10 夷俘島迎撃戦「IRREGULAR」
半ば強制され、良介は屋岸市街地防衛に参加する。
その戦闘の最中で、幕府・政府双方が持つ強烈な殺意を知りながらも、自衛官として、ひとりの人間として自分を貫いた。
その果てに何が待つのか。それは、まだ誰にもわからない───
央暦1969年5月11日
夷俘島 屋岸空港
日本国航空自衛隊第11航空団第114飛行隊
志村“Chase”良介二等空尉
屋岸空港への着陸はスムーズに進んだ。
誘導灯に従って機体を下ろし、地面に着ける。
高負荷の機動を繰り返した機体は無事に着陸を終えた。
「ふぅ、ひとまずは地に足付けたな」
風防を開き、向かってくる空港職員を待つ。
「ありがとうな、565号」
続く激動を予感しながら、チェイスは愛機を撫でた。
愛機といっても、最近割り当てられたばかりな航空自衛隊の備品ではあるが。
「あっ、あなたが蒼い機体の……?」
サイズが絶妙に合っていない階段を持ってきた空港の職員は、緊張の面持ちで尋ねた。
「そう。志村良介二尉、よろしくぅ」
「……にい?」
と、チェイス───本名、志村良介は短く自己紹介した。
初手で本名を名乗ったのは若干失敗だった気もするが、名乗ってしまったものは仕方がない。
ほぼ飛び降りる要領でタラップの最上段に降り、あとは淡々と地上に足を付ける。
「うーん、ようやく手足を伸ばせるぞ」
ぐぐっと腕を上に伸ばし、背伸びをしてつま先を伸ばす。
良介としてはF-2はいい機体だが、窮屈な思いをするところだけは難点だった。
もっとも、この欠点は古今東西あらゆる戦闘機を集めても解決は困難に違いないが。
「あっ、蒼い機体の!」
「見てたぞ、爆撃機を木っ端微塵にしたよな!」
「港で親父が仕事してるんだ! 本当にありがとう!」
騒ぎを聞きつけてきたのか、集まってきた空港の職員が口々に良介を称賛する。
「ふふん、やあやあどうもどうも」
すっかり天狗になった良介は鼻を高くしながら、偉そうに応対する。
そんな中でも、降りてくる航空機の気配には敏感だった。
竜司のミラージュが着陸し、良介のいる駐機場まで迫っていた。
同時に、見覚えのない機体も着陸体制に入っていた。
戦闘機───ではない。しかし、ジェット機で小型。風防の大きさから複座機に見える。
武装していない攻撃機か、あるいは練習機だろうか?
着陸後にしては凄まじい速さで竜司の機体が迫り、風防が開き。
なんと、竜司はタラップも待たずに機体から飛び降りて良介に駆け寄ってきた。
竜司。名前の響きは男に聞こえたが、彼女であった。
空港職員達とは違い、金髪碧眼をした若い女の子である。
「ふふん。随分と俺様に直接お礼を言いたいようだ」
違うと思うが。
「そんな事はない。あの血相を変えた様子を見ろ」
今ヘルメットを投げ捨てて、すごく肩を怒らせているが。
進路の邪魔になる職員を押し除けて、怒り狂っているように見えるが。
「いいや、これは照れ隠しだね。間違いない。俺が何人彼女を作ったか、
よく知ってるだろう?」
その通り。そして今まで未婚どころか、男女の関係に至った経験がないことも。
「……まあいい、答えはもう目の前だ」
先述した通り、ヘルメットを投げ捨てて髪を乱し、肩を怒らせて歩く竜司は目前に迫った。
「やあやあ竜司ちゃ」
バコッ! 良介の顔面に拳が叩き付けられた。
「あなたはっ……あなたはっ、なにがしたいのっ……!」
胸ぐらを掴み、声を荒げる彼女は。
顔をぐちゃぐちゃにして、涙を流していた。
そこにある感情は、怒りよりも別の色が強かった。
「殴ったら、落ち着いた?」
良介を掴む拳は解かれ、竜司はその場に座り込んだ。
「……わかってたんです。空爆を目論む連中はともかく、
命令に抗議した者を討つのは……士道に反すると。
街を焼く連中と、何も変わらないと」
なら、殴るのは勘弁して欲しかったが───
「ふん、この程度痛くも痒くもないぞ」
「申し訳ありません。私は……心で燃える憎悪と、
チェイス殿の言葉で一杯になって……」
良介は鼻血を喉に引きずり下ろすと、膝をついて竜司と視線を合わせた。
「母は、先の空爆で死にました」
その言葉に、良介は自分の軽率を呪った。
確かに自分の正義に従って行動した。そこに後悔はない。
しかし、彼女に向けて放った言葉に考慮はあったか?
単なる虐殺者の卵として、侮辱が含まれていたのではないか?
「竜司ちゃん、俺は……」
「言わないで。チェイス殿の言うことは、道理です。ですが……」
親を奪われた怒り、恨み。彼女の見せる尋常でない態度は、そこから来たものか。
その感情は、残念ながら良介が知ることは出来ない。
出来ることがあるのなら、彼女の表情からその負の感情を拭い取ることだけだった。
「竜司ちゃん。俺は、自分のした事を後悔してないぜ」
「……はい」
「だってさ……君みたいな可愛い武士に、
士道にもとる行いをさせるところだったんだからさ」
しばし、場が硬直した。
きょとんと呆気に取られた様子の竜司は、ぽかんと口を開けて良介を見ていた。
「いま、なんと?」
「だからぁ。竜司ちゃんみたいな可愛い子に、酷いことはさせられないだろ?」
とまあ、こんな感じで。良介は航空学生の時点でこのようなことをやっていたわけで。
結果、空の上では追うと呼ばれるようになったのである。
「おいおい、ここで口説くってマジかよ」
空港職員の誰かが呟いた。正論である。
「さ、さすがあれだけの事をするだけはある」
「英雄、色を好むって言うよな……?」
褒めているのか、呆れているのか。
というよりも、恐らく地球ではないこの地でその言葉があるのか。
しかし、今は外野の事など関係ない。
今重要なのは、目の前の女の子なのだ。
本当に呆れた男である。
「真面目な話。殺したり、殺そうとするってのなら、
やり返されたって仕方がない。実際、そういうのを殺すのが
自衛官の仕事だ。でも、あの爆撃機の中には
子を持つ親だっていたと思う。だから……
竜司ちゃんは向こう側に行っちゃだめだ。
せめて無抵抗の、強い志を見せた人すら殺す側に行っちゃ」
今度の発言には、竜司も空港の職員も黙って聞き入っていた。
まごうことなき本心だったが、少々真面目に話し過ぎたか。
「強いのですね、チェイス殿は」
「ああ、俺様は確かに強い……だけど、君が思ってるほど強くはないんだ。
君みたいに可愛い子が相手だとさ……」
良介の本性が再び姿を現し、伸びた鼻の下が冷えたコンクリートに着地した。
「はぁ……」
竜司の次のアクションは、ため息だった。
「ど、どうしたの?」
「あなたに詰め寄るのがすごく、馬鹿らしく思えてきました」
呆れつつも、彼女の表情には笑顔が浮かんでいた。
「うんうん。怖い顔よりも、そうやって笑っている顔がよく似合うよ」
「この人は……」
互いに笑い合う。
すると、気配を感じた。物々しい、戦争の気配。
視線をやると、兵士が見えた。
全身が迷彩服で、模様はかなり古い70年代の熊笹迷彩───いわゆる迷彩服1型に見えた。
写真だけで良介も実物は見たことがない。
小銃は良介も扱ったことのある64式───いや、なんか違うもの。
30口径クラスの大口径小銃なのは間違いないが。
防具は鉄帽以外なし。
弾も弾帯で携行しているように見える。
自衛隊基準ではかなり古臭い装備に見えた。
「あいつらは、友達?」
「りっ、陸軍!」
竜司はそう言うと、良介との間に割って入った。
「お待ちを! 彼は幕府空軍預かりの身! いかなる御用か!」
「こちら幕府陸軍、身元不明者の改めである。
そこな御人と機体を、速やかに引き渡されよ」
なんだか剣呑な雰囲気になってきた。
ここで良介に出来ることは───恐らくない。
固唾を飲んで、ひとまず状況を伺った。
「私は幕府空軍飛行隊士、空知竜司。誰ぞの命令か」
「答える義務なし。引き渡せぃ!」
「卒風情が飛行隊士に何するものぞ!」
「飛行学校中退の飛行隊士なぞ卒にも劣るわ!」
「貴様ッ、新選組を侮辱するかッ!」
卒と隊士、彼らの会話からして階級を表すらしい。
そして空軍と陸軍の関係はかなり冷え込んでいる、あるいは燃え上がろうとしていると見える。
航空自衛隊と陸上自衛隊も、現場レベルでは割と仲が良いのだが幕の方となると中々───
それはともかく、彼らは現場レベルでも険悪らしい。
一触即発の危機的状況であった。
さて、どうするべきかと良介が頭を悩ましていると、空港に航空機が降りてきた。
先ほど目撃した、空中待機していた複座機だ。
その機体は滑走路から降りて素早く駐機場に来ると、なんと良介達の方へ突っ込んできた。
竜司の肩を掴むと、良介は素早く飛び退いた。
「うおっ」
キキーッ! とギアブレーキの音が響き、陸軍と竜司の間に割って入った。
「きっ、貴様ーッ! 陸軍の職務を妨害するかっ!」
「訓練生のくせに生意気だぞッ!」
陸軍の兵士たちが複座機に向けがなり立てるも、機体のエンジン音にかき消される。
訓練生という口振りから察するに、どうやらあの機体、練習機らしい。
しかし、まさか。屋岸は最前線ではないにしろ、かなり前線に近い民間空港だったはずだ。
そこへ練習機で乗り付けるとすれば。
これは練習機ではない、基地間を移動する連絡機だ。
風防が開き、前の操縦席から男が立ち上がった。
「話がよくわからんが……俺を訓練生呼ばわりとは、
陸軍も目が悪くなったものだな」
操縦席の脇に視線をやる。良介たち航空自衛隊や米空軍では、そこに操縦者と機付長(主任整備士)の名を書く習慣がある。
どうやら幕府空軍も例外ではないようで───名に加えて階級もあった。
「まっ、松平空軍総裁⁉」
松平宗治郎 空軍奉行
爆撃機追撃をやめさせた、あの声の主だ。
良介の頭の中で点と点が結びついた。
「総裁か……では、公方様より幕府空軍総裁の任を
仰せつかった者として命じる。今日のところは、矛を収めて帰ってくれないか?」
一つの基地を任された司令。そして恐らく、空軍のトップ。
そんな人物自ら、連絡機を駆って現れたのだ。




