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F-2無双(仮)  作者: 穀潰之熊
第三部 世博停戦

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101 世博展示飛行「THE DEMON LORD’s CIRCUS」

央暦1970年3月17日

長坂 長坂空港

葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉


 早朝。

 世界博覧会はもちろん世間一般が目を覚ます前に、良介ら彰義隊は自分の機体を確かめる。


「良介さん……今日も、世博へ行くのですか?」


 宿から空港へ向かう道中、ゆきは良介に尋ねた。


 当然ながら、彰義隊の面々から世界博覧会へ赴くという行為には反対されていた。

 理由はシンプル。

 会場は敵勢力圏ど真ん中なのだから、正気ではないためだ。


「もちろん。ゆきちゃんも来なよ、結構楽しいぜ?」


 この車内には、ボスとあくり。

 そして運転手を務めている田中空軍歩兵もいた。


 ゆきは諱を広めたくはなかったようだが───

 やはり、あくりが堂々と公開した件に関して思うところがあったらしい。

 ペンギン隊と、一部の人間には諱を明かしたのだ。


 田中空軍歩兵はその一部に含まれていなかったはずだが───

 ゆきは完全に、存在を忘れている様子だった。


「私は……私は、遠慮しておきます」


「そう? ……結構楽しいのに」


「そうかもしれませんが……あの催しを支配しているのは、今や賊軍なのです。

多くの同志や民草を殺し、のうのうとしている連中が簒奪(さんだつ)した催しです」


 指摘するまでもない事だが世界博覧会は元々、葦原政府ではなく大和幕府が誘致したイベントである。

 それも内戦が始まる何年も前から、入念に準備を重ねていたもの。


 幸いにも内戦開始から両勢力配慮していたため、会場周辺が戦場になることはなく、建設に遅れが生じる以上のトラブルはなかった。

 だからこそ、神聖な土地であるはずの京が戦場になったという側面もあるが。


 ともかく、幕府側の人間にとって好ましい状況ではない。


 出展パビリオンも葦原館ではなく、大和幕府館となっている。

 武力で不当に奪われた側なのに、なぜ正当性を主張しなければならないのか。

 当然、面白くないだろう。


「良介、この際だから私も意見を表明しておこう。

お前が世博の会場に居るだけで、連中はメンツを潰されている。

奴らの隠密も、いつまで我慢しているか定かではない。

危険だ、やめておけ」


 と、ここで沈黙を保っていたあくりも発言した。


 彼女は幕府との関係は希薄。

 あくまで、真田藩と一族を守るために寝返ったという立場。


 あくりにそう発言させているのは、立場ではなく個人の心情だろう。

 純粋に、良介の事が心配なのだ。


「……ありがとう。そこまで心配させてるとはね」


「お前は唯一無二の存在だ。欠けると、埋める事ができん」


「でも、行くのをやめないんだろ?」


 良介の言葉を、助手席のボスは代弁した。


「うん」


 あくりはすごく真面目な表情のままずっこけた。


「な、なぜ……?」


「世界を知りたいから……でしょう?」


 ため息をついたゆきは、これまた良介の心情を代弁した。


「ああ。少なくとも、ここ数日だけで色々と知ることが出来た……

間違いなく、行く価値はあったと俺は断言出来るぜ。

新聞か何かで見ただろ? 世界の果てには向こうがある……

ゆきちゃんが知りたがってた話だ」


 世界博覧会を取材に来ていたメディアはマランス合衆国館の、表向きの(・・・・)目玉である占星術の取材に殺到した。

 しかし直前で目の当たりしたのは、関係者限定開放でも伏せられていた世界の真実だった。


 世界の果ての外。

 そこには未知の大陸と、排他的な勢力がいる。


 将来宇宙に行く、というク連の表明など彼方に消えてしまった。


 そのニュースを受けた世界は大騒ぎしていた。

 葦原は幕府含めて震撼し、ユーロネシアは冒涜的だと批判し。

 良くも悪くも、大きな反響があった。


 出入国の制限を敷いていた葦原政府も、緩和を検討し始めるほどに入国希望者が殺到したらしい。

 嫌な予感がするが、それはさておき。


 良介は、世界が変わる瞬間を最前線で目撃したのだ。

 (さか)しらがって何も変わらないと良介は思っていたが、一晩遅れてやってきたのだ。

 新しい世界という、ロマン(ワクワク)が。


「それは! ……それは、そうなのですが」


「まあ、あくりちゃんの言うことも間違いじゃないよ。

政府側は停戦破りで要人一網打尽にしようとするイカれポンチ飼ってるんだ。

何が起きてもおかしくない……でも、危険を冒す価値はあると俺は思う」


 良介の言葉を、あくりは瞑目したまま聞き───

 ひとこと答えた。


「無粋であったな」


「いいや、当然の指摘だ。俺もずっと、頭の片隅に残してる」


 片隅どころか、メインの話題だが?

 ずーっと、ずーっと! ずーーーっと!

 そう主張しているがぁ⁉︎


───うるさい、お前黙れ。


 やなこった。


 というわけで、一行は機体を駐機している長坂空港に到着した。


 機体は増援としてやって来た近衛軍の小隊によって守備されている。

 流石に戦車は持ち込んでいないが、簡単な機銃陣地を構え、車両の荷台に重機関銃や無反動砲を備えている。


 暗殺未遂の時のように戦闘機他重装備が用意されれば、同じく増援のイグルベ中隊が緊急出撃。

 対応にあたるという手筈である。


「あっ、どうも志村殿」


 派遣された近衛軍の指揮官は、牢屋敷で救出した奥村耕作歩兵頭であった。

 さすがに、彼の顔を忘れるほど良介も適当ではない。


「よう耕作くん。状況は?」


「平和ですけど、馬廻衆から伝言が」


「伝言?」


 馬廻衆は、井伊飯釜が率いる将軍の護衛だ。

 別にこのような場所で伝言などせずとも、宿の方に直接言いに来ればいいのに。


 とはいえ、状況が状況だ。

 なにやら特殊な事情があるに違いない───


「機体の見回りが済み次第、空港建屋の特級待合室(ラウンジ)まで来るようにと」


「ラウンジに?」


「伝言は以上。あの馬廻衆、機嫌悪かったんですけど……

志村殿、またっすか?」


「またってなんだよ、またって……」


 身に覚えがないわけではないが───

 馬廻衆の伝言は、将軍からの伝言の可能性もある。

 無視するわけにはいかないぞ。


「ちぇっ。わかったよ……

まさか将軍が一緒に世博見たい、とか言い出すんじゃないだろうな?」


「わはは、まさか」


 彼らの仕事に謝意を伝えると、良介は先ほどの馬廻衆より機嫌が悪いであろう斗米基地整備隊のもとへ歩み寄った。

 なにせ彼らは連日の残業続きなのだ。


「機付長、調子は……」


 少し前までは文面に残せない暴言を呟いていた彼らだったが───

 ラインを越えてしまったらしい、言葉すら発していなかった。


「うーん、疲労は限界に達してそうだぞ」


「当たり前だ……くそ、世博の会場吹っ飛ばしてやろうか」


「おいおい……」


 洒落にならない機付長の発言は聞かなかった事にして、良介は彼から書類を受け取った。

 やはり、開会式の展示飛行には間に合いそうにない。


「代替機持って来たほうがいい?」


「必要以上に機体を持ち込んだら停戦破り、だとよ。

先に破ったのは、あいつらだってのに……

それに、ナーガは分解したままこっちに来ちまった。

呼び寄せるのは無理だぞ」


「ひゃー、タイミング悪」


「他人事だと思いやがって……」


 良介は冗談めかして言ったが、実際かなり困っている。

 F-2は言うまでもなく飛行が危険な状態で、現状の予備機であるナーガは分解されたままで夷俘島に。

 それ以外の良介が搭乗できそうな機体は、政府側が認めようとしない。


 つまり、展示飛行の代替機として使える機体は皆無なのだ。


「うーん、イグルベの機体借りちゃダメ?」


「お前、あいつらの機体動かしたことあるのか?」


「ない」


「出来もしない事を言うんじゃねえよ。

いくらお前でも、操作系統が大違いの機体を初見で乗り回すのは無理だ」


 制限時間は今日中だ。

 良介が操縦出来る機体を用意出来るのか。


 それは、もはや良介がどうにか出来る領域の話ではなかった。


「どうしようもない事は、クヨクヨ考えないに限る。

うんうん、俺は俺にしか出来ない事をするとしよう……」


「けっ、どっか行っちまえ。お前は一介の飛行士でしかないんだ」


 機付長の悪態を背に、良介は呼び出しに応じて空港の建屋へ向かった。


 長坂は民間空港であり、連日葦原西部の民間機が離着陸している。

 幕府が借りているエリアは、ほんの一角に過ぎないのだ。


 ぞろぞろと、世博目当ての人々が早朝便から降りてきた。

 彼らは一言で表すならば、金持ちの方々となるだろう。


 民間旅客機という存在は、幕府が天下を取っていた時代には考え難い存在だった。

 幕藩体制下では民間人の移動の自由は存在せず、藩境を越える移動は幕府あるいは藩の上層部が許した人物以外に許されなかったのだ。

 故に今ある民間航空会社とは、かつて藩貿易を担当していた者たちが立ち上げた新興企業ばかりなのだ。


 今、数の少ない旅客便を利用できる人々は、数少ない旅客用飛行機のチケットを入手できる一握りの人間というわけだ。

 それが出来ない大多数は自動車すらなく、列車に数日揺られて長坂までやって来るのだ。


 彰義隊が待機している滑走路の一角はのぞき見を遮るための幕が張られ、恐らく彰義隊見物が目的であろう人々は落胆していた。

 良介はそんな彼らを横目に階段をのぼり、ラウンジの中でも最上級のランクとなる特級ラウンジへと向かう。


「失礼。これより先は、特級待合室となっております」


 さすが特級。

 一般人とVIPの境目として、警備員が待機していた。


 それも、空港の警備員だけでなく背後に馬廻衆が控えているというオマケ付きだ。

 今日偶然、このラウンジを利用している人々は気が気でないだろう。


「いや、その者は許可を受けている。通して良い」


「は、はぁ……」


 良介は馬廻衆に会釈すると、堂々と特級ラウンジへ。


 世界博覧会でやって来る外国人客を意識した内装なのだろう。

 ラウンジには増設感アリアリの座敷が用意され、複数の外国人に───

 最奥には、明らかに特別な警戒が敷かれている空間があった。


 案内を受けずとも、良介には目的地がわかった。

 歩み寄ると、馬廻衆が道を開く。

 その先には───


「あ、現公ちゃんっ⁈」


「えっ」


「なにっ」


「はわわっ」


 その時、馬廻衆がどよめいた。

 なんだかよくわからないが───


「良介さんっ」


 彼女の笑みを前にすれば、どうでもいい話だ。

 いつものような所作で、良介は現公の隣に腰掛ける。


「うおっ」


「マジか」


「知らないって怖ぇー……」


「うるさいぞお前ら」


 いちいちどよめく馬廻衆を威嚇し、改めて───

 良介は現公と顔を合わせた。


「よかった。元気そうで」


「はい。良介さんのおかげで、今ここにいます」


「それだけで、全部報われた気分だよ」


 現公は暗殺未遂の現場に居合わせ機体の操縦士が全滅する中、千代と協力して着陸を成功させた立役者。

 この活躍で、幕府の守らなければならない人物と判断されたのだろう。


「で、俺は馬廻衆に呼ばれて来たんだけど……

もしかして、現公ちゃんが俺を?」


「はい……大変失礼ながら、直接お会いするのは難しいので」


 現公は一度居住まいを正すと、良介に問い掛けた。


「良介さん……私と一緒に、世界博覧会の会場へ行きませんか?」


「もちろん。約束だからね」


 葛藤すらせず、良介は即答した。

 訳のわからんイカれポンチどものせいで予定外の状況になったが───

 これはもとより、約束していたのだから。


「い、いいんですか⁈」


「もちろんだよ。前に言ったろ?

俺は頑張る女の子みんなの味方なんだ……

頑張った女の子に頼まれちゃ、断れないよ」


 と、例の如く軽口を叩き───


「……良介さんって、誰にでもそんな事を言っているんですか?」


「えっ⁈ い、いや……そんな事はないよ……

ははは……」


 まったく説得力がない上に、フツーに嘘ではないか。


───嘘じゃないやい。男には絶対言わないぞ。


 詭弁だな。


「そっ、それよりも行くなら、早く行こう!

始発のバスが出ちゃうぜ?」


「お、おい。お前は……」


 何事か、馬廻衆が口を挟んできたが───


「お願いです。ですから……」


 現公が懇願し───どういうわけか、馬廻衆は頭を下げた。


「出過ぎた真似を、失礼しました」


「いえ。これは……私のわがままですので」


 他の馬廻衆を見渡すと、それ以上の介入をする気はなさそうだった。

 どうやら、話はついたらしい。


「そりゃ、現公ちゃんは将軍と親王を助けた功労者だ。

ピリピリするのはわかるけどさ……過保護なのは考え物だぜ?」


「うるせぇ、お前は黙ってろ」


 と、良介は結構普通な事を言っているはずなのだが、馬廻衆に逆切れされてしまった。


「な、なんて無礼な野郎だ……現公ちゃん、時間は有限だ。早く行こう」


「は、はいっ」


 良介は手を差し出すと、現公は迷いなく重ねた。


 とはいえ、それで彼らが諦めると思うほど良介も甘くはない。

 数名、尾行の気配を背後で感じつつも───


 ふたりは世博会場行きのバス待機列に並ぶのだった。

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