵠(せいこく)を射ている。

 なんだかんだ、戦争は頭数が多い方が有利。

 ならば敗走する時、数の多い部隊を撤退させるためにリソースを割くのが賢明だ。


「さあ、どうする? 雑魚狩りか、それとも……」


 切り捨てられた少数を叩いて、安全かつ確実に敵戦力を削る事は大切だ。

 しかし、敵が撤退する南には空挺が占領した石射飛行場がある。


 少数の部隊が駆け込んできても対処出来るだろうが、大部隊が勢いをつけて飛び込んできたらどうなるか。


 ただでさえ、幕府軍は作戦の邪道を進んでいるのだ。

 普通でない状況に、普通の対処をするのは危険である。


「本隊を叩く」


「だろうな。竜司、覚悟決めろよ」


「はい! ですが……チェイス殿となら、なんとかなる。そう思います」


───嬉しいことを言ってくれるなぁ。


 彼女の発言にチェイスの自尊心が満たされたが、あのボスがこのような発言を許容するはずがなかった。


「依存するな!

いいか、仲間を頼るのは悪い事じゃない。

だが、あいつがいればどうにかなる。

それは信頼じゃねぇ、依存だ。

依存する奴は自分を、ひいては周りを腐らせる。忘れるな」


 嬉しくなるのと、やってはいけない行為。

 それぞれ否定し合う関係ではなく、並立するものである。


「失礼しました。失言でした」


「よろしい……チェイスに背負わせ過ぎるなよ」


「竜司ちゃんの期待だったら、俺はいくらでも背負えちゃうぜ?」


「黙れ」


「……部隊長は俺なのに」


 その通り、お前は余計な発言をするな。

 例えそれが、照れ隠しだとしてもだ。


「こちら歳三。歳三以下、新選組はこれより戦線に復帰する」


 折よく新選組が最後の攻撃に間に合った。

 これは好都合、チェイスは通信で歳三に呼び掛けた。


「こちらペンギン1、待ってたぜ新選組。

今から敵本隊へ攻撃を仕掛ける。対地兵装は?」


「備えている。本隊への攻撃なら、我々は北東から攻めよう」


「ならば、儂ら精兵隊は北西から行かせてもらう」


 役者が揃ったところで、撤退する敵部隊が射程に入るぞ。

 敵部隊は戦車と自走式SAMを中心に陣形を組み、外側に装甲車と自走対空砲が展開している。


 歩兵が随伴できる速度ではなく、遠目から見てトラックが中にいるようには見えない。

 これは───少し敵の部隊を過大評価していたか?


「こちらボス。連中が歩兵を放り出して逃げ出しているように見える」


「こちら睦平。その通り、大型の輸送車両は本隊に随伴しておらん。

あの本隊は、石射の市街地から逃げ出した連中じゃ」


「近衛軍だ、報告する。塹壕で多数の将兵が投降した。

口々に、自分達は見捨てられたと言っている」


 それはつまり───

 石射平野市街地に司令部を築いていた政府軍。


 この地の防衛を任された任務上、彼らは市街地に立て籠ってでも守る必要があった。

 しかし増援のアテのある籠城といえど、いざ実行するとなると地獄の様相を呈す。


 ビルや家屋は射線確保のためことごとく粉砕され、道路という道路は封鎖され物流の一切が停止する。

 復興には数十年の月日を要し、長引けば籠城する将兵は飢えに苦しむだろう。


 ましてや、石射平野の市街地はあまり大規模な街ではない。

 身を隠すための大きな建築物は中心地に少々あるだけで、あとは背の低い住宅ばかり。


 このような状況に身を置くのは、可能なら避けたい事だろう。


 考え方を変えれば、市街地に住む避難も出来ない住民のため、人道のために市街戦を放棄したと考えることも出来る。


 逃げることの出来ない無辜(むこ)の民は、住む家(かてい)や職場(しごと)を瓦礫に変えられる。

 行きつけの商店からは商品が消え、なけなしの備蓄はよそ者が銃を片手に奪っていく。


 さらに、極限状態の兵士は丸腰の人間にすら武装を見出す。

 定期的に砲撃や空爆が行われ、無差別のロシアンルーレットが続く。


 日々のなんて事のない生活にすら、死が彷徨(さまよ)い始めるのだ。

 地球の反対側にある現実を知っている以上、チェイスも気に入らなかった。


 しかし、政府軍意思決定層の頭にどんな理念があろうと側(はた)から見れば───

 この地と任務に殉じる覚悟はなく、仕事と遠くの仲間を放棄して逃げ出したようにしか見えない。


「士道不覚悟……」


 恐ろしい言葉を、歳三は通信機で呟いた。


 SAMの集中攻撃を避けるため、高度を下げる。

 すると今度は対空砲火が狙ってくるのだが───

 自分から向かってくる弾をどうにかするよりは、まだマシであった。


 そう、マシなだけ。

 どのような高度でも、敵は全ての火力を投射してくるのだから。


 敵本隊との距離は約9000(2700)フィート(m)。

 ここで土煙の撒き上がる一角から、白い煙が立ち上った。


「SAM来るぞ!」


 3方向へ白い煙が伸び、うち1つは当然ペンギン隊に向かって来る。

 ペンギン隊の面々は大きく旋回し、チェイスはフレアを撒きつつも真正面から睨みつけた。


 敵が射程限界ギリギリで撃ってきたのは時間稼ぎの面もあるだろう。

 しかしその間にも各車両が目標選定を行なっている。


 ドラッグ機動ならば妥当に回避出来るだろうが、1秒でも敵に時間を与える訳にはいかない。

 推進剤が尽き、煙を吹かなくなったSAMを注視し、着弾直前で急上昇。

 そして出力を落としてボディの熱を下げつつ、バレルロールを行う。


 狙いすましていた目標が急変し、SAMのシーカーは最も強い熱源に意識を取られ。

 炸薬を搭載した矢はチェイスの真下を通過し、虚空へと消えていった。


「くそっ、やられたっ、被弾っ!」


「克也だっ、脱出するっ!」


 通信機からは各隊から被害の報告が上げられる。

 しかし幸いにも、ペンギン隊に被害はなかった。


 こうしてある程度の差はあれど、彰義隊は敵本隊へと距離を縮めつつあった。

 そして、敵の対空砲火が始まるのと同時に射程に入った。


「攻撃開始!」


 対空砲の曳光弾が機体を掠め、時に機体を傷付ける。

 それでも照準を敵に合わせ、それぞれが抱えた暴力を解き放つ。


 チェイスはロケットの全弾を動くもの全てにぶっ放したが、まだ足りない。

 反射的にFCSへ指を伸ばし、短射程ミサイル(SRM)に魔力を送り込んでシーカーを起動させる。


 陽光は赤外線───熱源を追尾するミサイルだ。

 彼らが狙える熱源は、地上の至る場所にあった。


「より取り見取りだけど、迷うなよ」


 大きく旋回しつつ、猟犬の手綱を手放す。

 本来航空機を目的とするミサイルは解き放たれた途端に標的を見つけ出し、一直線に食らいついていった。


 何百発も乱射して、赤熱した対空砲の銃身に。

 全速力での移動を続けてオーバーヒート寸前なエンジンに。


 装甲の薄い車両目掛けて、ミサイルは飛翔した。

 チェイスが目にしたのはそれが限界だった。


 機体の警報装置がいくつか危険を知らせている。

 やはり対空砲火のど真ん中を突っ切って、無傷という訳にもいかなかった。


 敵本隊から離れて、チェイスはようやく機体の状態をチェックする余裕ができた。


「こちらペンギン1、機体に被弾複数。燃料流出、多分それ以外にもある」


「ペンギン3、こっちも被弾したが飛行可能。戦闘は厳しいな」


「ペンギン2。被弾しましたが、損傷箇所が確認出来ません、どなたか確認を」


 竜司の言葉に、チェイスは身をよじって右後方の彼女の機体を確認した。

 すると───被害なんてものではない。

 垂直尾翼が吹き飛んでいたのだ。


「竜司ちゃん、垂直尾翼だ。垂直尾翼がなくなってる」


「どうりで……制御が不安定なわけだ」


 彼女のオロールは幸いにも飛行を続けていたが、水平飛行だけでも不安定な揺れを見せていた。

 一歩間違えば、完全に制御不能となって墜落するだろう。


「機体を捨てた方がいい。脱出地点は連絡しておく」


「了解……ご武運を」


 既に機関砲以外の全兵装を使い果たしていたため、武装の投棄は不要であった。

 周囲が人家のない田畑だと確認した彼女はイジェクションシートを起動し、機体から脱出した。


「パラシュート確認……あの子は大丈夫だ」


「ああ。衝撃とGで、首やってなければね」


 F-2はもちろん、この世界の戦闘機にも緊急脱出用のイジェクションシート───射出座席が当然備えられている。

 しかし、絶対確実に安全な脱出が保障されるわけではない。


 火薬で座席ごとパイロットを真上に打ち上げるというシステムの都合上、脱出の際に搭乗員は強烈な衝撃を受ける。

 その衝撃は加速度(G)にして12Gにもなる。


 人体の限界は10Gと言われているのを加味すれば、一瞬間とはいえその苦痛は多大なものと予想がつくだろう。

 機体ごと墜落するよりは安全だが、正規の手順での降機ではないのだ。


 もちろん無事に降下出来ても、敵部隊に捕捉される可能性もある。


「今は下の味方に任せるしかねぇ。チェイス。

敵本隊が飛行場の辺りに着く前に、補給に戻るぞ」


「これ、補給で済むのかな?」


「俺にお前の真似をしろって? ……細かい事は向こうで考えよう」


「だよなぁ……」


 兵装がほぼ尽きた現状、出来る事は少ない。

 ひとまず陸に降りなければ。


「こちら精兵隊、それなりにやられたがまだ健在じゃ」


「新選組、被害多数。補給があれば、戦闘続行可能だ」


 敵本隊から離れた彰義隊各中隊の代表者が被害を報告した。

 どちらも言葉は違うが、言っている意味は同じである。


「近衛軍第一大隊だ。先ほどの攻撃で、敵本隊はかなりの数が脱落したらしい。

現在、掃討と投降した兵士の拘束を行っている。

それとペンギン隊へ、脱出した搭乗員はこちらで保護した。安心してくれ」


「ありがとう、終わったら何か奢るよ」


「もう十分奢られたが……誘いを無下に断るのは無礼だよな?

我が隊総員、期待して待とう。交信終了」


 ひとまず、竜司の安全は確保されたらしい。

 それは間違いなく朗報なのだが、陸の人間から気になる言葉が聞こえてきた。


「……え。俺、部隊全員に奢らなきゃならないの? それも、陸の?」


「頑張れよ、幕府軍の八咫烏さんよ」


 近衛軍は大隊とはいえ、一般的な大隊よりも少人数だ。

 それでも、これほど大規模な戦闘が行える頭数。

 果たしてどれほどの額が必要になるのやら。


「……今は、目の前の戦闘に集中だ。石射飛行場へ、こちらペンギン1。

これよりファイナルアプローチに入る」


 滑走路を目の当たりにし、着陸ギアを展開する。

 する───する───

 出来なかった。


「あー、こちらペンギン1。着陸ギア故障、胴体着陸を実施する」


「ATC了解、生きて帰ってこいよ!」


 もはや戦闘直後ともなれば、このくらいの故障は日常茶飯事となっていた。

 念の為燃料を投棄すると、チェイスは胴体着陸を行うため姿勢を水平を維持した。


 ガガガガガッ! 接地した途端に滑走路のコンクリートを削り、火花が散る。

 静止する直前、消防が駆け寄って、チェイスのP-100に消火剤を浴びせた。


「おい八咫烏! 生きてるか⁈」


「大丈夫、火災は起きてない!」


 風防を叩き割ってもらうと、チェイスは素早く機体から飛び降りて滑走路を空けるブルドーザーに道を譲った。

 早く滑走路を使えるようにしなければ、後続の味方が降りられないのだ。


「誰か、無線で整備隊に連絡を! まだ使える機体があるなら、そいつを使う!」


「了解!」


 空挺が持ち込んだ車両で滑走路から格納庫へ戻ると、既に整備隊が準備を整えて待機していた。

 しかしよく見れば、整備隊の面々に見覚えのない顔が複数増えていた。

 さらに付近に銃を抱えた空挺がいると見れば、彼らが捕虜を使っているのは間違いなかった。


 色々と問題がありそうだったが、言っている暇がない。

 格納庫のど真ん中には日の丸の描かれたP-100が鎮座し、幕府軍と政府軍の捕虜が揃って始動準備をしていた。


「機付長! どこ⁈」


「こっちだ、用意は済んでる! こいつに乗れ!」


 機付長はP-100のコクピットから飛び降りてチェイスを呼びつけた。


「早いじゃないか!」


「こんな事もあろうかと思ってたんだ」


「リトル・バーグフの予備機もあったら、そいつも頼む!

ボスの機体も撃たれてる!」


「ちょっと厳しいかもな! まともな部品がありゃしねぇ!」


 タラップを駆け上り、コクピットに滑り込む。


「あれが夷俘の魔物(DEMON)……?」


「おいおい……機体を乗り換えながら戦うなんて、前代未聞だぞ?」


「しかもあれ、3度目の出撃だろ? まさに化け物(DEMON)だな……」


 捕虜たちの噂話を聞き流しつつ、機体の癖を確認する。

 どうも機体ごとに癖が大きく違う気がする。


 これはP-100の設計によるものか、あるいは普段の整備の不備か。

 それでも、今ここにあるものしか使うことは出来ない。


「兵装搭載完了!」


「離陸する、離れろ!」


 ギアブレーキを解除し、格納庫から誘導路へノンストップで発進する。

 すると、銀色に輝く機体がチェイスの隣に並んだ。


「よう、チェイス。生きてたか」


 イグルベ中隊隊長、カビエシである。

 彼らは東の上巻城駐屯部隊を攻撃し、増援を食い止める役割を持っていた。


 幸いにも彼の機体は飛行可能の範疇にあるらしい。


「カビエシか。悪いね、支援に行けなくて」


「いいさ、これも仕事だ。それより、敵部隊をここまで来れなくするんだろ?

一緒にやろうじゃないか」


「そうしよう……ねぇ、イグルベ中隊のナンバー2ってさ……」


 許可が出るまでの時間つぶしに、彼の部隊にいる女性について尋ねようとチェイスは目論んだ。

 すると───


「こちらATC、ペンギン1及びイグルベ1。滑走路進入を許可する」


「悪いが、おしゃべりは後だ。イグルベ1、滑走路に入る」


「ちぇっ。ペンギン1、滑走路に入る」


 空きの出来た滑走路に入る。

 北の方角を向く形となるが、その方角からは土煙が立ち上っていた。


 敵の軍勢はこちらへ向かっているのだ。

 それも、上巻城どころかこの飛行場へ。


「連中、城へ逃げ戻るかと思ってたが……こっちを目指してないか?」


「そう思えてきた。ペンギン1、離陸する」


 この飛行場は石射平野における幕府軍の生命線。

 命を賭けてこの飛行場で仕事をする仲間のためにも、ここへ踏み込まれるわけにはいかなかった。


 チェイスは離陸すると高度をほとんど上げず、地面を這うように飛行した。

 カビエシもそれに追従し、ふたりして田んぼを荒らしながら超低空飛行で敵本隊へ向かう。


「カビエシ、その機体で低空飛行は大丈夫なの?」


「大丈夫じゃないが、SAMの的になるよりマシだ」


 m───F-21イコウェは低空飛行での操縦性が悪く、さらに急ロールするとロールが止まらなくなる欠点があった。

 この機体に慣れているカビエシは操縦不能になるミスは犯さないだろうが、チェイスとしては確認せざるを得なかった。


「こちらイグルベ中隊! カビエシとチェイスに追従して攻撃する!」


 後方からはカビエシの部下が追い付いてきた。

 他の仲間は補給中。

 よそ者の集まりが敵を追い払わなくてはならなかった。


「イグルベ(イナゴ)の諸君! 命を燃やして、金を得るぞ!」


 カビエシの激励の直後、上空に一筋の白い線が現れた。

 敵のSAMが打ち上げられたのだ。


「回避するぞ!」


 カビエシは45度左にロールさせ、旋回しつつ上昇。

 目前までミサイルが迫ると、さらにまた左に45度ロール。

 ヨー運動と横滑りを駆使して真横にスライド(・・・・)し、真正面から迫るミサイルの群れを回避した。


 前進は止まらない。

 そう見たのか、続いて敵も対空砲火を始める。


「カビエシ、SRMのシーカーは砲撃の熱も捉えるぞ」


「まさか、実戦で試したのか? そいつはいい情報だ」


 チェイスもSRMに魔力を送り込み、発射準備を終える。

 目標は恐らく、目前で撃ちまくっている対空砲。


「ペンギン1、FOX2!」


「イグルベ1、ミサイル発射!」


 飛翔したミサイルを見て、対空砲の照準に乱れが生じた。

 チェイスらを狙っていた曳光弾は明らかにずっと手前を狙い始め、いくつかのミサイルが迎撃されて空中で爆発した。


 しかし、全てではない。

 放たれたミサイルのいくつかが迎撃を突破し、貴重な対空砲の至近距離で炸裂した。


 航空機をズタズタにすることを目的として開発された対空ミサイル。

 弾頭に仕込まれた調整破片は完全破壊に至るほど強力ではなかったが、それでも照準器や砲身、場合によっては車体を貫いて搭乗員を傷つけるのに十分すぎる威力があった。


 対空砲の守りを失った防空網に、明確な穴が穿たれた。

 歩兵戦闘車や戦車がこの穴を埋めるために機関銃を打ち上げるも、火力が明らかに足りない。

 この穴を通って、イグルベが陣形の内側に食い込んだ。


 先陣を切るチェイスとカビエシは本命のロケット弾を照準し、内側を走るSAMや装甲車に照準を合わせた。

 亜(ほぼ)音速で接近する機体に敵の迎撃は追いつかず、P-100の照準器と車体が重なった。


「ロケット発射!」


 SAMや戦車が次々に被弾し、撃破には至らずとも擱座(かくざ)して戦闘・移動不能となった車両が続出した。


 先ほどの攻撃と、この攻撃。

 二度の攻勢によって前後の対空車両に壊滅的な被害を受けた敵本隊は、組織的な行動能力を失いつつあるのだ。


「SRMでAAA破壊か……完全破壊は無理でも、使えるな」


 短射程と言えど、ミサイルはミサイル。


 直接照準が必要なロケットや爆弾、GUNより遠距離からでも攻撃可能。

 さらに自ら誘導するとなれば、命中率すら高い。

 威力の低さこそネックだが、一方的に攻撃できるアウトレンジは正義である。


 現実にもサイドワインダーが対地攻撃能力を獲得していた事から思いついた発想である。

 決して、エースコンバットのようなご都合多目的ミサイルが発想の元ではない。


「カビエシ、被害は?」


「皆無だ。部下も軽微、戦闘続行可能だ」


 脱落者はなし、兵装も残っている。

 ならば、さらに攻撃を加えてとどめを刺すべきだ。


 チェイスは決断した。


「よし、弾は少ないけどもう一度攻撃しよう」


「そう来なくっちゃな。全員、自分のスコアを忘れるなよ!」


 旋回して南下し、速度を得つつ残敵の攻撃へ。

 対空砲の迎撃はほとんどなく、SAMは完全に沈黙していた。


 申し訳程度の迎撃をものともせず部隊は前進。

 先ほどよりもずっと容易く、兵器の射程に収めた。


「攻撃……」


「降伏する! こちら葦原陸軍第八師団!」


 その無線の直後、いくつかの車両から白い何かが動くのが見えた。

 見間違いでなければ、あれは白旗だ。


「全機、攻撃中止!」


 咄嗟にチェイスは命じると、急上昇して射線から遠ざかった。

 イグルベも遅れてそれに追従し、迎撃は───来なかった。


「繰り返す、こちら葦原陸軍第八師団! 我々は降伏する!」


 このまま攻撃を受ければ、一方的に撃たれるばかり。

 一矢報いることすら出来ないと、彼らは判断したのだろう。


 この石射平野には、ツクヨミほか司令部との通信は確立されていない。

 現場の最上位はチェイスという事になっていた。


「こちら彰義隊第一中隊隊長。第八師団、そちらの降伏を受け入れる。

そちらへ向かう近衛軍に対し、武装解除を受けろ」


「……了解した」


 戦闘は終わった。

 農地を踏み荒らし、建物を破壊する争いがここに終結したのだ。


 幕府軍の勝利という形で。


「勝ったのか? 俺達は」


「降伏なら、勝ったんだろ!」


「っしゃああああっ! 勝っ、たああああっ!」


 地上の近衛軍が通信機を用いて、口々に驚きと喜びを語り合う。

 彼らの前身、奥葦原同盟軍はほとんど何も出来ず包囲・降伏が続いた組織だ。

 防衛どころか、逆襲の成功は望外の喜びに違いなかった。


「貸せっ、貸してくれっ!」


「おいっ、なにをっ……」


 その時、通信に気になる言葉が流れた。

 しばらく争うような気配が響くと、通信機から憎悪があふれ出た。


「国枝ァッ、俺達を見捨てた上に、勝手に負けやがってッ!

収容所では覚えてろっ、この恨み必ず晴らしてやるッ!」


「おいやめろっ!」


「勝手な事をするなっ!」


 また争うような音が響き、送信が終わった。

 国枝とは恐らく、チェイスに降伏を打診した政府陸軍第八師団の指揮官だろう。


「……ああ。その恨み、謹んで受けよう」


 間をおいて、彼らしき呟きが聞こえてきた。

挿絵(By みてみん)

勢力図声東撃西作戦後

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