105 世博展示飛行「THE DEMON LORD’s CIRCUS」
央暦1970年3月17日
長坂 長坂空港
葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
「くそっ。結局アシに使われてしまった……」
「ありがとうよ。おかげで暗殺されずに済んだ」
「ふん……こんなのが本当に、幕府の八咫烏なのか?」
結構な暴言を吐き捨てて、馬廻衆の車は去っていった。
空港の乗降場には、良介がひとり残された。
「ううっ、傷ついちゃったわぞ」
嘘こけ、微塵も気にしていない癖に。
「もちろんだ……外野からのインネンを気にしてナンパ野郎は出来ないぞ」
因縁ではなく正当な批判と思われるが。
それはさておき、今日は現公とのデート以外にも予定があるのだぞ。
「……でもなぁ。代替機の問題なんて俺はどうしようもないじゃないか?」
歩きつつ、良介は思考を整理し始めた。
明日、良介は世界博覧会開会式にて展示飛行を行う。
開場後に開会式とはこれいかに、というのは当然の疑問だ。
しかし、イカれポンチどもが関係者の暗殺を狙ったのだから仕方がない。
「うーん。修理は絶対間に合わないし、幕府側から機体を送るのも無理……
政府側から借りるなら……」
お前に貸与された代替機の、例えばエンジンに爆弾が詰められていたら?
重要ながらハイGターンで外れてしまうようなパーツからナットがひとつ、抜かれていたら?
その破壊工作を斗米基地整備隊が見逃した時、対処出来るか?
「……機付長が見逃すような工作があったら、多分俺にも見抜けないよ。
やっぱ無理だよなぁ。メンツ的にも厳しいだろうし」
はてさて、どうなるのやら。
関係者用出入り口から幕府軍が借り受けているスペースへと向かう。
相変わらず、ペンギン中隊の面々は長坂空港から離れていない様子だった。
整備隊の面々含め、皆一様に滑走路の方を見つめていた。
良介は彼らの背後から語り掛ける形になった。
「よう、みんな。戻ったぜ」
「あっ、良介さん。ちょうどよかった」
ゆきが気づいたのを契機に、視線が一斉に良介へ向けられた。
自分の機体を放り出して、世界博覧会へ遊びにいった件が咎められるのだろうか?
「な、なに?」
「しむすけ、代替機が見つかったかもしれん」
「……うん?」
ボスの言葉がいまいち理解出来ず、良介は間抜けな返答をしてしまった。
代替機はどうしようもないという話ではなかったのか?
「先刻、空港より伝達があった。お前のための代替機を用意し、
これより機体と共に参る……とな」
あくりがそう告げるのとほぼ同時に、遠くから航空機のエンジン音が聞こえてきた。
葦原の民間機で一般的な、プロペラではない。
ターボジェット、それも2機だ。
エンジン音は南東から接近していた。
その方向に目を凝らすと───いた。
着陸のためのファイナルアプローチに入り、間もなく接地するというタイミングだ。
機種はP-86───いや、あれよりも鼻が長い。
「あれ……蒼鷹か?」
一式中等練習機、蒼鷹。
良介が初めて搭乗したこの世界の機体であり、武装も可能な練習機である。
葦原国産の機体のため、葦原では幕府・政府双方が運用している機体だ。
青いラインの入った機体は乱暴ながらも接地し、素早い動きで幕府軍が借り受けた一角にやって来た。
距離が縮まり、蒼鷹の詳細が見えてきた。
主翼には空だが武装用のパイロンを搭載し、機首右下部には機銃用の穴も見えた。
蒼鷹は練習機だけでなく、連絡機としても使われている。
連絡機仕様ではこの機銃用の穴は専用パネルで塞がれ、重量バランスは鉛の重りを入れて保つという。
この機体は、武装も可能な立派な兵装練習機だ。
主翼は角度の問題でよく見えなかったが、尾翼には葦原政府海軍の標章があった。
間違いなく、良介ら幕府軍の敵だ。
「何しに来やがった……?」
「小隊、何があってもいいように準備だ!」
蒼鷹2機が近づいてくると、彰義隊陸の護衛、近衛軍の耕作が部下に命じた。
武装可能とはいえ、相手は練習機だ。
それも、付近を飛ぶどころか着陸して接近している。
警戒する必要はないように思えたが───
機体が駐機場で停止し、風防が開かれる。
蒼鷹は練習機だけあって複座の2人乗り。
だというのに、それぞれ前席にひとりずつしか乗っていなかった。
先頭の蒼鷹で、ヘルメットから黒い長髪を垂らした女性が立ち上がった。
この黒髪には、見覚えがあった。
「あれれ、茂実さん⁈」
「し、知り合い⁈ 相手は賊軍ですよ⁈」
「ちょっと世博の会場でね」
「こっ、この人はぁっ……!」
呆れ返るゆきを横目に、良介はエンジンを止めた茂実の蒼鷹に掛けられたタラップをのぼる。
彼女は良介の姿を確かめると、ヘルメットを外した。
「凄いなぁ、本当に振遠隊の隊長さんだったんだ」
「……今まで、頭のどこかで何かの間違いだと思っていた。
しかし……こうも、証拠が揃っていてはな」
茂実の視線の先には、ペンギン隊やイグルベ隊の機体。
何よりも、ペンギン隊の象徴であるF-2のシルエットを見ては、認めざるを得なかったのだろう。
「チェイス、風の噂で耳にしたぞ。
お前の機体。先の暗殺騒ぎのせいで修理が間に合わんそうだな?」
「俺は志村良介。気軽に、良介って呼んでよ」
おいこら馬鹿!
仮にも敵を相手に、本名を名乗るんじゃないっ!
───あ……でもまあ、いいじゃないか。
どうも彼女、俺にそこまで敵対的ってわけじゃなさそうだし。
それはそうだが───
くそ、なし崩し的に認めざるを得ないではないか。
「……仮名ではなさそうだな。諱をこうも、気安く教えるのか?」
「俺はここの人間じゃないからね」
「異世界に染まる気はない、ということか……」
茂実の後に続いて、もう1機のパイロットも蒼鷹から降りて近寄ってきた。
良介から歩み寄られて浮き足立っていた近衛軍も、彼には反応した。
「まあ待ちなよ。別に俺を殺しに来たわけじゃないんだろ?」
「いいんすか?」
「その気があるなら、もうやってる。違う?」
不満な様子は見せながらも、近衛軍はもうひとりのパイロットに道を譲った。
絵に描いたような好青年のパイロットは、茂実と良介を交互に見て───
「ヘイズ。こいつが?」
「ああ……畏怖の魔王だ」
「記事を鵜呑みにしたわけじゃありませんが……
とてもそうは見えない」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
降りると視線で告げた茂実に従い、良介もタラップから地面に降り立った。
彰義隊と近衛軍の敵対的な視線を受けながらも、茂実は意にも介していなかった。
「歓迎出来ないのはお互い様だ……だから、手短に用件を済ませよう。
良介、この蒼鷹……振遠隊の連絡機、明日だけお前に貸してやる」
「本当に? ありがとう」
「ま……待ってください!」
あっさりと良介が承諾しようとしたところに、ゆきが食ってかかった。
彼女の疑問は至極もっともで、周囲から肯定の言葉が響いた。
「お前っ、何が目的だ!」
「そうだな……このような勝ち方をしたところで、意味はない。
敵に水を贈るという言葉、お前は存じないのか?」
敵に水を贈る───我々の知る、敵に塩を贈ると同義だ。
ただし、それだけでは納得出来るはずがないのが一般的な常識である。
「そのようなことを申しておいて……
機体に爆弾でも仕込んでいるのではないかっ!」
「気になるのならば、一通りバラして調べるといい。
なんなら、調べ終わるまで私は待ってやってもいいぞ。
蒼鷹は複雑な機体ではないからな……
もし何かあった時は、頭なり撃ち抜くがいい」
そう言って、茂実は人差し指を額に押し付けた。
「へ、ヘイズっ! 滅多な事を言うんじゃない!
適当な因縁をつけて撃たれたら……!」
「その時は、守ってくれる。そうだろう、良介?」
「ああ、盾になってもいいぜ」
「良介さんっ……⁉︎」
これまた、良介は安請け負いをした。
今回は文句のつけようがない。
嘘の根拠で他人を処刑するなど許されることではなく。
また、整備隊がそのような嘘を言うはずがないからだ。
良介が機付長へ視線をやると。
彼は不機嫌そうに唇を一文字に伸ばしていたが───
「ああ、俺は機体で嘘は言わねぇ」
機体の責任者に確認を取ると、良介はゆきへ視線をやった。
「そういうわけ。彼女は信頼出来るよ、竜司ちゃん」
「あ、あなたは……っ!」
「前にも言ったけど、俺は幕府軍で戦ってるだけで、幕府の味方ではないよ。
もちろん、政府軍の味方でもない……頑張ってる女の子みんなの味方だ」
忘れてはいけない。
良介が幕府軍の一員として戦っているのは、帰還する手段を用意するという条件と───
すっかり忘れられがちだが、ボスを人質に取られたためだ。
葦原の特定勢力に味方をしているわけではないのだ。
個人に味方をする場合はあるが。
「お前、私を女の子と扱っているのか?
三十路の行き遅れだぞ?」
「ははは、俺様は度量が広いからな」
「ヘイズが、女の子ぉ……?」
失礼な言葉を呟いたパイロットは、茂実にしばかれた。
女の子が自認でなくとも、おばさん扱いは癪に触るのだろう。
話は、とりあえずまとまった。
今はやるべき事をやらなくては。
「よーし、そうと決まったら早速飛ばしてみよう。
操縦方法は覚えてるけど……さすがに本番一発でやるのは無理だ」
「では約束通り、私は飛ぶまで待つとするよ」
大胆にも茂実は近衛軍の用意した椅子に腰掛けた。
流石に良介も度肝を抜かれたが、それよりもやる事があった。
「早速だけど、頼める?」
「まったく……おい、機材持ってこい!
最低限の点検済ますぞ!」
整備隊が集合し、点検の準備を進めていく。
その間にも、良介はペンライトを持って機体の下に潜り込んだ。
搭乗するパイロットとして、機体の状態を知らなくては。




