141 天下分け目の戦い 13日朝「BATTLE of ASHIHARA」
央暦1970年4月13日
葦原海 京沖
葦原政府神祇軍『赤報隊』
川端“ロック”六助 神祇使部
今日の天気は最悪だった。
空を真っ黒な雲が覆い、海面には桶をひっくり返したような土砂降りが降り注いでいる。
陽が覆われた暗さと、ひっきりなしに叩きつけられる雨粒によって視界は遮られ、20メートル先も見えない不明瞭な世界が広がっていた。
しかしその陰鬱で先の見えない世界は、高度5000フィートを越えれば一変する。
雲のない世界に、明るい日差しを覆う遮蔽物はない。
灰色の敷物の上では無限に続く蒼穹が広がっていた。
僕たちはこの世界で、守るために飛んでいる。
「こちら第21飛行隊、唐津海軍航空隊だ。
ロック、お前がまだ飛べているとはな」
21飛行隊は岸岳少佐の部隊だ。
僕は神機隊を失ってから少しの間、彼らの世話になっていた時期がある。
あの人と会うのは、世博の展示飛行以来だ。
「こちら神祇軍赤報隊。21飛行隊、黒!」
「さざなみ」
念のため、彼女が僕の代わりに岸岳少佐に合言葉を尋ねた。
僕の記憶通り、正確な回答だ。
「南西から来てるのは、本物の21飛行隊だ」
「まったく、合言葉で敵味方識別? アホらし。
戦国の世じゃないんだからさぁ」
蘭が呆れたように呟いた。
今の時代、レーダーやIFFがあるから合言葉なんて古い方法は必要ないように思える。
だけど、IFFは絶対じゃない。
ポンコツだから時々、応答しない事がある。
「それ言えるのは、お前が戦い以外出来ないサトリだからだろ?
ボクだって、合言葉聞く前から本物だってわかってたんだ」
サトリは人より心が拡がった人間。
簡単な会話や、従来のコミュニケーションでは考えられない接触も出来るという。
僕にできるのは、殺意を読み取って戦いに活かすことだけだ。
「我々はこれより、ネヴォフロート398便の離脱を支援する」
聞くところによれば、第21飛行隊はネヴォフロート……つまりクルーヴィナ連邦から直々に護衛の指名を受けたらしい。
唐津藩は幕府の天下の頃から密貿易が盛んで、ク連との取引が特に活発だったと聞いている。
岸岳少佐も、この貿易に乗じてク連に渡って訓練を受けたとか。
「そこまで異国と密接に関わった藩に何も出来なかった。
この頃からもう、幕府は終わってた」
異論はない。
かつての幕府、今の葦原連邦もきっとその体質を受け継いでいる。
彼らに天下を取らせれば、あの時代が戻って来てしまう。
だから、真の葦原の主が誰なのかを知らしめる必要があった。
僕たちがいま、この空にいる理由だ。
「なるほど……ロック、お前は変わらないな」
岸岳少佐はサトリだが、癖の強い類と聞いていた。
中でも僕は、心が読める数少ないひとりだとか。
「そう決めたのなら、私は口を挟まんよ」
「……おい、21飛行隊の岸岳。何をしている?
一体、どうやって……?」
突如、彼女が岸岳少佐に尋ねた。
僕は肉眼で彼女を伺うけれど、怪訝な表情を浮かべるばかりで内心がわからない。
「後ろめたいことがなければ、内心を明かせ。
そう言いたいのか?」
「ボクの読心を避けられる人間なんて、いるはずがない。
アレ以外に……どういう事だっ」
「葦原とリールランドは、サトリ研究で頭ひとつ抜きん出た位置にいる。
だがな、サトリを調べている国は他にもある。それだけの話だ」
……?
言っている言葉の意味が、僕にはわからなかった。
「ロック。第21飛行隊の戦闘機乗り。
誰ひとりとして、心が読めない」
同じく読心系のサトリである宗吉が補足してくれた。
サトリの読心を回避する……?
出来るのか、そんなことが?
「普通は出来ないから、困ってる!」
それは、仰る通りだ。
不思議だけれど……いま関係があるのか?
「馬鹿! 戦争中に内心を隠しながら迫る!
そんなの、裏があるに決まってる!」
それは……
そうなのか?
「さてな。
私はただ、サトリの同志に普通の人間と同じ感覚を味わってもらいたかっただけ。
裏など、とてもとても……」
その真意はわからない。
能力を日常的に使っている人間には。
「こちら空中管制機アマツクメである。赤報隊と第21飛行隊へ。
間もなく世博から撤退する貨客船が作戦区域に進入する」
仕事の時間だ、どうでもいい事に注意を向ける余裕はない。
「……くそっ。でもロック、絶対に21飛行隊から目を離すなっ。
絶対に、何か企んでるっ!」
「俺も同感だ。みんな、注意しよう」
「何か企んでるってさぁ……
仕掛けてくるなら、全部墜とせばいいんでしょ?」
蘭の意見は実に明確で、適切だった。
僕たちは兵士だ、敵を撃墜するのが仕事。
恩はあるけれど敵になるのなら、やる事はひとつ。
「そうそう! お楽しみが増えるんだから、喜ばなきゃ」
「ちっ、脳筋どもめ!」
僕の隣で彼女が舌を鳴らした。
聞こえているんだけれど。
「聞こえるように言ったんだよ!」
貨客船の船団が作戦区域に入ると、僕たちは船団の上空へ向かった。
ここまでは予定通り。
本番はここからだった。
「……ロック、聞こえるか?」
黄色の2番機、金子秀穂大尉だ。
21飛行隊時代、直接色々と世話をしてくれた彼だけど、世博の展示飛行以来話す機会がなかった。
少々無神経な言葉の目立つ男だけど、とても善い人だ。
「なに?」
「しゃべった……⁉︎」
「こいつ、口利けたの……?」
みんなの驚きは無視して、秀穂大尉の言葉に耳を傾ける。
「悪い事は言わない。やめておけ」
揃いも揃って、21飛行隊の面々は訳のわからない事を言う。
やめたところで、葦原に先はないんだ。
「アマツクメだ。作戦参加中の全機へ。
東より機影複数。賊軍、葦原連邦軍だ」
「来た来た……! 獲物たち……!」
僕たちの任務は、葦原世界博覧会から撤収する民間機の保護。
そして……葦原政府の領域に踏み込んだ葦原連邦軍機と、合衆国軍機の殲滅だった。
神祇軍、政府空軍。
そして海軍の3軍が協力し、領域を侵犯した敵を撃滅するんだ。
「空軍各機へ、予定地点へ移動せよ。
第21飛行隊と赤報隊はしばし貨客船の直掩を継続。
反乱軍を近づけるな」
最初の攻撃は空軍が。
西の合衆国の空母から発艦した海軍機が、僕ら赤報隊の敵だ。
「こちら幕府空軍である。
葦原政府軍機へ、指定された機体以外は撤収せよ。
世界博覧会撤退機の支援は我々で行う」
新選組。
魔王がこの世に現れたあの時、僕と神機隊を邪魔した連中。
幕府のなかでは、まだ出来る方な奴らだ。
レーダースコープに新選組の機影が映り込んだ。
もう間もなく、ミサイルの射程圏内に入る。
「最後の警告だ! 第21飛行隊以外は空域から離脱せよ!」
「全機へ、安全装置解除。合図で交戦を始めろ。」
アマツクメの指示通り、兵装の安全装置を操作して解除する。
これでいつでも戦うことが出来る。
「また、罪を重ねる……」
宗吉は苦しそうに呟く。
「さぁ早く、早くゥ……」
蘭は疼きを抑えながら、声を漏らした。
隣の彼女から思念は送られてこないが、少しだけ緊張したような息遣いが聞こえてきた。
そう考えても、何も言ってこない。
「作戦開始! 敵を撃滅せよ!」
戦争が始まった。
内戦ではない、対外戦争が。




