第3話:リアルでもめっちゃ美人でかわいい!
雲一つない快晴がどこまでも続いている。
太陽は燦燦と輝いていて、眩しくも暖かい。
その下を優雅に泳ぐ小鳥達は、実に気持ち良さげだ。
時折肌をそっと優しく撫でる微風は、ほんのりと冷たいながらも心地良い。
平穏、そんな言葉が一颯の中でしっくりとした。だが――
「ここは、どこだ?」
明らかに見慣れない地である。
建物は一つとしてなく、悪く言えば殺風景な場所だった。
見渡す限り広大な平原にて、ぽつんと一人いる一颯は周囲を一瞥する。
(少なくともここは現実……って、感じじゃなさそうだわな)
小汚い部屋よりかは幾分もマシであるし、寧ろ心が落ち着いてすらいる。
一颯はトランシーバーに視線を落として、すぐに「クソッ」と悪態を吐くこととなる。
どうやら通信は相手側の一方的なものであるらしい。
物は試しと呼び掛けてみたが案の定、白衣の男からの返答がくることはなかった。
どうしたものか。
装備品の類はデータ上によるものだが村正とアサルトライフルが一丁ある。
自衛の手段は特に現状申し分なし。とは言え不安要素は多々残っている。
「…………」
一颯の足取りに、いつもの軽快さはない。
ここは彼にとって、右も左もわからぬ見知らぬ土地である。
人気も皆無であるし、遭遇するとも限らない。
不安ばかりが募るが、ただ待っていても道先案内人がくる兆しもない。
ならば、ここは動くべきが的確な行動だろう。一颯はそう判断を下した。
「――、あれは……?」
道なりに一先ず進んだ、距離にして1km前後ぐらいだろう。
視線の先、とてつもなく大きな都市がどっしりと構えていた。
部類で言うなれば、それは城郭都市と総称されるもの。
見上げるほどの堅牢な城壁の中で築かれた都市は、さぞ大きいに違いあるまい。
人もそれ相応にいるだろう。
一颯の胸中に渦巻く安心は、程なくして疑問をそこに混ぜる。
「あれって……どこかで見たことがあるような……」
いわゆる、既視感というやつだ。
記憶にはないが、何故だか知っている。
不可思議そうに小首をひねって、一颯は城郭都市へと歩を急がせた。
距離が縮まるにつれて改めて、その偉大さを思い知る。
そびえ立つ壁の向こうに果たして、何が待ち構えるか。
開放されたままの巨大な門の隙間から、二人の男が一颯の方へとやってくる。
二人はぺちゃくちゃと談笑に花を咲かせていて、まるで一颯の存在に気付かない。
「あ、あの……」と、一颯。
(この人達の恰好……なんだ? どっかで見たことがあるぞ……)
再び襲いくる既視感に、小首をひねる一颯。
彼らの出で立ちは、軍服に板金鎧となんとも珍しい組み合わせである。
そして一様に重々しいライフルを手に携えていた。
以上から彼らがこの都市を守護する兵士であると察すると、それと同じくして――
(ようやく思い出した! こいつら、モブキャラだから全然憶えてなかった!)
物語を盛り上げるのに脇役の存在は必要不可欠である。
中でも更に脇役については、せいぜいが噛ませ犬のような扱いなので差して関心もない。
かわいい女の子のキャラクターがメインであるゲーム、それが【幻想の撃鉄少女】である。
それが目立てで始めた。野郎には、これっぽっちも一颯は興味がなかった。
「――、む! 止まれ!」
「……何か?」
向けられる二つの銃口に、しかし一颯は微塵もたじろぐ様子がない。
幸か不幸か、この手の荒事にはそれなりに慣れている方だった。
ましてや相手は、同じ人間。いざとなればどうとでもできる。
「――、えっと、とりあえず怪しい者じゃありませんし、争うつもりもこちらには」
と、一颯は両手をすっと静かに上げてにこやかな笑みすらも浮かべた。
鬼鉄一刀流は、名前こそ猛々しくあるが本質はまったくの真逆。
不抜の剣――抜く必要がなければ逃げてもよし、を信条としている。
抜く必要がある時のみ、大鳥の剣士は刃を振るう。
これに基づけば今はその時ではないのである。
「もしかして、あなたはイブキ団長様ですか?」
一人の門番が、なんだか酷く驚いた様子だ。
「えっと、はい。一応ここではそう名乗らせてもらっています」
「お、おいこれはヤバいんじゃないか!」「た、確かに……」
「えっと……」
突然狼狽する二人を、一颯は怪訝な眼差しをもって見やる。
不意に、鋭い視線が身体を射抜いた。
(誰だ? どこから見ている?)
敵意や殺気と言った禍々しさは、これが驚くぐらいまったくない。
なのに得体の知れない何かが、べったりと視線に張り付いている。
一颯は、この感情の正体について知らない。
知りたいと言う気持ちも、不気味さによって跡形もなくきれいに消失した。
「イブキ団長!」
と、兵士のビシッとした敬礼な実に見事なぐらいきれいだ。
「いますぐこの城郭都市ヴァルハラより立ち去ってください!」
「それは、どうしてですか?」
ここで仮にゲームの世界だとして、データが個人のものであるならば何故に。
城郭都市ヴァルハラ――年齢、国籍一切問わず。
すべての団長はここより物語を戦銃姫といっしょに紡ぐ。
一颯もその団長の一員であるし、わずか数日でランキング上位者ともなった。
入れないとは、どういうつもりか。
口調こそ穏やかのまま、されど一颯の胸中は疑問と苛立ちが募る。
「イブキ団長、もしかして忘れてしまわれたのですか!?」
「忘れたって……何を?」
「団長となられる方は一番最初に話を聞いているはずですよ」
「――、聞かせてくれませんか?」
一瞬、呆気に取られた後、「わかりました」と、門番。
兜より覗く顔立ちは自分よりもやや上と言ったぐらいか。
「――、戦銃姫については、まずご存じですよね?」
「もちろん」と、一颯。
戦銃姫あってこその【幻想の撃鉄少女】である。
彼女ら花形がいるからゲームを始めたようなもの。
彼女らの設定をよく知りたいと思うは、団長ならば至極当然と言えよう。
戦銃姫とは、人間の姿形こそしているが中身はまるで別物だ。
遥か古の時代、現代の人々が神話と呼んだ時代のことである。
それは突如地中より現れた。
ヘルヘイム――光が一切届かない、深淵の地底より彼らは地上侵略を図った。
剣と魔法、この世界で主流である文明もヘルヘイムの高度な文明の前に成す術なし。
人類は絶滅の一途を辿るばかりであり、誰しもが絶滅の二字を容易に想像しよう。
だが、人類も負けてはいない。
彼らに対抗するべく、数多くの犠牲を出しながらもついに――戦銃姫という、最強の凡庸人型決戦兵器を人類は手にしたのである。
と、ここまでが【幻想の撃鉄少女】の主な設定である。
「戦銃姫と団長……この二つが揃ってはじめて、彼女達は超人的な力を発揮することができます」
「そりゃあ――」
団長なくしてゲームはできないだろう、とはあえて口にしない。
「ですが、両者が直接接触することは固く禁じております」
「本当に、憶えておられないのですか?」
訝しむ二つの視線がジッと向けられる。
「……いや」
と、一颯はそう言うので精いっぱいだった。
(そんな設定……あったか?)
ゲーム内の話である。戦銃姫と団長は同じ基地にてすごしている、という設定のもと、物語は展開されていく。
“おでかけ”や一日有限の“お茶会”など、少なくとも彼らの関係性は良好なものだ。
一颯の眼にはそのように映っていた。
「どうして、団長は戦銃姫と接触したら駄目なんだ?」
「それは――」
「あー!」
門番の言葉を遮ったその声には、あふれんばかりの活気が宿っている。
わずかな隙間、門の方からぱたぱたとやってくる一人の女性。
白と青をベースとしたその衣装はドレスのように優雅であり、同時に戦に赴く者の防具でもある。
見事なドレスアーマーによって着飾られた彼女に、一颯は数瞬の刻を奪われた。
絵に描いたような美人だ。
さらりと流れる金色の長髪と、翡翠の如き瞳は人外的ですらある。
人外なのは、彼女が戦銃姫であるのだから当たり前なのだが。
「イクス……!」
と、自然と一颯も彼女の名を口にした。
イクス――勝利をもたらす聖剣を素材とした特殊な戦銃姫。
ランクはSSRで、ガチャの配当率は0.002%と極めて低い。
この条件下で一発で引き立てたのがこの、大鳥 一颯であった。
一番最初に配属した戦銃姫とだけあって、その分思い入れも強い。
(まさかこうやって実物と対面する日がくるなんてな……俺は、運がいい)
白衣の男についてはまだ、許せないが今回の件に関してのみは素直に感謝した。
「お待ちしておりました団長様ぁ。さぁ早く私達の基地へと行きましょうよ~」
「あ、あぁ……そう、だな」
有名な絵師に、有名な声優によるおっとりとした言動。
二つが合わさってイクスに、一颯はしどろもどろとなる。
顔から火が出そうなぐらい赤くなるのがわかるぐらい、一颯は羞恥心に苛まれた。
一颯という男は、他者、特に女性からの人気が極めて高い。
剣の腕が立つ若き天才剣士、その肩書も間違いなく彼が人気者たらしめる由縁の一つだが、一つにすぎない。
例えるならば、燃え盛る焔の如き真紅である。
日本人にしては極めて稀有な色鮮やかな赤髪に一切の人工物は施されていない。
あくまでも地毛で、それ故に一颯をねたむ輩もそれなりにいた。
見た目、実績、それら総合して一颯は間違いなく人気者であった。
ただ如何せん、女子に対する免疫力があまりない方である。
「あ、え、えっと……その……」
異性を前にした途端にこれだ。
何を話せばよいかが、頭が真っ白になって言葉が出ない。
そんな自分に嫌気が差すも一向に直せそうにもないから、一颯の苛立ちと不甲斐なさが胸中で激しく渦巻く。
「団長様ホラ早く早く~。みんな団長様のこと待っていますよ~!」
「あ、う、うん……」
屈託のない笑みを崩すことないイクスにどうにか笑みを返すことができた。
恐らくその笑みは酷いぐらいぎこちないとわかっている一颯も、手を引かれるがままついに、城郭都市ヴァルハラへと足を踏み入れた。