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F-2無双(仮)  作者: 穀潰之熊
第二部 奥葦原

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52 首都撤退戦「忌まわしき過去」

首都撤退戦

央暦1968年3月29日

葦原首都 武揚(ぶよう)

大和幕府空軍第2航空団第77飛行隊『鎮武隊(ちんぶたい)』第2小隊『兼定隊』

空軍奉行添役(そえやく) 山義”歳三”才蔵


 京での敗戦よりふた月余り。


 幕府軍は鎮武隊をはじめとした多くの精鋭空軍部隊を持ちながらも、地上ではじわじわとその支配圏を奪われつつあった。


 たとえ空で無敗を誇っても、進軍し基地を制圧するのは地を這う歩兵だ。

 空で勝ったところで、地上を進む歩兵が土地を取り返せなければ、勝利は一時的かつ局地的なものにしかなれないのだ。


 そのような、次へと繋がらない勝利が続き。

 遅滞戦闘を繰り広げながらも、戦況は日に日に悪化し。


 そして、この日が訪れた。

 央暦1968年3月29日、武揚陥落である。


「複数の部隊との連絡が途絶……!」


「くそ、始まったな。伝令を飛ばせ! 信号は無視していい!」


 最初の被害報告は沿岸部に配備された司令部と現場を繋ぐ、通信部隊との連絡が途絶えたというものであった。


 政府側が送り込んだ工作員による破壊工作。

 要人の暗殺や施設の爆破など、武揚で同時多発的に攻撃が行われたのだ。


 もちろん、この攻撃は始まりに過ぎない。

 本当の攻撃はここからだ。


「防空艦北條より報告! 南西より複数の航空機接近! 数6!」


「北西の電探部隊からも報告! 山岳地帯より敵機襲来! 大部隊との事!」


「……限界だな。公方(くぼう)様と親王殿下の離脱を最優先しろ! 対空戦闘用意!」


 幕府軍司令部は最上位の将軍と、自らの権威を保証する親王を逃すため、決断した。

 陸軍・海軍、共に損耗し切った限界の状態。


 それでも、彼らは限界まで戦うと決めたのだ。


「千里基地に増援を要請しろ! 戦闘機だ!」


 幕府海軍防空巡洋艦、『北條』を中心とした首都防衛艦隊は内心安堵した。

 なにせ、自分達に向かってきている敵機はたったの6機。

 被害は受けてしまうだろうが、こちらのSAMで撃墜すれば最小限の被害で済む。


 しかしこの時、武揚湾から水面を這うようにして迫っていたのは、並の部隊ではなかった。

 政府空軍最精鋭、神機隊だ。


「じゅっ、12! 6じゃない、12機います!」


「半分も違うぞ、どうなってる⁉」


「味方の影にピッタリ隠れて、電探の探知から隠れたんだっ」


 防衛艦隊の外周を担当するレーダーピケット艦の見張り員は仰天した。

 まさか、飛行技術で戦力を誤認させてくるとは。


 ピケット艦の通信士はかろうじてこの事実を僚艦へと伝えたが、直後に沈黙した。

 機関砲とロケット弾の掃射によって、口と腕を封じられたのだ。


「右、対空戦闘! 最寄りの目標! 対空誘導弾、攻撃はじめ!」


 北條のミサイル発射機からSAMが打ち上げられた。

 SAMを持つ僚艦も続いて、神機隊へ攻撃を始める。


 火を噴く爆薬の塊が音の3倍の速さで飛翔し、水平線へと向かっていく。

 北條のレーダーでも、その反応を捉えていた。


 ミサイルを示すマークと、目標を示すマークが近づいていき。

 そして───


「弾着、いま!」


 消えたのは、ミサイルを示すマーク。

 目標は消えるどころか、進路をわずかに変えただけで、速度をほぼ変えずに接近していた。


「目標健在! 真っすぐ接近中!」


「誘導弾をかわした……⁉ 誘導弾じゃ間に合わんっ、機銃の用意!」


 レーダーの表示では、神機隊にほとんど効果がなかったのは間違いなかった。

 神機隊はマッハ2で迫っている。ミサイルの装填は間に合わない。


「見張り員より報告! 敵機右!」


「主砲、打ちィ方はじめ!」


 ミサイル迎撃も想定されている防空巡洋艦の127ミリの主砲と2基ある76ミリの副砲がリズムよく速射を始めた。

 測距によって人力で計算された時限信管が空中で炸裂し、迫り来る神機隊の機体周囲で炸裂するが───


 当たらない。

 いや、まるでどこで炸裂するのかがわかっているかのようにかわしてしまう。


「なんなんだっ、あいつはっ……!」


 艦長が驚愕の感情を口から漏らすのとほぼ同時に、機体の主翼が火を噴いた。

 被弾ではなく、ロケットの発射だ。


 しかし、さすがに距離がありすぎた。

 まさに制圧射撃が功を奏したといったところか。

 射程圏内に踏み込む前に、恐怖が引き金を引かせたのだ。


「大丈夫だっ、この距離ではっ……」


 ロケットモーターの燃焼は、発射から数秒で終わってしまう。

 そうなれば、あとは慣性に従って飛んでいくばかり。

 目視するのはかなり難しい。


 しかし、長年の航海によって鍛えられた彼の動体視力は目にしてしまった。


 重力に従って、わずかに落下する軌道を描いて。

 遠くから放たれたロケット弾が、真っすぐ北條の艦橋へ飛び込んでくるその瞬間を。


 飛来したロケット弾は旋回しつつ放たれ、前後の艦橋に着弾した。

 レーダー類を配置していた鉄塔(マスト)はへし折られ、中心でロケットが炸裂した司令区画の要員は跡形もなく全滅。


 こうして防空巡洋艦『北條』は無力化された。

 たった1機の戦闘機と、数発のロケット弾によって。


「北條被弾、司令区画及び火器管制に被害! 戦闘不能!

ほか、被害報告多数!」


「北條は最新鋭の防空巡洋艦だぞっ⁈ 敵は! 与えた被害は!」


「ごく少数!」


「馬鹿なっ。戦闘機12機に、艦隊がズタズタにされるのか⁉」


 聞こえて来る報告に、良いと思えるものがなにひとつない。

 そんな状況下では、この報告は吉報以外のなにものでもなかった。


「北東より味方機が接近! 遊撃隊と鎮武隊!」


「来てくれたか……!」


 石岡藩が千里基地より飛来した2部隊は、それぞれ沿岸部と内陸部に散開した。


「こちら空中管制機豊雲野(トヨクモノ)

鎮武隊へ、賊軍の大規模部隊は千寿区を攻撃している。

貴隊はこれを殲滅ないし、撃退せよ」


「こちら鎮武隊の(いさむ)、了解した。サイ、東の連中は任せるぞ」


 鎮武隊隊長、宮川(みやがわ)勇。諱は正義(まさよし)

 彼ら鎮武隊は工員の生まれながら高い戦闘機の操縦技術を認められ、武士の階級を得た成り上がりの集まり。

 勇はそんな曲者揃いの隊士を束ねる、部隊のカリスマ的存在だった。


(つかまつ)った。兼定隊へ、俺の後に続け」


 鎮武隊副長山義歳三、諱は才蔵。

 勇が部隊のカリスマであれば、歳三は規律。

 どう暴れ狂うか予測のつかない曲者を束ねる、鉄の掟であった。


 このふたりで部隊を分け、散開した歳三は千寿区東部の宿場町上空に向かった。

 千寿区は葦原各地へ続く街道が集まる地であり、道路が多い分、味方地上部隊が多く展開していた。


 しかし、航空戦力に関してはその限りではない。

 千寿区上空では地形を這って飛んできた敵攻撃部隊が地上に展開する味方を蹂躙していた。


「どうなってる、味方の戦闘哨戒はなにをやっていた!」


「不手際で交代が遅れた隙を突かれたんだ。

それに、地上通信部隊の多くが工作員の攻撃を受け沈黙している」


「浸透され放題か!」


「私語をやめ、戦闘に集中しろ」


 目前で展開する敵直掩機は歳三達に進路を合わせていた。

 間もなく、双方がミサイルの射程圏内に入る。


「歳三、交戦。撃つ!」


 部隊長の攻撃に続いて、鎮武隊隊士の機体から続々とミサイルが放たれる。

 もちろん敵も同じく。


「退避! 食らうなよ!」


 互いの攻撃を避けるため、双方の機体が一斉に背を向けて逃げ始める。

 しかし幕府軍の腕っこき集う鎮武隊。

 最初の撃ち合いでは被害なしで切り抜け、大きく数を減らした敵に向かって再度旋回と加速を再開した。


 数的有利は鎮武隊が確保した。

 二度目の撃ち合いの勝者は、もはや語るまでもない。


「敵直掩機を排除。爆撃機を墜とす」


「サイ! 勇だ! こちらも爆撃機の対処に移る」


 勇の担当している西部へ視線をやると、黒煙を吐く炎の玉が住宅街で破裂していた。

 飛行機が安全に降りられなければ、地上のどこかが破壊される。


 自明の理だが、気にしていては一方的に爆弾を落とされるばかり。

 割り切らなければ。


 歳三は現実逃避半分に、爆弾を抱えた爆撃機を睨みつけた。


「全機、民に爆撃する不逞(ふてい)な輩の首を挙げろ!」


「了解!」


 出力最大、推力増強装置(オーグメンター)起動。

 だんだら模様をしたオロールが炎を吐きながら、最大出力で無防備な爆撃機に迫る。


 RACシドニー。

 曲線の多い双発の軽爆撃機は直掩機の全滅を悟ると、背を向けて逃げ出していたが───


 これは戦争なのだ。

 誰もが胸の内にそう言い聞かせて、引き金を引いた。


 申し訳程度に備えている尾部機銃など、相手の内にも入らない。


 あるものは推力を奪われ。

 またあるものは翼の部品が脱落して制御を奪われ。

 時に腹に抱えた爆弾が炸裂し。


 3分と経たぬうちに、武揚北部を攻撃していた敵編隊は残らず地上の瓦礫となった。


「こちら鎮武隊隊長、勇! 敵爆撃機を排除、武揚北部の安全を確保したぞ!」


「鎮武隊へ、こちら遊撃隊。手が空いたのならば支援求む!」


 遊撃隊は元農工民で構成された鎮武隊に対し、生まれながらにして武家に生まれた者で構成された部隊であった。

 腕利きという特徴以外は真逆なふたつの部隊。

 当然そりは合わなかったが───


 この窮状は、双方からいがみ合う余力を奪っていた。


「鎮武隊、了解した! これより全機で向かう!」


「待った。こちらトヨクモノ、兼定隊は千寿区上空で街道の警護にあたれ」


 トヨクモノに搭乗しているのは、この戦場では最上位の権限を与えられた空軍奉行だ。

 味方の窮地へ向かえないのは無念であったが、従うより他なかった。


「歳三、了解した。兼定隊、上空で待機だ」


「この状況下で待機ぃ? おい、一体何を警護しろって言うんだ」


「武士にとって、守るに値する存在だ」


 トヨクモノが放ったその言葉で、兼定隊の面々は状況を察した。

 もう、武揚は限界。自分達の大将が、遂に後方へ下がる時が来たのだと。


「了解。そういうことなら、異論はない」


 数々の敗戦で幕府へ思うところはあれど、主君は主君だ。

 撤退する主の護衛ともあれば、生粋の佐幕派であった鎮武隊にとってはこれ以上ない名誉であった。


 街道の警護をする以上、地上への監視は行わなければならない。

 歳三は機体を傾けて千寿区の市街地へと視線をやった。


 政府軍による攻撃で至る場所に大穴が穿たれ、撃墜された機体は民家を直撃し火災を巻き起こしていた。

 目を凝らせば、消火活動を行う人々の姿も。


「くそ……」


 自分の戦いによって生じた被害。

 心の内にある葛藤が、彼の反応をほんのわずかに遅らせた。


「こちら主計(かずえ)。歳三、街道を車列が北上中。方位200(南西)


 部下の言葉で正気を取り戻した歳三は、報告のあった方角へ視線を巡らせた。

 陸軍の車両を端に配置し、中央には黒塗りの車たち。

 中央には、宮家を示す紋をルーフに描いた車があった。


 これは恐らく、春川親王殿下の御料車。

 あの車か、あるいはその周辺に将軍が乗り込んでいるのだろう。


 狙い撃ちを避けるために自身の紋所を入れず、盾にするかのように宮家の紋をかざす。

 なんという凋落か。


 幕府への苛立ちと失望、そしてわずかな不安が歳三の心中を漂い出した。


 その時だった。

 南西の方角、武揚湾の方角から強い光が差した。


「なんだ……?」


 歳三は当初、雲の影響で陽の光が奇妙に映ったのだと思った。

 しかし、彼の部下は現象を目の当たりにしていた。


「くそっ。おい、誰か今の見たか? 俺だけか⁉」


「なんだ、一体どうした?」


「太陽が……太陽がいま、2つに増えた(・・・・・・)!」


 馬鹿な。

 太陽が増えるなど、そんなことはあり得ない。


 旋回してそちらを見ると。

 2つどころではない。

 太陽に等しい光が4つ、武揚湾で煌めいて消えた。


「攻撃……! マサさんっ! おいトヨクモノ、向こうの状況はっ⁈」


 冷たい男と評される歳三ですら、冷静さを欠いて叫んだ。

 呼び掛けられたトヨクモノはしばらく返事もなく、時折混乱したようにマイクのスイッチが入って、すぐに切れた。


「おいっ、トヨクモノ! 答えろっ!」


 再度問い詰めると、短く返答が来た。


「こちらトヨクモノっ、攻撃を受けている! 支援不能っ、健闘を」


 破壊音と、ノイズ。


 現実はボードゲームなどではない。

 盤外の助言者など存在せず、誰も彼もが盤に立つ駒なのだ。


 位置を特定され、遠回りでもされれば撃墜される可能性は存在する。

 むしろ、長年政府軍は幕府空軍の持つ空中管制機攻撃の機会を狙っていた。

 トヨクモノは遂に政府軍に発見・捕捉されたのだ。


「ふっ、副長! トヨクモノは? どうしたんだっ⁈」


「……やられた。恐らくは」


「俺達はっ、俺達(げんば)はどうすればいいんだっ?」


 自分達を指揮・管制するはずの空中管制機は撃墜され。

 本来隊長と仰いでいた人の生死は不明。

 そして守るべき主君は、もうひとりの守るべき主君を盾にして逃げ出した。


───終わりだ。幕府も、鎮武隊(おれたち)も。


 もう、何も残されていなかった。

 あるのは自分と、気に入らないもの全てを殺すと言わんばかりの政府軍(てき)ばかり。


 どう逃げても、憂いを絶たんとする葦原新政府に捕まり、消される。

 ならばもう、破れかぶれになるしかなかった。


「俺は……俺は鎮武隊副長、山義歳三ッ! これより、敵部隊に対して突貫す! 死ぬ覚悟があるものは……俺に続けェッ!」


 部下の返事も聞かず、歳三は最大出力で南西へと向かった。

 兼定隊の面々は───不平すら言わず、彼に従った。


「主計以下、兼定隊! 脱落者なし!」


「応!」


 全速力で、あの光の球へ。

 恐らく自分を殺すであろう、敵のもとへ。

 一人でも多く、道連れを増やすために。


 さて、向こうはどう来るかと冷静な頭の部分で歳三が思案していると。

 電探に非常に小さな反応が現れた。


 航空機よりも小さく、それでいて速い反応。

 考えるまでもない。ミサイルだ。


「攻撃来るぞっ、かわせェッ!」


 咄嗟に歳三は操縦桿を引きながら右に倒し、バレル・ロールを行った。

 半ば反射的な行動で、細かい事を考える猶予はなかった。


 熱囮(フレア)をばら撒き、円柱を空に描く。

 その途中、歳三の真上。

 風防の向こうで雲を引く巨大な飛翔体が突き抜けて行った。


 直後、複数の爆発が背後から轟いた。

 位置からして、あのあたりを飛んでいたのは隼太(はやた)だったか。


「いっ、今の誘導弾はどこからっ⁈」


「母機の反応はないぞっ⁉」


「考えるな、突っ込めェッ!」


 市街地上空を抜け、沿岸を越え。

 遂に兼定隊は武揚湾上空にたどり着いた。


 そこで、歳三は違和感の正体に気づいた。

 レーダーにはずっと、南西の遠方に巨大な影が映っていた。


 最初はあの大きな雨雲が反射しているだけだと思い込んでいた。

 しかし、違った。


 時が経ち、それは大きな雲を突き破ってきた。


 飛行する戦艦。

 そうとしか思えないほど、巨大な航空機であった。


「なん……だ……?」


「艦がっ、艦が飛んでるぞっ⁈」


「賊軍めっ、こんなものをリールランドから買ったのか!」


 陽光をはじめとした赤外線誘導のミサイルは視程距離内───見える距離でなければ誘導は出来ない。

 例外があるとすれば、地対空ミサイルなどにしか用いることが出来ないレーダー誘導。

 誘導装置(イルミネーター)の反射波を頼りに追尾する誘導方式のミサイルだ。


 レーダー誘導が空対空ミサイルに用いられていないのは、ミサイルに積む必要があるレーダー受信機が、航空機に搭載出来るほど小型化が出来ていないためだ。

 しかしあれほど巨大な航空機であれば、力技で解決出来るわけだ。


 空飛ぶ艦から、再び雲の線が垂直に伸びて黒点となった。

 飛翔体、ミサイルが兼定隊を狙っているのだ。


「また来るぞっ、回避っ!」


 空から放たれるレーダー誘導は脅威だが、性能は完全ではないらしい。

 地上や艦艇から放たれるそれよりも、かわすのは難しくない。


 しかし───歳三の勘が警報を発していた。

 レーダーに映る、低空の航空機。


 彼らは直掩に参加するでもなく、低空を飛行して状況を傍観していた。

 そして今は、真下になにもない洋上。


 歳三は自身の勘に従った。


「全機っ、低空に退避ッ!」


 機体を反転させ、海面へ機体を向ける。

 直後。あの光が歳三たちの頭上に現れた。


 強烈な爆圧が機体に圧し掛かり、誰かが海面に押しつけられた。


「銀之助と主税(ちから)がやられた!」


「なんなんだっ、これはっ⁈ こんなの相手にならないぞ!」


 主計の言葉は、歳三の内心を正確に代弁していた。

 わかっている、そんなことは。


 しかし、だからこそ心の内にある炎は燃え上がった。


「あれが……あの兵器が、うちの大将(マサさん)をやったのか……!」


 文字通り、確実に殺すためだけの兵器。

 幸いなのは、相手の責任者に市街地上空で使わないだけの理性がある事か。


 最期の手柄として、最高の武勲だ。


「鎮武隊全機へ! あの機体の火器管制電探(FCR)の破壊を以て、俺達の勝利とする!」


 どれほど上等な兵器でも、狙いをつけるためのレーダーを破壊されてしまえばただの置物。

 特に、ミサイルともなればFCRがなければロケットにも劣る。


「仕留めるぞ!」


 兼定隊は再び上昇を始め、目前を浮かぶ艦に機首を向ける。

 既に距離は縮まり、ミサイルの懐に入ったと確信できた。


 しかしもちろん、守りはミサイルだけではない。

 至る場所から伸びていた棒が、一斉に兼定隊へ向けられた。


 ただの棒ではない。

 すべてが殺傷能力を持つ火砲の砲身なのだ。


 マズルフラッシュが武揚湾を明るく照らし、砲弾が海面に無数の水柱を立ち上らせた。

 わずかな機体操作で曳光弾の雨を避けていくが、限度はある。


 また誰かが、ほらまた誰かが。

 砲弾の炸裂や直撃を受け、散っていく。


「副長ッ、最期までお供しますッ!」


 主計の声からして、残ったのは彼ひとりのようだった。

 それでもいい。遅かれ早かれ、自分も同じ場所へ逝くのだから。


 歳三は艦首をかすめるように通過し、一気に機首を下げた。

 艦艇のレーダーは一番高い所にあるのが基本。

 これほど巨大な航空機なら、同じような場所にあるに違いない。


 船体後部にそびえ立つのは、ブリッジと断言できる構造物だった。

 迎撃をものともせず、歳三は突貫した。


「借りは返させてもらう!」


 HUDに表示された機関砲の照準器に従い、ブリッジの頂点に位置する装置を掃射した。

 無数の破片が空中に舞い散り、迎撃が目に見えて減った。


「こちら主計っ、司令区画に叩き込んでやった!」


 部下の大戦果に満足しつつ、旋回・降下して離脱する。

 死ぬ覚悟で行う突貫攻撃だ、こうなれば最後の最後まで破壊し尽くしてやる。


 その覚悟で挑んだというのに。

 通信機から飛び込んできた言葉は、彼の覚悟を揺らがせた。


「こちら幕府軍総司令。湾で戦っている勇士へ!」


 幕府軍の総司令。正式にそんな役職は存在しないが、意味している所は誰にでもわかる。

 大和幕府、大和利信(としのぶ)将軍だ。


 通信は驚くほど鮮明で、遠くからの発信ではないと推測できた。

 となると。


 将軍はいま、自分の戦いを見ているのではないか。

 奥葦原の方角へ逃げ去った、親王殿下の車列にはいなかったのではないか。


───都合のいい想像だ。


 しかし、もし彼が未だ自分達を見捨てず、武揚に留まっているとしたら。


「撤退せよ! 葦原には……夷俘には戦える男がいる!

しかし、彼ひとりでは戦えない。戦える同志が必要だ!

頼む……共に退いて、共に戦ってくれ!」


「副長っ、どうするんだっ⁈ まだやり合うのかっ⁉」


 歳三は一瞬だけ迷うも、すぐに決めた。


───マサさん。あんたなら、こうするんだろうな。


 歳三は進路を北東に向けた。


「こちら鎮武隊。撤退する」


「ありがとう、鎮武隊。共に戦える時を心待ちにしている」


 飛行戦艦の迎撃はほとんどやみ、残るは手動照準の機銃ばかり。

 最大の脅威は───今まで沈黙を守り、低空に潜んでいた彼らだ。


 まるで飛行戦艦の船体を這うようにして、彼らは現れた。

 切り欠きのある三角翼に、とんがり帽子のエアインテーク。


 RACパニッシュを駆る部隊、神機隊。

 政府軍の死神が、落ち武者を狩りに来たのだ。


「主計っ、奴らは無視しろ! 全速で千里基地に!」


「了解っ!」


 既に神機隊は緒戦で兵装と燃料を減らしていた。

 ミサイルはなく、長時間追跡も不可能だろう。

 そう確信した末の判断であった。


 しかし───何事にも例外がある。

 そう例えば、他は低空に退避していたというのに。


 ひとりだけ上空から虎視眈々と、標的を待ち構えている者。

 それはその最たるものだろう。


 攻撃を受ける間もなく、神機隊は組織的な追跡を諦めた。

 武揚湾を突破し、沿岸部に。


「だっ、大戦果だっ。俺達、とんでもない大戦果を……!」


「だが、武揚(しゅと)は失う……」


 これは決して勝利などではない。

 紛れもない敗北だ。


 その事実をかみしめながらも、歳三は真下に広がる故郷に思いを馳せた。

 戦火に燃える故郷を背に、仲間たちを奪った敵を背に、逃げなくてはならない。

 自身の無力に、涙が出るほどの屈辱を覚えた。


 そんな感傷を許すほど、戦場と死神は甘くなかった。


「! 副長ッ、上空から敵機!」


「なにっ」


 それは、主計が警告してから反応する間などなかった。

 沿岸部の高層建築群をすり抜けて飛行する歳三たちの背後に、上空から神機隊の機体が迫っていたのだ。


 危険飛行を繰り返しているというのに、この神機隊のパイロットは一切の躊躇を見せずにビルの谷間に飛び込み。

 ふたりを射程に収めてみせたのだ。


「くそっ、主計! 上空に退避し、奴を討て!」


「了解!」


 相手は単独、ならば二手に分かれれば勝ちの目は出る。

 狙うとすれば進路が限られ、狙いの付けやすいビル群の方だろう。


 歳三はそう確信していた。

 しかし相手は、想像を絶する技術と発想を持つパイロットであった。


「くそっ、俺を狙うのかよっ⁈」


「主計っ⁈」


 背後を伺うどころか、ミラーすら覗く余力のない狭い空。

 歳三が主計の存在を確認したのは、ビル群を抜けた直後。


 火を噴き、制御を失った機体。

 それがビルに突き刺さる瞬間だった。


「俺、だけなのか……?」


 せめて、歳三も追撃してくればよかったのかもしれない。

 しかし主計を撃墜した機体は背を向けて退却していった。


 これは良心の呵責(かしゃく)を感じたのでなければ、戦士として敬意を払ったわけでもない。

 単なる燃料切れである。


 飛行困難なレベルの燃料欠乏に、歳三は救われたのだ。

 そして彼は、囚われたのだ。


 自分ひとりだけ生き残った、最後の鎮武隊という称号に。

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