46 景清作戦「Mighty Wings」
央暦1969年7月9日
夷俘島 松後藩立屋岸総合病院
葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
「……あんたさ、本当に戦争行ってきた直後なの?」
「そう見えないだろ? ……ハンサム過ぎて」
「ああ。こりゃ、検査入院もいらんかったね。退院、退院でヨシ!
サッサと出て行ってチョッ!」
という具合に、良介は検査入院から1日足らずで解放されたのであった。
実際、不時着水の直後でも良介に一切の怪我はなく、これといった不調もなかった。
至って健康、問題なし。
強いて問題を挙げるとすれば───今度こそ、機体を完全にぶっ壊してしまった事だろう。
F-2でないのは不幸中の幸いだったが、問題はそこではない。
「ふん、仕方がないだろう……
普通、死んでも殺しに来るとか思わないじゃないか」
あれは間違いなく、決死の覚悟を抱いた人間を甘く見ていた良介のミスだ。
しかし───初見でその覚悟を見抜け、というのも無理がある。
まさか、あれほどまでの殺意を人が、見知らぬ他人に持てるとは。
「……戦争、か」
自衛官、他国でいう軍人。
未だ自分が戦争を知らぬ軍人である事実を、良介は突き付けられた。
「それよりも、今は立ち退きの準備をしなきゃいけないぞ」
その通り。
医師から健康体であると太鼓判を得た現状、速やかに退去して順番を待っている人間にベッドを譲らなくてはならない。
速やかに荷物をまとめ、シャバに戻らなくては。
良介を戦場へと誘う、斗米空軍基地へ。
「おい、良介!」
聞き慣れた声が、良介の名を叫んだ。
ノックもせずに病室に飛び込んできたのは、ボスこと鈴木哲也であった。
松葉杖を突きながら、顔を真っ青にして。
彼らしからぬ、必死の形相であった。
時計を一瞥すると、時刻はまだ10時を過ぎていない。
朝一で、恐らく航空機で来たのだろう。
「おう、ボス。どうしたの?」
「どうしたって、お前墜とされたんだろ⁈ 怪我は⁉」
「見ての通り、どこも問題ないって……機体は全損したけど」
そう答えると、哲也は一枚の写真を投げて寄越した。
この世界の写真は地球の写真とは技術が大きく異なり、魔力を用いて見たものを紙に投影する、所謂念写に近い。
カメラだってもろちん存在するが、生成される写真は錬金術で錬成した人工生物によって投影されたもの。
そして、無線電波で画像を送信する技術まで存在する。
この写真は、そうやって本州から送られてきたものだった。
『夷俘の魔物、葦原海に墜つ!』
政府側の支配圏で販売されている新聞、それも号外の一面である。
紙面には、主翼の国籍標章───日の丸に大穴を穿たれたガルーダの写真が添付されている。
どうやらチェイスが撃墜された件は、向こう側で一大ニュースとなったらしい。
「新聞の一面を二度飾るとはね。俺も、マーヴを越えたかな?」
「……良介。俺は、俺は情けないっ」
軽口を咎める言葉が来るのかと思えば、想定外の反応が返ってきた。
確かに、哲也の性質を考えればこの状況は歯がゆいだろう。
しかし、哲也が撃墜されたあの状況では、彼に非はなかった。
「あれは仕方なかったろ? 悔やんでる暇があったら、治療に専念しなよ」
「部下が命懸けでっ、しかも俺のために無茶をしてるんだ!
……治療なんざ、してる暇はない」
嫌な予感がした。
哲也が空に戻ってくれば、これほど心強い味方はいない。
しかし、足の複雑骨折を瞬時に治す手段など存在しない。
少なくとも、良介や哲也のような異世界人には。
「……家族のところに帰るんだろ? 変な事考えるなよ」
「たとえ帰れたとしても……お前を犠牲にしたんじゃ、
親として、自衛官として見せる顔がねえんだよ」
そう告げる彼の表情には、強い決意が浮かんでいた。
恐らく、何を言っても揺らぎはしない。
そんな決意だ。
それでも、良介は黙っていられなかった。
立ち上がり、哲也に歩み寄らんとした。
その時、良介をふたつの影が遮った。
ひとりは精兵隊隊長、奥村陸平。
もうひとりは陸平の面影を持つ、良介と近い年頃の男だった。
「待たれよ、志村殿」
「なんだよ、爺さん。邪魔するな」
「鈴木殿は……もう止まらん。再び空を飛ぶためなら、
あの足を懐刀で切り落とすじゃろう。この場で、止めたとしてもな」
それくらい、良介とて理解している。
哲也は昔から頑固ジジイで、本気で覚悟を決めれば決して曲げない。
良介がこの場で止めても、きっと哲也は決行する。
「でも……」
「良介。俺はもう、足手まといにはならんぞ……次は、空で会おう」
そういった哲也は踵を返すと、廊下の向こうへと消えていった。
決意に溢れたその背を、良介は追えなかった。
「……くそっ」
しばし病室に沈黙が漂う。
この沈黙を最初に破ったのは、陸平が連れて来た男だった。
「志村良介二尉。俺は奥村耕作歩兵頭……父が世話になっています」
「……ああ、どうも」
呆然としていても仕方がない。
良介は会釈を返すと、とりあえず片付けに戻った。
「俺はあの牢屋敷で身体に鉄片を仕込まれたんです。
その治療のため、ここに来ました」
「……拷問、えぐいなぁ」
片付けと言っても、あとはシーツを畳むだけ。
さっとシーツを伸ばすと、耕作がベッドの反対側に移動した。
「手伝います」
「いいよ、別に」
「あなたには、仲間共々救われた身です。少しでも、お力になりたい」
「男に言われてもなぁ……」
仮にも耕作とて軍人。
自衛隊の流儀とは違ったが、テキパキとシーツを畳み、ベッドの片付けも速やかに終了した。
さて。
状況はなんとなく、良介にも理解できた。
この場に陸平がいるのは、恐らく宗治郎辺りが気を遣って、良介を運ぶ連絡機のパイロットに選んだのだろう。
行きの後席には哲也を乗せて。
「ふぅ。あとは窓口で手続きをすれば、退院は完了だぞ」
親子水入らずの時間に水を差すわけにもいかない。
奥村親子を食堂に押し込んで、良介自身は看護師のお姉さんとおしゃべりをして時間を潰そうかとも考えたが───
「志村殿。改めて、お礼申し上げる機会を頂きたい」
「えー……」
どうせ断っても、やる事と言えば看護師の邪魔をするくらいだろう。
ならば、頷いておいた方が世のため人のためというやつである。
───うるせえやいっ。ご一緒すればいいんだろ?
渋々、良介が承諾すると、一行は退院手続きを終えて外来待ち受けの一角までやって来た。
もとより治癒魔術での治療が一般的なこの世界に加えて、外来受付時間が終了しているこの時間に人などいない。
がらんと静まり返った広間のソファーに腰掛ける。
「志村殿。貴方の助けで儂は、倅を助けることが出来た!
なんと、なんとお礼を言えばよいか……」
すると早々、陸平が涙を流しながら叫んだ。
先ほどまでは微塵もそのような気配を見せなかったというのに。
我慢強いと見るべきか、演技だと見るべきか。
「気にしないでよ、俺は仕事でやったんだからさ」
「ただの仕事ではござらん、命懸けの連続で……耕作っ、お前も頭を下げろっ!」
「ありがとうございましたっ!」
父と子、親子。
こういうものなのだろうか。
ふと、気になってしまった。
「ふたりは、いつもこんな感じなの?」
「ええ。この不出来な倅は、いつもよそ様に迷惑を掛けてばかりで……」
「うるさいな、余計な事を言うなよ。親父」
この感情は、羨ましいと言うのだろうか。
自分でも言葉にできない感情を誤魔化すかのように、良介は質問を重ねた。
「で、さ。耕作くん、これからどうするのさ?」
「はい。先ほど聞きましたが、奥葦原同盟……松後藩陸軍は既に解散して、
代わりに幕府陸軍に編入したそうで。
俺もこのままそうなるんじゃないかと思ってたんですが……」
なにやら、想定通りに話が進んでいないかのような口ぶりだ。
耕作が陸平に視線をやったのを見て、良介は彼がその答えを握っているのだとにらんだ。
「これは、ここだけの話ですがのう。総裁殿は、なにやら考えがあるそうでな」
「……ふーん」
状況を改めて整理しよう。
幕府軍は本州への橋頭保を確保し、間もなく本州での反抗作戦も実施される。
しかし、軍内部の対立は激しい。
空軍は葦原奪還への熱意はあるが、海軍は風見鶏。
様子を見てくれるだけなら、まだいい。
問題は陸軍。
陸軍上層部は度重なる敗戦によって完全に厭戦ムードに支配されており、夷俘島から出ること自体に否定的だ。
もちろん、葦原の中でも夷俘島は数少ない巨大な平野部もとい、耕作地を持つ葦原の食糧庫。
ここに籠っていれば、政府側も下手に手出しできない。
良介も同感だ。
肝心なのは、どれほど技術が発展しようと基地や街を占領するのは人、歩兵だ。
言うまでもなく歩兵は陸軍の領域なのだ。
陸軍の支援がなければ、どれほど艦や航空機を揃えようと反抗作戦は成立しない。
口説き落とすことが出来なければ、陸軍なしで頭数を揃えなければならない。
可能であれば、まとまった数の歩兵経験者が。
「……あー、この間の作戦。そういうこと?」
「恐らく。近々、春川親王殿下をお守りする、近衛軍を編成する予定とか」
大政奉還の件といい、近衛軍の編成といい。
どうやら、幕府内部でも情勢が動きつつあるらしい。
果たして、どう転ぶのか。
出来れば、良介に関与しないところで都合よく転んで欲しいものである。
「それと志村殿。彰義隊は近衛軍の部隊となる予定だとか」
「……え?」
どうやら、情勢とやらは良介を手放してはくれないようだ。




