さっさとタムマロを助けて!/できません!
クラリスとわたくしの魔力を集めたクラリス・クラーラの右拳は、アクラ王の胸に突き刺さる。
そして、そこにいるタムマロ様も致命傷を負う。
今の今までこの状況がそうなのだと気づけませんでしたが、それがタムマロ様が倒した今代の魔王が『悲劇的未来決定魔法』を使って見た未来。
その未来の光景を、わたくしは魔王の記憶を見る過程で見させられました。
だからわたくしは、クラリスに言えませんでした。
だからわたくしは、クラリスにタムマロ様を殺す覚悟を決めろと言いくらいしかできませんでした。
「まったく、あなたって、男性に対しては本当に一途ですね」
クラリスは、タムマロ様を100年愛し続けた。
散々な目に遭わされても、タムマロ様を自らの手で殺す未来はクラリスにとって悲劇だったのでしょう。
そんな未来が待っているとは微塵も思っていないクラリスは、肘を折り畳んで右拳を限界まで後ろに引いたクラリス・クラーラをアクラ王の目の前まで移動させました。
そして……。
「心意六道! 全力全開螺旋光拳!」
拳に集めた魔力を回転させ、ドリルのように先を尖らせて、アクラ王の胸部へと放ちました。
本当に全力で、自身とわたくしの魔力を使いきるほど全てを出しきった一撃。
その一撃は、まるで最初からそこに納まるのが当然のように何の抵抗もなく、アクラ王の胸部を穿ちました。
クラリスはきっと、それでもタムマロ様は大丈夫だと思っているのでしょう。
「え? ちょ、どういうこと? なんでこうなるの!?」
クラリスの肩は震えていました。
両目からは大粒の涙がこぼれ始めていました。
クラリスは今の一撃で、タムマロ様がどうなったのかがわかったのでしょう。
そして慎重に何かを握ったクラリス・クラーラの右拳をアクラ王から抜いたクラリスは、今度は膝を突かせて地面の上で右手を開かせました。
その右手上にあったのは、無惨な姿になったタムマロ様でした。
「ク、クラーラ! あたしを下に降ろして! 早く!」
「わかりました」
わたくしはクラリス・クラーラの胸部を開くなり飛び出したクラリスを左手に乗せて、タムマロ様のそばに降ろしました。
ほどなくして、わたくしも降りました。
さて、ウズメもみんなを連れて戻ったようですし、ここからが本当の正念場ですね。
「ど、どうしよう……。あたし、ここまでやるつもりは……。タムマロなら、どうにかして避けると思ってたのに」
それなりに長い付き合いですが、ここまで動揺したクラリスを見たのは初めてです。
タムマロ様の横に膝を突いて、どうして良いかわからずにオロオロと両手をさまよわせている様は滑稽に見えますが、クラリスがパニックを起こしていると十二分に教えてくれました。
「そ、そうだ! 蘇生魔法! あれなら助けられるんじゃない!?」
「ええ、体を治すだけなら可能です」
「だったらやってよ! あたしの魔力を全部使っても良いから!」
「できません」
「なんでよ! 魔力が足りないって言うなら、龍脈の魔力を使えば良いでしょ!」
「一時的に枯渇していた龍脈も元に戻っていますので、それを使えばどうとでもなります。ですが、魔力が問題ではないのです」
「だったら何よ! 御託はもう良いから、さっさとタムマロを助けて!」
「できません! 死者蘇生魔法を使えば、先ほども言ったように体は治せます! ですが、それでは意味がないのです!」
「だから何でよ! あたしにもわかるように言ってよ!」
「タムマロ様に、生きる気力がないからです!」
「え……?」
そこで初めて、クラリスはタムマロ様の顔を見たのでしょう。
今にも死にそうな大怪我を負っているのに穏やかで、安らかなその顔を。
アレは生きようともがいている人の顔ではありません。
死を受け入れた人の顔でもありません。
アレは、死にたがっている人の顔です。
「あれま、こりゃあまた派手にやられわね。アンタ、死にかけてるじゃない」
「お、お姉さま……」
言い方が軽い……。
聖女様はこういう場合でも空気を読まないようで、ズカズカと寄って来たと思ったら知り合いに挨拶でもするような気軽さでタムマロ様に話しかけました。
ですが、タムマロ様は嬉しそうに聖女様を見上げました。
「クラ……リ……」
「生憎と、その名前はその子にあげたの。だから私は、クラリスじゃない。今の私はシーラよ」
「そう……か。シー……ラか」
「ええ、そうよ。だから指名する時は名前を間違えないように」
「指名って……。今でも、君は……」
娼婦をやっているのか。
とでも、タムマロ様は言おうとしたのでしょうか。
ですが続きは、かたわらに膝を突いた聖女……シーラ様がご自身の唇でタムマロ様の唇を塞いでしまったので、紡がれることはありませんでした。
「ようこそお客様。私の名前はシーラ。今宵、貴方様に愛でて頂く一夜限りの花でございます。こんな感じだったっけ?」
「僕、そのセリフは言われた覚えが……ないな」
「あ~……そっかそっか。アンタと私って、出会いは最悪だったもんね。客として扱った覚えがないわ」
「そ、そんなに酷かった?」
「酷いなんてもんじゃなかったわよ。アンタ、出会い頭に変な踊りで私を恐怖させたのを忘れたの?」
「僕、変な踊りを踊った覚えは……」
「踊った! 絶対に踊った! ほら、この革袋いっぱいに詰めたお金を見せつけるようにこう、腰をクイッ! クイッ! って感で!」
シーラ様は、膝を突いた状態でお尻を少しだけ浮かせて腰をくねって見せました。
それを見たタムマロ様は、「あ~……やったかも」と言って、クスリと笑いました。
「そのあとも、変な妄想を聞かされてちょっと怖かったっけ。あ、そうそう。アンタって、おっ起てすぎてパンツを脱ぐのに苦労してたわよね。しかもその後、いざベッドインしたら私の胸をもげそうになるくらい強く揉むし、入れた途端にイっちゃったし」
これは、死人に鞭打つと言う奴ではないのでしょうか。
そばで聞いているクラリスはシーラ様を止めようかどうかで迷っていますし、いつの間にか寄って来ていた他の人たちも聞いて良いのか悪いのかわからないといった感じの顔をしています。
「その後も、変な理想論を長々と聞かせてくれたわよね」
「若かった……からね」
「そうね。アンタも私も若かった。さて、では歳を取ったアンタにクエスチョン」
そう言うと、シーラ様からさっきまでのおどけた雰囲気は霧散し、思わず祈りたくなるような荘厳な雰囲気に包まれました。
そしてシーラ様は何も乗っていない右手の平を、タムマロ様に見せるように胸の高さまで挙げました。
「ここに、どんな怪我も病気もたちどころに治す霊薬があります。あなたが望むなら、これを与えましょう」
「怪我を治して、どうしろって言うんだい?」
「好きにすればよろいしいかと。皆に謝るも良し。改めて自害するも良し。その気になればこの地上に留まり続けることができる私と、添い遂げることだってできます」
シーラ様は、タムマロ様を助けようとしている?
ですがシーラ様の手には霊薬なんてありませんし、聖女再誕に治癒系の術式は組み込んでいません。
それでどうやって……。
「お、お姉さ……!」
わたくしではわからないシーラ様のお考えがクラリスにはわかったようで、慌てて止めようとしましたがシーラ様に一睨みされただけで何も言えなくされてしまいました。
そんな二人のやりとりを知ってか知らずか、タムマロ様はシーラ様の右手に自身の右手を重ねました。
そして……。
「悪いけど、こんな物はいらない。だった……かな」
それだけ言って、満足したように瞳を閉じました。
タムマロ様とは逆に瞳をこれでもかと見開いて、腰が抜けたのかお尻を突いたままタムマロ様から退いたクラリスを見るに、おそらくは息を引き取ったのでしょう。
そして……。
「馬鹿な人。もう一言、言う事があったでしょうに」
満ち足りた笑顔のままで眠るタムマロ様の右手を両手で包んだシーラ様は、まるで先に眠ってしまった恋人を慈しんでいるように微笑んで……。
「私も、愛してるわ」
とだけ、言いました。
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