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第五話 衣装合わせ(1)

 翌日、お母様の部屋でドレスのデザイン案を眺めていると、控えめにドアがノックされた。来客の合図だ。


 席を立ち、ついたての向こうで針子に囲まれているお母様に声をかける。


「お母様。ちょっと失礼しますね」

「ええ、終わったら私も顔を出すわ」

「はい」


 扉を出ると、部屋の外で待っていたメイドが一礼し客間に向かって歩き出す。その後に続きながら、そっと頬に手のひらを当てた。


 採寸で薄着になっているお母様のために暖炉の火を強めに焚いていたので、顔がやたらと火照っていたのだ。


 その点、廊下はひんやりとして気持ちがいい。冷たい空気を肺いっぱいに吸い込み、大きく吐き出す。


 ちょうどいいから、客間までの道のりでのぼせた頭を冷やそう。今日の相手はソニアとは違い、気を抜いた状態で対面するわけにはいかないのだから。


 客間で待っているであろう人物を思い浮かべると、頭が痛くなりそうだ。こめかみをぐっと押さえたそのとき、前を行くメイドが立ち止まり部屋の扉を丁寧に叩いた。


 ドアが内側からゆっくりと開いたので、覚悟を決め部屋の中に入った。


「お待たせしました」


 そう言って部屋の中央に置かれた来客用のソファに視線を向ける。そこには、()()()()()()()が座っていた。


 私が部屋へ来たのを認めると、クラークは腰を上げ緑色の瞳をこちらに向けた。


 たったそれだけの所作が悔しいほど洗練されていて、後ろに控えているメイドたちが息を飲むのがわかった。


 こちらも負けじと可能な限り優雅にほほ笑むと、クラークは目を細めて綺麗に笑い返す。


「急に訪ねてきてごめんね、アメリア」

「こちらこそ、ご足労いただき恐縮ですわ。後から母も挨拶にまいります」

「それは光栄だね。レティシア様にお会いできるなんて何年ぶりかな」


 彼は嬉しそうに相好を崩した。


 家格が高い者同士、サリバン家とクラーク家は何かと顔を合わせる機会が多い。だからなのか、彼は昔からお母様によく懐いていた。


 色々思うところはあるものの、お母様を偏見で見ないクラークの態度は素直に好感が持てる。ほんの少しだけ気分を良くした私は、彼に問いかけた。


「何かお飲みになる?」

「ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えようかな」

「なら、母自慢のストレートティーはいかがかしら」


 領地から持ち帰ってきた秋摘みの茶葉を薦めれば、彼はいいね、とうなずく。お茶の手配が済むと、私たちは向かい合って腰を下ろした。


「なんだか久しぶりな気がするね」

「最後にお会いしてからまだ二週間ほどだと思いますけど」

「そんなものだったかな? 最終日に会えなかったから長く感じたのかもね」


 こちらの冷静な指摘をまるで意に介さず、クラークは話を続ける。


「ずっとお礼を言いたかったんだ。この間の課題、最高評価をもらえたのは君のおかげだよ」


 やたらと穏やかな笑みを向けられ、返事に困る。あの課題に高評価をもらえたのが私だけの成果だというのは、どうにも違和感があった。


 運ばれてきたお茶を飲みながら目線を落とす。なんだか無性に照れくさい。


「私一人の力ではありませんわ。全員で尽力した結果でしょう」


 我ながらそんなことを言う自分が信じられない。今までの私なら、謙遜だとしてもそんなことは言わなかったのに。


 居心地が悪くなって口をつぐむ私を見遣り、クラークはくすくすと笑いを漏らす。


「ねえ、アメリア。そんなにむくれた顔をしないでよ」

「もともとこういう顔です」


 むすりとした表情を隠さずに答えると、彼は先ほどまでの笑顔から一転、やや悲し気に眉尻を下げた。


「確かに、君は僕の前ではいつもそんな顔だよね」


 そう言って視線を落とし、憂いを帯びた表情を浮かべる。


 なによ、その言い方。まるで私があなたをいじめているみたいじゃないの。


 なんとなく気まずくて次の言葉が継げない。普段と違う様子に困惑する私に向き直り、クラークは掌を組んだ。


「今日君を訪ねたのは他でもない。手紙にも書いたけど、来月の祝賀会の衣装合わせをしたいと思ってね」


 目の前でほほ笑む彼は、すでにいつもの雰囲気に戻っていた。


 一瞬、苦しそうな表情をしたのは気のせいだったのかしら。その瞳を真正面から捉えても、結局真意はわからないままだ。


 とりあえずは、このまま話を続けることにした。


「承知しております。今からドレスをこちらに運ばせますわ」


 部屋の隅に立つメイドに目配せすると、すぐにてきぱきと動き始める。


 本来なら、ドレスをデザインする時点でパートナーと衣装のすり合わせをするものだ。しかしながら、急に相手が変更となった私たちは当然そんなことをしてはいなかった。


 そこで、クラークが私のドレスに合わせて自らの服を決めようと申し出てくれたのだ。


 女性のドレスを今から変更するのはかなり難しいことなので、これは正直ありがたかった。


 無言でお茶を飲んでいる間にも、部屋に運び込まれたトルソーにドレスが着せられていく。準備ができると、私たちは席を立ち、並んでドレスの前に立った。


 今回仕立てたものは、光沢のある紺の布で出来たAラインのドレスだ。


 近年の流行はデコルテを強調したものが多いけれど、体格の薄い私には似合わないので、首周りはハイネックにした。その分、重い印象にならないようにデコルテと袖は総レースで肌が透けて見えるようになっている。


「これは……ずいぶんと大人っぽいね」


 クラークが戸惑うような声を出す。


「父の隣に立つつもりで作らせましたから」


 そう。このドレスは、お父様と並んだ時に見劣りしないようにということを念頭に置いて作ったのだ。


 オーガンジーがスカートに沿って幾重も波打つように重ねられているおかげで、多少は下半身にボリュームが出てはいる。それでも、若い令嬢の着るデザインでないことは遠目にも明らかだ。


 後は髪を夜会巻きで結い上げて金のイヤリングと髪飾りをすれば、完璧なはずだった。


 だが、当日並ぶのはお父様ではなく、クラークだ。まだ若い彼の隣では、そのコーディネートは周りにチグハグな印象を与えてしまうだろう。


「光沢のある紺だから、僕の服も艶のある生地の方がいいかな」


 クラークは顎に手をやり、うーんと考え込んだ。


「それでも、君に並んで立つには僕じゃ不釣り合いかもしれない」

「あら、ご謙遜を。年齢にそぐわない装いなのは私の方ですわ。ただ、ドレスの変更はできませんが、アクセサリーとメイクを変えればもう少し年相応になると思います」


 そうね。ゴールドの代わりに、小さなパールか明るめの色石のアクセサリーにすれば、顔周りは明るくなる。髪は全部上げずにハーフアップにしよう。それならだいぶ若く見えるはずだわ。


 ん? 実際に私は若いんだから『若く見える』はおかしいかしら……。


 一人で考えに耽っていると、横でドレスを眺めていたクラークがこちらに顔を向けた。


「アメリア、よければ僕に髪飾りを贈らせてくれない?」

「え?」

「このドレスに似合いそうなものに心当たりがあるんだ」


 深い緑青の瞳と視線が合う。相変わらず、何を考えているのかわからない目だ。しかし、そこから悪意は感じ取れなかったので、素直にうなずくことにした。


「……おまかせしますわ」


 私の返事に、クラークは嬉しそうに顔を綻ばせる。そして視線をまたドレスへ戻し、私にしか聞こえないほどの声でつぶやいた。


「これを着た君は、とても綺麗だろうね」

「お世辞は結構ですわよ?」

「本気だよ」

「まあ、年頃のレディに向かって『変な顔』とおっしゃった方の言葉とは思えませんわね」


 口元に手をやり、わざとらしく驚いてみせる。クラークはきょとんとした後、私の嫌味に気づき苦笑した。


「やだなあ、まだその話をするの?」

「謝罪は受けましたけど、傷ついた気持ちは癒やされていませんのよ。この先ずっと、なんなら一生文句を言ってやりますわ」


 調子に乗ってさらにちくりと刺してやると、急にクラークは黙り込んだ。不思議に思って隣をうかがうと、彼は泣き出してしまいそうに見えた。


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